表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/100

35話 切り離された世界

NPCのフェーニアさんの名前を覚え間違ってて4話分くらいフィーリアになってて、直しながら泣きたかったです。まだあったら教えてくださると嬉しいです。精進しなければ。プロの人でも設定変更とかで変わった部分を覚え間違ったりすることあるらしいですね

 十二月。相変わらずクリスマス無くなれとかいう歌詞のインディーズ曲を口ずさむ村上・ウィルに、たとえ季節が合っていてもリアルだけにしてくれと俺はくだらない愚痴をこぼしていた。

 ましてこちらは同じ十二月といっても地球では二、三月だ。だんだん温かくなる。季節外れだし暗い歌詞で気がめいるだろ。


 ゲーム内では最初の昏睡事件から一年近く経過している。実ログイン時間で考えてもリアル経過時間の倍近くは過ごしていると思う。昏睡者はまだ発生するものの、最初と違いリアル一週間に一人いるかいないかだ。異変が増えることもなく、慣れてきてしまった感じがあった。


 食堂で雑談していてたまたま年末年始の話題が出たので、俺は家事のついでに年賀状の印刷をしておこうと、適当にログアウトすることにした。そこであの会議室で出会った人が声をかけてきたのでメニューを閉じ挨拶を返した。

 彼らを話題に加え、年賀状のデザインがどうのとか、何人くらいに出すだとか、そんな話の区切りで、俺は店の脇でもう一度ログアウトのためにメニューを開いた。


 おかしい。ログアウトの項目がない。表示ミスか何かだと思い、再びメニューを閉じて開けなおした。上から順に項目を指で辿ってみたが、やはり、ない。消えている。また閉じて、次は音声でメニュー、ログアウト、と言ってみたが何も起こらない。メニューだけ表示されて動かない。


 まあ印刷なんて後でもいいや家事もハウスキーパーさんの仕事範囲に入ってるから俺が忘れても問題ない。俺はそのときにはたいしたことだと思っていなかった。ポケットから出てきた甘どんぐりをかじり、炎の魔法で皮くずを燃やして、再び歩き出した。


 切らしていた初歩の錬金術材料の中で錬金専用じゃないものを雑貨屋などでで安く買い込んで倉庫に放り込むと、俺はもう一度適当な路地でメニューを開いた。


「はぁ……あ?」


 ログアウトの項目がやっぱりなかった。大通りのほうから同じくログアウトだろう、数人の冒険者が来てメニューを開き、今の俺と同じような気の抜けた声をあげて俺のほうを見た。


 そこで今度は、俺が相手のステータスを表示してそこからメニューを辿ってみた。やはりログアウトは出来ない。他人なので倉庫の中身は分からないが装備・アイテム、スキルなどステータス画面に異常は無いし、その人が受けたクエストも分かる。地図も表示できた。チャット画面も正常だ。他人から開くとデフォルトがその人への個人メッセージになるから誤爆しないうちに閉じた。


「何なんだよ!」


 後から来た冒険者の一人が小さく収納したメニューを投げつけるように腕を振った。その場にいた誰も口をあけられず、その場から逃げるように去った。俺も路地の奥になるけど向いていた方へ路地を進んでいき、フェーニアさんの家へ転送で移動した。



 家の裏に着くと、フェーニアさんとその友人の妹さん・ミューリアさんが買い物から帰ってきたところだった。


「そんな怖い顔してどうしたの?」ミューリアさんが俺の顔をじっと見た。心配事なら悩みが大きくなる前に言ったほうがいいと彼女は言うが、とても話せる気がしない。NPCに話したって愚痴にしかならないと思う。ちょっとね、と言って彼女が下げている買い物袋を受け取って中へ運んだ。


 中途半端な時間。昼食や夕食の仕込みも今はない。袋からものを取り出して、しまう場所に応じて分けていく。


 この世界の冷蔵庫は断熱材で囲まれた箱といった感じだ。電気が無いから氷を別室に入れてその冷気を利用するか、寒冷地なら土を掘ってまるごと埋める(家の中は温かく、外では埋めないと凍ってしまう)。

 この町は熱帯に近いから冷蔵庫も珍しくないが、涼しい地方のエルフは冷蔵庫なんか使わないとか、そんな話をしながら俺は自分にあてがわれた部屋へ逃げた。




 昼食の時間、呼ばれてフェーニアさんたちと一緒に食べているとウィルが来た。奴は挨拶だけ言うと、無言でもりもり食べて、ごちそうさまも言わずに俺の部屋のほうへさっさと引き上げていった。


 俺は気持ち悪くなってきた。吐きはしなかったが、胃が痛む。箸を置くと、いや箸じゃないんだが、とにかく部屋に戻るついでにトイレも済ませて、戻ったぞと声をかけて部屋の戸を開けた。


「ちょっとさ……シュクレ先輩がきたらさ、話があるんだけど、いいか?」


 ウィルはいつもの調子ではなく、素の村上の喋り方だった。俺の動悸がひどくなっていく。嫌な汗がじわっとふき出してくる。俺が頷くと、ウィルも頷き返した。 


 待っている間に俺は昼寝、ウィルは俺が入室したときの姿勢のまま身じろぎもしない。椅子に張り付いているかのようだった。とてもお茶に呼ばれる気が起きないので、寝る前にフェーニアさんに断っておいた。




 階下から嗅ぎ慣れたハーブティの香りが漂ってきて、それが消えるくらいの時間に、シュクレ先輩が訪ねてきた。

 俺たちが何か言う前に、


「うん、知ってる。」


先輩は一言だけいうと、大きくメニューを開いて、俺たちにもそれを見るように言った。


 促されて見ると、最初に謎だった『リンク』の項だった。ずっと有り・無しという選択肢だけあって何も選択されていなかったのに、先輩のメニューでは『無し』が点灯している。


 先輩が言うには、自分が確認した人では6割が『有り』。種族や、出身地や、クエストの進行など共通点は見られなかった。そして『指令船』にだけ行けなくなっていたことが分かったと教えてくれた。俺とウィルもメニューを見てみると、『有り』になっている。


 メニューをあちこち見返していて気付いたんだが、時計もおかしくなっていた。地球時間の表記が二十九時マイナス〇六分。三人でつき合わせてみると、先輩のは〇六時八十一分、ウィルのはマイナス三時三十六分。見ている間に、時刻は全然違う時間に変わった。二十一時六十四分とマイナス三十五時〇九分と〇〇時二十七分。


「なんだよこれ!」


 ウィルはメニューをくしゃっとまるめて消すと、そのまま椅子の上で丸まった。俺も座っていたベッドにそのまま横たわった。シュクレ先輩がじっと俺たちを見ているのが分かった。


 奴の大声が聞こえたらしく、フェーニアさんが部屋まで来た。先輩が適当に言い訳してくれた。


「あいつ、ここに来るまでにひどいめにあってさ、落ち込んでるんだ。愚痴ってたところだよ。」


 フェーニアさんは同情しているような顔をして、


「さっきあんまり食べてなかったね。つらかったらなおさら、せめて何か温かいものでも飲みなよ?」


そっと戸を閉めて、静かに戻っていった。


 その日はそのまま、部屋に閉じこもっていた。食事は部屋まで運んでもらった。ウィルはもう話し方やしぐさが完全に村上に戻っていた。俺も寝るときまでぼーっと天井を眺めていた。先輩は壁によりかかってじっと考え事をしているようだった。運営サポートへメッセージを送ってみたが、待機中の表示が


『現在の解決待ち:13068件 現在の対応中GM:3名』


という有様で、俺は送ったばかりのメッセージを取り消すコマンドをそっと打った。


 夜になって、ウィルは椅子の上で体操座りしたまま眠ってしまい、俺は毛布をかけてやった。先輩は先輩自身の部屋に戻った。俺はベッドからいちど降りて装備を外して着替えをしてから寝た。


~~~


 朝になってもやっぱりログアウトは項目ごと消えていて出来なかった。ショートカットコマンドを打ってもそんなコマンドねえよみたいなメッセージが出た。コマンドがないなんてメッセージは、打ち間違い以外に見たことなかった。


 どうせこれから心配かけるしせめて食事には顔を出そう。俺は着替えをして装備は指輪まで全部なしでキッチン兼居間へ向かった。俺が軽めにサラダと雑穀みたいなおかゆを食べて身支度を済ませても、ウィルは眠ったままだった。


 ずりおちた毛布を回収してしまいこんで、肩をゆすってやると寝ぼけた声を出した。奴は○○ちゃーん、オレ寝てないよー、だから専務とかには黙っててよーぉ、といいながら腕をばたつかせた。俺はイライラしたが我慢して肩をゆすったり頬を軽く叩いたりつまんだりして奴を起こした。


 寝るんなら、自分の部屋で寝やがれ。俺はそう言って手を奴の部屋まで引っ張って連れて行き、フェーニアさんに声をかけてから散歩に出かけた。


 メニューのポップアップが鬱陶しい。メッセージが溜まっているのだ。まずは適当に店を覗いて茶葉をいくつか買い付け、転送でまず行き付けの宿の人に売った。知り合いから頼まれた用事だ。宿から出たところで相手のメッセージに『用事を済ませた』という返事を出す。


 あとは単純に安否の心配や今回のことでの愚痴やら怒りやらなにやらで、特に返事を出したりお使いをする必要も無い。俺はルシエンへ転送で飛んで、茶葉の残りを世話になってる家にプレゼントした。

 その家で、ミミとクルクさんが図書館にこもりきりなので迎えに行ってほしいと言われたので向かうことにした。風が強く、むちゃくちゃ寒い。あらかじめ買っておいたマフラーを『倉庫』から取り出して巻きつけるが、顔面だけはどうにもならない。


 図書館に着いて、司書さんに声をかけると、いつものところだと言われた。申請書に名前を書いて、許可証を受け取る。魔法書庫という、魔法に関する本だけでなく、本自体に魔法がかかっている本が収蔵されている部屋があり、二人はそこで上級魔法の座学スキルを磨いているのだ。


 俺はいつも、問題の書庫に入ると二人に声をかけたら適当に待っている。魔法のせいで途中で終われない本もあるからだ。それに、切りのいいところで終わりたいだろうし。


 はじめは復習のつもりで魔法のかかっていない初歩の本を手にとって見返していたが、クルクさんが貸し出し手続きをしにカウンターへ向かったので、俺は本を戻して、ミミとともにカウンターそばまで移動して待つことにした。


 こちこちと大きな掛け時計の針の音がする。俺たちは何となく眺めていて、妙な感じがした。早い気がする。動きが早いわけではない。むしろ、一秒が多少長い気がする。ミミに声をかけようとしたがミミは一生懸命何かを数えている。そして


「この時計、秒針が五十しかないです。」

「えっ?」


 俺は思ったより声を出してしまい、近くの席の人に睨まれた。頭を下げると俺たちはその場を離れ、クルクさんの方に近づいた。カウンターの壁にカレンダーが張られている。返却日が分かり易いように隣に新しいカレンダーが張られている。よく日本で売られているものと違い、写真やイラストなどの無いシンプルなデザインだ。


 カレンダーにもおかしいところがあった。ゲーム内の暦は一年が三百六十日(三十日×十二か月)であることと一日が二十五時間であること以外は地球と同じだったはずだ。それなのに、十二月三十一日がある。カウンターの人に声をかけて尋ねると、


「ああ、来訪者さんですか?今年は閏年ですもの。」


 プレイ開始から今まで、そんなこと知らなかった。いや、記述は見たのだろうが、ゲーム中で閏になったことなんか無いはずだ。俺がカウンターから離れると、軍団メッセージが飛んできた。シェールからだ。とにかくすぐに集まって、とだけ書かれていた。横から見ていた二人が俺に着いていくと言い出し、三人でアメリアまで転送で飛んだ。


~~~


 やはり、昨日からの異常の報告だった。目の前で時計やカレンダーがぐにゃりと変化したという人までいた。世界設定としては、一年は三百六十日と数時間あるのだとシュクレ先輩や設定マニアの人が教えてくれた。一秒の長さが地球と違うし、一分は五十秒、一時間は五十分、一日は二十五時間なのだ。


 そして、あの『リンク』。やはり誰も仮説さえ立てられないままだった。きっと何か条件があって、当てはまった人からプレイヤーが昏睡するというのは予想できるが、その条件が見当つかない。


 そして、もしプレイ中に昏睡した場合、キャラクターはどうなるのか。他のVRMMOだとたいていはVRマシンが判断してうまくVRを切ってくれて、普通にログアウトしたのと変わらずに終われる。でも、今このゲームはログアウトが出来ない。まさかVRのままで……。いや、そう考えるのはよそう。


 運営が反応しない以上、調べて情報を蓄積する以外出来ることはないだろう。俺たちは話し合いをまとめ、とりあえず生活を続け、毎日数時間おきにメニューを確認することを皆で決めた。

 

~~~


 会議のあと、俺たち三人はシュクレ先輩を加えて四人で魔法図書館、それもエルフの町の図書館にこもって転送魔法の本を調べていた。時間と空間に関することを調べれば何か手がかりが見つかったりしないかなという淡い淡すぎる希望による行動だった。


 ひと月その町にいる、フェーニアさんの友人の家に滞在させてもらい、それでも何も分からなかった。座学スキルが3もついたが何も手がかりはなかった。もう、リアルでどれくらい経ったのだろうか。見当もつかない。今までと時間の感覚が同じならまだ丸一日くらいか。秒数のぶんとかいちいち計算する気にもならない。




 ログアウトできないまま三ヶ月経った。もう一度会議が招集されたがやっぱり何も分からない。俺たちが調べたけど無駄だった話をすると、シェールがやっぱりねと明るい声で言った。声は明るかったが顔は笑っていなかった。

36話から次章に入ります。1月から再開する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ