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8 マーティのもう一つの顔

 あの時。

 ノブル・ストンウェルは吠えながら、ジャスティスから受け取ったサインボールを投げた。

 はっと気付いた二人組も、さすがにその硬球を避けることはできなかった。機関銃を持っていた男の顔面を、ボールは思い切り直撃した。

 伏せろ、とマーティが叫んでいたのは無駄ではない。男の手を離れた機関銃が、しばらくの間、空を向いて連射を続けていたのだ。

 壁のモザイクや、天井からぶら下がっているシャンデリア、窓ガラスと言ったものが、所々で弾けた。

 その間に、ジャスティスは背後から銃を持つ男を羽交い締めにした。

 うお、という声が響くと、銃はぽろ、と男の手から落ちた。腰がぎしぎし、と鳴っていた。あれは痛いだろう、と周囲の目がそっと見ていたかもしれない。

 鉱山惑星を長く歩いて来た男の強い力だ。きっとそんな惑星の荒くれ者達を相手に、何かとやってきたに違いないと想像させるには充分だった。

 マーティはマーティで、その隙をついて、姿勢を低くしたまま、散弾銃の女の方へと突進した。フットボールのタックルの要領だ。

 偉丈夫の男の体当たりを受けそうになって、女は慌てて避けた。マーティは勢い余って、時計のある壁の方まで走り込む。


「近づくんじゃないわよ!」


 女は硬球が当たって失神している男を横目で見ながら、それでも気丈にも散弾銃をマーティに向けた。

 ただ、その目が何処か怯えていた。それがマーティには判る。

 だから彼は、笑ってみせた。


「打つなら、打ってみろよ」


 そう言いながら、手の中の物を、つ、と銃に押し込んだ。

 素早い動きだった。女は何をされたのか、すぐには判らなかった。

 マーティの目はひたすら落ち着いていた。

 いやそうではない、相手をなめてかかっている目だった。少なくとも、女にはそう見えたのかもしれない。

 その様子が女の神経を逆撫でした。ただでさえ、白い紙巻きの中のドラッグで、気分は高揚している状態だったのだ。突っつかれれば、反応は速い。

 その代わり、別の部分は鈍感になっていたのかもしれない。

 何処かから妙に甘い匂いがしていたのに、気付かなかったのかもしれない。

 いずれにせよ。

 打ってみろよ、とばかりの青いスタジアムジャンパーが、女を苛立たせたのだろう。

 女もまた、「エディット」の住民だった。もしかしたら昨日大負けしたアルク・サンライズのユニフォームを知っていたのかもしれない。郷土愛というものは、本人も知らぬ間に、唐突にあふれてくるのかもしれない。


「ほらこっちだぜ」


 マーティは後ずさりする。なるべく壁側へ。人だかりが少ない方へ。


「ほら」


 止めろ! と叫んだのは、誰だったろうか。

 ストンウェル兄弟のどちらかだったか、それとも、既にジャスティスが床面に押しつけていたもう一人の男だったのか。その辺りは判らない。

 ただ女にはその言葉は聞こえなかったに違いない。

 引き金を―――


 銃が暴発した。



「…あんたがそうさせるとは、思わなかったがね」


 衝撃で破壊された壁の、モザイクの破片を払うマーティに向かって、ノブルは言った。


「うわひでえ。びちゃびちゃについてやがる」


 目の前では、腕と頭を吹っ飛ばされた女が横たわっている。その女の血のかなりの量が、床と壁と、一番近くに居たマーティに飛んだのは言うまでもない。

 だが飛ばされた本人ときたら、結構涼しい顔をしている。


「あーあ、こっちも汚れちまったな」


 ポケットに片手を突っ込んだまま、先ほど投げたボールを拾い上げる。その間に、警官隊がざわざわと入ってくる。


「…何って危ないことをしてくれたんだ!」


 ネゴシエイターらしい警察の一人が、額に青筋を立てて彼等に掴みかかった。


「いいじゃないですか。ちゃんと皆さんは無事だし」


 ほら、と彼は座り込んだり伏せたままになっている客達を目で示す。


「…大惨事になるかもしれなかったんだぞ!」

「だからちゃんと、距離は取りましたよ」


 にっ、とマーティは笑った。その笑いに、警官は思わず手を離した。

 だが今度はマーティの方がぐい、とその警官に迫った。


「それより、とにかく後はよろしくお願いします。俺達、実は時間が無いんですが」


 ノブルもまた、その笑顔を見て少しばかり肩を震わせた。


 怖い。


 それは彼と「再会」してから、初めての感情だった。

 彼が知らない、DDでもマーティ・ラビイでもない、もう一つの呼び名の時の彼の姿の名残。こんな事態に、何度も何度も遭遇し、切り抜けてきた男の姿だった。


「おい大丈夫か、ノブル」


 ゲートを飛び越えて、ジャスティスが近づいてきた。


「そっちの犯人は」

「あっちの警官に任せた。あんた、さっき何やったんだ、マーティさん。わ、ひでえ格好じゃないか」

「…や、別に。ただこのガムって、結構効きますねえ」


 くくく、とマーティは笑い、ポケットの中の一箱をひょい、と掲げた。

 陽動だけではなく、散弾銃の詰め物にするために、あれだけ一気に口に放り込んだのか、とノブルは改めて気付いた。


「…時間が無い?」


 報告を受けた警官隊の隊長はマーティとノブルの姿を見て、ああ、とうなづいた。


「そうあんた等、何処かで見たと思ったら、アルク・サンライズの」

「そうなんですよ。選手です。今日の登録されてるんです」

「…って」

「だから!」


 マーティはぐい、と隊長に血塗れの笑顔のまま、迫った。


「すいませんが、パトロール・カーで球場まで送ってもらえませんか? 事情聴取だったら、その後幾らでもさせていただきますから!」


 …やっぱり怖い、とノブル・ストンウェルは本気で思った。


「…と言う訳で、まあ、幹線道路じゃあ間に合わないよなあ、と思ったから、特別道路を思い切り飛ばさせてもらったって訳で」

「はあ」


とその場に居た選手達は思わず目を丸くした。



「…ああそう言えば、パトロール・カーとか救急車は『車が』動きますからねえ」


 ミュリエルは感心したようにうなづいた。


「だからすみません、監督、試合が終わったらちょっと、警察の方に行かなくちゃならないんですが!」

「ご飯ちゃんと取っておいて下さいよ、実は俺達お昼食ってなくて…」

「あ、そう言えば俺も腹減ってきた。何かつまむものでも無い?」


 口々に言うマーティとノブルに、監督は大きくため息をつき、胃の辺りを押さえた。


「…いいかお前等絶対明日から携帯端末は持ってろよ!」

「…ってあれ、俺良く落とすから」


とマーティが言う。


「端末の携帯の意味が無い! だったらストンウェル、お前が持ってろ! どーせお前等、だいたい一緒に行動しているだろう!」


 あーあ監督怒っちゃった~とテディベァルは打席に向かいながら歌う様に言った。


「…そんなに俺とお前って一緒に居たっけ?」

「さあ?」


 顔を見合わせる二人に、居ますよ、とダイスは言いたい衝動にかられていたが、あえて口には出さず、ぱんぱんとボールをグラブでお手玉していた。


 かーん。


 おお、と皆でその場で伸びをする。普段長打はしないテディベァルが、レフトスタンドに一発叩き込んだのだ。滅多に打たないものが珍しいのか楽しいのか、彼は跳ね回ってベンチに戻ってきた。


「たまにはいいね~」


 ぱんぱん、と手をはたかれ迎えられながら、テディベァルはへらへら笑いながらそう言った。


「んじゃ、俺もがんばってきますか~」


 トマソンものっそりと、立ち上がった。

 その後は、もう記録的な点数を打ち込んで、相手を惨敗させたと言ってもいい。

 この負け方に、あまりにも馬鹿にされた、と思った「エディット・トマシーナ」がこのシーズンが終わった後いきなり奮起したりするのだが、それはまた別の話である。さしあたり、彼等には特に関係は無い。



「あ、そーだ、ダイちゃん、オミヤゲ」


 ホテルの回転扉を開けながら、マーティはポケットから「スカーレット社の赤い箱」のガムを出し、本日の勝利投手に一つ手渡した。


「あ、あれ?」


 そんな余裕何処にあったんだ、とダイスはもらって嬉しいやら、少し混乱する。


「テディにも、ほい」

「さんきゅ。へー、これがダイスの言ってた奴なんだあ」


 テディベァルは箱の表を見、裏に返し、うんうんとうなづいた。


「結構膨らむのは、確かだぜ。顔より膨らむ」

「嘘ぉ」

「や、ホントだ。俺が保証する。ただし、全部一気に口に突っ込まないと無理だぞ」

「げげげ」

「あごが疲れるぞ~」


 あはははは、とマーティは笑った。

 全くだ、とその会話を聞きながらストンウェルは片方の眉を上げた。あんな一気に甘いガムを噛むなんて、そんな状態でなければしたくはない。

 ガムも幾つも一気に含めば、結構な大きさの固まりになり、なおかつ詰め込めばすき間ができない。それを銃口にぐい、と突っ込んだから、結局暴発したのだ。

 あの状態でよくまあそんなこと咄嗟に考えついたものだ、とストンウェルは思う。しかも相手は女で、暴発すれば持ち手がどうなるか判っていても、…容赦が無かった。

 だがそれが、自分の知らないマーティの部分だった、と思うと、それを知ったことでノブルは少々楽しい気分になる自分に気付いていた。



 宙港で別れたジャスティスは言った。


「…この分だと、昔以上にお前も物騒なことになるだろうな。彼と一緒に居るっていうことは」


 そうだな、と再び葉巻を口にしながらゲートの向こうに行こうとする兄に向かって、ノブルは答えていた。


「だけどトラブルなんて、何処に居たってあるもんだ。それはお前も一緒だろ、兄貴」

「ああそうだ」


 にやり、とジャスティスは笑っていた。それは性分だ。同じ血が通っている者達の。


「ただ彼は、マーティ・ラビイはそれだけじゃないんじゃねえか?」


 ちら、と警官を説得しているマーティをジャスティスは見る。先ほどの散弾銃が暴発した女の返り血が、明るい色の髪や、青いスタジアムジャンパーに所々ついている。

 顔だけは水で濡らしたタオルで拭いたが、それでにこやかに「お願い」されているのだから、警察もいい加減怖いだろう。おそらく「お願い」はすぐに通るに違いない。


「修羅場、結構くぐってきているな、彼は」

「…ああ」


 それが自分の全く知らない時間であることが、少しばかりノブルにははがゆいのだが。

 

「これは俺のただの勘だが」


 言いながら彼は葉巻に火を点ける。


「何かあるだろう? 彼には。ただ単に、昔の名投手だった、ということと、それを隠している、ということ以外に」


 ノブルは軽く目を細めた。この兄には嘘はつけない。つくことが、できないのだ。

 だったら、隠しても無駄だ。


「ああ」

「やはりな」

「俺はそれを知ってる。知ってるからこそ、もうすっぱり辞めてしまおうと思ったベースボールを、もう一度始める気になったんだ。そして彼を捜した。何年も探した。そしてやっと見つけた。…その時ちょうど、俺をスカウトしてきたサンライズに彼の存在を売り込んだ。この惑星にいい人材が眠ってますよ、と」


 実際「DD」の記憶は全くもって眠っていた。泡立て器がかき回すまで。


「…なるほどそこまでしてたか。逆じゃあ、なかったんだな」

「って言うと?」

「マーティさんの方が先か、と思うじゃねえか。サンライズが目をつけたのは。彼は現在、アルクに籍があるんだろ? 居なくなってからずっと、結局あそこに居たってことだろう?」

「…や、アルクには、居なかったんだ。レーゲンボーゲンには居たけれど。…見つけたのは、偶然さ」


 そう。捜していた中で、たまたま目にした報道が。


「レーゲンボーゲンには…?」

「パンコンガン鉱石、っていうのは、ライで採れる、帝都政府向きの出荷物だったんだ」


 ちょっと待て、とジャスティスは顔色を変えた。アルクの連星ライ。冬の惑星。つまりそれは。


「それは」

「兄貴、お前ならその意味が判るだろ?」


 ジャスティスはうなづいた。弟の姿をあのTV中継の中で見つけた後、慌ててアルク・サンライズと、そのホームグラウンドであるレーゲンボーゲン星系に関するデータを収集したのだ。

 レーゲンボーゲン星系には生活に適した主星アルクと、政治犯を送り込んでいた、「冬の惑星」―――流刑惑星だったライがあるのだ、ということも。


「だけど、どう考えたって、いくら確かに当時の政治体制がとんでもないものであったとして、そんな、一応顔の知られたベースボール選手を、周囲に何の確認もなく、向こうへ送り出すと思うか? 彼が自分のことを絶対に言わなかったとして、だよ?」


 ジャスティスは腕を組んで押し黙る。


「それでも、取り調べる中に、誰一人として、ベースボールのファンが全く居なかった、とは考えにくいよな。俺達が当時アルクに来た時には、結構大々的にニュースペイパーとかで宣伝はかけた訳だし、だいたい兄貴も好きなPHOTO&SPORTSとかだって、一応あの惑星にも入ってはいたんだぜ?」

「…当時のあの雑誌ときたら、DDの姿はオンパレードだったからな」


 人気のある選手はよく表紙にも写真が使われたものだ。彼等兄弟は取り合うようにして、買ってきた雑誌を見合ったものだった。


「それに加えて、コモドの当時の対応がおかしかった」

「…のか?」

「ああ。…と、当時の俺は思った。だってそうだろ。花形プレーヤーの彼が失踪なり行方不明になったというのに、『政情不安』だから、って逃げる様に引き返した。俺は一人でも残って、彼の居場所を突き止めたかったけれど、無駄だった」

「…なるほど、じゃあお前がしばらくDDも居ない球団に残っていた、というのは」

「ちょっとね」


 彼はポケットを探る。「インビンシブル・アルマダ」の箱を取り出したが、中身は既に空だった。


「ち、もう無いか」

「葉巻で良けりゃ一本やるぞ。それともポリシーに反するか?」

「…たまにはいいかもな」


 点いている火をそのままもらうと、ふう、と彼は煙を吸い込む。


「何かが、あの時おかしかった。PHOTO&SPORTSの、彼の失踪/特集号がいきなり発売停止になってたりするし」

「そう言えば… てっきりすぐ売り切れてしまったと俺は思っていたが、停止だったのか」

「ああ。だから俺はしばらく球団に止まって、そのあたりを調べてみようと思ったんだけど」

「…で、結局首尾良く調べられたのか?」

「ある程度まではな。だけど何故か、途中で行き詰まる。何か、が隠されている。ASLがそもそも彼をどうしてああも疎んじたのかも気になったし。当時だって、彼くらいの『態度の悪い』プレーヤーなんてごろごろしていた。スケープゴートにするにしても、変だった」


 それに最近また、嫌がらせが復活しているのだ。

 あの女。シィズンとか言った。本気なのかどうなのか判らないから嫌がらせというのか。


「まあ今回のは、それとは全く関係ないとは思うけどさ」

「なるほどな」


 こう弟に熱を持って語られては、ジャスティスとしてはもう何も反論はできなかった。


「ま、いいさ。お前の人生だし好きにすればいいさ。ただお前が近いとこであんまりショックを受けると、俺にも響くんだからな」

「判ったよ」


 にやり、とノブルは葉巻を口の端に寄せて片目をつぶった。全くこの体質は。

「はいよ、さっきはボールをサンキュ。おかげで助かった。相変わらずコントロールいいな、兄貴」

 ノブルはサインボールを手渡した。ひっくり返すと、赤黒いものが点々とついている。


「返り血がこっちにまで飛んでやがる。すまんな」

「ま、記念がまた一つ増えたってことよ」

「これからだってどんどん記念は増えてくさ」


 へへ、と二人は笑い合った。

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