33話 歪む世界
九月のある日、とうとうNPCまでおかしくなった。行きつけの店のNPCの一人がいなくなって、見たことのないNPCに変わっていた。買い物ついでに店主に尋ねると、
「おまえ何言ってるんだ、こないだ薬草を買いに来て見繕ってもらっただろう」
と返してきた。俺も、前に買い物に付いてきたユベールも覚えてない。覚えているのは、薬草を買いに来て、いつもいた店員が別の草が入ったから錬金術スキルのある人に使ってもらったらどうかと見せてくれたことだけだ。
そのときはクエストとスキル上げで使うから同じ薬草じゃないといけなくて、普通の薬草の棚から出してもらって買って帰った。ユベールもそれを見ているし覚えている内容は同じだという。
こんな風に、あるはずのものがなく、あるはずの人がいない、あるいは、別のものに変わっている。そういうことが起こるようになった。行こうと思った店がなかったり、集落に住んでいる人が変わっていたり、ある家の壁の色が変わっていたり、知らないNPCに約束しただろうと責められたり。誰かに影響するとは思えないものでは、港町の待ち合わせスポットから見える銅像の向きが九十度変わっていたという話も聞いた。
学校が忙しいせいと担任の先生から注意を受けたとかで、エリーとミミが来る時間を極端に減らした。週末だけしか来ない、とのこと。ユウキはどうしたんだ?とエリーに聞いたら、
「ユウキちゃん、今度のことで親と喧嘩して、マシンを取り上げられちゃったの。どうせ二台めをこっそり隠してるんだろうけど、毎日は来られないと思いますよ。」
そう話してるそばからメッセージが飛んできた。
『やっほー^^』
やはりあいつは中の人もあいつだったか。親も気付きそうなもんだけどなあ。大人の対応というか、俺自身の高校の頃の経験から、しばらくは本当に我慢しておけ、と言っておいた。どんなに巧妙に予備ハードを隠しても、こっそりとプレイした痕跡は残ってしまうものだ。あるいは、どこかで気が抜けてしまったときに親と鉢合わせる。
ミミは二つのルシエンを行ったり来たりして、魔法具を買ったり、真面目に練習したりしている。俺はたまに訪ねて、分からないところを教えてもらっている。近所では、もうあとはエルフの先生をつけるしかないといわれている。
エルフは人間と違い魔法の素養が高いし、周りから教えてもらいやすい。さらに長命なぶん、実績を積んでいる。だからエルフの魔法使いは中堅以上はどうがんばっても人間にはたどり着けない領域であるという。PCの魔法使いキャラがスキルを10まであげるとようやく仲間入りできるレベルらしい。
ちなみに、魔法のスキルを10にしているPCなんて聞いたこと無い。5くらいまでならごろごろいるが、それ以上は攻撃魔法の威力の伸びがあまりなく、MPなどのステータスを伸ばす以上の意味がないと言われている。苦労して少しステータスをあげるくらいなら、違うところにスキルを割りふってMPはアイテムや装備で補うほうが安上がりだ。
逆に、多くの系統の魔法を広く修める人も少ない。だいたい初期に選んだものともうひとつと初歩回復という組み合わせが多い。無難だからな。
回復がないとソロでの活動がきつい。薬草や回復薬を持ち歩くにしてもすぐに『倉庫』が一杯になるし、戦いながらメニュー操作して『倉庫』のアイテムを使うのは大変だ。マクロでもぎりぎりで、失敗してダメにした薬は数知れない、という前衛は多い。
攻撃魔法は前に話したとおり、スキルポイントを振り分けてほいほい使えるように出来ないものだから、ポイントを振り分けるためにまずスキルを生やすところが面倒くさい。
火・風・水・地の四つから初期魔法の属性が選べ、希望がなければ火か風になる。ミミは風からスタートして火も平行して真面目に魔法の原理を学び、スキルが前に聞いたときでもう8レベルあった。さらに、水と土も5レベルあるし、回復や補助も手を出しているのは確実だ。
はじめはユウキと同じで必要や趣味でスキル生やしただけっぽいことを言っていたが、いつの間にか初歩回復は5、補助は4になっていたから、趣味だとしたら相当のめりこんでいる。
初歩じゃない、回復魔法スキルも生えたと思ったらすぐに2~3に上がっていた。ほぼ全部、ポイントを振り込むのではなくきっちりスキルを上げている上に、学校の勉強も好きな教科はかなりのめりこんでいるらしいので、たぶんそういう性質なんだろう。
今は事件のせいで時間も減ってしまうからログインさせてもらえる間にどれかひとつでも15まで上げたい、とミミは言っていた。
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ミミの滞在先を出た後、通りをぶらついていると事件について探っているというPCの集まりに誘われた。俺は積極的な協力は出来ないかもしれないと前置きした上で付いて行った。
連れて行かれた先は、タニーアから少し先を開墾して作ったというPCしかいない村。長いテーブルが並んだ会議室みたいな部屋をもつ建物に案内された。五十人分の席があり、6割埋まっていた。シュクレ先輩がいたし、後からミミも来た。
前方の壁には黒板やホワイトボードのような、木で出来たふちが付いた板が取り付けてあった。そこに、緑髪に金目のエルフがチョークのような塊で字を書いた。
『議題 世界の異常について』
席の残りが指折り数えられるくらいになったところで、人は増えなくなった。黒板のエルフは部屋全体を見回して、手を叩いて注目を促した。
「皆さんこんにちは。だいたいははじめまして、かな。まずは自己紹介。ボクはシェール。よろしくね。」
シェールはぺこりとお辞儀をした。耳がしっかり長いしステータスを見てもエルフなのにとても小柄で人間と変わらない。しかし、彼女の声ははきはきしていて、深刻な議題にそぐわない元気ささえ俺は感じた。
「みなさん、ここへ来ていただいたってことは、この世界の異変を感じ取っている、そして、危機感を抱いているということですよね。出来れば、どーにかしたい。そう考えている人がいると信じてる。」
まずは、自分が遭遇した異変を教えてほしい、と彼女は言った。言いだしっぺだから、と彼女は俺が出会ったような、人の入れ替わりや、消えてしまったものについて話した。俺が見たよりも恐ろしかった。店で順番待ちしていると、前で並んでいた4~5人が突然消えたのだという。しかし、自分と彼らの間に並んでいる人も、店の人も、何も様子が変わらない。たまたまその行列に、シェールのほかに並んでいたPCだけが、消失に反応したのだ。
部屋の中がしーんとした。目の前で人が消え、立ち会ったはずの人に気のせいだとか言われたら誰だって怖い。シェールは、強調した。
「あたしは、何よりも、自分が消えちゃうかもしれない、って思ってしまった。
普通なら、ゲームのキャラが消えたって、自分がどうにかなるとは思わないでしょ?
寂しいなとか、楽しかったなとか、まあ、やめた理由によってはよくガマンできたな、とかかもしんないけどさ。
だけど、自分の生活が終わってしまうとか、自分のやってきたことが全部なくなっちゃうとは考えないよね?リアルとか他のことをしていた自分まで消えちゃうわけじゃないからね。
でも、仮に今、あたしが消えちゃったとしたら、あたしの本体、つまり、リアルのあたしの感覚ってどうなっちゃうんだろうって、考え始めちゃったんだ。考えたらめちゃくちゃ怖くて。何にもできなくなっていろいろ心配された。
それが収まったら、どーにかしたい!っていう気持ちが強くなっていったのが、この会議を開いたひとつ目の理由ね。そんな悩むくらいならこのゲームやめればいいじゃん?そう思う人もきっといるでしょ?」
シェールは一度言葉を切って、すう、はあ、とわざとらしく大きく腕を伸ばして深呼吸した。
「あたし、やめると、あたしの世界にはなんにもないんだ。あのね、リアルのあたしは、身体障害者っていうやつなの。
目は物心付いたくらいから見えないし、耳は少し前に機械を入れてほんの少しだけ聞こえるようになったばっかり。骨がおかしいから腕の長さも左右で違うし足なんかかたっぽ膝までしかないよ。よくわかんないけど内臓もやばくて、十年くらい何も食べたことないときもあった。
だからがっちがちに義肢とかいろんな装置とか、ついてる。全部つけて、全部動かして、それでようやく、ふつーの人と同じような体のフリができるってわけよ。そのためのリハビリってやつなんだ。機械はちゃんと耳の信号をひろって音にしてくれるか。目はずっと見えてなくても信号を送ったら脳みそは目で見たものをふつーの人みたいに見せてくれるのか。作り物の手足は走ったり投げたりできるのか。VRと連動して、脳波とか記録とって偉い先生に診てもらってる。
あたしにとっては、この世界もリアルの延長みたいなもんなのさ。みんなからしたら、こんな奴他にいるかよって感じだよね。でも、VRできてから、リハビリや外出の代わりにするとかそーいう目的のプレイは多いんだって偉い先生やあたしを担当するお医者さんは言ってた。
だからもしかすると、この世界にはあたし以外にもそーいう理由で来ている人がいるかもしんない。
あたしだったら、やっぱり真っ暗より明るいのがすき。まして、いきなり事故とかで病室に閉じ込められるしかなかった人なら、『ああ、元のような生活がしたい』『自分の足で自由に走ったり、自分の手でいろいろ作ったり動かしたりしたい』って思うんじゃないかな。それがふたつ目。」
参加の強制はしない。無理にすべてのプレイヤーに呼びかけようとはしないし、してほしくない。しかし協力してくれるなら全力で応援する。という三つの約束をシェールは示した。
協力してくれるなら軍団に入ってほしいと、シェールは部屋の鍵を示した。たぶん、拠点の鍵だ。メニューがポップし、「軍団『せかい』に誘われました」とメッセージが表示される。
これだけ人数がいれば、俺一人や数人でこそこそやるよりずっと効率よくやれることがある。俺は誘いを受け入れた。50人弱の中で、受け入れたのは26人。シェール本人を入れて27人でのスタートだ。
もちろん正義感に燃えた人や運営への怒りをあらわにする人もいたが、俺のように何もしないかもしれないけど気になるという程度の人も何人かいるのがすぐ分かった。
まずは変化した結果をまとめ、とりあえずの対策を考えることになった。なんとなく出来ていたことで、条件が複雑なクエストを受けないこと、一度に沢山のアイテムを修繕に出したり預けたりしないこと、アイテムなどに異変があった場合は即座に運営PCを呼ぶことという程度しかまとまらなかった。
九月が終わる頃、プレイヤー数は最高で三万人あったのが一気に減って八千人と少しになった。昏睡者がでた鯖ふたつはやはり人口が激減しほかの半分以下になっていた。一度にログインしている人数は、少ない時間帯は三桁しかいないんじゃないかと言われていた。
次回は火曜日~木曜日に投下します。




