22話 ささやかな旅行は趣味になるかもしれない
五日の朝。支度を済ませた俺はログインしてすぐに、アメリアの中央広場からそれぞれの門まで歩いてみようと思った。四日はワールド確認のあと港町の『拠点』を覗いたのといくつかの家具の注文をしたくらいでログアウトしてあの有様だったので、今日は他の人が居ない間くらいゆっくりしたい。
歩いてみたところ、中央広場は町の中央からずれているだけでなく、門までの距離もばらばらだと分かった。門は完全に東西南北にあり、町の形や中央広場のズレ具合で距離がかなり違う。
中央広場からだと、南や西の門が近く、東はかなり遠い。町の形が東西に長いのと、中央広場自体がやや南西よりにあるみたいだ。南と西は数キロだろうか。街全体だと南北が五キロくらい、東西は十キロあるかないかというところか。
同じような町がいくつか固まっていて、地図によれば東の森以外は平原がしばらく広がっている。西は港町タニーア、北は集落が点在する空白地帯とその向こうに長ったらしい名前の都会。南はカタリアとその向こうにもいくつか似たような町があり、境にある川を渡ると集落のほかは平原が広がっていて森がいくつか点在している。
集落が固まった場所以外は街道以外何もないようで、本当にRPGのマップみたいな簡素な地図しか存在していない。地球上にあるような国境は少ない。他の町のまわりも似たような感じだ。
北方は平地に少し大きな街があり、そこに転送ポイントがある。冬は熊などの猛獣がうようよしていて、狩人を数人連れていかないと外出もままならないそうだ。集落はそうした獣から身を護るために太い丸太で出来た三メートル以上の柵があり、いろいろワナがしこんであったりする。
山中だとドワーフが洞窟を掘って暮らしている。原始的な感じがするが、奥へ入れてもらうと魔法や文明的なものを導入してあって、便利そうだ。しかし、雑貨屋みたいで色がごちゃごちゃした部屋や服装は好きになれそうにない。色の感覚がくるいそうになる。ただ、冬の防寒着はここで買えばそれ以上寒いことはないだろうと思い、ひとつ買って『倉庫』に入れておいた。
東の、中国みたいな町は、人々の髪や目が黒くて、ほんとうに日本や中国の人のようだ。たまに緑や青の目の人が居て、そこはさすがにファンタジーだなあと思う。あと、中国みたいと言われるけど人口が爆発しているわけではなく、それなのに民家の一軒一軒が狭いというか小さいのが気になった。日本の安アパートの一室みたいな広さしかない。謎だ。段々畑みたいな変な立地とかどうなってるんだろう。
川べりを歩いていると釣りをしている人が老若男女見かける。海のほうならタニーアのように魚がおいしいかもしれない。川魚は田舎の夏の露天の鮎を数年に一度食べるくらいでなじみがうすい。
エルフの町へも行ってみた。フェーニアさんの行きつけの店で初入荷という珍しい果物の試食をした。売り物にならないサイズのをカットして、俺やお店の人で食べたり、客に振舞ったり。果物をあまり食べないせいでコレに似ているというのは分からないが、やや酸っぱいものの圧倒的に甘い。アレだけ甘いのにどうして酸っぱさを感じるのかっていうくらいに甘い。子供の頃グレープフルーツの苦味が苦手で砂糖をどっさりかけたような、あれを酸っぱいみかんとかレモンで試したような感じだと思った。
町の外のことを聞いたら、この町というか、森の外にも、かなり離れたところに隣の町があるから、森の外の別の人間の町から回らないと隣町へは行けないと教えてくれた。
俺は大学へ通うために上京した以外、学校の行事程度しか遠出をしていない。近所のことすら自宅の周りしか把握できてないと思う。そして今からもたぶん、把握する機会が訪れるかは怪しい。
なんとも思っていなかったが、P.F.O.で色々歩き回っていると、子供のようにわくわくする。風が気持ちよかったり、雨の前のにおいがわかるようになったり。体を動かすことが好きではないほうだけど、俺はとても楽しい。
本当ならリアルでやれって言われるんだろうし、どこか外国の町で歩き回れたらいいとは思う。それをやる気は無いくせに、俺はこの世界を歩くのが、楽しい。遠出スキルなんてものが付いているのは気付いていたが、いつのまにか5を越えようとしていた。
そういえばサイトにはエクストラ世界の実装予告なんてものがあった。エクストラってことは何か特殊なダンジョンとか、そういうものかな。テストのあの敵が居るダンジョンとかだったら行きたくないな。とりあえずは折角広い世界を、まずは、のんびり生きてみよう。