67話 青年と女王
饅頭第一号との格闘から約一週間後、そのときのメモを元に、俺とグラフィック担当で、南国の果物の話をしていたはずだった。しかし、今俺が立っているのは、小高い丘の上だった。
足元には急ながけがあり、下から俺たちの様子は分からないようで、いや、そうでなくても誰も俺たちのことなんか気にする余裕はないだろう。数百人ずつの人々がぶつかる戦場。なぜか、俺は激戦地となっている平地のそばに召喚されていた。
饅頭第一号からだと数千年後か。ゲームになっていた時代からだと数百年後。場所は大陸の東方。中国で言うと三国志の魏・呉・蜀の分かれ目のような、中央から少しいずれかにそれたくらいの場所で、シュエの城門から出て数十分というところだ。
町と町の間、だだっ広い平地のところどころに枯れ草が生えている程度の土地だ。俺たちを発見し一緒に見物する羽目になった旅人によると、シュエの北方が少し岩がごろごろしている以外は、町のない空白地帯がかなり広く存在している。そして、シュエはゲームの時代の倍の広さになり、近くの都市国家のかなり近くまでを勝手に領土にして家を建てたり畑を作ったりしている。
何より、シュエだけでなく、ほぼ全ての都市国家が領土を広げたり、周りの都市国家に攻め込んだり、滅ぼされたりしている、戦乱の時代というのが特徴だろう。
今この崖の上には、俺たち四人と、案内してくれた男性二人組みの旅人、旅人の乗鳥三頭とるーしかいない。
念のため少し奥へ引っ込んで、俺たちはどうやってこの平地を渡るか悩んでいた。夜になればきっと下の兵士達は陣地に戻るだろう。まさかいちいち松明焚いて戦闘続行ということはなかろう。
でもそこまで待つと、旅人の持っている、頼まれもののナマモノが痛んでしまうし、六人と四頭全員がお腹がすいてたまらない。
仕方ないので、かなり大回りになるが平地を迂回して進む事にした。
街道から外れて細い道が草の中を突っ切っている。街道と違い、建物を構えた店どころか露店すらない。もちろん余分に時間がかかるから、早いところ、街道沿いにあるという野営用の土地を見つけなければまずいことになる。戦乱状態だから、国営の野営用の土地は戦乱のせいで管理が行き届いていないのは予想できる。
旅人の三頭めを借りてフェーニアに貸し、俺はるーに乗り、ユイとシェールは魔法で、一番近くの町までとにかく急いだ。
ユイが言うには、俺たちの目的地は、シュエの北東~南にかけてにある都市国家群のどれかだという。どれなのかは行ってみなければ分からない。旅人二人組の目的地は街道沿いにシュエの近くを通ってそのまま海の近くまでほぼ東に進んだ先の町だ。
ほぼ西から来て、大きく迂回した結果だいたいシュエの南くらいだろうか、都市国家のどこにも属さない小さな集落を見つけた俺たちは、家畜小屋の一角ではあるがなんとか寝床を借りる事が出来た。
翌朝、朝早く出発した二人組を見送って、爆睡中のシェールを起こそうと布団を剥ぎ取ったら全裸だったのでそっと布団を戻し、わらを一本拾って鼻や頬、首をくすぐってやったが起きないので無視してフェーニアと二人で食事の準備をした。
準備といっても缶詰みたいなあれと、かっちかちの黒パンだ。適当にパンをスライスして、缶詰肉と、宿代代わりに購入した野菜をはさんで食べる。もそっとするが味はそれなりうまいのでよしとする。
片付けたところでシェールが起きてきて、見たわね、と言った。他人のいるところで裸族してる奴が悪い、と返してやる。年頃の女子の姿をしてるんだから何か着ろよ俺たちじゃなかったらどうすんだよ。
俺が言い返していると、フェーニアがガチ切れして説教を始めてしまった。エルフの感覚では、たとえ信頼している間柄でも、そういう行為に及ぶとき以外は肌を広くさらしてはいけないというのがある。全裸に布団というシェールの姿は、フェーニアから見ると、俺と彼とユイなら信頼しているからいつでもやっていいのよ?ていうかしてください、という風に見えるのだという。
しかもそこでシェールが別にそれでもいいしとか余計な事を言い出して説教が伸びた。
数時間の説教のせいで、俺たちは町全体が何かに備えているということに気が付かなかった。
説教が済んで、俺とフェーニアが買い出しをしようと商店を覗いていると、急に周りがざわついたあと、しーんと静まり返った。複数人というか大勢の足音が近づいてくる。俺たちは警戒して見回すと、通りを行く人も店の人も、皆慌てて通りのほうを向いて跪いている。
合わせなきゃ、と俺たちも慌てて膝をつき、他の人を真似て視線を前へ向けた。すると、足音の正体がどんどん近づき、とうとう俺たちの前を通った。
大名行列のような、長い列をなした人。同じ配色で塗られた軽装の胴装備と、草の茎を編んだブーツのような履物を身につけた人が数十人。狭いのに三列でびしっと並んで歩いていく。
目だけ動かして後ろへ後ろへと行列を追っていくと少し開けて、さっきと同じ軽装の人に混じって戦国武将の甲冑のような鎧を纏った人が半分くらいか、あわせて二十人ほど。
彼らにはさまれて、和服のような前合わせの服を着た男性が輿を担いでいる。輿のすぐ後ろに女性が数人いる。よく見ると、最初は分からないが、あとの二十人は輿を担いでいる人とその交代要員らしき同じ服装の人たち以外みんな女性だ。そして、また軽装の鎧の人が続く。
どれくらい経ったか分からないが、行列の最後の人が三軒くらい先を通り過ぎ、近くに跪いていた人が立ち上がったのを見計らって、俺たちも立ち上がった。そこに、さっきの行列で見た服装の女性が二人、近づいてきた。
「女王陛下の命を受けて、あなた方をわが国へご案内させていただきます。拒否権はありません。」
声が重なって聞こえる。俺の知ってる『のちの時代のシェイリアの標準語』どころか、この時代の標準語ですらない言葉で話しているのだ。地球上で言ったら、英語で話す西洋人にアジア人が現地語で話しかけてくるようなもんだ。さいわい、俺たちはこのあたりでは見慣れない風体をしている。言葉が通じないふりでもすれば、逃げられるかもしれない。そう考えた俺はわざとらしく首をかしげ、フェーニアに
「なぁ、この人たち、なんていってるんだろうな?」
と話しかけた。フェーニアは分かってくれた。
「さあ、僕にも分からないねえ」
だが、甘かった。
「我々はニェイ国の女王陛下の使いのものでございます。」
今度は二重になってない。標準語で話しかけてきやがった。俺もフェーニアも、とりあえず話だけは聞くしかなくなった。
「俺たちはその国を知らない。どうしてその女王陛下が俺たちに用件が有るとおっしゃるのか、全く覚えがありませんよ。」
俺が話すと、使いの女性の片方がどこかから小さな笛を取り出して吹いた。高い、ぴー、という音が響く。すると小学生か中学生かというくらいの少年が走ってきた。少年と使いの女性は小声で話をし、少年は頷くとどこかへ走り去った。
同時に、軽装の鎧の人が五人、俺たちを取り囲むように立ちふさがった。五人のうちの一人が、適当に店のものを買い、金を払うと、くいっと手招きをした。俺たちは店と店の間の路地に突っ込んだ。
走り去った少年がユイとシェールを連れてきた。ユイは平然としている。さすが竜人さまだ。シェールは男の子の服の布地を触って、ねえこれ高いでしょ?いいところの貴族なの?かわいいね?歳いくつ?などと空気が読めない発言をしまくって少年を困らせている。
しばらくすると軽装の人が一人走ってきて、使いの女性の一人に話しかけた。女性は頷いた。
「では、参りましょうか。」
小走りさせられ、行列に追いついた。さらに、行列の中へやられて、輿の後ろを歩く事になった。背後からるーの鳴き声がする。
集落を出て、草と畑と森の間を休憩を挟みつつ夜まで歩いた。やっぱり野営用の場所はまともな管理人がいなくなっていて、俺たちを連れている行列は軽装の人、やっぱり兵士だったんだけど、夜通し交代で見張らせていたようだった。
町に入れば一番高い宿に連れ込まれ、ぎりぎり輿の人が分からないまま俺とフェーニアはシェールと共に食事に呼ばれ、どこから来たのかとか旅の目的は何かなどを質問された。もちろん本当の事を言うわけにはいかないから、あらかじめ考えておいた内容を話した。
「俺とフェーニアは西方の生まれで、東方に旅するのが夢だったんです。シェール達は途中で出会い、少し一緒になる機会があってからそのまま共に行動しています。
シェールは、少なくとも片方の親が竜人の子孫だったみたいでこんな外見をしているから、どこかにあると言う竜人の子孫の集落を探しています。フェーニアはエルフだから竜人に興味あるみたいだし、最近は俺も珍しいその集落に興味がわいてきました。」
かなり杜撰だが、あの崖の上でぱっと考えたにしてはマシなほうだろう。広い座敷に、修学旅行と会社に入ってすぐの研修旅行でしか経験のない、百人以上で並んでの食事。見渡しても、あの輿に乗っていた人らしき姿はない。陛下と呼ばれるのだし、よほど身分が高い人なのだろう。
さりげないつもりだったがバレバレだったようで、女性に袖を引かれた。
「女王陛下はもちろん、お姿を見せる事はありません。しかし、共に食事をとりたいとおっしゃいましたので、宿のものには用意をさせました。」
女性が視線を向ける。そこには、ふすまのような扉があった。否、どちらかというと屏風やついたてのような感じだ。天井のほうに隙間が開いている。途端に俺は緊張で飯の味がわからなくなってきた。
そんな感じで一週間(やっぱり五日)以上旅をして、そのニェイという国に着いた。
やはり元々は都市国家だったようで、首都になっている場所はぐるりと城壁が取り囲んでいる。ここが、元々のニェイだったわけだ。それはさておき、俺たちはそのまま王宮に突っ込まれた。四畳半だろってくらいの小さな部屋で何時間も待たされ、そのあとあの少年と女性二人がやってきて、外に出してくれた。背後には兵士がついている。あの軽装とも違う、おしゃれというか、いかにも飾り重視な鎧だ。
案内されたのは、六畳が二つくっついたような意外と狭い部屋だ。真ん中に御簾が垂れていて、透けた向こう側に女王様がくつろいだ姿勢でいるのが分かる。
少年が到着の報告をすると、女王は少年の名前を呼び、少年は礼をしてから一度退出し、御簾の向こうに現れた。女王は思いっきり少年にセクハラしているのが分かる。
こそばゆい気分になってくるのを我慢しつつ、女性と女王の長い話を耐え抜いたと思ったら、俺とフェーニア、ユイとシェールに分けられ、別々にどこかへ連れて行かれ、服を脱がされて風呂に入れられた。
日本の銭湯の様なでかい風呂と洗い場がある。一緒に来た兵士も全部脱いで一緒に入室したので何もかも丸見えだ。フェーニアは最初は腹を立てていたが、兵士が脱ぎつつ風呂だという説明をしたらあっさりと平常心に戻った。
隣同士ではなく離れている様で、シェールの声はぼんやり聞こえる。ガッカリだとか以前に、隣だったらむしろシェールやユイがこっちを覗きそうな気さえする。驚きはそこにはない。兵士には、俺やフェーニアが持っている、とあるモノがなかった。いわゆる宦官という奴だったのだ。しかし、後から入ってきたあの少年・フェイロンにはある。
俺たちは女王の客人として王宮に部屋を与えられ、暮らす事になってしまった。ユイに相談しても、問題は何もない、別によい、としか言わない。
フェイロンも幼い頃に行列の途中の村で拾われたとかで、女王がべったりくっついている。あれなこともずいぶん早くに経験済みらしい。宦官と女しか居ないはずの王宮で唯一の例外だという。まさか俺も女王にあれやこれやされてしまうのだろうか。恐怖がつのる。
男だからもちろんスケベ心は有る。だけどなあ、ここはゲーム以上現実未満の世界だ。見方を変えたら何にも嬉しくない。
VR機械にはそういうソフトもあるっていうのを知っているし、俺の年代ならもう家庭を持っている奴は珍しくないだろう。ここでそういう経験を積んだら、それはそういうソフトでやってしまったのと同じではないかという疑問がまず浮かんだのと、リアルに帰った後の始末に困る。
いや、後始末に関しては会社の乗り込み型マシン使ってるから楽だけど、シェールとユイはもちろん他の社員にはあれな経験したことを明かしたくない。
俺はとにかく落ち着かなかった。安らいでいるのは寝ている間だけじゃないかというくらいだ。フェーニアは平常心だし、シェールは王宮の女性陣とどんどん仲良くなっていき、自然に接している。ユイは竜人なのを分かっているからか彼女が何を言っても皆神妙に聞き入ってはふむふむと頷くだけで、スルー力は十分だ。
俺がそわそわしているとフェイロンが勘違いして女の人で遊ぶ店を教えてくれた。それはそれで堪えた。
結局背中がぞわぞわしながら三~四週間過ごしてからフェイロンと女王陛下から波動を賜った。ユイが元々目指していた場所について尋ねると、女王陛下は親切に生活や情勢を教えてくれ、あの使いの女性二人を案内につけてくれた。
そこは、ニェイからさらに東南へ向かった、結構海に近い町だった。しかし、近くの国に占領され、あちこちが破壊されていた。ユイが波動を辿ると、探していた人はすぐ分かった。このあたりでは珍しい、ドワーフの女性が、廃墟で怯えていた。
フェーニアと俺が敵意はない事と攻めてきた国と関係ない事を話すと、女性は泣き出した。シェールがおまじないだとか言いくるめて詠唱を済ませると、落ち着くまで抱きしめて、女性が泣き止むまでじっと待った。泣き止んだ女性と別れた俺たちはすぐに北上する街道を目指し、戦乱の少ない地域で宿を取った。




