74話 偉人と変人は紙一重っていうか一緒だろ(上)
リアルに戻れば四月。新作ソフト開発が始まってもう半年経っている。
俺や平沼たちで、煮詰まらない開発チームを無理やり引っ張り出し、少し山のほうの田舎にある桜の名所へ旅行に行った。旅館にも、まだ若いが桜の木が庭に植えられていて、露天風呂から眺めているとたまに花びらが湯船に落ちる。あと数日すると、水面が花びらに覆われるのだろうか。
折角のリアル花見だが、何人かの予定の都合と、旅館から離れている事もあり、桜の木のそばにいられるのは食事や歓談込みで一時間ちょっとが限界だった。場所取りなどが禁じられていて次々人が来るので入れ替わりが激しくて落ち着かない時間もあった。
それでも、日程をぎりぎり広く取ったから旅館ではゆっくりできたし、混雑も勘定に入れてあるから予定の遅れはない。
魂集めもここ数週間なかなか進まず、実は俺も花見でかなりリフレッシュできてありがたかった。機械の調子が悪かったり、ユイたちの波動の都合だったりで、予定していたのにあの世界へ入れないことが半月続いたし、定期検査入院中の村上の見舞いに行ったら、寝ぼけたあいつに袖をつかまれて、無理に離していいものなのか迷ってナースコールを押したらそんなことで呼ぶなと怒られたり、なんというかじりじりと削られてる感があった。
村上は、元通りとは行かないが、脳がやられてボーっとする事しか出来ないとか、寝たきりとかにならずには済んだ。
自宅や病院でリハビリの体操や計算ドリルなどをやっている姿を見ると小学生のようだった。実際、発想が小学生くらいまでしか戻っていなくて、看護婦にいたずらして俺が怒られたりした。そんなことがあったあとだから、花見旅行では体も心も休まった。
花見から帰って数日、やっと魂集めを再開できた。ゲームでも名前すら出てこない、ディスなんとかっていう『長い名前の国』へ行く事になった。
今回降り立ったのは、神社の鎮守の森や個人の家を囲む木々のような、小さな森だった。森林浴でもするのか、ベンチとテーブルと屋根が設置されているが、落ち葉やら枝やらで半分うずもれている。
森の木々の間から、建物が見えた。地球上にあったら、有名なデザイナーの家です、とか言われていそうな、屋根と本体がちぐはぐな色、形、素材をしている。
避暑地のログハウス風別荘みたいな多角形の三階~四階建てのところどころから、トタンのようにデコボコした板がハンバーガーのチーズのようにはみ出している。屋根はプラスチックのような、人工の素材のように見えた。さらに、すだれのようなものがあちこちに下がっているし、一番上にはピラミッド型の構造が乗っている。
この国はシェイリアでもっとも科学が進んだ国だし、時代もずっと後のほうで、ユイいわく一番お前達の世界に近いという話だった。森を出た俺たちは先に他の家々を見てみた。日本にあってもおかしくない外見の、コンクリートで出来た四角い建物に、平らか、斜めか、三角かという、見慣れた屋根が乗っている。形が違うだけで瓦っぽいものが乗っている家もある。
そして、出てきた森の横にある、あの家の前まで戻ってきた。さっきまでと違い、家の庭先で、若い女性が地面を掘り返していた。女性が一息ついて、何となく首を回した。そこで、俺と目が合ってしまった。
「う、ううーーーん、そこのキミーー??ちょうどいいわぁ、こっち来なさいなーー?」
こっちへ来いといいながら、女性はずんずんと近づいてきて、そっち側にいた俺とシェールの腕をしっかりと掴んだ。ユイとフェーニアにも声をかける。
あのへんてこな家に入った俺たちはやたら臭くてどす黒いお茶を出された。ユイとフェーニアは気にしていない。俺はほんのすこしだけ口にして、苦さに意識が飛んでいきそうだった。飲んだ事のない変わった味のするお茶ですね、というと、フェーニアがドクダミ茶と何かのブレンドを濃いめに淹れたものではないかと言った。女性は頭に響くキーンとした声で
「そーおなんですよー!私ぃ、ハーブティが好きで、色々葉っぱを集めるのも、大好きなんですよー!」
今日のはたまたま出してあった一番のお気に入りブレンドだと、女性は嬉しそうに言った。俺にはまずかったし、フェーニアは言葉を選びに選んで
「僕は森のエルフだし、店をやっていたことがあるからかなり幅広く飲みますが、こんな濃厚な配合は、初めてですよ。」
と感想を返していた。
俺は、このお茶を意識から遠ざけたい一心で、ちょうどいいと言っていたのはどういうことかと質問した。
この女性、エイミヤは名乗った後、俺たちは宿に困っていないかと尋ねた。ちょっとした手伝いをしてくれればいくらでも滞在していいから、お願いを聞いてくれ、と話し、エイミヤは奥に見える部屋へ声をかけ、女中さんを呼んだ。
この女中さんは、しばらく故郷へ帰る用事がある。その間だけは家事を頼むことになるから、そのぶんはお金も払ってくれるというので、四人でやれば一人一人の負担は少なかろうと予想し俺たちは了承した。
エイミヤさんの家ナイヤリヤーウフ家は何代も続く豪商だという。彼女は本家の跡継ぎを弟に投げつけて、発明家をやっている。他に分家が国の外まで広がっていて、国内ではかなりの発言力がある。
それでも、彼女が発明家をしている事に関しては、皆何かを諦めているようだ。商人ではない道を志した人は過去にも居たが、影響力を生かして政治家になるだとか、スポンサーを探さなくていいスポーツ選手とか、家のネームバリューを生かしたというか、これまたお金を沢山動かす仕事についた。しかし、彼女と、彼女の伯母にあたる絵本作家だけは、まるで家を捨てたような状態だ。
「でもでも!私だって、ちゃんと発明品を売り込んでいるんですよ!家の販売ルートに乗せてもらってるのもありますし!」
エイミヤは体を乗り出してきた。テーブルに散らかったチラシをべらべらめくって、一枚を引っ張り出して見せた。ラジオっぽい音声端末と、情報端末用のケーブルの広告だった。
従来品の半分以下の動力で動きます。音はより鮮明に!とラジオの広告には書かれている。売れているようで、シリーズや色違いなど、いくつも並んでいる。ケーブルにいたっては「ご予約はこちらに!」「売り切れ続出!緊急増産!!」などの文句がでかでかと書かれている。
ただのマッドサイエンティストではない事が分かって俺は安心したが、不安は残る。
夕飯用に好きなものを買ってきていいから、とお金&買い物メモを渡された俺とフェーニアは、大きめのスーパーマーケット的な店舗に向かわされた。
地球のというか、日本のスーパーと違うのは、青果や肉、魚、日用品など、それぞれを扱うテナントが集まって出来ているというところだ。スーパーの会社があって、そこにテナントが入っているというのではなく、全ての店が対等だ。
いちいち清算しなければいけないのは面倒だが、その代わり店員が商品に精通している。新人でも陳列は覚えているし、質問すればおおよその答えを拾いつつ分かる人を呼んでくれる。それに、自分で梱包しなくていいのがありがたい。野菜や果物はどう入れていいのか迷う事があるからな。
メモにある雑用品を探して、コーナーに入ってすぐ店員に案内してもらい、さっと会計を済ますと、休憩コーナーでメニューと回り方を考える事にしたがうまく回る方法が思いつかない。
野菜と果物など、同じコーナーにあると思ったものが別だったりしてめんどくさくなってしまった俺は、すれ違った客が話していた別の店にも行ってみる事にした。
そっちは日本のスーパーのように、会計が一箇所で済むようになっていたので、俺はじっくりと見比べる事が出来た。肉はウサギ、鳥、引退した乗鳥、知らない四足動物、牛、馬、熊などなど、多彩だった。さっきの店では、鳥と牛・馬と熊は別コーナーだったりした。肉なんだからまとまっててほしいよな。そう思うだろ?
初めて体験する買い物方式と店の広さにびっくりして動きが止まっているフェーニアに日本のスーパーの話をしながら、適当な肉を数種類と野菜を買った。
そのまま適当に見て回り、酒やつまみ、お茶の葉など、かなり好き勝手に買い物をしてからのんびりとあのへんてこハウスに戻ると、玄関を入ったところでユイが遠い目をしていた。一体何をしたらこうなるんだよ!ユイの肩をゆすって、どうしたんだと若干大きめの声で俺は尋ねた。
「ん…………。あ、テンメイか。我が、なんだって……?」
俺とフェーニアはユイをなんとか抱え上げ、適当な空き部屋のソファに転がした。そこでエイミヤさんが笑顔で入ってきた。満載のカートを引き渡すと、背後から白目を剥きかけたシェールが入ってきて、ユイを寝かしたソファの足元に無言で転がった。
エイミヤさんと俺とフェーニアで、おやつと夕食を作った。おやつはスコーンとナッツ入りパンの生地が寝かせてあったのを焼いた。
ユイは人間の料理など知らぬの一点張りで逆に立たせてはいけないような気がするし、シェールはパン生地に、別に入れてあった青汁っぽい草を刻んで混入しようとしていたので全力で止めた。何の葉なのか、作業のあいだにエイミヤさんに聞いたところ、
「胃腸の働きを整える草でねーえ、めちゃくちゃ苦いの。そのままよりはー、干して粉にするんだけど、苦さも増えるから私はその都度刻んで使うのよねー。」
大量の食材を生ごみにするところだった。パンに入っている豆類にはヘーゼルナッツやココナッツのような甘い味のものもかなり入っているが、それでもそんな苦いものを入れたらただではすまないだろう。しかも俺よりエイミヤさんが怒っていた。
「ありふれた草だけど、大事に使ってるの!
それに、違う薬草だったら死んでたかもしれないんだよ?入れる前に、ちゃんと私に聞いてね!」
危ないものを扱うこともある人らしい気配りかと思いきや、
「せっかくマトモに出来た生地なんだから!!貴重なんだからぁーー!!」
単にこの人も料理の腕が怪しいだけだった。焼いている間に夕飯の下ごしらえとして野菜を切っておく。凝ったものを作ってみようかと思っていたが、俺はフェーニアに目線を送り、普通の肉野菜炒めに決めた。エイミヤさんに配置などを教えてもらいつつ手伝ってもらうことを考えたら、危ないことはしないほうがいいと思った。
帯状疱疹が出来てしまい、医者に「ひどい」「広い」といわれてきました。あと数回は書き溜めてあって投下できるのですが、そのあとは、今月中にあまり作業できないため、書き溜めたぶんよりあとの投下は中断いたします。ご了承ください。




