71話 もしも約束を覚えていられるのなら
次の魂集めは面倒な時代だった。前に魂集めに行ったツァーレンの領主から数百年あとだ。
ツァーレンは東の平地への侵攻を止め、エル=バルディリアとの戦争はもう何年も前に終結していた。しかし、バルディリアが戦争での疲弊や、何人か続いたちょっとバカな国王による政策ミスや他国との貿易のよる赤字でめちゃくちゃになりかけていた。追い打ちをかけるように内部で力を蓄えた勢力による反乱が発生して、首都から離れた地域は紛争状態だ。
そんなときにツァーレン側から入国してきた俺たちは、反乱側に目をつけられた。西南の端エル=ツェダミア県の県知事も、反乱を起こした一人だ。県民をあおってバルディリアから独立しようとしている。
西にツァーレンとの境があり、東と北は別の県、南は山地がある。山地はふもとだけバルディリア領で、つまりはツェダミア県に属している。ツァーレンがなければ地球のアメリカみたいな穀物輸出大国になれそうなくらいに、恵まれた地域だ。
ゲームのシェイリアもそうだったけど、この世界は地球みたいな小麦や米、とうもろこしの文化ではない。大麦とか、『なんとか麦』やら雑穀がメインだ。そこにあって、ツェダミア県は一般市民でもちょっとお高いと思うくらいの手の届く範囲で、地球でよく見るふわふわのパンがほぼ毎日食べられる。もちろん、戦争のないときだけな。
今、俺は地下牢で給食に出てきそうな小さなコッペパンをかじっている。うまい。うまいけど、このパンひとつとスープとよく分からない干し肉一切れは、食べる量が落ちてきた俺でも腹が減る。
毎度恒例で、目につかない森の中に降り立った俺たち。場所は国境をまたがって広がる森林地帯の飛び地のような感じで点在する小さな森のひとつだ。太陽の向きで方角を確認し、いつもの『設定』を確認した。
だいたい商人兄弟(もしくは従兄弟)か、いつぞやのように親を探すきょうだいというパターンが楽だ。今回は商人だ。シチュエーションは売り物を売り切って、仕入れと休憩したら次の土地へ渡ろうと考えている、というもの。
いつも荷物を持ち歩くのも大変だし、ツァーレンほどじゃないが身体検査とか没収とかされたらつらすぎる。それに、仕入れならいろいろひとに尋ねたり売り物を見て回ったりしてもおかしくない。
森を出た俺たちは、宿を探すときに適当に新聞と子供向けの教科書を買って、なんとか交渉成功した宿屋で作戦会議をしていた。食事は朝しか出してない宿で、夕食を食べに行く時間まで数時間あるし、先に会議をする事にしたんだっけな。
今回は出てきた場所と目的の人のいる場所が離れすぎていて、本当に行商しながらでないと宿代も中途で尽きそうだと分かり、俺はゲーム中どうやって旅をしていたか思い出そうと頭を捻った。地球上で言えば、隣町までの電車賃でアメリカ大陸横断をするようなものじゃないかなーと、シェールがさらっと言い出した。広さ的にはもうちょっとマシだとユイは言うが、移動距離はアメリカ横断の八割で済むぞ、とおっしゃる。やはり彼女の感覚を当てにしてはならんね。
教科書で歴史をざっとおさらいして、エル=バルディリアが相当狭くなっていることを知った。ルシエンは両方とも切り離され、南は小さな国、東はただの山奥の集落と化していた。南北を山地に囲まれ東西をツァーレンと広大な森に阻まれた平原いっぱいに広がっていたはずだったが、今は、反乱が起きている県や地域を含めても平原の七割くらいしか大きさがない。
雑誌や新聞で一般常識を拾い、行商エピソードを捏造し、夕食をとるために宿を出た矢先だった。宿の数軒先の店の前で、町の人が二人、軽装の鎧を着た四~五人の集団に何か話しを聞かせていた。そして、ときどき、こっちを指差したり、こっちを見て少し目を見開いたりした。結局、やっぱり鎧集団はこっちへ来て、進路をふさいだ。
その結果が先のコッペパン付き牢屋だ。個室になっていて、壁は天然の洞窟のそれを何か薬で塗り固めたようだ。道具もないし、出血覚悟で爪で掘るすら無理そうだ。こりこりと触ってみるが跡もつかない。
時間の感覚が麻痺していくが、規則正しく見張りの交替が来るし、きっちり消灯時間や起床時間を知らせてくれる。せっかくの宿がぱあになったが装備があるだけ前回などよりマシだと思う事にする。
何日めかに、俺たちを含めた十人くらいが、八人乗りの車に乗せられ、ごとごとと乗鳥に引かれていった。もちろん狭い。ユイとシェール以外全員男だ。
最大限の配慮だと言われ、座席の乗降口側の端に二人。俺とフェーニアがその隣。あと二人強くらいのスペースに三人ずつ。俺のほうはおっさん三人。ひとりがドワーフで幅がやばい。二人も恰幅がいい方ではないが見たところ痩せてはいない。フェーニアのほうはがたいのいい髭のおっさんと、二十~三十代の太った奴、それと両性族。
ぎっちりで肩が入りきらず、前傾姿勢気味で何日もゆられ、腰が曲がってしまった。会社員時代に三日徹夜して椅子寝しても平気だったのにな。ちくしょう。ちなみに、今送り込まれてる体はテンメイより俺本人に近い。こんなことにならなければ、それでも数年は若返った気分になれる。
首都の端だとかいう兵士用の詰め所で何回目かの睡眠をとっているところで、髭のおっさんが俺たちを気にしていたのと、両性族の人の体が、突然、少し女性寄りになってしまい輸送係もされるほうも皆右往左往したのと、毎日毎食コッペパンだけは出てくるのでしばらくいらねえなーと思った以外は何も起きなかった。
意外にも、ユイもシェールも暴れたり「やだあーー」とか言い出したり、ひっそり魔法を行使したりしなかった。
ツェダミアから見て国の反対側。東の端にあるリーナリー県に着いた十人は、そこでも地下牢に入れられた。見張りに尋ねたら、この県の知事もこっそりと反乱を企てていて、ツェダミア県の知事と交渉で色んなものを交換したり売買したりしているとのこと。俺たちは代金の換わりにここで死ぬまで働けということらしい。
ここもツェダミアと似たような個室で、違うのは自然の洞窟ではなく建造物で、コンクリートやレンガのような、固めたもので出来た壁に、顔の半分くらいの大きさの鉄格子の窓が扉についていることだ。なお、壁には窓も何もない。ツェダミアは洞窟だったのでもちろん窓はないし、窓は扉の下のほうに、「給食」を差し入れる小さな扉がついていて、差し入れ口以外扉にまで鉄格子がはまっていた。
入れられてすぐに、腕を窓から出せといわれて出したら、番号の焼印を押された。小さい頃に石油ストーブでやけどをした事があるのでフラッシュバックしてしまい、余計に叫びだすかと思った。というか思い出しは、した。涙も、出てきた。
乱雑に薬を塗られた腕を引っ込めてじっとしていると、順番に声が聞こえて、十人全員に焼印を押している事と、だいたいの位置が分かった。俺、太った奴、ドワーフ、フェーニア。おっさん。俺の正面におっさん、髭、シェール、両性族、ユイ。隣に知り合いが来ないようにしてある。牢が同じ広さなら、正面にも知り合いが来ない。ドワーフと髭のおっさん、両性族の人には知り合いがいないようだった。おっさん二人が知り合いみたいだ。
数日後の夜中、なぜか隣のおっさんが俺の牢にいた。腕を引っ張ってくる。寝ぼけたまま歩いて、扉が開いている事に気付き、はっきりと目が覚めた。俺は前のおっさんを必死で追いかけて、脱出し、来たときのように車に乗せられ運ばれた。俺はそこで眠ってしまった。行きと違い、そこまで窮屈ではなかったからだろうか。
朝、髭のおっさんが、別の髭のおっさんとユイ、それから何人かの赤眼の民の人と話し合っている声で目が覚めた。別の髭のおっさんが、俺に声をかけてきた。話し合いに加われという。そして、車を引く乗鳥を担当してほしいと頭を下げた。
俺が了承し、車まで案内されると、乗鳥の群れの中にるーがいた。俺たち四人が捕まったときに一緒に連れて行かれたのか、庁舎にある小屋にいたらしい。おっさんが言うには、相当の経験を積んでいそうだったから車を調達する際に連れてきた、とのこと。
朝食は軽く、まだお腹がすくくらいだった。やはり、すぐに移動を開始した俺たちは、丸一日ひたすら東へ進み、こっそり国境付近に広がる東の森へ入った。少しずつ標高が上がっていく。通報を恐れ、集落を避け通り道もないところに向かって山中を突き進んだ。
俺たち四人と一緒にいるのは、あの髭のおっさんと、共に話し合っていた人たちと、その家族や同じ集落の人だという二十名ほどと、脱獄から付いてきたおっさん二人の片割れ。付いてきたおっさんも俺のように乗鳥を任されていたが、車や荷物を引いている間はともかく、降りて引っ張っていくときに言う事を聞いてもらえずに大変そうだった。
川へ注ぐ大きな湖のほとりで、荷物を下ろした。見えないように少し森に入り、開けた場所で三日、周りを探索しつつ待ってみたが、追っ手どころか人ひとり近くを通らなかった。
湖に沿ってさらに東へ少し進んだところで、別の髭のおっさんが、新しく集落を開くと宣言した。彼は集落のリーダーだった。
捕まってたおっさんはリーダーの親戚で、捕まっているときにシェールを通じて皆を出してくれた。
その日の夜、ユイとシェールがひげのおっさんふたりを訪ねた。探していた魂はリーダーだった。リーダーは快く応じてくれたが、何かユイに相談し、何日か悩んでいるようだった。
ある日、収集の詠唱をするためにちょうどいい魔法の力場を見つけた。リーダーとユイが、先にやりたい事があると言った。
男性がユイに相談し悩んでいたことだった。理由は分からないが、俺たちが収集するのと似た仕組みで魂を集め、保存するというものだった。
唯一の心配は、個人のもつ魔法力の限界で、期限を設けずに遺しておく魂の数には限界があった。そこで、維持しやすいように、適当な伝統をでっちあげ、由緒有る風習をつくってしまうことにした。
保存の方法は、できるだけ簡素化したとユイは言った。魂を保存したい人に、あらかじめ準備の魔法をかける。その人が死んだら、遺体に本番の魔法をかけ、儀式として埋葬を行う。魂はこの力場に溜め込まれる。触れない幽霊程度なら姿を現したり、生きている人と会話する事も出来る。
誰かが特定の手順を踏むと、保存された魂が蘇り、生きている人と同じように物に触れられるようになる。
リーダーは、その条件でいい、とユイにいい、丘を利用して墓場をつくった。俺たちも、他の人も、事情を聞かないまま手伝った。知っているのは、おっさんふたりとユイだけ。こういうことにはすぐ首を突っ込むシェールにすら教えていない。
出来上がった広い半地下墓地で、俺たち四人とおっさん二人、それとリーダーの両親、妻、子供の声が響いた。詠唱の間、俺はおっさんの子供の一人に妙に見覚えがある気がしたが、ずっと思い出せなかった。
最近、夏バテどころか体重が増えました。涼しくなったら走るしかない…(;ω;)




