デッドエンド『コード14』 A・上
いくつかのエンディングのひとつとなります。一番虚しい終わり方かは始まって、最後に真エンディング登場!なのです。
なお、数字は14までしかここにありませんが、分岐をまとめたら14種類になるというわけではありません。
あの忌々しいメッセージからちょうど一年経った。頭の隅に追いやることに成功して少なくとも表面上は平穏に暮らす者、追い立てられるように戦いに身を投じる者、精神が崩壊し何も分からずに部屋に閉じこもる或いは閉じ込められる者、全ての『宣託を受けし者』たちに運営メッセージが届けられた。
『残り一週間』
その一行を読んですぐメニューが使えなくなってしまったユウキは、仲間が心配になり家を飛び出した。最初に思い浮かんだのはミミのことだったのでまず魔法学校へ向かう。言われたミミはメニューを出してみた。使えないわけではないが使えない項目も増えたし、今まで更新されない以外変化のなかったステータスすらおかしくなっていた。ミミと別れたユウキは道中で全員の職場を思い浮かべ無駄のない移動経路を考え、走り出した。
あれから同居人全てに当たってみた結果、人によってはまだ機能しているが落ちていっていることは確かだった。夕食時、メニューはもう使えないものだと考えよう、と話をする程度で済んだ。ログアウト事件の時点で警戒してスキルや『倉庫』に気を使っておいた成果である。
エター在住のPCはシェールたちの啓蒙・警告のおかげで『倉庫』やスキルなどの対策を済ませている人が多く、問題は比較的小さく済んだ。しかし、もちろん何も対策せずに『倉庫』のアイテムを消失した者たちもいる。
魔法は最初に選んだ初期スキルひとつ分以外は全て、魔法言語にのっとった呪文しか使えなくなった。このことに関してもエターは対策として早くから魔法学校が設立され、自力での習得を促していた。思うとおりに魔法を使えずに、多くの魔法使いがこの一日の間に戦場で討たれたり、魔物や野生動物に抵抗できず食われて、あっけなく死んでいった。
その翌日、エターは謎の軍隊に包囲された。ツァーレンでもない。とがった金の装飾のついた、つやのある黒い鎧を着ている。見えている部隊だけで数百人は居そうで、その全ての装備が先の黒鎧で統一されている。だれも見たことのない軍隊だった。
代表らしき一人が門番に近づき、防壁をなくし村を開放するように強い口調で命じた。門番は彼に、どこの軍なのかと問うたが、
「その質問への返答は『ない』。あるいは『禁止事項に該当するため答えられない』」
代表は答えた。門番の質問の半分以上の返答が「禁止事項に該当」であった。門番は議会の建物と通話して門を開けた。無駄に戦う必要はないとの考えからだった。
戦いはある意味回避できなかった。
村の一角には、隔離区域として、あの津波以降災害の避難の際に抵抗した者、暴力事件を起こした者、精神の消耗が激しく回復の見込みが薄い者など、町の機能を担うことの難しい者たちを収容した建物がある。
謎の軍隊は他に見向きせずそこへ向かった。そして、建物の受付を殺し、階の数に分かれて整然と進んでいった。そして、収容された人々を一部屋ずつ殺していった。建物からは怒号と悲鳴、斬撃や何か固体や液体が壁にぶつかる音、重装備の足音が響き、しばらく続いた。
その間に、あらかじめ作っておいたシェルターへNPCの村民を避難させた約百人のPCは、追いかけてくる謎の軍隊の人数から、初めから抵抗できると考えておらず、話し合っておいた案のひとつとして、少人数に分かれて村から逃げ出した。
テンメイたちは一旦、全員の手持ちの転送石で飛べる町へ飛ぼうと考え、ルシエンの隠れ家へ飛んだ。
飛んだ先に、家はなかった。建物は焼けた木材の柱数本になっていたし、花壇や生垣は踏まれたり散らされたりして跡形もない。花壇や庭、屋根の煉瓦があちこちに破片となって散乱している。
「予想はしてたけど、実際見るとヤバイな。」
テンメイはいつものくせで頭を掻いた。表情は暗いままだった。
「どうすんのよリーダー。」
ユウキが周りを警戒しながら移動を促す。
「とりあえず森に隠れよう? わたしとシュクレさんじゃあウィルさんが重くて。」
「なんで置いてこなかったのよ?!」
先頭を歩くユウキが振り返ってミミを人差し指でさした。
森へ入った一行は、いくつか候補を出して転送石を使ったが、隠れ家は皆破壊されていた。
シュエから北西へ入ったところに別荘として買っておいた家は更地にされていた。
ムィルースィの雪山の洞窟は知らないドワーフ一家が住み着いていて、彼らに前に使っていたことを説明したが、一家は仲介業者から買ったから知らなかったうえに、もう住み始めて一年以上経過しているといわれてしまった。テンメイどころか、ユウキでさえ何も言い返せなくなった。
フェーニアの住む町の近所にいくつか貰ったり買ったりした家は、破壊されてはいないがどの町でもあの黒い鎧が町じゅうをうろついていて、即追いかけてきた。
エルフの港町も数は少ないもののあの黒い鎧がうろついていた。テンメイは港の船員の中に見知った顔を見つけてこっそり話しかけた。船員は船の中へ一行を案内した。
「あいつらのことかい?何だか分からないけど急に今朝現れて、何を聞いても取締りをしている、の一点張りで話が通じないし、現れてからずっと町中うろうろしているけど飲み食いしてる様子もない。店は入るだけで何も買わない。
船の中にはさすがに入ってこないけど、外から見える場所はきっちり全部確認していくし、来てから積む荷物は全部中をあけて確認してる。出発までここから出ないほうがいいよ。君たちきっと殺されちまう。」
同じ頃。
別のPCがなんとかカタリアに入り、路地裏の、魔法のかかった(あの地図が書けない区画の)空間に逃げ込もうとしていたが、黒い鎧は同様に空間を通ってきて、そのPCは背中からばっさりと斬られて死んだ。
さらに別のPC。エターに関わらずにずっとアメリアに滞在していた。なぜかアメリア軍は黒い鎧と戦おうとしない。知人の軍人を頼って窓口へ向かう途中に拘束され、心臓を一突きされた。かなり重装備の剣士だったが、黒鎧の剣は、鎧をまるで紙のように突き刺していった。通りがかった町の人が悲鳴を上げたが、黒鎧は何も反応しない。アメリア軍兵士がなだめ、目撃者が平穏を取り戻すまでの間、その場に居る黒鎧は誰一人反応しなかった。
シュエから南に下った、大陸の東南地方。黒鎧がたいまつや魔法の炎をかかげ、多くの家を焼き払って回っていた。細めの木の枝や大きな葉を束ねて作られた家は簡単に燃え、そこにいたPCたちは逃げ惑っては黒鎧の魔法で潰れ、あるいは腕や足の一部が範囲から漏れて転がった。
砂漠の町。数人のPCが暮らしていた集落のオアシスの水が、朝最初の水汲みに来た住人の目の前で枯れた。黒鎧の魔法だった。住人は水と引き換えにPCを引き渡した。
町や村、集落のある場所全てに最低でも十数人の黒鎧が現れ、『宣託を受けし者』たちをほふっていった。多く隠れていた場所ではその屍が山のようになった。
シェールは、エターに相棒とふたりで残っていた。昼ごろ、防空壕のような狭い穴から這い出た彼女らは、村人の避難シェルターを見に行って、避難してから今までの様子を伝え聞いた。
彼女たちふたりは礼を言ってシェルターを出た。数人の黒鎧とすれ違った。皆無表情だった。黒鎧以外誰もいない。ふたりは黙々と歩いた。
エターのPC用区画は全ての家が魔法で潰されて、地面に開いた隕石のクレーターのようなものだけになっていた。
いちばんの大通りの店は、PCだけで営業していた場所のみが同様に潰されていて、半数ほどに減っていた。道中には死体やその一部らしき肉片、防具だった金属片や布切れ、折れた剣先などがあちこちに残されていた。路地裏には死体が寄り添って倒れていたり、みずから毒をあおったのか、壁に爪を立ててよりかかったまま死んでいる肌が変色した人がいた。
シェールの隣に居た同年代の少女がすすり泣きだした。シェールはその子の頭を優しく撫でた。
そのまま歩いて、シェールたちはこの村の最初の建物に着いた。『せかい』を設立し、話し合ったあの広い木造の建物と、その横の議事堂だった。隣接する広場には、真ん中の噴水には複数の死骸が浮き、あるいは底に沈み、植え込みにはピンに留められた昆虫標本のように串刺し状態の体がいくつも並んでいた。
その中には、いくつも知った顔があった。
初めてログインしたときにできたともだち。
一緒にクエストをやろうと呼びかけて何度かパーティを組んだ人。
『せかい』をつくったときに出会ったばかりの人。
知らずに仲良くなったあと、一緒の病院にいると知って、一度だけリアルで会えた子。
一緒の病院にいると分かったけど会えないうちにログアウトできなくなったからまだ知らない子。
研修を終えたばかりで点滴がへたくそだって言ってた、こっちでは顔しか知らなかった看護士さん。
皆、恐怖や絶望で表情がゆがんだまま死んでいた。
シェールとその友人は、抱き合って泣いた。黒鎧たちが時折そばを通りかかるが何もしない。泣いている途中で、友人はシェールに寄りかかった。
「しぇ…る……くるし……い……」
シェールは泣き止んで彼女を抱きとめた。相手は成人女性キャラでシェールは成人ぎりぎりだが、エルフなので案外余裕で支えられた。シェールは友人を抱きとめ、背中をさすった。
「いたい……よぉ。」
友人はもう、「いたい」とうわごとのように時折言うだけだった。シェールは必死に名前を呼びかけ、背中をさすり、時折抱き方を変えて肩をゆすった。
魔法で流れる、時報用の音楽が流れた。ああ、避難してからもう二時間はたったんだ。シェールは友人を抱きしめたまま、かすれた声をかけた。
「おなか、すいたね。きのう言ってた、あのお店がいいな。エルフの町にしかなかった、チョコレートパフェ。ふふふっ。」
シェールは立ち上がった。ばさり、と友人が倒れた。黒鎧がそばを通るが、何も反応しない。
「ねえ、起きてよ。ね、ね?」
体を揺さぶっても、頬をつねっても、軽く叩いても、それなりに強めにビンタしても、友人は目をあけない。
シェールがもう一度手放し、友人の体が倒れると、黒鎧がひとりやってきて、乱暴に友人の装備をはがしだした。肌着をまくって、聴診器なのか、変な円錐形を取り出すと心臓の位置におき、一から十まで数えてからそれを外した。
シェールが呆然としている前で、黒鎧は外した円錐をしまうと亡骸に何か呪文を唱えた。一部の地域の風習で、蘇りを防ぐ呪文であったが、シェールは知らなかった。おそらく、知っているのは運営の一部と、この鎧たちと、該当地域に住む人々だけであろう。
ひとりが呪文を唱えていると数人の黒鎧が集まってきた。シェールは無視されたままだ。呪文を唱えている以外の黒鎧は、鎧やかぶとを外し、どこからか黒いヴェールを出して被った。
ヴェールを被った数人は、シェールの目の前で亡骸の心臓に長くて釘のように太い針状のものを一気に刺した。
「はは。あははは。……は。ふふふ。うふっ。ふふふ、あっはは。」
黒鎧は何事もなかったように身支度をして元のように歩き出した。
シェールは笑った。悲しみの涙はあふれ続けていた。のどが時折ひっ、と鳴る。膝は震えだしてとても立ち上がれそうにないように見える。座り込んだ姿勢のままで、シェールは泣きながら笑い続けた。
残っていたちっぽけな理性が吹き飛んだ彼女は、疲れて倒れるまで笑い続けた。やがて、友人と同じ処置を受けることになるのだ。
「ふふふ。うふっ。ふ、あはは、はは、あはっ。うふふふははははっ。」
『下』は明日3日に投下予定です。




