65話 時代劇じゃあるまいし
部屋にエアコンがついたのが7月2日なので、毎年2日か3日にエアコン使用を解禁しているのですが、夕方は涼しくてしばらくは大丈夫そうです。天気の悪いところも、暑ーいところも、体に気をつけてください。
どうしても作業チームにデータが必要になり、一旦地球に帰らざるを得なくなった俺は次に出発するまでの間、ゲーム用にエルフの生活についてのネタ出しをした。数日だったが、『魂』の収集のときにいろいろメモを取れたのが助かった。
小さなメモ帳しか持ち込めなかったが、ぎっしり書いたのを拡大コピーしてプログラム班やビジュアル班やイベント班など、それぞれ細かい班に渡した。一部読めなくて清書した程度で、かなり喜ばれた。
森の食べ物や甘どんぐりを持ち帰れたらなあ……果物を土産にしたらみんな喜びそうだ。まだ開発中盤に入るか入らないかなのにカップめん漬けの生活をしている人や、寮にすら帰らずにパソコンやVR機械の前で椅子寝してる人がいる。発売予定が九~十二ヶ月先で、半年をきる前後、夏の大きなイベントで作品を公表するらしい。
たった数日でも、今から遅れが出たら公表できなくなる。会社の方針として、何が何でも公表して悲惨な作品を売りたくないというのがある。俺はユイに、コピーできそうなデータを上位端末から会社のサーバーに移せないかと尋ねたが上っ面というか、ゲームシステム面の一部だけになるらしかった。
それでも、と頼み込んだが、ゲームのようにVR機械で入り込んで作業できない、完全にプログラマーにしかいじれない何かになったので諦めた。
その代わり、必要そうな項目を班を回って聞き込み、俺がそれに役立ちそうな事をメモしてくることになった。メモを増やすぶん他に影響が出るが、今回の場合、ちょっと俺の装備や道具の数が減るだけだったのでまったく気にしないことにした。むしろ、持ち物が少ない機会にと限界までメモを増やした。
数日振りに向かった『魂集め』は、さすがに前までと違って順調ではなかった。まず、アメリアの王宮のある場所に向かうというので、嫌な話を思い出してしまった。ログアウト不可事件の時に身体検査されたり、挙句の果てには拷問を受けたり殺されたりした人もいたからな。
ゲーム中で王宮のあった場所に、他の家々の何倍もの大きさで、高さもある建物があった。もちろん、庭も広い。高い柵で囲われていて、東西南北に門と守衛の詰め所がついているようだ。俺たちは門のひとつに着いて、そこで中に入る許可を貰うために守衛と話したが門前払いされた。
領主様は忙しいのだ、お前達のような知らない人間と話す暇などない。帰れ。そんな感じのことを言われて、ユイとシェールが無理やり入ろうと魔法を唱えだしたので口をふさぎ、道の端へ引きずった。あのなあ、無理やり進入して見つかったら確実に余分な事を話す事になるだろ。エルフの長老レベルで少しだけ分かってくれるような話を、ほぼ標準種しかいない町の、標準種の領主があっさり聞き入れて捕まえた俺たちを解放してくれるわけがないだろ。
シェールはつまんなーいと言いながらいかにも私にとってつまらないですという顔をしているし、ユイはやっぱり平然としている。解せない。俺は舗装されてない砂利の上に思わず膝をついて大きくため息をついた。フェーニアはにこにこしている。二人に慣れてしまったらしい。ちくしょう。
立ち上がった俺の腹がなってしまい、腹ごしらえのために店を探す事になったがそれも難しかった。ついてに宿屋を探したい。程よい雰囲気の食堂を見つけて入ると、店主も客も顔が引きつった。
フェーニアさんは耳を隠す帽子を被っていて分かりにくくしてもらっているが、ユイは見た目こそ標準種に近いが肌の色とか瞳の形状とか見たら明らかに人外だし雰囲気がやばい。
シェールなんか耳も短い角も何も隠したりしないから、ちびっ子ですといういいわけもできない。
俺はそっと店を出て少し路地裏に入った少しヤバそうな店にした。こういうところなら、訳ありの人とかいるだろうと考えた。けれども逆にヤバすぎた。ヤクザとかマフィアとか暴力団とかそういう裏のなんとか的な、顔や腕のよく見える場所にとんでもない傷痕のあるこわもてのおじさまだらけの店だった。絡んできた彼らをユイがぼこぼこにしたため店主がキレた。本当に申し訳ない。
なんとか宿付きの食堂を見つけて一息ついても、なかなか作戦が思いつかない。そもそも領主と約束を取り付ける事が出来ない時点で詰んでいる気がする。シェールが言うには、
「町をまわって人助けをするとー、いつのまにか偉い人の目に入ってー、そんで認めてくれるものなのさー?」
だそうだが、時代劇かよ。疑問形なのかよ。
そんなうまくいったら苦労しねえよとは思うが、それ以外やる事も思いつかないし、腹ごしらえの後に一応他の門の守衛にも話しかけてみたがやっぱり「アポをとれ」だった。
シェールの作戦を実行しつつ議員とかそういう人に接触できないかとか探ってみるしかないかなと思うようになった。
まずは同じ食堂の他の客に旅人を装って話しかけ(嘘ではないのだし、装うというのも変だな)、治安にかかわるからといって政治情勢について聞いた。
数人に聞いたところ、少し前まで議会があって、人口数万人に対して三十人くらいの議員がいたらしい。議会がなくなった理由は、あまりに与党に偏りすぎたまま何回も世代が変わり、野党もぐだぐだでやる気がなく、保身にはしっていて腐敗の温床らしい。
それで、いっそ与党内で順位を決めて、順番に領内を治めればいいということになったそうだ。最初は党首、次から役員や党首の息子、親類。あとは議員の中から年の順に並べ、時々順位が変動する。
複数人から聞いた話では、今の領主は前職と比べられるのを気にしすぎて、誰かから意見を聞かず、町で問題があれば全て自分で確かめにいくというよく分からない奴だ。
夜、寝る前に俺たちは、案外シェールの作戦は的外れではないと考えた。出歩くことの多い領主なら、町の話題に敏感だろう。俺たちが町の問題を解決したり、町で話題になれば、領主は俺たちのことが気になるはずだ。
翌日、さっそく宿兼食堂の店主にしばらく世話になるから何かお礼がしたいと言って、食材の仕入れの荷物持ちをする事にした。店主は荷物を載せるために乗鳥を飼っていたが怪我をしているというので、連れてきたるーに少し荷物を持たせた。それで行った市場で珍しい野菜や果物を売っていたが全然売れていないエルフとフェーニアが交渉してかなり安くしてもらったので店主は驚いていた。もちろん調理法を伝える。
市場だけで数組の迷子の親を捜した。質の悪い剣を旅人に売りつけようとした商人をしかるべき場所につきだした。何組か、道に迷った旅人を近くの宿まで案内した。畑おこしの手伝いなんかもした。鍬は慣れなくて戸惑ったが、老夫婦が感謝してくれて、さらに野菜をくれたので、それも店主に差し上げた。
そんなことを一週間続けると、町を歩くと声がかかるようになった。泥棒が出てもフェーニアが足元に矢を打ち込んでだいたい引っかかってこける。シェールは空間魔法で何もないように見える壁で四方を囲み徐々に狭めるという相手が可哀想な仕掛けを編み出したので、そいつで引渡しまで閉じ込めておけば俺たちはゆっくりできる。見張りも一人か、もしくはいらない。
十日目か十一日目、そのあたりだったと思う。俺たちは町の中であの守衛の人に呼び止められ、領主の館に連れて行かれ、何の目的で町の人の手助けをしているのかと聞かれた。
俺は黙っていたが、フェーニアが喋ってしまった。しかも、シェールが言ったあの時代劇っぽい理由を一字一句、口調も真似て言った。周りの兵士が殺気立つのが分かる。やばい。俺は冷や汗が吹き出てきた。
何が来るか、と思いきや、領主は大笑いした。
「そこまでして、我に会う理由はなんだ?申してみたまえ。」
ユイが答えた。自分達は神の信託を受けて旅をしているのだと。
「お前が選ばれたので、これから共に呪文を唱えるだけでよい。」
領主は、自分は創造神にすら信仰は無いがといいつつ、あっさり了承した。ユイとシェールが領主の前に進み出て、ユイの手が、彼女に言われて跪いた領主の額に触れた。兵士がざわつく中で二人が詠唱を始めた。ユイの、時折入る明らかに人間ではない声に、兵士のざわめきが消えていった。
俺たちはそのあとも一週間ただで滞在する羽目になった。俺たちが使った宿の店主は、縁起がいいからと客が増えて大繁盛だと大喜びだった。次の旅のために食料を買い込むのに、想定の三分の一で済んだので俺たちにとっても、多少は嬉しかった。その四分の一週間の間に、荷物を精査し、ユイがほかのドラゴンにるーと荷物を運ぶ交渉をするために海のほうへ飛んでいった。




