未成年の喫煙は法律により禁止されています。
グシャッ、と自分の歯で煙草のフィルターを噛み潰す音をBGMに、部屋の中を白濁色の煙で満たす。
濃くなったニコチンが脳をダイレクトに刺激して気持ちいい。
逆に言えば体に凄く悪いけど。
いつから吸い始めたのか、もう忘れてしまったけれど、最初の頃はもっと可愛げのあるパッケージのものを吸っていた気がする。
ピンクとかパステルカラーの小さめのパッケージの可愛いヤツ。
それが今となっては、煙草を吸っていない人間でもまぁまぁ店で見かけるよねっていう銘柄を吸っている。
なかなか有名どころでベターで有りがちなタイプの、青系統のパッケージのあれだ。
実はあれはあれで似たようなパッケージの癖に、種類ごとの強さがバラバラだったりするのだが、喫煙者じゃなければどうでもいいだろうな。
喫煙者でも、自分の吸いたいもの以外はどうでもいいとは思うが。
「……煙たい」
自室のベッドの上で、壁にもたれ掛かりながら煙草を吸っていたら、ノックもなしに扉が開かれた。
それは割といつものことなので、今更感しかなく、注意する気にもならない。
「文句あるなら帰ってくーださーい」
誰かなんて分かりきってはいるが、一応やってきた人物に視線を向ける。
そこには顔を歪めて立っている兄がいて、お前なぁ、と口を開いて噎せた。
真面目に噎せるなら帰った方がいいっての。
私が眉を寄せると、兄がズカズカと部屋に入って来て窓を開けた。
いきなり全開にしたので、勢い良く冷たい風が吹き込んで来る。
「ちょっと……」
「換気しなよ。壁も黄ばむよ」
真顔でそう言う兄は、相変わらず顔を歪めたままだ。
煙草を吸い始めた頃からこんな感じで、いい加減聞き飽きたし面倒くさい。
ガジガジとフィルターを噛めば、兄の手が伸びて来て私の口から煙草を掻っ攫う。
そして私がフィルターを噛んだ、噛んでいた煙草が兄の唇に触れて、その煙が兄の肺に流れ込む。
受動喫煙に比べたらマシな方なのか、いや、きっとどちらもマシではないんだろう。
「フィルター噛んで吸うくらいなら、こっちやるよ」
深く吸い込んで、不味そうに片目を細めた兄が、私の煙草を灰皿の上で潰す。
あ、もったいない、まだ全然残ってるのに。
長めの吸殻を見つめていると、兄が何やら別の煙草を押し付けてくる。
ほぼ反射でくわえて、ほぼ反射で吸い込めば、肺や喉が拒絶反応を起こしたように、勢い良く噎せた。
何だこれ、キツイ。
生理的な涙が浮かび上がって、胸の辺りを押さえつけた。
「これが吸えないなら、フィルターなんて噛むもんじゃねぇなぁ」
のんびりとした口調で、ガシガシと頭を掻きながら言う兄は、私の手から煙草を抜き取る。
白濁色の煙というよりも、紫煙という言葉の方が似合いそうなそれを、普通に吸い始めた。
ちょっと待て、アンタ、さっき。
涙の膜が邪魔くさくて、瞬きをしたらまつ毛に涙が張り付く。
パシパシ、と水気を飛ばすように瞬きを繰り返せば、ゆっくりと視線を私に向ける兄。
男の割に伸ばされたストレートの黒髪は、私からしても綺麗に見えて、そこから覗く切れ長の瞳が意地悪く細められる。
「吸えないなんて言ってないだろ?自分が吸うのと、他の奴が吸ってるのは別物だと思うよ、俺」
わぁ、なんて自分勝手。
そう思っても、最早口に出すことすら億劫だ。
異常に辛くてキツイ煙草を、普通にスパスパ吸っている兄は、私が知らなかっただけでヘビースモーカーなのか。
あぁ、マズイ、舌が麻痺してる。
眉を顰める私を見て、兄が何を思ったかポケットをまさぐり始めた。
くわえたままの煙草からは、ゆらゆらと煙が立ち上がり、私は受動喫煙をするハメになる。
「吸えないおこちゃまには、これが一番」
人の良いとも胡散臭いともとれる笑顔を浮かべた兄は、私の口の中に指を突っ込む。
ズボッ、と容赦なく突っ込まれた指は、細いくせにゴツゴツしてるし、加減を知らないから喉奥を突きそうになる。
そして突っ込んで来たのと同じ勢いで指を引っこ抜くと、私の口の中には何が異物。
コロリ、コロコロ、甘ったるい何か。
これ、何だっけ、加工されたような味。
「……いちご?」
「正解。これを機に禁煙でもしろよ」
ゴトリ、灰皿の横に置かれたのは、昔懐かしのドロップ缶。
某戦争アニメ映画に出てくるあれだ。
今ではハッカしか入っていないのも売ってるとかなんとか。
私のベッドの上に置きっぱなしの、まだ半分くらい残っている煙草を取り上げた兄は、ニコニコと笑いながら部屋を出ていく。
……部屋の扉も閉めずに。
煙草の代わりに残されたドロップ缶を見て、口の中のいちごのドロップを転がして溜息。
お前も禁煙しろよ、と兄に言いたい。
そこから数時間後に、言おうかなと思い立ってリビングに降りたら、水に浸かった私の煙草を見付けて二度目の溜息を吐くことになるのを、今の私は知らない。