29話 北国のドワーフ
さすがに12月に入ると寒くなりました。みなさま「は」風邪などご注意ください。寒い……。
あしたは打ち上げ見るまでと見てからあったかふとんで寝て風邪を治すんだ……。
北の国ムィルースィ。転送された中央市街はまだ雪に覆われている。一週間くらい経ってしまえばリアルとの時間差で季節はまたずれていく。それをさっぴいても、まだしばらくは真っ白な国。鳥車に同乗させてくれるという商人にお礼のお金と売れそうな毛皮を渡して、俺はまず少し離れた集落まで向かった。
商人さんは夫婦で行商をしている。代々行商をしている家らしく、兄弟姉妹も同様に行商人が多いと話してくれた。
裕福な国や人を相手にする商人はもっと上等で安全な馬車(というか地球の馬車よりも馬が小さくて一台あたりの頭数が多い)を所有できるが、維持費というか主に馬の世話が大変だからなかなかランクアップするのは難しい。
車を引いている鳥は乗鳥用の鳥と一緒なので、車や荷物を失ったり見捨てざるを得ない事態が発生した場合でも乗って逃げることが出来る。交代用とあわせて四羽いるから俺がいる間でもなんとかなる。乗馬は地球上でもそれなり訓練が必要だが、この世界では道具などが発達していないのか、趣味程度で乗る人はいても、長い移動に使う人はかなり稀だという。乗鳥は文化や環境によっては子供でも乗りこなすまで浸透しているし、馬よりも餌代も安い。
はぁ、と誰かから息が吐き出されるたびに、ふわっと白くなる。防寒着を前に買っておいて正解だった。この商人さんから手袋とストール、顔を覆う垂れつきの防寒帽子を買ったのもよかった。顔に当たる冷たい風が軽減される。
三、四時間はゆられて、目的地近くの集落についた。まずはそこで一泊だ。宿を取ったら俺は買い物を、商人さんは売買を済ませて宿に戻る。もちろん部屋は別にしてもらった。商人夫婦は一緒でもいいといったが、さすがに一番安い部屋にふたりを入れるわけにも行かない。俺が普段使うのと同じ値段ランクの三人部屋は悲惨だ。きっちり三倍近くかかるくせにぼろいとかどこでもあるから侮れない。
特に何もなく、翌日の朝出発し、目的の集落に下ろしてもらって二人と別れた。別れる前に携帯食料と木の実を安く売ってくれた。
木の実は見た目は丸いどんぐりみたいだ。堅い皮をむくと果物のように甘い本体があって、果物が買えないときや時期はずれのときに重宝する。この国では重要な食べものだと町で教わってから、何度か食べている。
現地語の名前があるらしいが、メニューから見ると『甘どんぐり』という名称だった。確かにそんな感じだなと思いながら残りを『倉庫』に入れた。
<甘どんぐり>
北方に自生する木の実。堅い殻に覆われた丸くてやや大きめのどんぐりの中に、皮に包まれて、果実のような甘い実が詰まっている。寒い地方でのみ育つ。
目的の集落のメインは針葉樹林に包まれた山の洞窟だ。森への境目に何軒かの家があり、森を少し入ったところまで道がつくってある。そこからは、初めて来たときに書いてもらった地図を頼りに洞窟の入り口を探す。
どうして道が入り口まで続いていないのかというと、ドワーフの習性だからだ。近くの集落と仲良くなって洞窟を教えても、道は手前までしか作らせない。仮に集落のほうが開拓して洞窟の入り口まで道を引いてしまった場合、ドワーフたちはその入り口をふさぎ、別の入り口を開けなおす。
ドワーフは自分達が認めた者以外の侵入を嫌う。中へ入れてもらうには、三顧の礼のごとく、手前の集落や山のふもとの作業小屋など、洞窟の近くにいるドワーフと親交を深め、仲間であると認めてもらわなくてはならない。先日のような戦争状態のせいで、俺は何度も行きそびれ、前回の訪問で、つまり花見の後くらいにやっと認めてもらったばかりだ。
俺は入り口を見つけると、手前の集落で教わったとおりに、まず自分の名前を叫んだ。
「ごめんください!テンメイ・フォグラスティング、です!」
ごめんください、でいいのかな。分からないけどとりあえず叫んで、応対を待つ。一人のドワーフが歩いてきた。髭で分かりにくいけど、結構若そうだ。
応対の人が来たので次は上着のポケットから黒ずんだ鉱石を取り出して、かち、かち、かち、と三回鳴らした。この鉱石が、仲間の印だ。目の前で取り出す必要があるし、『倉庫』のような見えない場所から取り出したり、魔法で呼び寄せると応対の人は帰ってしまう。
俺が鉱石をならしてまたポケットに仕舞うのを見ていたドワーフは、ようやく
「付いてこい」
とだけ喋りさっと中を向いてしまった。俺は彼の後を追って洞窟へ入っていった。やっぱりというかイメージどおり背が低かった。そういえば旅団にひとりドワーフのPCさんがいるけど、低めだったなあ。
この洞窟はドワーフの工房がある。武器や防具の製造、修繕や改良、カスタムを行っている。俺は新しい剣を買うために来た。
事前にある程度要望を伝えてあるので、早速見本を触ってみる。
一つ目は、単純に切る部分の鋼の純度をよくしただけの本体に柄の部分に少しだけ上等な滑り止めがまいてあるだけだ。安くて早く完成するし、アメリアでも何度か研ぎなおしてもらったり修繕することが可能だ。
二つ目は本体の素材を鉄から鋼(つまりより強く鍛えてもらう)や合金に変えたもの。鋼は一つ目と同じだ。合金は配合や掛け合わせる金属の違いで値段も強さも全く変わってしまう。
一番高いものどころか、上位から半分くらいは買えないか、維持費が出せない。それに手入れをするために毎回この工房へ通うか届けなければいけない。
いちばんしょぼい合金は今までの鉄とあまり変わらない。見本になっているコストパフォーマンスがいいといいうオススメ合金は、見た目が金メッキみたいな妙な光具合で気持ち悪いし、素振りしてみてもしっくりこない。
三つ目は剣そのものは単純に修繕し、ドワーフ独自の魔法で何らかの効果を付与するというものだ。見た目も、俺が買った、あの大量生産品でしかない。しかし、素振りしても魔法の効果であまり手が疲れない。振った感じは軽くなったわけでもなんでもないのがありがたい。
修繕するのにここや他のドワーフの魔法を扱えるところでないと仕上がるのに時間がかかるが出来ないわけじゃないのでまあいいかな。
俺は三つ目の加工を希望した。この疲れにくい効果と、予算に余裕があったのでもうひとつ効果をつけた。持ち主の許しがない者が扱えなくする魔法だ。儀式用のナイフで拇印のように指先を軽く切りつけ、本体に少し血をたらした。魔法を使うドワーフの人が本体に血を伸ばすように塗りながらまじないの言葉を述べていて、その間に鍛冶屋ドワーフが見本を片付けていった。
まじないが終わると、入り口から案内してくれたあのドワーフの青年がガラス瓶を恭しく掲げながら持ってきて、切った指に中身を少しかけた。めちゃくちゃ染みるしなんか匂う。酒だ。思わず指を拭きたくなるが手首を別のドワーフにつかまれた。
残りの酒は魔法使いが一口含んで剣に吹き掛け、もう一口含んで飲んだ。それから俺の手を引いて、まだ血が出てくる切った指で剣に触れさせた。
そして俺に口をあけるようにといい、俺は酒を一口飲んだ。間接キスだ。親がそういうの気にする人間だったから大学入るまでやったことないというのを今さら思い出した。強い酒みたいで俺は意識が飛びかけていたに違いない。
なんとか意識を保つと、あの青年が丁寧に指を拭いて包帯を巻いてくれた。やっぱり絆創膏はないよな。
そのあとは食事をして、寝床を提供してもらった。森の入り口の集落でとまるように言われたのだが、ドワーフの生活を見てみたいというのがあって、それを話したら泊めてくれることになった。それに、何日か通うつもりだったから、そのまま留まったほうが楽かなとも思ったしね。
食事は朝と昼過ぎの二回で鍛冶屋など力仕事の人はもう一食食べる。熊などの獣の干し肉に、甘どんぐりやその他の木の実・ナッツの類、それからこれまたからからに干してある果物だ。
ドライフルーツは甘すぎるから苦手だが、料理にも使ってあるといわれて驚いた。隠し味にチョコレートとかいれるようなもんかな。
一週間滞在して普段できる手入れなどを教えてもらったし、ドワーフの魔法の本も見せてもらった。使えそうに無いと思ったけど後で見たら座学スキルがついていた。
次話から5章になります。出来れば5章までは今年中に投下したいです。




