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2 再会双子と、それを盗聴する者たち

「…どうも一昨日辺りから、頭の中がむずむずすると思ったぜ」


 言いながらジャスティス・ストンウェルは身体のあちこちをごそごそと探り出す。

 ほいよ、とノブル・ストンウェルは銀色のジッポ型のライターを兄に投げた。おう、と兄は片手で受け取ると、即座に太い葉巻に火を点けた。


「それはこっちの台詞だぜ、兄貴。おかげで何っか集中できないと思ったら」

「それを今日のピッチングのひどさの理由にするんじゃねえよ」


 彼は椅子にどっか、と背を投げ出した。対するノブルは、ややテーブルに前のめりの格好となる。

 さほど隣のボックス席との間は空いてもいないし、高い壁がある訳でもないが、あちこちに植物があるので、落ち着いて話をするにはそう悪くない空間だった。


「……三年ぶりだったから、忘れてたんだよ、お前が居る時の感覚って奴をさ」

「……まあそれは、俺も同様だがな」

「だいたい何でお前、ここに居るんだ」

「俺は仕事さ。営業なんだぜ」

「その割りには、ずっと気配が無かったじゃないか」


 ふうっ、とジャスティスは煙を大きく吐き出す。


「ずっとミリオン星系に居たんだぜ。そこで鉱物関係の営業だ。三年」

「そりゃあ…… さすがに俺でも判らないよな」


 ノブルはこめかみを引っ掻きながら、ミリオン星系の位置を頭に思い描く。確か、帝都本星をはさんで、ちょうど一番遠い座標方面にあるはずだ。


「レーゲンボーゲン、だと言ってたな」

「ああ」

「何でまた、お前、そんなとこに居るんだあ? ちょっと前まで政情不安だった星域じゃねえか」

「悪いかよ。それに今は大したことないぜ」

「別に悪くはねえがな、ノブルお前、コモド出てから、ずーっとお袋や兄貴に音信不通だったって言うじゃねえか」

「う」


 ノブルは飲みかけたコーヒーを吹き出しそうになる。


「…な、何か言ってたか?」

「お袋は言わん」


 胸の前で腕を組み、ジャスティスは目を伏せる。


「だがタイド兄貴は何か言いたそうだったぜ」

「う~」


 ノブルはテーブルに突っ伏せた。勢いで、ジャスティスの側のコーヒーがぴょん、と跳ねた。


「別にお前があいつに何されようが、俺の知ったことじゃねえが、お前がいたぶられると、こっちのアタマまで響くんだぜ」

「判ってるがなあ、んなこと、俺のせいかよ」

「お前のせい以外の何だって言うんだ?」


 う~と再びノブルはうめいた。


「せめて一言言っておけば良かったのによ。俺のようにな!」

「仕方ねえじゃないか」


 そう、仕方ない。ノブル・ストンウェルはテーブルからなかなか顔を上げられないまま、そう思っていた。


「色々事情があったんだよ」



「事情」


 ぼそ、と「先生」ことミュリエルはつぶやいた。


「はて、何の事情でしょうねえ」

「知るかよ」


とテディベァル。

 やはり声のヴォリュームは、いつもの彼らを知る者では信じられない程落とされている。

 テーブルの上には、コーヒーが二つ、レモネードが一つ、ミルクティーが一つ。


「けど、あのひとにあんな兄弟が居るって皆さん知ってました?」


 ダイスは眉を寄せる。


「お前知らなかったの?」

「知りませんよぉ。マーティさんどうです? 一番仲いいじゃないですか。知らなかったんですか?」

「俺だってなあ」


 テーブルの上に、大の男四人が顔を突き合わせてこそこそと話をする図というのは、何処か奇妙だ。

 しかし小柄なテディベァルはともかく、あとの三人は、やや姿勢を低くしないと、いくらあたり構わず植物が置かれているティールームだとはいえ、斜め向こうのボックスから見えてしまうのは必至だった。

 要するに、彼らが座っているのは、ストンウェル兄弟のすぐそばなのだ。


「俺だって知らないさ」


 マーティはため息混じりにつぶやく。

 だいたい、幾らチームメイトだとは言え、皆それぞれに過去がある。いちいちそれを問いたださなくてはならない理由はない。

 言いたい奴は言いたければ言えばいい、とマーティは常々思っていた。

 もっともそのマーティ自身の過去が、実は一番チームの中で興味を持たれているところなのだが。


「でも似てますねえ」

「ネガポジ、ってテディが言いましたが、確かにその形容は正しい」

「でもウチのストンウェルの方が、背ぇ低いよな」


 けけけ、と姿勢を低くする必要のないテディベァルは笑う。


「双子なんですかねえ」


 ぼそ、とダイスはつぶやいた。


「双子?」

「だって、そりゃあ色あいはずいぶん違いますけど、造作が似すぎですよ」

「それもそうだなあ…」


 ふむふむ、と皆でうなづき合う。


「けど何で、あんた居るんだよ、先生」


 テディベァルは今更の様にミュリエルに問いかけた。「先生」と呼ばれる、この帝大出の元専門講師はふふん、と顔をほころばす。


「やっぱり興味あることは知りたいと思うのは当然でしょう?」


 何に興味があるのやら、とマーティはため息をつく。

 マーティ・ラビイにとって、ノブル・ストンウェルは現在の同僚であり―――過去にも同僚だったらしい。

 「らしい」というあたりが、ようするに彼の過去の感覚だった。

 マーティにとって、自分の過去は、一度その流れを乱されたものである。かつて彼は、ナンバー1リーグの「コモドドラコンズ」でノブル・ストンウェルとやはり同僚だったらしい。


 らしい。


 ある程度までは、その記憶の流れが戻って来たが、それでもまだ、その多くは他人事のようなものであり、更に多くが、まだ取り戻せないものなのだ。

 その流れを乱したのは―――


「どうしました? マーティさん」


 ダイスの声で彼ははっと我に返る。


「や、何でもない」


 それは格別ここで口にすべきことではないのだ。



「けどお前、あれは、誰だ?」


 二本目の葉巻に火を点けながら、ジャスティスは弟に問いかけた。


「誰だ、って誰のことだい?」


 葉巻を勧められたが、ノブルは手を振って断る。


「俺のは吸えないってのかい?」

「俺は単に、紙巻きの方が好きなんだ。忘れたかよ」


 ジャスティスはにやり、と笑う。


「ああそうだったな、お前は。コモドに居たあたりからだったか。誰かのせいだ、ってほざいていたよな」

「そんなこと、俺言ったかなあ」


 言いながら、彼はちらり、と斜め向こうを見た。


「ちょっと待ってくれよ、ジャス」


 ふらり、とノブルは立ち上がる。そして斜め向こうのボックス席をのぞき込んだ。


「……何やってるんだよ、あんた等……」


 同僚達は、わざとらしくもサングラスを掛けて、なおかつ姿勢を低くして、内緒の話をしているかの格好でそこに居た。


「や、別に、明日の試合のためのね」

「そういうことは、後で時間が決まってるだろ!!」


 慌てて四人が、その場から立ち上がったことは言うまでもない。

 ふう、とノブルは歯をむきだしにしながらこめかみを引っ掻く。


「おい何だよ。いきなり」

「……出歯亀がウチの選手には多くてさ」

「ふうん。まあ普段はお前もそうなんだろうがよ。それはまあいいさ。それよりさっきの質問に答えろ」


 ちょっと待って、とノブルはレジの所まで行くと、煙草を一箱調達してきた。


「プリンス・チャーミングがありゃしねえ」

「お前、そればっかだったよな」

「そ。名前が童話の王子サマなのに、結構キツイんだぜ」

「安っぽく感じるがな。まあいいさ。…はぐらかしてないで、とっとと答えろ」


 ああ駄目か、とノブルは思いながらこの惑星のブランドらしい「インビンシブル・アルマダ」のパッケージを開いた。

「何だよこれ、シガレットの色が紫かよ」

「お前知らないのか? ここじゃあ紙巻きは指定の用紙で無いと製造できねえんだよ」

「…って言うと?」

「だからお前、『プリンス・チャーミング』切らしてて正解だぜ。ここじゃ白い紙巻きってのは、ドラッグと勘違いされるからな」

「へーえ、それは初耳」


 感心したようにうなづくと、彼は紫の紙巻きに火をつけた。


「…しかも軽いんでやんの。何これ」

「文句言うな。この惑星はだいたい今、ドラッグ関係には結構ぴりぴりしてるんだぜ。知らなかったのか? それになあ」

「なるほど。はいはい、答えね答え」


 さすがにもうこの兄には脱線は効かないな、とノブルは思った。

 何せ双子なのだ。普通に生きてきたきょうだいであっても、互いのクセだの何だのは判ることが多いのに、この兄との間には、ちょっと厄介な特性というものがあるのだ。


「あれ、の示すのをもうちょっと具体的に言ってくれねえか? 一応メンバーが今多いんでさ」

「お前が親しそうにしていた、俺より背が高い色男のことだ」


 それは適切だ、とノブルは思う。


「あれはウチの中継ぎエースで、マーティ・ラビイってひとだよ。それがどうしたよ」

「マーティ・ラビイ?」


 ジャスティスはぐい、と腕をテーブルに乗せた。


「本当にその名、なのか?」

「本当。それ以外に何だって言うんだよ」

「さっきからなあ、俺のアタマには、ややこしい感覚が回ってるんだぜ?」

「ふうん?」


 ノブルはテープルに肘をつき、顎を乗せた。


「って言うと?」

「お前は嘘言ってない。けど本当のことを言ってもいない」


 ノブルはくい、と紫の煙草を灰皿に押しつけた。


「さすが兄貴だ」



「ほらやっぱり、移動させられちったじゃんかよぉ」

「あのなー ……普通あれだったら移動、じゃなくて撤退しないか?」

「そういうあなたは、どうして居るんですか? マーティ」

「そ、それは」


 平然と言う「先生」の言葉に、マーティはやや動揺する。

 結局四人は、出て行くふりをして、ストンウェル兄弟から死角になる、やや離れた席に移動していた。


「って、ストンウェルさんって、結構謎多いじゃないですか」


 フォローするように、ダイスが口をはさむ。


「でも俺達の中では、あん人は、割と知られてる方じゃないの? ほら、コモドん時の雑誌とか調べりゃ、家族構成とか判るしさー」


 テディベァルはオーダーしなおしたミックスジュースをきゅっ、と手放しで吸い込む。


「まあそこまで調べようって奴もウチの中にはいねーけどさあ」

「それはまあそうだが。でも逆に、君より知られていないことが多いのではないかな? マーティ」


 そこで俺に振るかい、とマーティは苦笑する。だが確かにそう言えばそうかもしれない、と彼は思う。


「まあ確かにマーティの場合は、特別ですがね」


 ミュリエルもまた、オーダーし直した紅茶をすする。


「しかしここの紅茶はまずいですねえ。アルクの水が恋しいですよ」

「そんなに違いがあるんですか?」


 ダイスは自分もオーダーしなおしたコーヒーをじっと見つめる。


「コーヒーより紅茶の方が違いは露骨ですからねえ… マーティは好き嫌い無いですねえ。何でも美味しそうに食べたり呑んだりしますけど」

「まあ俺はな。食えるものは何でも美味しく、だからさ」

「あ、それは俺も同感だよー」


 テディベァルは片手を挙げた。そうかもしれない、とマーティは思う。

 テディベァルの出身惑星は、生活水準がそう高くない。働いても働いてもそうそう裕福に暮らすことはできないから、出稼ぎに出ることが多いのだ、と聞いている。

 マーティの場合は、また事情が別ではあったが。


「食い物がちゃんとある生活ってのは、いいことだよ」

「そうそう」


 うんうん、とテディベァルはうなづく。


「だから偏食は駄目なんだぞ~ ダイス~」

「だからそこでどーして俺に振るんですかっ!」

「そこで、だ」


 話の流れを無視して、「先生」はひょい、とポケットからイアホンを取り出した。


「先ほどの続きと行きましょうか」

「って… 先生、もしかしてあんた」


 マーティは「それ」を指さして絶句する。彼はそれには見覚えがあった。つい数年前まで、彼が「仕事」もしくは「活動」で何かと使っていた類の。


「そ、ちょっとさっきストンウェルが立った隙に、片割れを彼のポケットに入れさせてもらったんだけど」


 聞きますか? とミュリエルは片方マーティに渡した。俺達は~? とねだる二人はにっこりと拒絶して。


「あとでね」


 ぷー、と二人は膨れた。その顔から、先刻のチューイングガムのことを思い出したらしく、再びその議論に入っていった。

 どうしてそんなものをこの「先生」が持っているのか疑問に思いつつも、イアホンの片方をマーティは耳に差し込む。



「別人だよ」


 ノブルはさらっ、と言う。


「どうしてもそう言い切るのか?」

「昔はともかく今は今だ。それ以上のことを言われても、俺だってあのひとだって困るだろ」


 ふん、とジャスティスは二本目の葉巻をぐい、と灰皿に押しつけ、立て続けに三本目に火をつけた。


「プリンス・チャーミングはDDの愛好していた煙草だったよな」

「そうだっけ」

「ファンだったろ」

「そりゃあね」

「だからお前は、コモドに入った。兄貴が六年前に蹴ったコモドに、だ」

「…」


 そう言えば、そうだったかもしれない。ノブルは思い返す。


「兄貴はまだ当時、俺等二人がシニア・ハイに行ってたこともあったし、お袋一人の稼ぎじゃあ暮らしていけない、ってことで、いつどうなるか判らないプロのベースボール選手になるより、企業に入ることを選んだんじゃないか」

「兄貴は偉いひとだからな」


 全くだ、とジャスティスは低い声でうなづく。


「一番怖いひとでもあるがな」

「全く」


 同意してから、ああ違う! とジャスティスは片手をさっと払う。


「何でお前と話すと、どんどん脱線するんだ。そうでなくてなあ」

「だから、オマエが言いたいのは、こういうことだろ? ウチのマーティが、その昔俺が大好きだったDDにそっくりだって」

「そっくりどころか、…あれは同じじゃねえか」

「さあ」


 ノブルは両手を広げる。


「まあそう言いたいんならいいがな。俺も昔会ってるんだ、ってこと、忘れるなよ」

「あれ、そんなこと、あったけ」


 ノブルは記憶をひっくり返すように首をかしげた。


「ある。一度だったがな」

「いつだったっけ」

「忘れたのか?」



 忘れてる。

 当の本人は、神妙な顔で、向こう側の会話を耳にしていた。「先生」もまた、同じ会話を聞いていた。


「そういうことが、あったんですか? マーティ」

「さあ俺には…」


 実際、思い出せない。

 記憶障害。そう言ってしまえばひとことで終わるのだが、このサンライズの中継ぎエースの男は、それを抱えていた。

 無論普通の生活には全く困らない。ただ、パーソナルな自分の記憶に関してだけ、思い出す道筋がなかなか復活しないのだ、という。


「ストンウェルと同じチームに居たあたりはまあ、それなりに思い出せるんだけどな。それ以前のこととなると、だいたいそれこそ思い出すための資料が足りないんだよ」

「そういうものですか?」

「そういうもんじゃないかい? 先生。どんなものでも、思い出すためのきっかけってのがあるだろ? 結構ああいう過去の写真やら雑誌記事やら、試合のヴィジョンなんかはそれなりになあ」


 それでも、あまり思い出したくないこともあるけれど。


「私なんかから見れば、DD時代のあなたはそれはそれで、面白いんですがねえ」


 マーティはそれには目をつぶって、答えなかった。

 元ナンバー1リーグの「コモドドラゴンズ」のエース、花形選手の「DD」。それがかつての自分だったらしい。

 それが、遠征にたまたま来たレーゲンボーゲン星系の争乱の中、間違えられて政治犯として捕らえられてしまい、アルクの連星であるライ「冬の惑星」に数年間、送られていたのだ、と。

 そのいきさつに関しては、どうやら自分の中で「つながって」いる。

 だがそれ以上は、まだ半分以上他人事だった。

 マーティ・ラビイという名は、流刑時代の仲間がつけた「マーチ・ラビット」=三月ウサギというあだ名のもじりだった。


「俺は、今の自分が一番好きだよ」


 彼はつぶやく。

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