31話 深すぎる眠り
俺の住んでいる県内でも、県庁所在地や、有名な観光地のある町などが、三十人の昏睡者の所在に含まれていた。ニュースでは、情報提供を呼びかける警察の声明が流され、昏睡者の氏名、年齢、職業、県と市までの所在地、警察が入手した顔写真が流された。さいわいにも俺の知人はいなかった。
見たところ、単に首都圏が多いというだけで、分布に規則性などは見当たらない。ネットで盛り上がっているところを見ても、オカルト的になにかパワースポットを囲んでなんちゃらという意見がひとつ出ているだけで、もちろん細かい場所が公表されなければ検証できない内容で、誰も相手にしていない。
それはもちろん置いといて、年齢も下は全国のVRマシン条例の下限である十六歳ふたりから始まり、十七歳五人、十八歳三人、十九歳二人、二十歳四人、二十五歳、二十九歳、三十一歳ふたり、三十三歳、四十歳、四十六歳、五十歳、五十一歳、五十四歳、六十一歳と六十五歳の夫婦、六十七歳、最年長七十一歳。
VRマシンの普及は、ゲームを遊びたい若者層と仕事をやめたり家事が減った老年層がやや突出していると言われているが、それ以外は調べても特徴などはなかった。昏睡者の年齢も、だいたいマシンの分布から外れているわけでもなく、特徴的ではなかった。
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翌日、ネット掲示板の事件のページをもう一度見てみると、朝のニュースでまた昏睡者が出たという報道があったという内容と、同様に氏名や年齢などの情報が書き込まれていた。やはり、年齢などに規則性は無い。
ハウスキーピングのいつもの人が来たので、PCを閉じ、台所の点検をして今必要な相談をした。いつもの人は、俺がP.F.O.をプレイしているのをもちろん知っている。だから「やめないのか?」と質問してくるのも分かる。それでもVRマシンを起動して、届いているメッセージを片付けながら、俺は同期を開始した。
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インすると、早速盛り上がっている現場に遭遇した。複数アカウントを持っているらしい人が、別のプレイヤーキャラに詰め寄られている。
詰め寄っている人は、ネットで流れているような変なオカルト的共通点のような客観的でないものを根拠に、複数アカの人も被害者になるからリアルの生活でこうしなさいああしなさい、と説教している。
いや、アドバイスなんだろうけど、おせっかいというか、邪魔でしかない。二重の意味で。
道をふさいでるし、店の前だと店主に迷惑だぞ、と声をかけたらさっと通り過ぎる。あまり突っ込んでも仕方ない。ちなみに、オカルトな話だと、先のパワースポットを囲むなんちゃらのほかに、名前の画数に暗号が隠されているというのが主流らしい。どうでもいいのに、さっきの詰め寄ってる人が聞いてないのに教えてくれた。
リアルでのどを潤すのを忘れたからいうのもあって、行きつけの店に入った。店主が心配して声をかけてくれた。どうやらNPCの間では、『宣託を受けし者』のみがかかる病気が流行しているという話として広がっているようだ。
ありがとう、と返し、小皿を追加注文した。パンを薄く切って多めの油で焼いたものだ。揚げる調理はいまのところ港町の数軒でしか見かけないし、トンカツみたいな塊は出てこない。それでも十分さくっとしておいしい。パンのほかにハムのような加工肉や薄切り肉でつくったものもあり、数種の盛り合わせがよく売れている。俺もよく食事のお供につける。つまみに合いそうだ。
小皿に手を伸ばしつつ、俺はカウンター席で粘る。NPC、PCともになにか話をしてないかと気を配り、それらしい話が聞こえたらじっと耳を傾けた。それを数時間ずつ、ひとつの町ごとに数店舗で繰り返し、情報を集めた。
まずはアメリアの冒険者御用達の店数軒と少し裏通りに入った店。それから港町の大通りの食堂。あとはパルディリアの首都、東方はシュエと最近急成長したという都市いくつか。
ムィルースィはさすがに転送先である最大の町のみだが、一応行ったし、ついでにあのドワーフ鍛冶屋の洞窟でも話しを聞いた。初めて砂漠のオアシスにも行ったし、あちこちですれ違う行商人にも話を聞いた。
どうやら、昏睡のウワサ自体はもう世界中、少なくともPCが行ける先には既に広がっているようだ。
にも関わらず、実際に昏睡者を見たという人とは出会わなかったし、見たという話も聞かなかった。すべて『あった』という伝聞でしかない。話を聞いている間にも昏睡者が増え、帰ったら帰ったでリアルのニュースで流れたりしたが、直後にインしても誰も見かけたものはない。
攻略wikiの掲示板に専用の板が出来、そこで町で聞いた話を町ごとに報告してみたが、反応は微妙だ。ニセの目撃者まで出て騒ぎになっているという反論も受けたし、俺と同様の反応を受けたという人もいた。俺は掲示板とP.F.O.を行ったりきたりしながら、少しずつ議論に参加し続けた。
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ニュースから一週間。掲示板に動きがあった。俺以外に聞き込みをした人が結果を追加してくれていた。
反応のある人と無い人で、おそらく鯖が違うのではないかという意見がだされ、検証のため未来世界含めた十鯖ごとに整理してみようという流れになっていた。実際その日の夜には、特定の鯖でのみ昏睡者が現れているのではないか、という結論が出されていた。
それでもまだ、問題点は残る。なぜ、その鯖でのみ昏睡者が出るのか。昏睡した人としない人の違いは何か。それが全く見当が付かなかったのだ。決定的な情報がもたらされたのは、もうお盆も過ぎた頃だった。
新しく昏睡した人と昏睡する前後に一緒に行動していたプレイヤーが、何かの役に立てばと書き込みをしてくれたのだ。
昏睡者とその書き込んでくれるプレイヤー、仮にAとBとしよう。Aが昏睡したとき、二人はログアウトしていて、夏休みの補修を高校で受けていたのだという。
居眠りしかけていたAをBが何回かこづいて起こそうとした。Aは目が覚めて話し始めたと思ったら急に首を絞められた人のようにのど元へ手をもっていき、しばらく口を開閉して苦しんだのち、倒れたのだという。二人は直前に小テストを受けていて倒れた大体の時間も分かった。
Aと同じ時間に全く別の場所で同じように首を押さえて亡くなったり目が覚めない人がいるという書き込みがあり、ニュース記事のリンクが添付してあった。
ニュースは地方新聞のサイトで、同時刻に同じ症状で倒れた人が7人いて、そのうちの3人が既にプレイヤーだと判明しているかプレイ中に昏倒している。残りの4人も翌日夕方のニュースまでにプレイヤーだと判明した。
何が決定的だったかというと、BはAの昏睡前の様子として、数日前にこういうパーティを編成してどういうクエストを受けたかというのを結構細かく話したことだ。さすがにキャラ名は言わなかったがクエストの進行状況を戦闘のログまで(もちろん画像処理はして)開示しながら話してくれたことだ。
そこにニュースで同時に倒れた7人含め多数のキャラがパーティを組んで戦闘している画面が使われ、状況がまず話とぴたりと一致した。ボスモンスターの姿、パーティの内訳、行動内容。さらにニュース画像の処理が甘くキャラの名前が簡単に割れた。Bはその名前の中に自分やAが含まれている、と断言した。
ちなみにゴーグル式や完全スクリーン型以外だと、起動中の画面がパラパラ漫画のように表示されることがある。映像がとれたのは、おそらくマシンをシャットアウトせずVRだけ切って放置してあったか、リプレイ録画機能から映像を再生したのだろうと掲示板では言われていた。
P.F.O.のように時間の流れが違うゲームの場合、キャラ目線と全く同じ映像を取ることはできずにパラパラ漫画になるし、流れがリアルタイムだったり関係なかったりすると普通の映像になるんだそうだ。
該当の軍団はあっという間に攻略wiki掲示板内で有名になり、団長が現れて団員を曝さないでくれと懇願するまでになった。逆に名前を売り込むプレイヤーがいたりもして、そのおかげで軍団と昏睡は関係ないこと、昏睡者は少なくとも何回か未来世界でクエストをこなしている人ばかりだということが分かった。これまでの数ヶ月で、プレイヤーは半分くらいに減ったようだった。




