70話 仕方がないから最終手段
次の魂集めは、知っている姿になる少し前のツァーレンに行く事になった。都市国家から、領土拡大を宣言した領主を初代とすると三代目にあたる時代だそうだ。二代目は初代の息子で、まだ若いうちに死んだ。三代目は二代目の弟だ。
二代目は早世だったこともあって空白地帯を少し加えただけだったが、この三代目は周りの小さな都市国家にがんがん攻め入った。中には先に同盟や国への編入を申し出た国もあり、どんどん国が大きくなった。
中には時間がたってから離反した地域もあり、それもあって三代目は余計に周りを叩き潰す事に躍起になった。降伏や編入を申し出てもひたすら潰し続ける様子は、逆にかなりの臆病さがにじみ出ている。
軍の錬度は思ったとおりとても高い国だ。地球の現代の軍みたいにきっちりとコース分けがされていて、世代を経ている分内容がどんどん洗練されていったようだ。そういう近代的なシステムが他の国や地域にはないから、よっぽど馬鹿が指揮しない限り負ける事はありえないだろう。
にも関わらず、叩き潰すことに重点を置いているため、吸収された地域は焼け野原状態から立て直すだけで精一杯で、とても反抗なんか考えられなくなる。
俺たちは森の中に転送された。後の時代には木材を取って木が切られ、そのあと畑にするために広大な範囲が開墾されてしまったというし、ゲームでは森はなくならない代わりに初めから半分くらいしかなかった。
あそこは標準種だけで固められた国であるため、今度は俺以外が標準種に見せる化粧をした。そして、フード付きのぶかぶかのコートを着る。冬ではないから薄めの生地だ。
ちなみに、冬なら身を隠しやすいかというとそうでもない。ふっかふかふっさふさの毛皮を着るから逆に街では顔がよく見えるようにフードを取らされる。だからバレやすくなる。
それと、フェーニアはエルフだということと育ちもあって寒いのが苦手だ。逆にユイは寒かろうが平気だから着込まないだろうし、一人だけ薄着で平然としてたら怪しさを増してしまう。
森の中のきこり小屋で身支度を整えると、るーに荷物を載せて歩く。今回は商人の兄妹という設定で言い訳用の話をつくる。親が死んで兄弟だけで旅をしているという感じだ。保険として、遠い昔の祖先にエルフがいるから、皆人間でもちょっと性質を持っててもおかしくないよ、という設定を考えた。これでユイやシェールの肌の色やフェーニアの身長をごまかせるだろう。
というか、他の場所ならそれでよかったんだろうと思う。だが、俺たちはヤバい状況に置かれてしまうこととなる。
森を出て街道を歩きはじめてすぐに雨が降り出した。だから俺たちは小走りして近くの軒先で雨宿りを始めたんだ。雨は俺たちが小屋で身支度する間から降っていて、一時間以上経っているはずなのに止む気配がない。
止むまで待つのは嫌だとシェールが言うので、雨が弱くなったところで少しずつ先の軒先を借りつつ移動する事にし、何軒か移動した先の家の人が親切にも家畜の小屋でよければと休ませてくれた。
適当な敷物を敷いてるーや自分達の荷物を降ろし、その家の人が置いていってくれたコーヒーのような黒いお茶を少しずつ飲みながら、交替で少しずつ昼寝をはじめたところで母屋のほうから言い争うような声がした。
もちろんツァーレンは標準語なんか喋ってなかった。何をもめているのか分からなくて、起きていた俺とユイはじっとしているつもりだった。しかし、向こうから小屋の戸を開けてくれやがった。
扉を開けたのはツァーレンの兵士だった。領主様を讃える言葉だったか、文章らしき文字列が書かれた鎧を着ている。全然分からないけど、文字は標準語と同じなんだな。兵士がハンドサインのような動きをすると、別の兵士が五人入ってきて、俺たちを拘束した。寝ていたシェールとフェーニアは頬を軽くはたかれ起こされた。
るーも拘束され、荷物は没収された。せっかく家の人がくれたお茶の葉も。食事を作れるようにと置いていってくれた野菜も。フェーニアが持っているハーブティ用の茶葉やハーブやスパイスも。
目についた持ち物は何もかも鞄や袋ごと持っていかれた。取られなかったのは、俺が服の裏につくっておいたポケットに隠したメモだけだろう。鎧は取られた。
延々歩かされ、時間ごとに水を無理やり飲まされる。一定量飲むまでぶっかけるように水の容器を向けられた。初回に何度も飲み損ねた俺は、二回目から顎をつかまれた。シェールやユイは初めは飲む事に抵抗してビンタされていた。俺やフェーニアは何回目かで咳き込みすぎてはきそうだった。
何時間経ったのか、激しかった雨が小康状態になり、柔らかく湿る程度になり、止んだ。空は曇ったままで時間の感覚が分からない。
中心街らしき町を囲む万里の長城みたいな壁に設けられた門をくぐるとき、へんなアクセントで「夕食です」と言ってスープとハムみたいな塊を食わせてきた。食べ始めてからきっちり一時間(と表現すればいいのかな)で皿を片付けられ、俺たちは再び歩かされた。
下っ端らしい兵士が俺たちを囲み、共に歩く。話しかけようとすると睨んでくる。ちょっと豪華そうな鎧を着た奴がいたはずだが、そいつは乗り物に乗って先にいった。途中から目隠しをされ、杖を持たされた。階段や段差は自分で測って歩けといわれた。
目的の建物に入り、頑丈そうな扉が閉まる重い音のあと、目隠しが外された。四人の少し装飾付きの軍服の人が立っている八畳くらいの空間と、その半分くらいの幅の短い廊下があって、その先にエレベータがあった。空間にいた人に言われて、俺たちはそこに乗せられた。杖を回収され、手を縛られた。
エレベータの中はさっきの空間ぐらいの広さがある。広い。俺たち四人と、兵士が六人、乗鳥に引かせた乗り物で先に行った隊長(仮)、さらに装飾付きの人が二人ついてきている。
外は見えない。本当に『箱』という感じだ。がたがたがた……と規則的な機械の音がする。歯車っぽい音だ。エレベータの仕組みを細かく知ってるわけじゃないけど、地球のものとは仕組みが違うかもしれない。
直通らしく、途中で止まったりせずかなり高い場所に着いた。おそらく二十階くらいあるだろう。場所によっては十階ですら珍しいのに、少しだけ見えた窓の外には、十五階建てくらいの建物が数本遠くに固まってるのが見えた。近くにも建物が固まってるようなので、同じくらいだろうと判断した。利いても教えてくれない気がする。確認はできないな。
エレベータの中や降りたところにある表示を見るからに、最上階だろう。降りると、下の半分くらいか、狭い部屋があり、エレベータの正面と右側の壁に二メートルくらいの高さの磨かれた木の扉があり、左側に高さも幅も半分くらいのそっけない扉があった。
壁はババシャツみたいなベージュで、磨かれた扉のほぼ黒い茶色が目立つというか、迫ってくるような迫力を感じた。反対に、そっけないほうはまるで薄い板を壁に張ってあるのではないかというくらいにちゃちく見えた。
隊長(仮)が高級なほうの扉の取っ手にかかっている細い管を加えて鳴らした。すると扉が少しだけ開いた。隊長(仮)が何か話しかけると扉は全開になった。俺たちが入室したところで扉が閉まった。すぐに足を蹴られ、跪かせられた。勢いよく膝をぶつけて、皿が割れるかと思った。足がしびれそうだ。
四方が、格子付きの窓だった。一角にさっきのちゃちい扉の先と思われる四角く仕切られた場所がある以外は、一部屋だ。壁は防火シャッターみたいな金属で覆われた状態で、さらに、扉の正面に頑丈そうなついたてが見える。椅子に座っていた誰かが近づいてきている。こつ、こつ、と足音だけが響いた。
「お前達は、なぜわが国の民の住居に侵入した?」
訛りのない俳優みたいな日本語に聞こえる。かなり標準語がうまいことがわかる。話している間も、規則的な足音は止まない。
「選ばれた民の住処に、お前達のような低俗な輩が入り込むなど。どこの間者だ、正直に申し出たまえ。」
俺がダメもとで設定した話をしようかと思ったとき、シェールが馬鹿にするように笑った。俺をじゃないのはすぐ分かった。首を曲げると、シェールが頭を上げられるだけ持ち上げて、笑っているような怒っているような、不思議な表情で歯を見せていた。
「選ばれた民ですって?
雨宿りさせてくれたあの家の人たちは、そんなご大層な人には見えなかった。
一生懸命つくった作物はあんたたちに持っていかれ、人に親切にすればあんたたちに文句を言われ、家をあらされて、悲しそうな顔をしていた。
自分は選ばれた民だなんて高慢ちきなことは言わなかった。でも、家族同士楽しそうに話したりして、とても温かく暮らしているんだなってことは分かった。
こんな国、誰も来ないわよ。来る必要もない。おだてておだてて、持ち上げまくって鼻をのばしちゃえばいい。どこかでうまいことやってへし折ればそれでおっけーでしょ。選ばれる意味って何?」
笑われた相手、つまりツァーレンの領主は、ふさふさした眉毛を動かしもせず、立ち止まって、ほつれた前髪をさっと指で摘んで直した。
それからシェールとユイの前に歩み寄り、太くてうるさい声でがはがはと笑い出した。臆病な考え方してるとは思えない、偉い奴っていうか自信がありそうな声で、しかも大きな声のまま結構長く笑っていた。その間、シェールが歯軋りしてる以外、兵士も俺やユイやフェーニアも、誰も音を発しなかった。
笑い声が止まったとき、逆にユイ以外の皆が息を呑むのが分かった。
「人から外れた小娘、……長耳の奴らが途方もなく長く生きる意味はなんだ。伝説にのみ語られる高名な種族が今人間の前に姿を現さぬほどに数を減らしたのは何故か知っているのか。水辺に住む両性種族や赤眼の者たちの醜い肌はなんだ。碧眼の者たちの異様な髪に何を思う。浅ましい獣人に美しいものを愛でる心があるか。
全て、全て『人間』であれば。全て同じであれば、愚かな者や醜い者をはぐくまずに済むではないか。
そして、魔法や魔術などのような不確定で種族によって使いかたも何もかも変わるなものではなく、科学という、この土の上にある限り一定の尺度を備えれば、規則的に、規律的に、物事を見、感じ、知る事が、作り上げる事が出来るのだ。もうすぐ、始められる。」
例えは悪いが、野菜を想像した。
まず、野菜が違えば、調理法やとれる栄養もかわる。トマトだけでも生が一番だとか、ミートソースやチリソースがいいとかいろいろある。まして、どの野菜が一番だとか決めようとする人がいたら、無駄なことだと思うだろう。だが、初めから決まった野菜を決まった調理法でのみ与えられていたらどうだろう。どれが一番だとか考える人はほぼいないんじゃないだろうか。調理する側からすれば、楽だ。
次に、天候や土の状態に合わせるだけでは、収穫量は一定にならない。沢山とれるときはいいが、とれないときには飢えてしまう。しかし、研究して効率のいい育て方を見つけたり、肥料や農薬など土に手を加え、条件をなるべく一定に近づけたらどうか。だいたいコレくらい取れるという目安ができるから、消費しずきたり、使わずに腐らせたりすることが減らせるし、質も一定のものを選んで世代を重ねれば、安定していくだろう。
自分に近い一定の人間だけ集めて治めやすく、というのはわからなくもない。
日本とか中国の、さらに一部分なら皆考え方が似てるだろうから、争いや自分にとって理解できない事態というのは、アメリカみたいなぐしゃぐしゃなところよりは起こりにくいかもしれないよな。
この世界の人は地球人より変化を求めないらしいし、それなりにまともな制度を作れば、地球の歴史のように急速に腐ったりしにくく、それで実際といっていいのか分からないけど、ツァーレンも星全体が衰えるまで長く国が持ったのだろう。
でもなぁ、俺は地球人だからか、一定にすれば済むってのは信じられないな。一定になれなかったシェールは、きっと信じられないどころか、実現不可能だと思ってるのかもしれない。いや、俺も地球上でなら、そういう国が長くやっていけるとは思えないんだけどさ。
それはともかく、ツァーレンの領主は、長すぎる朝礼のように喋り続けた。代々伝わる、国の憲法のような、根幹であるとか、教育や軍隊の仕組みについてだったりとか、思いつくままに喋っているようだった。ただ俺たちのようなよそ者に自慢というか聞かせてやりたいといった風に見えた。
話を終えた領主は兵士に命じてシェールとユイを立たせた。そして髪の間から覗く短い角を調べるように撫で、それぞれ一本へし折った。
シェールの悲鳴を聞いて、俺は俺自身が痛みを感じるかのように、ぐっと手を握り締めて耐えた。フェーニアは涙を流していた。ユイは叫びはしないがやはり相当痛いのだろう。唇をかみ締め、端から血が染み出し、垂れていた。
「煩いな。」
領主は隊長(仮)に何か話すと、彼の前へ歩いていき剣を受け取った。そして鞘を床に落としながら元の位置へ戻り、まだ叫んでいるシェールの腹を蹴った。それからユイの髪をつかんで、そばの兵士に維持させ、両手で剣を握りなおした。
「おい!!!」
俺はさすがに叫んだ。斬られる! 手の紐は緩まないし、動けないままだったけど、体をゆすって、解こうともがいた。剣先がユイの首に近づくさまが、スローモーションのようにはっきり、ゆっくり、見えた。
「TTN SS(とまれ 疾く しずかに)」
ユイが低い声で何か短く呟くと、雷が落ちたように部屋の中が一瞬光り、ドタドタと何か沢山のものが床に落ちた。俺も床に落ちた。腕がだらりと垂れて、拘束が解けたのが分かった。兵士がぽかんと口をあいていて、周りに防具が転がっていた。領主は剣を構えた姿勢のまま、うう、とかぬっ、とか唸っている。
「動けん……魔術か。使えぬようにしたはずなのに何故だ。」
ユイは何も答えず、冷静に服の土や埃を払った。それから構えたままの領主の額に指を当て、
「RRL SG(我に続いて唱えよ)」
また低い声でささやいた。領主の手が刀を手放し、彼はそのまま床に倒れた。刀はユイに拾われ、紙のように軽く折られた。領主の体が起き上がると、ユイは詠唱を始めた。領主の体がそれにつづいた。その目は病人のように見開かれて、焦点が合っていなかった。
詠唱が済むと、動けない隊長(仮)を起こして、俺たちは建物を後にした。隊長(仮)への指示と最低限の合図以外、何も声を交わせなかった。
いつも夏バテするので昼食を増やして一~二ヶ月で三キロ太ったのですが、今月入る前後に測ったらもう0.5キロ減ってました。なにこれこわい。どうせ体重が減るなら健康的に脂肪メインで減ってほしいです。




