66話 果実の島の波動生物<にゅーん>
(・ω・)にゅっ。
ドラゴン四頭とユイが気球のように大きな籠をいくつか下げて、アメリアの郊外に降り立った。俺たちは一番大きなるーの乗る籠の点検をし、るーを慣れされるために乗せ、俺も一緒に乗って草を食べさせたり、水を飲ませたり、排泄用の位置に草を盛ったりした。その間に荷物の籠に荷物を入れ、皆が乗り込んだ。二頭で支え、少しずつ交代する。
あんなに少なかった荷物が食料箱だらけになった理由がよく分かった。一日かけて大陸の端に着き、港町でいくつかの内陸の野菜を高値で転売し、倍の量の安い果物や木の実、干し肉などに変えた。
甘どんぐりもあったし、胡桃やアーモンド、カシューナッツみたいなCのような形の炒った豆を大量に買った。それから水筒と水桶を買い、るーの籠と皆が乗る籠に設置した。
その日は丸一日降りられずに飛んで小さな島に着いた。
次は休憩や交代できないから四頭全員とさらにユイが加わって三日飛び続け、大きめでちょっとした山があり緑が豊かそうな島にたどり着いた。俺たちはまず森の中に場所を作って三日休憩した。今度はそれ以上に飛びっぱなしになるからと五頭で飛んで、一頭ずつ交代ではずれて休憩代わりにするというので、きっちり休むように頼んだ。
三人で果物や木の実を集めて、持ってきたもので痛みやすいものを先に食べきることにした。
目的の島は、とても小さかった、たぶん二~三キロ四方しかない。標高が一番高いところでも、近所の公園の小山くらいしかないように感じる。測るものが無いが、シェールの身長より高いか低いかというくらいで、砂浜に囲まれ、森が生い茂っている。海はめちゃくちゃ綺麗だ。
疲れきっていたから、ドラゴンたちも休ませ、俺たちは木陰に敷物を敷いて寝転がった。敷物には虫除けやさそり避けが焚きしめてある。用心のためだ。
たった数キロ四方だが、俺たちはここで、たった十センチそこらか、もしかしたらそれより小さな生き物を探さなくてはいけない。
俺たちが時々世話になった、あの『波動生物』。あれの、先祖である。
あんな小さいものをどうやって探すというのか。波動生物なんていうんだしドラゴンやエルフなら分かるんだろうか。
「さぁ?いまのあたしはどっちでもないけど、いまのとこ、わっかんないわぁ」
「知らぬ。知っていれば荷物は移動日数分しか用意せずに済んだな」
「僕も、特に何も感じないよ。分からないってことだね。残念だなあ。」
「くるるー」
仕方ないので手分けして島じゅうを探す作戦を立てた。島を覆う森をかき分けて、俺とフェーニア、シェールとユイ、ドラゴン三頭それぞれの五つに別れてわだちを残しつつ進み、島の中央から少しずれた場所にあるさっきの標高の高い場所で合流する。
見つからなければ、少しずれた位置を進む。それから休憩。それを数回繰り返す。すると、俺たちの痕跡が残るから、俺たちが見つけられなくても、向こうが来訪者があるということには気付いてくれるだろう。
立案者は俺だ。つまみのジャーキーを使った簡単なゲームで負けたからだ。そんなことで決めていいのかと思うだろう?むしろ最初から俺に任せるためにやったとしか思えない。ブラフとかダウトとかそういう奴は絶対このメンツでは俺だけ明らかに不利だろ。
少し入っていくと、色や大きさが様々な実のなる木が目立ってきた。足元は、いかにも熱帯的な、大きな葉と棒状だったり花びらがやたら大きかったりするような花を持ち合わせた、面白そうな花や草が茂っている。でかい甲虫にびびって、フェーニアの背中にタックルしてしまったり、逆にフェーニアが驚いて転び、俺を押したり引っ張ったりしてしまい巻き込んだりしながら進んだ。
派手な模様の鳥がばっさばっさと飛び回り、あちこちで葉を揺らす。羽ばたきなのか葉のざわめきなのか分からない音に囲まれて、何がなんだか分からない。静かに進んで、物音がしたらそっちへ行こうと考えていたが完全に無駄だった。
出発して一時間くらいか。休憩のため一度立ち止まり、こりこりとナッツ類を摘みながら、水筒の紐をたぐっていると、手に何か当たったような気がした。波動生物のさわり心地に似ていた。俺はとっさに強く紐を引き、立ち上がって見回した。なにもいなかった。しかし、休憩を終えてナッツの殻を片付けるとき、俺の手から落ちてしまったひとつの殻が忽然と姿を消した。そして、
にゅーーーーーん
間違いなく、あの饅頭の鳴き声が響いた。耳の良いフェーニアが音の方向へ追いかけていく。それを必死で追いかけると、集合地点のあの丘で、少し小さくなったドラゴン二頭とフェーニアが呆然と突っ立っていた。見つからなかったようだ。ユイとシェールを待っていると、近づいてくる二人の話し声に混じって、離れた場所からあの鳴き声がまた
にゅーーーーーん
聞こえた。あの饅頭め。俺は頭に血が上っていた。確実に半分くらいは冷静さが吹き飛んでいたと思う。ユイが水筒の水を俺にぶっ掛けた。直後、笑うように
にゅーにゅーにゅにゅーーん!
さらに別の場所から声がした。まさか、複数いるのか。俺は戦慄した。仮に、やっと見つけて手に取ったら別のだった、なんてことになったら。
「馬鹿者が。あやつは長く、そうだな数百年から数千年のあいだ、ただ一体のみであったのは間違いのないことだ。そこまで転移に誤差はない。あったら貴様には初めから同行させられぬ。」
ユイの言う事はもっともだ。正しい。間違いない。俺はただの人間だからな。数百年誤差があったら死んでしまう。それは分かる。分かるんだ。彼女らが悪いとか何か問題があるとかではないなんて承知している。
人間のなかにも浸透している時代の饅頭どもと違い、最初の一体である『目標』は人間や他の動物の社会を知らない。知っているとしても、あたりを飛んでいる鳥だとか、虫だとか、それくらいだ。他の生き物とどうやって付き合うかとかルールや慣習なんかもちあわせちゃいない。
まるで俺たちという『お客さん』をからかっているかのように見えても、それはあくまであの波動生物そのものの持つ、その場を楽しむ性質の現れ方のひとつに過ぎないのだろう。
そんなことは予想がついている。だが、問題はそんなことじゃあないんだ。明らかに、あの『目標』は俺を標的にしているのは間違いないのが悔しいんだ!
にゅっ、にゅっ。にゅにゅ?
声が少し近づいた。俺は目を皿のようにして、声が近づく方向を見つめた。しかし、ある程度近づいたところで声はしなくなった。否、全く別の方向から聞こえた。
「上!!?」
俺は思わず叫んだ。見上げると、あいつの大きさに対して高く飛んでいるのか、見えない。見られている気配はするが、あいつがいることが分からない。フェーニアは一度ゆっくり見上げ、目線を戻してからは何もせず待機している。シェールはぷっと吹き出した。ドラゴン三体はよく分からないがぼーっとしているような雰囲気だし、ユイも「ん?」と噴出しをつけたくなるような顔をして突っ立っている。
「出てきやがれーーっ!!」
俺は思わず叫んだ。
「にゅーーーーーーん!!!」
楽しそうな返事。少しして、頭の上に、ぼふっと何かが降りた。
「にゅっ。」
柔らかい。
そいつは一度俺の頭、腕と降りたのち、地面まで降りて、ぽよんぽよんとはねて逃げていった。
「どうやら、新しい遊びを教えてくれるのだと思ったようだな。」
ユイが頷いている。
「じゃあ、あたしたち戻って待ってるからー」
シェールが手を振ってる。
「がんばって、テンメイ。」
フェーニアはいつもの笑顔に戻っている。
俺は、身につけていた軽装鎧の胸と背中を外しながら走り出した。
すぐに見失ったが、あいつは隠れたりする気はまったくないようで、にゅーんという声が何度も聞こえる。逆に俺は、無言で葉を掻き分けて走る。時折立ち止まって下のほうの草や葉をどかして覗き込む。いないと分かるとすぐに手をどかして再び声のするほうへ急いだ。
にゅーーーん
にゅーーーん
にゅーーーん
やがて、俺はあいつが跳ねる瞬間を見た。こんなどろどろした土の上を跳ね回っていたはずなのに、純白といっていいほどの眩しい白さが目に焼きついた。海岸のほうへ戻って空になった水筒を置き、回収した鎧のパーツを置いたとき、皆はフェーニアのお茶を楽しんでいた。
俺は子供の頃の鬼ごっこのように全力で疲れ切るまで走り回っては水を飲み、その辺の木にもたれかかって休んだ。休んでいる間も、周りを見回すのは忘れない。
ふと見ると、あいつが少し先の木になっている柑橘系ぽい、ピンクグレープフルーツの中身みたいな色の皮の実にかじりついているのを見つけた。しゃく、しゃく、と皮ごと実をかじっている。あいつは気付いていないと思い全力ダッシュで助走をつけてジャンプをした俺は、あいつを掴み損ねた。
にゅにゅにゅーーーーー!!
跳ねる前、あいつははっきりと俺の方を見ていた。気付いていただけでなく、わざとぎりぎりのタイミングで逃げたのだ。おおおおおおおお!!!俺はまた叫んでしまった。返事をするように、にゅにゅにゅにゅにゅにゅーーーーんと声が響いてきた。まだ声が近かったが俺はくたびれて座り込んだ。
しばらく座り込み、呼吸が落ち着いてきたから立ち上がり、とぼとぼと皆のところへ戻った俺は、皆が色々荷物から食材を取り出して調理したものを食べているそばで、食欲も無くジャーキーをしゃぶっていた。だいぶ日が傾いて、夕焼けが美しかった。皆の影が長く伸びていた。
味の無くなったジャーキーを飲み込んで、はああーー、と大きくため息が出たところで、シェールが爆笑した。甲高い声で、仲間じゃなかったら逃げたいところだった。
うるさかったので俺が席を立って少し距離をとると、ぽて、ぽて、とあいつが近づく音が聞こえた。背後からだったので俺は振り返った。変な体制になって足がもつれたので踏ん張らなくてはならなかった。ざっ、と踏ん張った俺の足元の砂が飛んだ。あいつが、数メートル先にぽつりといた。
「もっ?」
あいつは不思議そうに俺の顔を見上げた。それから、高く跳躍して俺の肩に乗ると、ほっぺたを撫でてきた。ありがとよ。なぜか自然にお礼が口から出てきた。あいつは撫でるのをやめて、頬に擦り寄ってきた。俺はそっと手を伸ばして、
「つかまえた。」
あいつを手に取った。あいつは満足げに
にゅーーーーーん
一声鳴くと、ユイの前に降りた。ユイが詠唱を始めると、あいつは「もっ」と「にゅっ」と「にゅーん」と「にゅー」と「もにゅーん」くらいか、鳴き声でメロディをなぞっていった。
終わったあと、あいつは俺たち全員に、挨拶するかのようにぴとっと触れると、そのままその小さな手を振って、それから森の中へ跳ねていった。俺たちは星空を見上げながら眠った。
翌朝、俺の枕もとに果物や木の実がごろごろと置かれていた。あのピングレもどきもあった。皮を剥いて齧ると、オレンジのような甘みがあった。木の実は、さくらんぼに近い味の果実と、たぶんコーヒーやカカオに近い感じのと、ミックスナッツに入っていそうなやつがあった。最後のは明らかに取ってから乾燥させてあった。
俺たちは果実類を食べて休んでからリアルに戻った。戻った翌日、俺だけめちゃくちゃ筋肉痛になった。もちろん、木の実や植物に関しては時間をとってメモしたものを開発チームに渡した。グラフィック担当が俺のスケッチは独創的だと言っていた。ああ知ってるとも。俺は絵が下手だ。




