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転明記 VRMMOってどこでもこうなの?  作者: 朝宮ひとみ
9章 惑星を創る 世界を造る
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75話 偉人と変人は紙一重っていうか一緒だろ(下)

 つかの間の休息ののち、夕食に肉野菜炒めと主食用の雑穀パンを食べた。これはエイミヤさんが普段から買っているものだ。ユイとシェールはまだ死んだような目をしていたが話しかければ反応したので多少体力が回復したと思いたい。


 食べ終わって片づけを手伝った俺たちは、これから住み込む部屋に案内された。男女で一部屋ずつだ。中に入ってみると、なるほど、どう見てもさっきまで物置だったねこれは。半分くらいは三段くらいずつ詰まれた箱が整列しており、残りの床は片付けないと寝床がないくらいに散らかっている。ちっくしょう。隣の女性陣も同様だった。早速エイミヤさんを呼び、要不要を分けようかと思ったら、


「えっ。箱を適当にならして、その上で寝ればいいよーぅ?」


 なにそれこわい。それともこのあたりでは当たり前なのか?いや、それなら他の家々の庭もエイミヤ宅と似たような事になっているはずだ。もちろん庭は手入れの程度の差はあれど散らかし放題な家は見かけなかった。

 翌日片付けたいと強く言い張って、比較的余裕があったほうの部屋のものをもう片方に突っ込んで、なんとか寝具を置いて平らに眠る事ができたが、なかなか寝付けなかった。




 翌日から、ユイすら気力を使い果たす地獄が始まった。

 俺はフェーニアにたたき起こされた。かけ毛布や布団を全部剥ぎ取られ、丁寧に畳まれた。フェーニアは自分のぶんを抱えている。早くしないと叱られるよ、と促され、洗濯機のある庭先まで運ぶ。


 先にシェールを起こさなくてはいけない。布団を剥ぎ取ろうにも、抱き枕のようにがっしり抱きついている。それを、引っぺがし、それでも寝たままの彼女の肩を叩き、ほおをつねり、鼻をつまんで左右にぴこぴこ動かして目を覚まさせ、立ち上がらせてから、その間にフェーニアが畳んでくれたほうの布団を持たせる。そのまま抱かせたらまた寝るしな。


 洗濯機の前で「おーーそーーいーー!」とご立腹のエイミヤさんに布団を託すと、引き換えにメモを渡された。読めないのでフェーニアに読み上げてもらって、自分で日本語を書き加える。メモを読んでる俺たちの横でエイミヤさんは洗濯機のボタンをひとつ押し、どこかへ去っていった。


 メモはToDoリストだ。制限時間まで書いてある。昼までに洗濯物干しと発明品の使用テストを三つ、買出しに、床の見えない汚部屋おべやの掃除、エイミヤさんの部屋のごみ捨て(そこだけは掃除したくてもまだ整頓どころか触らせてもらえない)、もちろん昼食も全員ぶん作る。


 ユイはとある発明品のテストのために俺たちと別れて庭に残った。彼女にしかできないことで、発明品を背負って翼を出して飛んだ。


 フェーニアに洗濯機を見てもらい、タイマーで動いてるらしいことを確認して完了予定時刻をメモ。三人で汚部屋の掃除に向かったところ扉が開かない。こっち側に微妙にたわんでる。

 シェールがたわみをタックルして押さえたりして連係プレイで三分の一ほどあけたら、よく分からないがらくたが崩れ落ちてきた。メモによると今までの失敗作や使われなかった部品の倉庫らしい。


 俺たちにあてがわれた部屋のように箱に入ってるものもあるが、ほぼそのまま転がっている。シェールにむりやり脇へ積み上げてもらってなんとか扉の周りに三人分の空間を確保してやっと入る事が出来た。


 この世界では材料の回収が厳密で、細かくマークがついている。渡されたリストを参考に、マークや番号を振った空き箱に放り込んでまずは積み上げた。最初は分別が細かすぎですぐ疲れたところに洗濯ができ上がった。俺が干しに行き、シェールを戻ったユイと共に昼飯を適当に買ってくるようにと外へ送り出した。


 戻る前に一つ目の発明品を探した。腕時計型の装着端末に見える。利き手に巻くので結構邪魔だなと思いつつ片づけを再開していると、マークを検知して分別を教えてくれた。他に、食材の鮮度とか、いろいろ喋ってくれる。

 ただやっぱり邪魔なので、置いてあった食材の下ごしらえをするときにはフェーニアに付け替えた。全部買っただけだと文句を言うかもしれないと思い、小鉢用のおかずをつくって盛り付けたときにエイミヤさんが帰ってきた。地球なら正午か、きっちり00分だった。


 まだ終わらない片づけを中断して三人も食べに来た。入れ違いにエイミヤさんが覗きに行った。


「えーーまだ終わってないじゃなーーいのよーーー」


 エイミヤさんは戻るとほっぺたを膨らませてぷーっと音を出した。幼い子ならかわいいしぐさなんだろうが、推定年齢が最低二十代最高五十代の女性がやってもぶりっこや失敗した若作りに見える。


 予定を大幅オーバーして、他の事をやりつつ夜中まで片付けした俺たちは、翌日もその後もずっと、夜明けと共に起こされた。


 いくつかの部屋を同じように整頓し、床のちりやごみをでかい掃除機で集めて捨てた。

 発明品のテストは、変な動作をさせられたり、ジョギングさせられたり、近所の人に変な服装で質問をしたり、肉体か精神かあるいは両方に負荷がかかるものになっていった。


 ユイは重宝されて、飛行機械だとか風を利用した機械だとかの部品のテストのためにそいつを引っ張って飛んだり、風を送ったり、強度テストのために空き地に叩き落したりしていた。


 その度に言われたとおりにこまごまと記録をとるのでユイは人間体をつくろうのが適当になっていった。服が無いとか、腕だけごついままとか、翼が出てるとかはともかく、幼女姿にバランスのおかしいでかい尻尾をはやし、それを振りながら立ったまま眠っているのを見たときは、エイミヤさんは一体何を作ろうとしているのかと怖くなった。





 翌日、箱の中身を分別ごとに一度床にあけて、さらに細かく振り分ける。箱が増やされ、指示書に書いてあるとおりに詰める。


「作業の進みが遅すぎるから、覚えてる限り書いたわあー。書いてないものがあったら、下のとおりにまとめといてねぇーー。」


 エイミヤさんはそう言って、死んだ目のユイを引っ張って去っていった。何をされたかは聞きたくない。

 例によってフェーニアに指示書を読み上げてもらうはずが、お互い専門用語のオンパレードについていけなかった。頼み込んでエイミヤさんについていてもらったが、俺が昼食を作り忘れたために彼女の不機嫌さがMAXになってしまった。


「夜はぜったいこれじゃなきゃヤダからね!」


 エイミヤさんは俺に本を投げつけて部屋にこもってしまった。料理本ではなさそうだがレシピが載っていて写真もついている。めちゃくちゃめんどくさそうだし、食材が分からない。もちろん作業はまだ終わっていないからダッシュで片付けなくてはいけない。超ハイスピードで片付けていた女中さんは何物だよ。


 さらに、テスト中の発明品がシェールと実験対象にされた近所の人の前で爆発するし、フェーニアが気を使って入れたハーブティに嫌いなフレーバーが入っていたという理由で休憩を中断されるし、近所の人に土下座して頼み込んで教えてもらいつつ作ったリクエスト料理はちゃぶ台返しされた。




 三日目。俺は熱を出して倒れた。隣でユイが気を失っている。家事をフェーニアに任せることにし、シェールに、お前も気をつけろよ、と声をかけて見送った。


 四日目。遅れを挽回すべく、夜明け前に起きて徹底的に話し合った。近所に住むエイミヤさんの甥っ子が先日の爆発事件を知って駆けつけてくれたので、専門的な事で何か詰まったら彼に指示を貰う事にした。


 五日目。作戦が功を奏し、寝る前に予定に追いついた。


 六日目はエイミヤさんが自室で実験に失敗し、薬品とか危険物専門の業者を呼ぶ羽目になった。家の半分くらいが業者の後片付けと点検を経る事になり、予定が開いた。渡りに船だとばかりに、俺たちはぐったりと部屋で眠った。食事は業者の人が出前を取ってくれた。スパゲティ系の麺類だった。




 七日目。残っている業者を横目に、全体の掃除をした。業者を見送ったら、食事の買出しに行き、好きなメニューを言い合って食材をばんばん買った。俺とフェーニアと甥っ子という野郎トリオで作っていく。

 沢山作って、夕飯もこれでいくことにしたので、ひと品ひと品の量が多かったくらいで困る事はなかった。甥っ子君がキッチンに慣れていたのも嬉しいが、ますますエイミヤさんの料理スキルが気になるというか気にしてはいけないというか。


 食べているうちにすっかり機嫌も直り、俺たちは波動を分けてもらうための魔法の話をした。


「魔法……使えるんだ。」


 小さな声でエイミヤさんが聞き返す。科学者に魔法の話したから怒られるかと思ったが逆だった。


「ねえねえーー?じゃあ、あなたたちならーーわかるかなあー?」


 使い込まれ背中が割れたノートを広げて色々質問攻めが始まってしまった。それでも、協力してくれるんだなっていうのは安心できた。

 力場探しや、エイミヤさんへの回答の都合で、数日滞在を伸ばし、女中さんへのちょっとした手伝いをして、最終日の夕方、車で数十分のところにある森の前で車を停めた。車は、ディーゼル車にちかい、何か燃料を燃やして走っているらしい。


 電気は火力発電以外に波動の何とかとか説明されたが地球にない波動関係をはじめとした様々な専門用語のせいで意味不明だった。分かったのは、波動を魔法ではなく科学的に研究した学問体系が出来ていて、初めは直接明かりや炎や動力を作っていたが、地球のインフラに近い電気の利用が考案され、広まりつつあるということだった。


「魔法と何が違うのかって言う人も居るけど、私はねーえ、燃やして電気をつくるの、好きじゃないの。

 何も残らないーってみんな考えてるけどー、空気みたいな物だから見えないだけ。私達に気付けないだけ。どうなるか、わかっていないだけなのよー。」


 俺は、温暖化とか環境のなんとかとか、小~中学校でそんな授業があったのを思い出した。だが、何も言えない。


「波動のいきものは人間だけに肩入れできないから、『別にいいよーー』ってしてるけど、嫌そうにしてる子、結構いるんだもん。何か、あると思うのねー。


 それに、燃料となる油はあまりたくさん採れないし、技術が出来て沢山取れたらどうなるかももちろん分からないでしょー?

 石も、一度に沢山採れないし、全体の量も分からない。だけど、動力が無かったら、この生活に慣れてしまった人間は困ってしまう。少しでも、星も生き物も困らない、方法があったら、いいねーえ。」


 俺たちは森の中へ入っていった。道の終わりに、少し開けた場所があり、丸太を切って横たえてあった。エイミヤさんがそこに座ると、ユイが彼女の額に指を当て、自分と目を合わせるように言い、暗示をかけた。


 俺は、夕日に照らされた二人の横顔を見て、ふと、思い出した事があった。それで、エイミヤさんと別れた後、訳を話して、ユイとシェールに帰る前に百年か二百年ほど後の時代を見せてほしいと頼んだ。




 場所は変わらない。最後に別れた森だ。その近くに図書館があった。俺はカウンターの人に、発明家や偉人の本を見たいといい、案内してもらった。


「ありました。ありがとうございます。」


 俺が会釈すると、カウンターの人は笑顔で戻っていった。子供向けの絵本から大人向けの専門的な読み物まで、沢山あった。シリーズものの目録を一冊手に取り、シェールの魔法で翻訳した状態を転写してもらった。


『世界最高の発明家、千年の偉人。エイミリア・ナイヤリヤーウフ・エメファイス。豪商ナイヤ家の分家を離縁し、エメファイス家を創設。


 生まれたばかりの電力利用技術を飛躍的に向上させ、ライフラインのひとつとして確立、さらに、複数の新たな発電方法を研究開発し、大量輸送手段として人員輸送用大型車の開発・運用を開始。その後列車の開発と路線計画を立案。あと百年ほどで大陸中央部の山脈に停車駅を作る事が出来ると言い残した。わが国の国号は彼女が遺した輸送技術が国の発展に大いに寄与した事を讃えるためにXXXX年に改称された。』




 P.F.O.の未来世界のシェルターには、過去の遺跡が使われているところがあった。そのひとつが、巨大なターミナル駅の遺跡だ。そこに女性や男性の彫像が並んでいる場所がある。エイミヤさんはそこにある女性たちにそっくりだったんだ。名前はEMなんとかしか覚えてなかったし、主要世界からずっと未来だから国号はディスなんとかから変わってても気に留めてなかった。よく気付けたな俺。何で覚えてたんだろう。


 ちなみに伝記には、彼女の料理がヤバイとか、話し方が独特で慣れるまで聞きづらいとか、部屋が絶望的に汚くなるまで片付けないとか、もちろん書いてありませんでしたよ。

帯状疱疹はピークを超えてひと安心しています。

疱疹がなくなるまでは作業しないつもりでいます。

書き溜めを確認したら次回までしかなくて戦慄しています。

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