デッドエンド『コード14』 B・上
あの忌々しいメッセージからちょうど一年経った。頭の隅に追いやることに成功して少なくとも表面上は平穏に暮らす者、追い立てられるように戦いに身を投じる者、精神が崩壊し何も分からずに部屋に閉じこもる或いは閉じ込められる者、全ての『宣託を受けし者』たちに運営メッセージが届けられた。
『近いうちに』
その一行にを読んですぐメニューが使えなくなってしまったユウキは、仲間が心配になり家を飛び出した。最初に思い浮かんだのはミミのことだったのでまず魔法学校へ向かう。言われたミミはメニューを出してみた。使えないわけではないが使えない項目も増えたし、今まで更新されない以外変化のなかったステータスすらおかしくなっていた。ミミと別れたユウキは道中で全員の職場を思い浮かべ無駄のない移動経路を考え、走り出した。
あれから同居人全てに当たった結果、人によってはまだ機能しているが落ちていっていることは確かだった。夕食時、メニューはもう使えないものだと考えよう、と話をする程度で済んだ。ログアウト事件の時点で警戒してスキルや『倉庫』に気を使っておいた成果である。
エター在住のPCはシェールたちの啓蒙・警告のおかげで『倉庫』やスキルなどの対策を済ませている人が多く、問題は比較的小さく済んだ。しかし、もちろん何も対策せずに『倉庫』のアイテムを消失した者たちもいる。
魔法は最初に選んだ初期スキルひとつ分以外は全て、魔法言語にのっとった呪文しか使えなくなった。このことに関してもエターは対策として早くから魔法学校が設立され、自力での習得を促していた。思うとおりに魔法を使えずに、多くの魔法使いがこの一日の間に戦場で討たれたり、魔物や野生動物に抵抗できず食われて、あっけなく死んでいった。
その翌日、エターは猛烈な風と雨に包まれた。まるで台風の直撃であった。この世界では、大陸の東南部と海上でしか台風という現象は見られない。西の端に近いこのあたりでは、人々が恐慌状態になっても仕方がないことだ。
シェールたち村の中枢を担うメンバーで村じゅうに呼びかけ人々を丈夫な建物に集めると、シェールは数人の親しい友人とともにPCの住居を集めた区画へ向かい、残っているPCたちにも避難を徹底させた。
強烈な風雨は十日経っても、二十日経っても回復しなかった。転送石で他の町へ偵察に向かった人は、報告した。向かった先も同様の風雨や謎の火山灰に襲われ町が放棄されていたり、或いは魔物の大群や凶暴な野生生物の侵入によって、なぜかPCだけいなくなっていたりと、とても避難先にはできそうにない、と。
人々は議会で話し合い、より強固な要塞都市のモデルとして開発しようと決めていた区画を使って、急ピッチで工事を進めて避難用の頑丈でより広範囲に対応できるシェルターを作ろうと決まった。
風雨が止まないなか魔法で一つ目の建物を丸一日つかって完成させると、動ける村民がそこへ移動し、少しだけ安心して夜を迎えることができたのであった。
夜、地球なら日付が変わるくらいの時間に、シェルターの頑丈な扉を叩く音がした。一人、扉のそばの小さな空間で眠っていたシェールとひとりの友人が目を覚まし、扉にある覗き窓を開けた。見えるのは、揃いの黒い鎧を纏った一団であった。何人かが何かしるしの入った旗を持っているのが見えたシェールは少し考えた。
(ああ、軍隊だなあ。ツァーレン……じゃないなぁ。あそこだったら金の飾りなんてついてないだろうし。)
隣の友人に聞いても、見たことないとの返事であった。
シェールは、話を聞いてからあなた方を入れるかどうか話し合う、と伝えると、質問をした。
「軍隊っぽいけど、どこの軍なのかだけ最初に教えてくれないかしら。そうしないと、さすがに誰も入れたくないだろうからね。」
先頭にいた黒鎧のひとりがよどみなく答えた。
「その質問への返答は『ない』。あるいは『禁止事項に該当するため答えられない』」
シェールはいくつか質問したが、返答の半分以上が「禁止事項に該当」であったので彼女は頭を抑えた。
「これだけは、禁止事項じゃなくて、答えてね。
門をくぐってからここまで、この村で何をしたの。」
シェールは最後の質問をした。回答係の黒鎧は丁寧な口調で答え始めた。
村の一角には、隔離区域として、あの津波以降災害の避難の際に抵抗した者、暴力事件を起こした者、精神の消耗が激しく回復の見込みが薄い者など、町の機能を担うことの難しい者たちを収容した建物がある。
黒鎧たちは他に見向きせずそこへ向かい、階の数に分かれて整然と進んでいった。そして、収容された人々を一部屋ずつ殺していった。黒鎧は全ての町に派遣され、同様にPCの粛清を行っているという。
その様子を淡々と答えるさまに、二人は足が震えた。このまま殺されるのは嫌だ、と二人は思っている。
粛清って、ジャマになったやつを皆殺しにするんだよね。ここで追い返しても、無理やり扉を破って入るのかな。
シェールは覗き窓の外をじっと見詰めたまま、何か策はないかと考え始めた。何も思いつかない。
どうしよう、と友人がシェールの袖を引いた。そこで、先頭の黒鎧に別のが何か話しかけた。一回あたりの人数がどうとか、耳がかなり良いシェールには聞こえた。先頭の黒鎧は何度か頷くと手振りで軍勢に引くように命じた。黒鎧が去って、窓から姿が見えなくなると二人は気を失った。
翌日、シェルター内の人々が目を覚まし、シェールの友人は物音に起こされた。隣で眠っていたシェールの肩を揺らすと、目を覚ました彼女はふへへへ、と変な笑い方をした。
「おはよ、シェール。」
「おはよ、シェール。」
シェールはあなたでしょ、とふざけて小突くと、シェールも同じように動作を返す。友人は遊んでるのだと思い、身支度をした。
シェルターに入ると、着いてくるシェールは寝巻きのままだった。夜のことを伝えようと友人が喋ると、シェールは横で一字一句同じことを喋った。友人は怖くなった。彼女は地球の心療内科的な治療を担当する治療師を呼んでもらったが、彼は首を横に振った。
「だめだね。しばらく……まず太陽が南に昇るまで様子が変わらなかったらもう一度私に声をかけなさい。」
横でまたシェールが彼の言葉を繰り返す。
昼食を食べた後に。日が暮れてから。翌日の朝。友人は治療師を呼んだ。治療師は二人と行動をともにした。シェールはおうむ返しをしなくなったものの、もう、まともに会話できなくなってしまった。
「うふふっ」
時折、何かを思い出して笑っている彼女に、友人と治療師はただ寄り添った。
アルビノのエルフと、ドワーフ少女と、両性族の大人と。三人は村を出て、東へ進んだ。砂漠の中の、治療師の家へ行くことにした。
途中のオアシス集落で三人は休んでいた。夕方、少しだけ輝きだした星を見ながら、治療師は方角を確かめている。シェールはにこにこ笑顔を浮かべ、木の実に刺した草の茎のストローを一生懸命吸っている。
友人は隣で同じように木の実を吸いながら、治療師が、明日明るいうちに家につけそうだ、と嬉しそうに話すのを聞いていた。
そのときだった。
急に心臓がどくん、と跳ね上がるような動悸がした。思わず胸を押さえると、シェールが笑顔のまま、
「いそがなくても、だれもとらないよ?」
顔を覗き込んで頭を撫でてきたので、彼女は無理に笑顔を返した。治療師はすぐに医者を呼びに行った。
医者が到着したときには、既に友人は死んでいた。シェールは友人の死が分からないまま、友人を抱きしめて頭を撫で、調子はずれに歌っていた。治療師は医者に謝り、そのまま膝をついて泣いた。
シェールの歌と治療師の嗚咽が星空に響きわたった。
次回は6~7日に投稿します。




