52話 『コード13』 5 ウィルフレッドの友人、村上の同僚
唐突ですが、ヒラヌマ氏に兄弟はいません。ハルナさんとかいませんからね。
……言っておかないといけないような気がしました。
(というより、最初に名前をつけたときはハルナさんだったのですが、
複数の理由でヒエイさんになりました)
十人で波動と空間魔法の研究を開始して十五年目に入った。
休憩と補給をかねて、テンメイはフェーニアの家を久しぶりに訪ねた。数年ぶりのことだった。
友人兄妹が家を出ていた以外、一見変わったことはない。ただウィルフレッドの部屋は外から見てもカーテンで中が分からない。フェーニアは一度部屋を開けようとして鍵がかかっているのに気付いて以降あけていないという。
数日ごとに外から声をかけるようにしているが返事は食事の有無程度しかないと、フェーニアは寂しそうに言ったので、テンメイも胸の奥に鉛の塊を突っ込まれたかのような重さを感じながら廊下を進んでいた。
扉の前に立ったテンメイは取っ手を握って軽くひねり、鍵がかかっていないことを確認した。中からはいびきが聞こえる。フェーニアは気を使って立ち去り、テンメイは礼を言って部屋へ入った。
眠っているウィルフレッドの、胸の上辺りに、色つきの透明な板が浮いていた。薄い青色の板には文字が浮かんでいる。裏向きで、あまり読めない。
テンメイは驚きながらも、ゆっくりと枕元に近づいて、その板をウィルフレッドの顔のほうから覗き込んだ。そこには『村上中也とその友人へ』で始まるメッセージが表示されていた。テンメイはシェールたち九人に連絡を入れて一旦フェーニアに人を呼んだ旨を話して、それからもう一度メッセージを読み返した。
『村上中也とその友人達へ
私達は村上の会社の同僚です。村上をはじめ、上司の依頼でP.F.O.のプレイを始めた者は全員昏睡しています。よって、会社や社員寮で発見した者は全て専門の医療スタッフに一任してあります。
手がかりを求めて公式サイトや攻略サイト内を探している際に、そちらの誰かがお書きになった書き込みを発見いたしました。そちらのものらしき書き込みのみが、投稿時間やIDなど、表示が抜けていたり文字化けしていまして、奇妙に思われたのでそれに関して調査を進めています。このメッセージは書き込みのいくつかから回線を辿った先に送っています。もし書き込んだ方がこのメッセージをお読みになったなら、何かこちらにできることをお教えください。』
その日の夕方、『三導師』とヒラヌマが届いたメッセージを分析し、返信する呪文を新しく用意した。それとともにシェールの書き込み用呪文も更新した。
十人で話し合い、運営について調べて欲しいという内容と、書き込みをした人物『シェール』と村上の知人である『那珂川』ほか数名で返事を書いているということを返答した。
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村上の同僚達は、メッセージが帰ってきたことに大いに驚き、ややとまどいながらも喜んだ。運営会社の陰謀めいた内容は半信半疑だが、ゲーム内でも困っていることや、解決しようと動いている人がいること、そして他の昏睡した同僚と違い、脳の動きが活動時に近いレベルで活発な村上のそばに、仲間がいるというのが嬉しかったのだ。
村上中也は、まじめでは無いし、仕事が人一倍こなせるとか、彼にしか出来ない分野があるとかそういったことは全くない。しかし、同僚の中では人との付き合いが広く、同じ部署なら誰でも一度は仕事以外の話でも彼と口を利いているだろうと言われるほど、人の輪の中に入っていくのが得意だ。
特別尊敬されたり重宝されるわけではないが憎まれたり疎まれたりもしない。なんだかんだ、愛されるべきバカ、とでもいうべき人物である。
同僚達は、返事にあった『那珂川』は、村上がよく話していた『ナカガワという幼馴染』のことだろうとすぐに分かった。中川なら社内にもいるし珍しくないが『那珂川』であれば字が珍しいし、村上がP.F.O.を始める際に『別のゲームの先輩とナカガワがやってるから教えてもらってなんとかする』と話していたのを何人かが覚えていた。
村上と社内では仲が良いほうだった内藤、斉藤、木藤の三人はちょうど仕事内容の区切りがあり、有給が残っているので、部署の上司と相談した上で休みを取って、運営会社『株式会社シェルエンネカンパニー』の調査を開始した。
公式ホームページや経済新聞の記事、公的な書類などから分かるシェルエンネは、少数のクリエイターが寄り集まって出来た会社が、それぞれが作品への勧誘を行って人脈を広げ、個々人の得意分野を取り込んで大きくなった、数十年続くコンピュータソフト会社、というところだった。
脱税だの横領だのといった汚い金の話もなく、ソフトはマニアックで大人気にはならないがそれなりに常連客が付いて手堅く売れるといった感じで、P.F.O.事件が起こるまでは何の話題性もない無名の会社だ。
それでも調べていくと奇妙な事があった。
村上の家に残っていた勧誘のチラシにある電話番号は勧誘のみにつかっていたもののようで斉藤がかけると「使われておりません」という定型メッセージが読まれるだけだった。
チラシに書かれた住所は小さな事務所がひしめく雑居ビルで、今は全く関係ない企業の事務所が置かれていた。村上がもっていた資料に書かれた本社の住所はさらにまったく別の場所にあった。もちろん電話番号も違う。斉藤がまた電話をかけると、定型のメッセージが読まれ、指示に従って数字を押して選択するタイプのものだった。
木藤が公式サイトにあるメールアドレスに訪問したい旨を書き込んで送ると、書いたアドレスに数時間後には返信が届いた。指定の一週間の間ならいつでもよいという返事だった。指定は二週間ほどあとの日付だった。
翌日、内藤、斉藤、木藤はシェールのメッセージを確認したあと、シェルエンネの本社のある住所へと向かった。窓が少ない、巨大な正方形に近い箱のようなビルの上に看板があってCiel+Enneとアルファベットをデザインしたロゴがあった。、三人は裏口を探していると、階の途中に開いている扉が見えたので、隣のビルの階段を登ってそっと飛び移った。
飛び移った三人は、最初に入った部屋で仮眠をしていたシェルエンネ社員に事件の話題をふり、協力的になったところで同行させ、社員のカードキーであちこち部屋をのぞいた。
エレベーターにのり、地下三階で一度降りると、カードキー認証の先の壁に隠し扉があり、さらに地下へもぐった。一番下は、地下三十階。そんな建物、あるわけがない、と三人は思った。社員は平然と進んでいき、やがて巨大な部屋が見えるガラス窓の付いた扉に突き当たった。
「あんたたち……ヒヒッ、きょ、協力、してやんよ……」
社員は老人のような不気味なしゃがれ声で三人を招きいれた。巨大な部屋は、見渡す限りサーバー筐体が整列していた。その間を進んでいくとコントロール用の画面と制御盤があり、横に窓の無い扉があった。扉は鍵がかかっていて、カードキーだけでなく物理的な鍵が必要だった。社員と三人がなんとか物理的な鍵を開けると扉は開いた。音漏れを防ぐための分厚い扉だった。
入ると、ソフト開発用のカプセル式のVR機械の最上級機種が三十台は並んでいた。幾つかはカプセルのふたが開いていて、干からびた手が這い出していた。別のカプセルからはうめき声やすすり泣く声が聞こえる。
いくつかのカプセルは外面についている非常ランプが点灯しており、そのなかで一番手近なカプセルを開けると、人が死んでいた。ランプのついたカプセルは合計で五つあり、五人全てがかなり前から死んでいた。
三人は叫びを上げかけた。けろっとしたままの社員に声をかけられてなんとか我慢すると、三人は人のいないカプセルの一台とタブレット端末を繋いで、シェールにメッセージを送った。
『運営 リアルでも 十分やばい』
内藤は死んだり正気を失ったまま放置された社員をカプセルの個体番号と共に姿や名札の写真をとった。
木藤はメッセージのために待機、斉藤は案内の社員と共に侵入をごまかす工作に励んだ。
メッセージには未知のプログラムの組み方や構文、プログラム言語が含まれていた。それも解析して混ぜ込みながら、案内の社員が適当にひっぱってきた正気を失った社員のVR接続を使って、少しずつシェールたちのやり取りを助けていった。
『わかったソースとコードがほしい』
シェールたちの返事を受け取った木藤は、自分が受け取ったメッセージプログラムのソースをテキストとして送った。
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プログラムをテキストとして送ってもらったヒラヌマとシュクレは、コンピュータと協力してプログラムを書いた。それを見ていた三導師は波動をつかったエルフの最難関の空間魔法の組み方に似ていると気付き、アイデアを投げる。
やがて、プログラムなのか呪文なのか分からないものができあがり、ミミとコンピュータがそれを実行して、シェールだけではあるがペナルティなしで強制的にログアウトさせることに成功した。
『ありがとうかならずあいにいく』
シェールは木藤に伝えた。九人の前で気絶して、その体は氷が溶けるように消えた。
次回53話は明日26日に投稿します。
あと数本投稿したら、別際との連載などで間を空けて次エピソード突入です。
(5月くらいまでに新エピソードの一本目を投下する予定です)
2015.03.04.このあとがきの変換ミス「真」を「新」に直しました。




