55話 新しい会社と竜人少女
次のエピソードになります。
師走を前に、少しずつ年末年始に向かって町全体の雰囲気が動いていく。社員寮備え付けの薄いカーテンを開けると、日の光がまるで神様の恩寵のような、非常にありがたいものに感じる。今度の休みにカーテンと毛布を買わないと、雪が降ったら死んでしまいそうだ。
社員寮といっても、一軒家の引っ越しに近い荷物を運び込んである。忙しくて最低限の荷物しかあけてないけどな。これから何年か分からないが一、二年という事はない。会社が潰れない限りはここで暮らすのだし、病み上がりで頭が回らずとにかくどんどん荷造りしてもらい運んでもらったから、一部屋ダンボールで埋まっている。
自分の荷物なんだし軽いのくらいは、と思ったが斉藤たちに止められた。他の元プレイヤーはみんなそうだ。かなり体力が落ちていて、仕事を任されるときに時間配分とか、作業の様子を逐一誰かが見ているし、寮に帰ってから荷解きをしていて、持ちきれずに落としたりする。ずっとリアルの体は動けなかったから筋肉が相当落ちているし仕方がない。
今会社で進んでいるのはP.F.O.のデータを利用した新しいVRMMO世界だ。俺はプログラマじゃないので、開発自体には関わっていない。動作確認やテストプレイはまだ先だ。
世界観や細かいものについてアイデアは全員で案を出すことになっている。建物などそのまま使えるものはそのまま、あとは装備のデザインなど細かい変更点を洗い出したりする。
『アージェヴェルデ』とは複数の言語から作った造語で新しい世界という意味らしい。元のシェルエンネから引継ぎの社員は皆、上層部の派閥争いと関係のない、あるいは穏健派の人のみで構成されている。過激派はクビになったり世界の再生云々を知らない別の業種へ移されたりした。
再編でシェルエンネは大雑把な業種ごとの四つの会社と、補償のために作られた資産運用専門の会社になった。コンピュータソフト開発の俺たちアージェヴェルデ以外の残り三つはコンピュータや大手ゲームのハードウェアと周辺機器を作る会社、短編映画や店舗で流す映像作品などを作る会社、他の三社の商品などを売り込む営業や貿易を行う商社だ。
社員同士の仲は悪くない。むしろ、騒動の被害者というか、共同意識というか、妙な連帯感があった。何人かで村上の見舞いにも行くし、村上も少しずつだが回復して、最近は流動食ではあるが食事が自分で取れるようになり、点滴の刺しっぱなし状態ではなくなった。
仕事の内容のせいもあって、少なくとも俺は、P.F.O.でのことを、単なるプレイ中の思い出と一蹴できなかった。
主観時間が長かったから、留学とか長期間滞在をしていたような、そんな気持ちがする。アイデア出しをする際の説明のときも、あちらでの出来事をみんな普通に話している。フィールドやダンジョンを説明するときにあの東の森のどのあたりくらいのレベルの敵がいいとか、熱帯雨林のとこのX番の遺跡のこういう仕掛けにするならあれをああして変更すべきだ、とか。
話をするときに当時の思い出に尾ひれがついて、自分はこうだったとか、そのイベントやりたかったなとか、笑いながら少し大げさに話をする。
もちろん話をするのは楽しいけど、俺は少しだけ、寂しい気持ちもあった。例えば、何年も続いていた小説やドラマや漫画・アニメが終わってしまうときに、もう主人公やほかのキャラに逢えなくなってしまうのが寂しいと思ってしまったことはないだろうか。上手く言えないけどそんな感じだ。
栄養価がなんとかいわれて果物や野菜を食べるときに、甘どんぐりの微妙な甘さがほしいと思ったり、適当に入った喫茶店がちょっと変わったハーブティを出す店だと、フェーニアさんの店と比べてしまったりする。
程度の差はあれ他の人にも郷愁と言うか惜しむ気持ちはあるようだ。俺は言いふらすわけではないが隠しはしないし、シェール(紡)はあれがしたいこれがないそれが欲しいと言いふらしまくっている。
押収されたサーバー群が戻ってくるのはまだ先で、押収のときに許可を得て複製したデータではたまに足りない事態が起きて、何日もかけて許可を貰いさらに数日かけてデータをとりに証拠品が置かれている場所までいかなければならない。
数や広さの関係で残されたサーバー筐体もあるが、裁判や補償、取調べが済むまで電源を入れないという契約書が交わされているので使う事が出来ない。だから仕方がないことだ。
残された、真っ暗なサーバールームはまるであの世界の人々の墓標のようだった。
そうやって、あちらを懐かしんだりしつつも、リアルの生活に順応しつつあった。社員寮と会社の間は歩いて十二、三分というところだが、数日おきに、買い物でスーパーに寄るために途中で方角を変えて大回りをしていた。
自転車を引いて、比較的新しく整備された道を歩くと、ビル区画を抜けた先に真新しい家が並んだ住宅街が広がっている。用水路が長く延び、遊歩道が整備されているのでそこを歩くのが好きで、買い物のときはいつもこの道を使う。住宅街の人とすれ違うことが多く、だいたい同じ時間に見かけるのでお互い知らなくても顔はぼんやりでも頭に入っている。
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十月に入ったばかりの、とある金曜日の事だった。週末ということもあって外で遊んでいる子供や井戸端会議をしている主婦などがいつもより多いくらいで、特に変わった事はない日だった。
毎週木曜にある売り出しの後だから買うものも少ないし、早めに上がったのでゆっくり散歩したら足にいいんじゃないかと思って少し余分に歩いた。住宅街の中にある公園のベンチで、ついでに買ったパックのジュースを飲み、一息ついた。
視線の先に、見た事のない少女が居た。公園で遊んでいる住宅街の子供たちと雰囲気が違う。外国人なのか肌は白く、長くウェーブがかかった髪まで真っ白だった。単に外国の子とかハーフなんか別にこのあたりでは珍しくない。アージェヴェルデの他にこのあたりにある会社は多国籍企業が多いのか、住宅街が出来始めたときから色んな特徴をした人を見ている。
それでも、真っ白な髪の人なんて、リアルでは初めてみた。いや、ゲーム中の赤眼の民でもあんな真っ白にはならない。ゲーム中のエルフの長老は近かったが、それでも元の金色が少し分かるし、あの少女の白さは、脱色や年齢で落ちた色とは何かが違っていた。
少女は頭に飾りにしかならないような小さな帽子を載せていて、周りはいくら子供でももう長袖を着ている子ばかりだというのに、袖がない丈も短い真っ黒なジャンパースカートを着ている。
俺は思わずぼーっと見とれていた。
少女は見とれている俺にまっすぐ近づいてきて、
「あなたに、会いたかった。」
俺の目を見て、そう言った。もちろん、俺に覚えはない。こんな子が生まれそうな知り合いなんか思い当たるはずもなく、小学生高学年くらいの女の子と知り合う機会なんかない。
人違いだろうと思い、そんなことを尋ねても、少女は首を振った。
「なかがわ、あきのり。あなたに、あいたかった。」
名前まで呼ばれてしまうと、人違いではなさそうだ。だけどやっぱり、俺には覚えがないんだ。その場は、覚えがないことを伝えて、飲みかけのジュースだけ片付けたらまっすぐ帰った。
翌日から会社で聞いてみたが、やっぱり誰もそんな女の子は知らないと言ってくる。数日後、紡がそれらしい少女に出会ったと話してくれた。話した内容からして、誰かの知り合いと言うのはありえないだろうなと思った。
女の子は紡に話しかけてきたらしい。
「君となら友達になれるかな。」
とか言ってたらしい。紡は全身義体なうえ、義足の外見が普通の足じゃなく、パラリンピックの走者とかの、へらのような形をしている。明らかに義足で、その辺の子供はわいわいと騒ぐか、逆に怖くて近寄ってこないかだという。その女の子は前からの知り合いのように「つむぎ」と名前を呼び、近づいてきて、平然と話を始めたらしい。
すぐに俺の話を思い出した紡は、俺が出逢ったときの話をして、君のことなのかと聞き返した。
少女は頷いたと紡は言った。
「それからあたしのことを『シェール』と呼んだ。めちゃくちゃ怖かった。あんな小さな女の子なのに、ぶわっと風の中を通り抜けたみたいに衝撃が走ったよ。それで何もいえなくなった。そうしたら、その真っ白い女の子は言った。」
「こんな感じ。『私は、別次元に残っている惑星シェイリアから来た。名前はユイという。君たちと共に、君たちの知るシェイリアを再生するためにここに来た。』あんまりびびったもんだからさ、あたしそのあとがちょこっと思い出せないくらいよ。」
紡は冗談のように笑っていたが、目が笑っていなかった。
次回は連休中に投稿します。以降は、章の間を開ける以外はほぼ一週間ごとにアップする(木曜か金曜日の予定)です。




