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6 「先生」は「兄貴」に伝言を頼む

『…ただいま犯人からの要求が当局に伝えられました。…逃走用の宇宙船を一機、用意するように、ということです』

「宇宙船かよ!」


 テディベァルは思わず声を上げた。


『当局によりますと、現在空港ロビーを占拠している犯人のうち、身元が判明しているのは、グロウス・コナビー、ナフリル・マンダミン、ドロシイ・トロイアムの三人です。彼等は今朝がた、サンダル・シティバンクを襲い、現金三百万ボールを入手したまま逃走したと見られています』

「銀行強盗の続きかよ!」


 再びテディベァルが声を上げた。うるさい黙れ、と監督は彼の頭にげんこつを食らわす。


「痛え!」

「どっちにしてもちょっとテディ、黙ってて下さい。向こうの様子も良く聞こえなくなります」


 ちぇ、と言いつつテディベァルはトマソンの手の中の画面をのぞき込むことを再開した。


「…けど、銀行強盗が逃走用の船を要求している、ってことは… 結構捨て鉢ですね」


 ダイスはぼそっと口にする。


「そこが問題なんですよ」


 ミュリエルは眼鏡の奥の目を細めた。


「ここまで来ると確信犯だ。銃の一発二発、人の一人二人殺すことも構わない可能性は高いですね」

「犯人がとんでもない馬鹿、ってことはねえの?」

「残念ながらテディ、結構計画的に思えますよ」


 何で、と皆が「先生」の方を向く。


「マーティ達の会話を聞いてると、犯人はどうも、ジャンキーの可能性が高いです」

「じゃ、ばかじゃないかー」

「そうでなくて、テディ」


 「先生」は苦笑する。


「クスリにだって色々あるでしょう。思考能力をマヒさせるものもあれば、一時的にアップさせるものもある。白い紙巻き、を口にしているらしいですから、…ある程度決まった作戦を、それで示威高揚させている、という可能性もありますね…」

「ややこしいなあ。とにかく、二人はやばい訳?」

「簡単に言えば、そういうことです」


 うー、とテディベァルはただでさえ落ち着かない髪を思い切りかき回した。


「サンライズの皆さん、練習時間です!」


 球場の係員が、彼等のベンチへやってきた。


「本日の登録メンバーは全て揃っていますか?」

「…ああ、二人ほど少し遅れますが」


 監督はなるべく平静を保って答えた。


「必ずやって来ますので、そのまま予定通り、試合は始めて下さい」


 判りました、と球場係員は一礼すると彼等のベンチから離れて行った。


「…ともかく、試合は始めなくてはならないんだ。トマソン、お前のその薄型TVを貸せ。お前は練習に出ろ。連中の観察は私と…」


 監督は周囲を見渡す。


「ミュリエル、お前は今日は残れ」

「判りました。じゃあ」

「フライトーンを回す。お前は今日はベンチだ。あの馬鹿どもの様子をきっちり押さえてろ」

「了解」


 「先生」は明快に答える。フライトーンと呼ばれた控えの外野手は、突然の出番に目をむいた。


「ダイス、お前は感情が結構出るからな。気をつけろ」

「はい」


 ダイスは大きく返事をすると、投球練習のためにグラウンドに出る。

 そうは言っても、敬愛なる先輩二人があんな場に居る、ということはこのルーキーにはなかなか辛いことだった。たとえマーティが「そういうこと」に慣れている、と言ったとしても。


「せんせー、ちゃんと経過教えてよっ」

「おー、了解」


 ミュリエルはそれでも元気良く出て行くテディベァルに手を振りながら、笑顔を向ける。

 この笑顔は結構くせ者だった。何せ「帝大出」の肩書きのくせに、タフな神経でないとできない実業学校の講師をやってきた男だ。

 授業で常に、「勉強より手に職」の連中にそれなりの学問を、知識を、叩き込んで来た笑顔である。


「…で、どうだ」

「膠着状態ってとこですかねえ」


 そうだな、と監督も渋い顔をする。画面の中もまるで進展が無かった。


「画面の中で、あの二人は見つかりますか?」

「いや、このカメラの位置からじゃわからん」

「連中、売店のすぐそばに居るようですがね。何かそんな会話ですよ」


 売店か、と監督はうなった。

 手にしている薄型TVの中に映っているのは、右斜め向こうのゲートとその向こうのエスカレーター、そしてその上のウインドウ。

 つまりカメラは、ロビーに入り口側ウインドウに付けている、と思われた。


「ちょうど死角になりやがる」

「ですね」


 ミュリエルは自分達がやってきた時のロビーの様子を思い描き、彼等の位置をおおよそ判断していた。どう考えても、逃げるには分が悪い場所だ。

 もし逃げるとしたら、カウンターの裏の出口くらいだが…


「あの二人が、自分達だけ逃げようと思うとは…」

「思えないよ… なあ…」


 ふう、と二人は大きくため息をついた。


「ミュリエル、お前が持ってるその、何だ」

「盗聴器ですか?」

「何でそんなもの持ってるんだ、という疑問はとりあえず後で聞こう。それは双方向性は無いのか?」

「残念ながら。…やっぱり端末持つ様に指導して下さいよ、監督」

「…奴等が私の言うことを素直に聞くと思うか?」


 ミュリエルは肩をすくめた。聞いたところであの二人は忘れるだろう。


「…この試合、捨てますか? 我々の大事な投手陣ですよ」

「馬鹿野郎、いくら何でも、このチームに負けたなんて言ったら、本星に申し訳が立たん!」


 確かにそうである。いくら何でも、ナンバー3リーグから滑り落ちる直前の「エディット・トマシーナ」に、いくら没収試合だとは言え、「負ける」のはさすがにアルクの恥だ。


「…何が何でも抜けて来い、とあの二人には言いたいが…」


 おそらくあの二人もそうしたいのは山々だろう、とミュリエルも考察する。

 彼はもう少し状況が知りたい、と思った。

 そう、何故反撃に出られないのだろう。

 何せ彼等は投手なのだ。マーティはともかく、ストンウェルならコントロールも大丈夫だ。プロの投手の投げる球の威力はすさまじいものがある。


「…おい、そう言えば、あいつら、ストンウェルの兄貴を送っていったと言ったな」

「はい」

「奴の兄貴の携帯端末のナンバーは判らないか? そうでなければ、呼び出しでもいい!」


 携帯端末のナンバーなど、判るはずがない。了解、とミュリエルは自分の携帯端末を取り出した。無論宛先は、宙港である。

 盗聴器の様子から、既にジャスティス・ストンウェルが彼等と別れていることは判る。だったら―――



「…お客様の中に、ジャスティス・ストンウェル様はいらっしゃいませんか?」


 搭乗ロビーのカウンターから、通信端末を手にした係員の女性が声を張り上げる。のっそり、と彼は立ち上がった。


「俺だが」

「…すみません、トマス・トマシーナ球場から通信が入っています」

「トマス・トマシーナ球場?」


 何だろう、とジャスティスは女性の手から通信端末を取った。指無し手袋をつけた大きな彼の手には、通信端末の子機はすっぽりとはまってしまう。


「…ストンウェルだが」

『ジャスティスさんですか?』


 聞き覚えがあるような無いような声に、彼は軽く眉を寄せた。


「如何にもジャスティス・ストンウェルだが、あんたは誰だ?」


 こんな事態の時に、と彼はやや不機嫌そうな低い声で答える。


『こちらはアルク・サンライズのミュリエルと申します』

「…ああ、すまん、ノブルのとこのだな、何だい」

『あの二人、今ここに居ますよね?』


 断言する口調。やや神経に触るものがあったが、ああ、と彼は答えた。


『状況を、教えていただけませんか?』

「状況も何もなあ」


 ふうっ、と彼は葉巻の煙を吐き出した。


『…あなたは上のロビーにいらっしゃるんですよね』

「そうやって把握されきっているのはなかなか気に食わねえが、そうだ。下の様子なら、よく見える。ノブルもマーティ・ラビイさんも下の人混みの中だ」

『…どの辺りに居ますか?』

「売店の前だな」

『売店と言うと』

「…まあ、みやげ物とか、ランチボックスとか飲み物とか、そんなものだな…」


 はあ、と向こう側からため息のようなものが聞こえて来る。


『なるほどそれでは、彼等も動きが取れない訳だ…』


 売っているものの中に、ある程度の重量のものがあったなら、それは確実にあの速球・剛球投手にとっては武器となりうるだろう。だがそんな軽いものでは。


「…下手に動くと、危険だからな。何せ相手はジャンキーだ。それもどうやら、興奮剤系統だ。だからネゴシエイターの方もなかなか手間取っていそうだぞ」

『ネゴシエイターも、ですか』

「確かにある程度までは正気にも感じられるんだが、説得に対して論理が破綻してる。目的以外の部分で。こっちに入ってくる声ではそんな感じだ」


 そうですか、と向こう側の相手は言った。


「つまり、危険だ」


 ジャスティスは断言する。


『それは、判っています』


 ミュリエルもまた、断言する。


「判っている訳か。それでも、言いたいことがあるんだな。言ってみろ」


 向こう側の呼吸が一瞬止まる。ふう、と彼はもう一度煙を飛ばす。


『監督からの伝言です。何としても、時間までに、球場に、来い、と』

「危険だぞ」

『ASLに加盟しているということは、我々のチームは、サンライズはただのベースボール・チームではない。惑星の代表なんです』


 ふうん、とジャスティスは気の無さそうな返事をする。


『少なくとも、今日の対戦相手に、没収試合なんていう真似はできないんです』

「弱いチームだから、か」

『そうです』


 間髪入れずにミュリエルは答えた。


『我々は、今年も勝たなくてはならない。もっと上に目指さなくてはならない。そのためには、少なくともこのチームなどに黒星をつけるような真似は絶対できないんです』


 ジャスティスは三度、煙を吐いた。向こう側はそれきり、言葉を止めた。かと言って、こちらの言葉をうながす様な真似もしない。


「…ここの警察も、それなりにやってるようだがな… まあいいさ」

『彼等に、伝えてくれますか』

「伝えるだけで、いいんだろう?」

『結構です』


 短い言葉が、返ってくる。


「…あんた、怖い男だな」

『そちらこそ。…期待してもいいですか?』

「さて、なあ」


 そう言うと、ジャスティスは子機のスイッチを切った。

 そして再びウインドウの側に近寄ると、弟とその同僚が居る位置を確認する。何だってまあ、ああ目立つ格好なんだ。だが好都合ではある。

 時計は既に、十三時に近づいていた。


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