59話 命を集めて
最初に訪れたのは、フィンランドの支社だった。そのときは、会えるのが夕方だったから、製品会議以外はずっと町へ出て、食事も適当なレストランに入って食べたし、製作チームへの土産を雑貨屋で選んだりした。
相手の人はヨウコさんというのだが、会ってみたら男性だった。彼が立候補した理由は、自分が天涯孤独で、さらに一度重い病気にかかって身辺整理を徹底的に行ってあるから困る人がいないということだった。
「死んでしまっても、ちょっと手続きしたら、適当に散骨して終わりさ。」
さわやかな笑顔で、白い頬がピンク色になっている。ただ、紡のように百パーセント死ぬ役に立候補するわけではないという。それでも、他にやってくれる人が居なければ自分が引き受けよう、と笑顔で了承してくれた。(俺は、苗字で呼ぶことが多いのだが、紡は『空井』と呼ばれても実感がわかないから名前で呼んでくれというので名前で呼ぶようにした。ドイツあたりでようやく慣れた。)
二人めは、フィンランド出国時に空港で偶然出会った人だった。途中まで一緒にいたヨウコさんの知人で、リーザさんという。ヨウコさんに話しかけた彼女を、ユイが呼び止めて
「ちょうどいい。あなたも来い。」
と巻き込んだ。失礼ではないかと思うのだが竜人と人間は価値観が違いすぎるから仕方ないと思うしかない。リーザさん本人も気にしてないようだ。ヨウコさんと一緒に日本へ向かってくれた。
三人目はドイツ旅行中のスロヴァキア人青年。四人目はロンドンの路地裏で不気味なおまじないグッズを売っているアイルランド人のおばあさんだった。五人目はそこに居合わせたインド人だった。
スロヴァキア人青年はやたら酒臭かったし、おばあさんはオカルト的な用語を織り交ぜるのでここが地球だという事を忘れそうになる。インド人の男性はロンドンの支社の人で、実家がめちゃくちゃ金持ちで、自由に使える分の金を個人的な口座に移してロンドンに逃げてきたのだという。そこで暮らしたかったのかと尋ねたら、
「いや、慈善団体とか国連とかに寄付しようと思ったんだ。で、僕自身は働いて迷いが無くなったら、故郷に帰ってブッダのように修行して、できれば即身仏になって終わりたい。そう思っていたから、今回の件は賛成だよ。僕も、そのツムギくんのように、新しい世界の礎となろう。」
意外とあっさりと命を投げ出せる人が(二人も)見つかって俺は自分が間違っているのかと苦悩してしまい、会議中の開発チームの仲間たちにめちゃくちゃ心配されてしまった。
「一度帰ってこい。うまいもん食って、その悩みを全部吐き出せ……」
数日の休みののち、俺たちは中央アジアのちょっと危ない地域を通る事になってしまった。その時、近くの子供が走ってきて、ユイと紡の服の袖を引いた。
「こっち、きて」
英語で呼ばれた。来いという単語のみで俺にも分かる。二人が行くというのでついていくと、血まみれの男性が乾ききっていないさらに血まみれの、やぶれたドレスを抱きしめて倒れていた。頬にはっきりと涙のあとがついている。
ユイがどうした?と聞くと、男性は
「夢のおつげどおりの女神だ…!」
言って泣き出した。
男性は過激派のテロで息子を亡くし、巻き込まれた人の国による報復の爆撃で家と妻と生まれたばかりの娘を亡くした。ちょうどその過激派のリーダーと、爆撃した国の軍隊の偉い人が、近くの建物で話し合いをするところなのを知った彼は、復讐のために自爆をしようとしたのだった。
「俺はさっき夢を見たんだ。女神がきて、俺を治してくれて、天国へ送ってくれる。
天国で恩を返すために働くか、地上に戻って新しい人生を送るか、何もせずにこのまま死んでいくか。夢の中の俺は、天国を見た。妻も子供もいなかったけど、綺麗な花壇や畑にかこまれた家があって、どこの家も、明かりがついて、とても、幸せそうだった。」
ユイがその天国を見せてやると男性に言い、男性は了承した。ユイはそばに来た子供からバケツ半分ほどの綺麗な水と薄汚い包帯を受け取った。何か歌いながら、男性の傷を綺麗にして包帯を巻いていく。周りの人たちは、ぼうっとそれを見て、聞きほれていた。不思議な歌だった。
ユイが歌うのを止め、包帯の端の処理を終えると、男性は横たわった姿勢からもがくように手足を動かし、ユイに跪いた。
「わたしはアースラーン・アミール。いただいた命は、必ず天国にてお返しする。」
アミールさんは、一人で日本に向かうのが嫌だというので、一度ユイと矢元さんが会社まで送り届けた。その間に、彼女の指示で俺たちは危ない地域を渡りきり、シルクロード観光にまぎれたりして中国北方まで進んだ。
合流してすぐに空港で足止めを食らって、仕方なく近場でホテルを探した。そのときに裏路地で残飯をあさる子供をユイがスカウトしたところで、日本で問題が発生したという連絡があって一度全員が日本へ戻った。
スカウトした人たちを社員寮に入れていたのだが、入国手続きとかで抜けがあって、不法滞在になるところだったのだ。矢元さんがいてこれだから、当初考えていたとおりにユイがドラゴン形態で運んでいたら間違いなく大問題になってたに違いないな。
一週間無駄にしたところで残り四人はあっさり見つかった。メキシコシティから変な日本語で連絡があり、一人が立候補したという。
既に飛行機に乗っていると訛りのある英語でいわれ、矢元さんは
『了解した。受け入れについて受付に必要な説明は済ませた』としか言わなかった。
俺と紡は製品会議のほうに残り、あとは矢元さんとユイの二人だけでアメリカの支社に渡り、ロシア人とアフリカ系の人を連れてきた。
最後に、ものすごいお金持ちなのか、専用の飛行機をアメリカから飛ばしてきた人が居た。空港の展望室で待っていると、周りがみんな話題にしているのが聞こえた。やがて呼び出しの放送が入ったので入国ゲートのほうへ向かうと、ベッドが運ばれてきた。そばにタブレット端末があって、
『Hi,Tsumugi,Akinori, and Yui.』
チャット画面が表示されていた。俺はThank you.だけ言うと、ベッドの移動を引き受けた。そりゃ、俺と平沼さんが呼ばれるわけだなあ。
これで十二人。ユイは、準備が出来るまで休んでいろと言った。十二人は地下のサーバールームのそばにある休憩室に入った。
十二人それぞれ、国籍や民族も、年齢もばらばらだ。なるべく習慣や行動様式、嗜好などが異なる人々で波動を紡いだほうが、実際の世界に近づくからだと、ユイは言った。俺と平沼さんはサーバーをどかして空けた床を掃除しながら、ユイの説明を聞いた。
惑星によって生物が持つ波動には違いがあり、本来なら『上位端末』のデータからシェイリアの人の魂を探し、竜人がコピーした惑星に召喚し、コピー惑星ごと材料に使うのが一番いいらしい。
使えない理由がある。コピー惑星に住んでいる竜人たちの住処がなくなってしまうのが最大の理由だ。ほとんどが地球上で暮らすことをあまり好まない。ユイのように地球上で生活できる者でも、コピー惑星に住処があって、あくまで一時的なものだという。逆に惑星さえできてしまえば、そこに住むからさっさと使ってしまったほうがいい、とユイは言う。
二つ目に、上位だろうが下位だろうが、データを儀式に使うとデータが破損して読み取れなくなるものだとか。新しいゲームの開発のために必要なデータをピンポイントで拾い集めておくのは不可能だろうし、そのために数週間で開発を済ませるのももちろん不可能だしきっと欠陥品にしかならない。
ちなみに、データが最初から使えるとしても、先に人間を集めてこなくてはいけないのは変わらないという。いくらシェイリアの技術で残された魂でも、実際に生きている人間の魂よりもずっと少ない波動しか持っていない。まずは惑星を作る儀式を行い、それからデータやコピー惑星、竜人たちからシェイリアが持つ波動を加えて実物に近づけるという方法を取ることになる。
実物なんていっても少なくとも俺には本物のシェイリアなんて分からない。そのあたりの判断は皆ユイや他の竜人まかせにするしかない。
掃除したり、床や壁に文様を書いたり、手順を確認したり、十二人の相手をしたり。時間の感覚が無くなっていく。皆で社員手作りだとかいうでかいピザを切り分けて食べているとき、時計を見ればもう夜中近かった。ユイに言われて、儀式に参加する全員が仮眠を取った。十二人と、俺と平沼さん、社長、そしてもちろんユイも眠るようだった。
最近休みが週1回しか無いので、投稿も週1回にしています。作品によりますが、他にやりたいこととの兼ね合いを考えると今くらいが一番いいペースなのかもしれません。




