第三話
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狐ヶ崎高校から徒歩約30分。
住宅街の少し外れにある小さな森、もとい御子柴神社。
ここが桜の自宅である。
「ただいまー……。」
勤務先の狐ヶ崎高校から帰宅し、フラフラの足を引きずって自宅にたどり着いた桜は、玄関に倒れ込んだ。
「おかえりー……って、桜!おなごがだらしないことをするでない!シャキッとせんかい!」
出迎えようとして居間から顔を覗かせた祖父、源一郎は床にだらしなく寝転ぶ桜を叱責する。
「もう動けなーい、ねむーい。」
「ったく、しょうがない奴よのぉ。」
だらだらと駄々をこねる桜の腕を引っ張って引きずる源一郎は、齢80にして御子柴神社の神主でもある。
狩り衣から覗く腕は力強く、源一郎がまだまだ現役であることを示している。
「そういえば、桜に頼みたいことがあったんじゃ。」
「えー、なによー。私疲れてるんだけど……。」
「そんなつれないことを言うでない……っと、あったあった。」
源一郎は、ごそごそと書類棚から一枚の便箋を取り出した。
「最近ここいらで妖魔が大量発生しているらしくてのぉ…。わしの代わりにちょっくら桜に退治し……「ちょぉっとまったぁぁぁぁー!!」」
桜は、源一郎が何事か言い切る前に遮った。
「むりむりむーり!!私、昨日の巫女装束を教え子に見られちゃって大変だったんだから!」
「そう固いこと言わずに…。じいちゃんだって忙しいんだからちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃろが。」
「いーやーでーす!しばらくは絶対妖魔退治しないって決めたの!」
表向きはただのひなびた神社である御子柴神社。けれど裏では、不定期に発生する妖魔という化け物を退治する"掃除屋"として活動している。
妖魔とは恨みや憎しみといった負の感情が凝り固まって出来る産物である。
言葉にできないほど醜い姿をしている化け物であり、その姿は常人には見ることが出来ず、霊感や神力の強い者しか見ることができない。
妖魔は本能のままに人を襲い危害を加えるので、掃除屋が人知れず片付けに走らなければならないのだ。
「にしても、なんでこの衣装なのよ!」
「この衣装を身に付けることでより霊力が強まるんだから仕方ないじゃろ。
神の力を借りるには巫女装束が必須なのじゃ。」
「………。」
もしかして、神が巫女コス好きなだけなんじゃ……。
ジトッと半眼で巫女装束を見つめる。
この訳のわからない迷信のせいで、教え子に"掃除中"を目撃された張本人としてはなんともわだかまりが残る話である。
教え子に巫女コス話を暴露された後、全校生徒にその話が回って大変な目にあったのだ。
生徒達からいやらしい目で見られることはもちろん、教員会議が緊急で開かれてお偉いさん方からの質問攻めにあった。
まぁ、"掃除屋"のバックにいる権力が揉み消してくれたお陰でクビは免れたけどね。
「……にしても気が重いよー。」
これ以上この姿を見られるのはよろしくない。誠によろしくない。
「そこをなんとか!
桜以上に強力な神通力をもつ者はいないんじゃ。」
「えー……。」
源一郎の必死の懇願にもあまり気がのらない桜。
「お願いじゃ!
お稲荷さまも加護を与えるなら桜が良いと言い張っておるのじゃ!」