19話 なんだか知らんが村上が
俺たちは早速『本拠地』を作るため、クルクさんのつてでタニーアの大通りから少し外れた場所にある家を買い取った。一部の壁はしっかりしていたが、ぼろぼろで崩れそうに見え、なるほど安かったわけだ。
崩れた屋根と、壁紙や作り付け家具などのパーツを取っ払い、木材や石材を買ってきてユウキのスキルで加工して床と天井をリフォームした。それから屋根をどうするか考え、店を探して、屋根を注文することが出来た。さらにいいことに、家の見学に来たついでに壁や床や天井も見てくれて、何かあれば改良してくれるとのことだ。
材料が手に入らないとかアクシデントが起きない限りは、ひと月もかからない間に出来上がるらしい。俺たちは好調なすべり出しを喜んだ。
俺みたいな雇われプレイヤーならともかく、皆年末で忙しいと分かっているから、揃わないこと前提に、『本拠地』の様子見と、完成後に必要な家具や道具、雑貨を考えてくるくらいしかやることを決めていない。正式スタート時のことは実際そのときインしてから考えることにして居る。
もちろんバラバラの状態は不便なこともある。例えばレベル上げや金策は三人は居ないと厳しいが『くるくる』やトラベラーの人が付き合ってくれるようになって、とりあえずは現状を保っている。報酬に手を出さなくても生活費くらいは捻出できている状態なので、よっぽど大きな買い物をしなければ十分だ。
~~~
十二月二十二日、俺はリアルに戻っていた。公式サイトをチェックしながら、攻略wikiに書き込む内容を考えながらテキストを打ち込んでいた。
書き込むためにどんな情報を拾ってくるかメモを取り、一度歩いたり乗り物を使って道をたどってエルフの町や他の転送できる街へ転送無しで行ってみようと考えていたので、書き込み用のテンプレートなんかも作ってみたりした。それを持ち込み用のテキストにも移していく。
そうやって作業していると、携帯電話に着信があった。村上からだ。
電話をとると村上の声は息が荒く、のどがひゅうひゅう言っているのも聞こえた。街の中らしく雑踏もかすかに聞こえる。
どうしたんだよ、と質問したが、息を整えているのが聞こえてからあいつが喋りだすまで、かなり間があった。
『おれも、その、なんとか、っていう、ゲーム?をやることに、なっちまったんだ」
どこにそこまで慌てる理由があるんだよ。
「だってよぉ、やってた奴全部やめろって上司が言うんだよぉ……』
そうじゃなくて、ああ、なんていうか、順番に説明してくれ。
村上は折角息を整えたばかりなのに、説明しているうちにぐずぐずと泣き出した。奴の言ったことを纏めると、
「上司の取引先の人が、P.F.O.の開発者と関係があり、上司はゲーム機すら触ったことが無いのにプレイするという約束をしてしまった。
今更無理ですとは言えないので、お前代わりにプレイしてこい。なお、取引に関わる可能性があるので、競合するゲーム、特にXXX社、YYY社、ZZZ社のVRMMOをプレイしていた場合はしばらく活動停止もしくはアカウントを削除すること。
データは会社の部署用サーバに個人ごとにフォルダが提供されているので名前とREAD_MEテキストを確認してVRハードウェアにダウンロードすること。」
というような内容をつい十数分前に宣告されたとのこと。
特に名指しされた三社はそれぞれVRMMO最大手、老舗、新興という興味のある人には有名な会社ばかりで、今のVRMMO人口の八割はカバーしていると巷ではいわれるらしい。
村上は子供のときから有名どころとか評価が高いゲームしかやらない傾向があるので間違いなくかかったんだなと予想が付く。
『たのむよお…お前が始めたときにギルドとかで話しふったけど誰もP.F.O.なんて知らねえっていうんだよ…。ギルドとか作れるんなら入れてくれよ…。』
村上はそのまま手から携帯を落としたらしく、変な音がしてずっと雑踏が聞こえている状態が数分続いたのでこっちから通話を切った。
あいつはプレイ中のひとつに相当入れ込んでて料金以外のにアイテムやシステムの課金の為に働いていると公言したことがあるので、かなりショックなのだろう。
でも、野郎の嗚咽をBGMにする趣味は無い。
俺は少し考えてメールを送った。
『俺もそっちがやってるVRMMOの話とか聞きたいことがあるし、キャラメイクとか教えたるから、帰ったらハード準備中でいいからインする前に電話をくれ。』
返事を待つために本来少し前の時間からインするつもりだったのをやめて適当に部屋を掃除していると、着信があった。今度はメールだ。
『今から変えるところそっちでめしくっていい?よるわ』
誤変換のまま送ってくるなんてあいつはよくやることだったが、少し不安になった。
村上はコンビニのでかいレジ袋2個と手提げ鞄を提げ、背中に登山用の重装備っぽいリュックを背負っていた。丁寧に掃除したばかりの部屋の隅に鞄を下ろして、リュックからVRハードを出した。
「オレの家族、みんなこういうの嫌がるんだよ。
一週間時間やるからそれなりのとこまで進めてこいって言われてるんだ。オレの部署だけでも、ほかに三人居るっぽい。あの上司、受け持ってる部署いろいろあるから多分それぞれの部署に居るんだろうな。」
村上はセッティングを黙々と終わらせた。先に食事を取って片付けてから、俺はシュクレ先輩に教わったように村上にも種族のこととか、キャラメイクに関することを説明した。
彼はメモを取りながら、ささっと傾向を決めていく。後衛で攻撃魔法使いで、種族はエルフ女子とか言い出したので、女子はやめろととっさに声が出た。奴はしぶしぶといった様子で
「じゃあ一番体力か魔法力がある奴ただしこの碧眼と赤眼以外で」
と注文をつけてきたので、普通のエルフ男性(緑髪青眼身長二m)になった。
名前は無駄にかっこよく『ラインハルト』にしろとか言ってきた。苗字が村上orその上司の苗字と分かるもの指定で、何も思いつかないからムラカミでいいと話が纏まったばかりのところだ。
「ラインハルト・ムラカミ……。それでいいのか」
と突っ込んだら盛大に床に倒れた。いくら一軒家だからってやめろ。床へのダメージがでかい。
そして一緒にログインした俺の隣には魔法使いウィルフレッド・アッパービレッジが誕生したのであった。長いからウィルでいいよな。
『上村』になってるけどいいのか?と聞いたら「理由は分からんがビレッジアッパーだと気に食わなかった」と声優みたいなイケメンボイスで答えたので少しだけむかついた。
とりあえず冒険者登録と武器防具を選ぶのを済ませたら、ウィルを旅団に加入して新団員入ったというメッセージを残しておき、エティウスさんのところへ行き彼の同僚の魔法使いに杖さばきを鍛えてもらった。
スキル1が付いたのを確認したところで、まずは休憩がてらアメリアの主要な店だけ教えた。
他のVRMMOをプレイしていただけあって、村上、つまりウィルはすぐにこの世界に馴染んだ。ちなみに村上が今までやっていたVRMMOは三つすべてが禁止された三社製だったので彼は実質俺のように持てるリソースをほぼすべてこの世界につぎ込める。
一月の中旬くらいまでは週一くらい出社すればそれ以外の時間ずっと滞在してもいいらしい。よっぽどその上司は会社の中で立場が強い人なんだなあ。