ノーマルエンド『コード9』
今までと違いちょっとほんわかした終わり方です。
あの忌々しい滅亡宣言から五年が過ぎた。
シェールやテンメイたちのように、正気を失わず、殺戮や破壊に走らず、静かに暮らしたいPCたちが徐々にエターに集まってきた。
村人たちは共存し、PCであってもNPCであっても変わらないように、どちらかが目立つことのないように暮らしていた。例えば、議員の定数にあったPC枠『宣託者枠』とNPC枠『住民枠』を撤廃したり、かなり生き残っていた着替えなどのマクロを使用禁止にして動作などで区別がつきにくいようにしたりといった工夫である。
人口が急に増え、議員も二割ほど増えた。シェールと、最初の開拓に関わった人が議長に就任し、リアルの社会制度に詳しい人に聞きながら、憲法や細かい法律などを整えて行った。
数回、ほぼPCだけで構成された過激派組織『アルマゲドン』の攻撃を受け局地的に戦場となったが、村全体が戦場となるような戦いは起きなかった。
さらに十五年が経過した。
都市国家エターは国土が最初期の三倍近くになり、人口も倍以上になっていた。他国との関係も良好で、なおかつ他国同士の戦闘に加担せず中立を保ったので、戦火に見舞われることもなかった。アルマゲドンの生き残りは降伏し、大人しく国の端で暮らし始めた。
ドワーフの職人との売買・修復交渉で生計を立てているテンメイは数年の交際を経て昨年ミミと結婚式を挙げた。ともに暮らしていた家を出て、比較的新しい地域に新居を構えた。ふたりの絆は固く、リアルに帰ったらプレイヤー同士でも結婚しようと約束していた。
「変な感じですよね。わたし、あちらの貴方のこと、なんにも知らないのに。」
「それはあっちでも同じだろ。出会ったのが職場とか旅行先とかだったら、いちいち家のこととか最初に言うわけじゃないしさ。
それに、俺は少しあっちの自分の話してるけどさ、君は話してないんだから誰も知らない。……もちろん、俺だけ知ってることを含めても、全然足りない。あと十年近くの間に、お互い教えあえばいいことさ、ミミ。」
テンメイはそのまま交渉の仕事を続けた。自分で修復などを行わなくなったぶん、定期的に帰宅できるようになった。ミミは研究の割合を減らし、魔法学校の正式な先生になった。研究を減らしたぶん、こちらも定時で仕事を終われるようになった。ふたりはともに食事を作り、家事を分担し、互いのことを教えあい、少しずつ時間を重ねていった。
クルクはふたりより先にエルフの町のひとつへ引越して、そこでエルフの男性と結婚した。
シュクレはふらふらと世界中を放浪している。
アクアアルタは菓子職人と付き合い始め、店に出す菓子のアイデアやデザインを考えている。
ユウキは家事などの日常で使える魔法の開発の成果を本にまとめ、ちょっとだけ有名人になった。
シェールは長く関わった議会を離れ、気ままに仲間を訪ねて遊ぶ日々を送っている。
残り時間は、少しずつ減っていた。穏やかな日常が積み重なっていく。
最後の三十年目を迎えようとする十二月のこと。PCだったことを覚えている人々はいつそのときが来てもいいように、慣れ親しんだこの世界を離れる準備を着実に進めていた。
年明けまであと十日と迫り、町中が飾りたてられる。
エターでは近隣の風習や地球から持ち込まれた文化が混ざり合い、夜でも魔法の明かりで建物が七色に照らされ、様々な大きさの丸餅と柑橘が家々の玄関や町の隅のほこらに飾られていた。餅を日付が変わったときに挨拶しながら半分に切り、新年(春分の日)の昼と夜のように綺麗に二等分できると縁起がよいとされた。
何年ぶりかにエターを訪れたフェーニアは小さな飾り餅を買い、友人から手紙を預かり、その友人の友人のために持ち帰った。客間のひとつの扉をノックし、そっと開ける。
「ただいま。せっかくだから新年の飾りを買ったんだ。
面白いね。東方の餅より平べったくて、しかも二つ重ねるんだって。
あ、上に柑橘を乗せるんだけど、何がいいかな。あるかなとおもって買ってこなかったんだけど、さっき台所を見たら切らしちゃってて。これなら大きな餅にすればよかった。ほら、見てよ。これじゃあ柑橘が大きすぎちゃうね。」
部屋の主はベッドで眠っていて返事は無い。フェーニアは構わず話しかけ、餅の横に同じくらいの大きさの柑橘を置き、その横に、餅についてきた図入りの説明書を置いた。
「それじゃあね、ウィル。」
年明けまであと三日。クルクは旧友サリアの墓参りのために何十年ぶりにアメリアを訪れた。昔同じ『軍団』だった仲間と再会し、そのうちの一人の家で共に夜まで飲み明かした。
いつの間にか眠っていたクルクは、ふと目を覚ました。時計を見てまだ夜中だと気付いて再び顔を下げかけた彼女の耳に、聞きなれない……電子音のチャイムがひとつ。ぴこん、と鳴った。懐かしい音だ。
クルクがはっとしてさらに顔を上げると、仲間の二人…自分を入れて三人の頭上に、懐かしい透明の板、つまりは『メニュー』があった。彼女は自分の頭の上からメニューを引っ張ってくると、ぎこちない動きでそっと項目を開いてみた。
しばらく項目をみたあと、クルクはポケットをまさぐり見つけた紙片になにか書き付けると、そっとログアウトの文字に触れ、現れたウィンドウの『はい』の文字を撫でた。
年明けの二日前、『宣託』が復活したという噂はエターにも届いていて、現に何人かが『帰還』を試していた。メニューが復活した人数は少しずつ増え、最後の授業中を終えたミミの頭上にも突然メニューがポップした。ミミはメニューを小さくして家に持ち帰った。
夕方にはミミの元へユウキからメッセージが届いた。『じゃあね。』とだけ書かれたそのメッセージにミミは返信を書き、夫の帰りを待った。
待っている間にも同様のメッセージがいくつも届いた。中にはリアルの個人情報を書いたものもあった。個人メッセージは他人には見えないのでいいと思ったのだろうか。
テンメイのメニューが復活したのは夜中のことだった。起きていた彼はミミを起こして、朝になったら帰ろう、とだけ話した。
年明けの前日。普段なら起きている時間だが町はまだ眠っている。テンメイとミミは身支度して、まずはフェーニアの元へ転送石で向かった。フェーニアへ丁寧にお礼を言うとテンメイはウィルフレッドの肩を揺らし、何度も声をかけた。
「起きろよ、おい、ウィル!起きろ、村上ッ!」
頬を軽く叩いたところでようやく目を覚ましたウィルフレッドは、目の前に浮かぶメニューを見て泣き出した。
「那珂川ぁ……ありがとな……なんか、わかんねえ。わかんねえけど。」
震えて上がらないウィルの腕をそっとテンメイは掴み、メニューをなぞらせる。項目を出し、ログアウトの文字に触れさせ、そのまま腕を動かしてやった。
「後でな、村上。あと、ごめん。」
テンメイの目の前でウィルフレッド……村上中也は一度首を横に振り、ログアウトした。
テンメイとミミは世話になった数人に挨拶をし、それから二人でログアウトした。
~~~~~
明典が目を覚ますと、あのハウスキーパーが覗き込んでいた。
「あ、えっと。」
明典は戸惑った。体がめちゃくちゃ重いのだ。目を動かすだけで、引きつってくる。そして、妙に柔らかくて軽い触感。そうか、やっぱ布団か。
「いまって、いつなんだろう」
ハウスキーパーが泣き笑いしながら、日時を教えた。三月のはじめ。それにしてはみんな厚着だなぁと明典は考え、それから、ゲーム内との暦の違いを思い出した。あれがたった数ヶ月か、と思ったが実際は一年以上経過していた。
一週間ほど動けなかったが、それから心身のリハビリを始めた明典は、同じ施設に村上が収容されていることを知り、見舞いに訪れた。本来なら担当医以外会えないといわれるほど心のほうの状態が悪かったが、村上本人が会いたいと希望したのであった。
「リハビリを終わらせても、それから一週間は病室にいるから、なんかあったら言ってくれよ。」
明典が病室の番号を教えると、村上はぎこちなく笑い、かすれた声で応えた。
「うごける、ように……なったら、な。」
病室に戻った明典は、自分のベッドのそばに車椅子の女性がいることに気付いた。見たことのない人だったが、なぜかすぐに分かった。
「ミミ。」
明典が呼びかけると、ミミ……美々香は返事をした。
「はい、テンメイさん、いいえ、あきのりさん。」
名前を呼ばれた明典は恥ずかしさで赤面しながらも、しっかりと歩いていき、美々香の手を取った。付き添いの女性看護士がそっと病室を出た。四人部屋で、二人のほかには、カーテンを閉め切ってベッドで眠っている患者が一人いるだけだった。
それから数日のうちに、意識のある全てのプレイヤーのログアウトが確認され、少しの処理の後P.F.O.は閉鎖された。
(『コード9』に分類される分岐のひとつ
/運営会社の上位を穏健派が占め、PCの多くも大きく動かなかった場合)
次回は20~21日ごろに投下します。




