平安の月
9月15日は十五夜
中秋の名月
秋の夜長に、お酒を
酌み交わしながら、
月をめでる。
いいなぁ。
そんな、心穏やかな
ひとときを過ごしたい
ものです。
私は、貧乏性で、
常にあくせく
何かしていないと、
落ち着かない性格です。
加えて現代はネット、SNS、
スマホ依存症社会。
だから、お花見とか、
お月見とか、
もちろん楽しいけど、
でも、
どこか思考が散漫していて、
心から楽しむって、
なかなかできなくて。
そんなわけで、
せめて俳句を詠んでいる
ときくらいは、
ゆったりと心の余裕を
取り戻したい
そんな思いもあって、
俳句を始めたのかな、
と、今は思います。
さてさて、話はもどり、
中秋の名月、
今回の兼題は、まさに「月」
そして私が詠みましたのが、
こちら
平安の歌人も見しやけふの月
季語…けふの月(秋)
私、中学校の頃に習った百人一首
が好きで、
と言っても、中学生のころは、
その歌の意味がよく分からず、
最近になってようやく、
心に沁みて
感じられるように
なったばかり。
そんなわけで、最近、
改めて百人一首を
読み返してみると、
月を詠んだ歌が
結構ありました。
そのうち、2つ、
ご紹介させていただきます。
月見ればちぢにものこそ悲しけれ
我が身一つの秋にはあらねど
大江千里
意味…
秋の月を見れば
物思いさまざま
心は千々に乱れて
うら悲しいのだ
私ひとりのために
秋が来たのでは
ないけれど
ちなみに、この大江千里さんは、
男性だそうです。
え!?
こんな繊細な歌を読むのに!?
てっきり女性が詠んだとばかり
思っていたので、驚きました。
続いて百人一首より、もう一句。
秋風にたなびく雲のたえ間より
漏れいづる月の影のさやけき
左京大夫顕輔
意味…
夜空を秋風は吹き渡る
たなびく雲の切れ目から
ひとすじ さっともれ出た
月の光の明るさよ
二つの歌ともに、
その情景がありありと
伝わってきます。
千年年以上も前の歌なのに、
全然古くない。
今の月、今の私たちも感じる
秋寂と、なんら変わりない。
平安の人々も同じ、この月を
見ていたんだなぁ。
と、しみじみ、そんな思いで
出来上がりました。
平安の歌人も見しやけふの月
なお、「けふの月」は「今日の月」
でもよいのですが、
「今日」だと、なんとなく硬いかな、
と思い、「けふ」としました。




