15話 なんだか知らんが落ち着かないな
昨日の通り、投稿できそうなので投稿します。あと数話、この章のぶんは連休中に書き進めておきたいです。
エルフの町に滞在したのは三週間くらい。エルフの町は森の中にあるからか、ツリーハウスみたいだ。大きな樹をぐるりと囲むように階段やはしごがあってそれを上った先に家や商店がある。
エルフの武器屋は基本的にエルフサイズの弓矢と関連商品しか取り扱っていないこともわかった。標準種の町と同じマークの看板を下げた店を探さないといけない。今実装されているエルフの町は一箇所だから、他に実装されるもっと大きな町にはそういう店があるということかな。
エルフは人間との付き合いが長い割りに、町では人間との交流を極端に避ける。
エルフが人間の町に出向くのは珍しくないし今はプレイヤーキャラがいる。だけど、エルフの町は人間には不親切だ。
建物もそうだし、樹をそのまま生かしているから道も石などで多少補強や舗装されているが、どれだけ広くても荷車がすれ違えるかどうかという狭さだ。地図を描くのはかなり困難だった。小さな町なのに一週間かかっても書き切れなかった。
俺は久しぶりに道でシュクレ先輩と出会った。適当な喫茶店に入ってゆっくり話をすることにした。
エルフはハーブティが好きで、紅茶の葉以外にいろんなものを煮出して飲む。俺はあまりそういうのを飲まないので、出てきたお茶の香りがはじめ気持ち悪かったが、味は悪くなかった。むしろ慣れれば好みになるかもしれない。先輩は慣れているのか葉っぱから選んで注文していた。
先輩は最初に、
「楽しいかい?」
と聞いた。はい、とだけ答えた後、うまく言葉が続かない。話したいことは何かあるはずなのに。
俺が黙ったままでいると、先輩が店員を呼んで何か注文した。なぜかチョコレートパフェだった。男にも甘いもんは重要だ。先輩はそう言ってずいっと俺のほうに器をひとつ動かした。
「できりゃあ一回帰って実際にうまいもん食ったほうが身に染みるんだけどねえ」
「どうしても、連続滞在には限界がある。一応、ウェアラブルのVR端末には栄養セットとか付いてて点滴だの流動食食べさせてもらうだのできる奴もあるから、真面目に使ってれば理論上は一週間は平常と変わらないはずだということになってる。ま、せめてこっちではしっかり食ってしっかり休んで、しっかり遊ぶ!」
俺には、先輩は俺に向けてはもちろん、自分自身にも向けて話しているように感じられた。これまでと違う感じがする。
「先輩、前と違う感じがします。何とは言えないですけど、この前会って喋ったときと違うって言うか。なんか、あったんですか?」
俺は恐る恐る聞いてみた。先輩はそうかな?と一度とぼけた顔をしてから、
「自分が言ったって、誰にも話すなよ?」
急に真剣な顔になり顔を俺に近づけ、低い声で言った。
先輩はある旅団と軍団に入っている。旅団は、前に何人かメンバーに会ったことがあるあの旅団だ。軍団のほうは俺は知らなかった。
軍団長は先輩が俺を気にかけているのを知って、俺のことが気になり始めた。それで先日、俺を自分の軍団のメンバーに引き込むと言い出したらしい。
奴らから見た俺は、レベルがプレイヤー全体から見て高く、雇われプレイヤーだから学校や会社の為にリアルの昼間、つまりこちらでは一週間以上居なくなることを考慮する必要がないのも魅力だ。
軍団内で固定メンバーでパーティを組み、戦闘のあるイベントをこなすには実にありがたい存在だろう。
先輩はその軍団を抜けるつもりで、他の主要メンバーや副団長には話を通してあり、皆とくにごねたりすることはなかった。でも、抜ける話をする前に俺の話を振られて、言い出しにくくなってしまった。なんとか話し自体はしてみたものの、団長は聴く耳を持たなかったという。
「おれさ、あの団長の方針に君が付いていってほしくないんだよ。
とにかく効率重視で、下っ端が必死に調べた情報で団長達上のほうのやつらが楽をする。ドロップしたアイテムはみんな取り分をはねられる。ほんとは君やあの子たちにあげたかったアイテムがあったんだけどさ、目をつけられて取られちゃったしさ。
選民思想っていうかさ、レベルが高かったり高レベルスキルがたくさんある奴が偉いみたいなとこでさ、最初はおれ上のほうだったけど、のんびりやってるからあいつらがせかしてくるようになった。」
先輩は仕事が忙しかったある日、ログインをしなかった。そして翌日ログインしようとして倒れ、三日ほどだが病院に入院したそうだ。そのあと、報告をしようと情報交換用に軍団で作ったサイトにアクセスした先輩は、軍団長が『シュクレを呼び出してしばらく連れまわして50までレベル上げをする。仕事は有給をとればいい』とメッセージを連絡事項として目立つところに掲げてあるのを見てしまった。
「それでリアル一日、まあ仕事は行かせて貰ったけど、ほんとに一日……だから二十四日か、連れまわされてたんだよね。
今は副団長のおかげでなんとか抜けれたし、ここのエルフたちがかくまってくれてるからいいんだけど、君の事は全然諦めてない。他にも、高レベルの人をいまから囲い込むつもりでいるんだあの団長は。」
俺たちはこの街に住むエルフのNPCのひとりの家に挨拶に行った。シュクレ先輩をかくまってくれている一人だ。フェーニアさんという男性で(本当は倍くらい長い名前だ)、本人、シュクレ先輩、エルフPC男性、エルフPC女性ふたりの五人で暮らしている。何かあったら、しばらくこの町でかくまえるように、と関係を結んでおくわけだ。
フェーニアさん以下四人は俺を歓迎してくれた。まずは一泊させてもらえることになった。翌日から少しずつフェーニアさんたちと行動して、仲間として認識してもらうようにするわけだ。
俺は十日ほど泊めて貰って、人間としてはよそ者扱いされない珍しい住人になった。宿屋は町の人と同等の安い値段で泊まれる。
あと一ヶ月。リアル時間では一日強。俺は、遺跡を一人で進むことは出来ないからとアメリアに戻ったところを、あの軍団長に捕まってしまい、軍団の本拠地となる建物に案内された。
アメリアの一角に、軍団の本拠地ばかりが固まった区画がある。俺は、この軍団がどんなところか分からなければ、加わる気はない、ということをやんわりとオブラートに包んで伝えた。軍団長は団員を一人呼び出して説明させた。
一、まずはレベルを上げる
二、ダンジョン踏破
三、鯖内最強を目指す(作者注:鯖=サーバ)
それがこの軍団『最強戦士』のモットーだという。
俺は今度はオブラートに包まない直接的な言葉で、入りませんと言うと、団長はあからさまにチッと舌打ちをした。俺はうんざりしてさっさと建物を出ようとしたが、十人くらいで取り囲まれた。
「最強とか言うくせに、せこいことしやがるんだな。」
思わず口から出てしまう。団長が、俺をびびらせるためだろうか、色々武勇伝ぽいものを語り始めた。
「オレはリアルでも武術を会得している。」
(はいはい中二病だねえ)
「インしてすぐ、ウサギ狩りみたいなかったるいことはせず、門でガンつけてきた兵士をたこ殴りにして実力を認めさせてやった。」
(レベル1で外に出て死なれたら困るから心配して声かけただけだろ常識的に考えて)
「軍団を作ったとき、オレがレベル10超えたとこでシュクレがレベル30だったんだが、あいつが40超えるより先にオレはレベルカンストした。」
(先輩のリアル職業知らないけど、夜遅い日が多いし土日も不定期で潰れるって言ってたから仕方ないよな)
「遺跡へ初めて行くときのクエストで、さっさとヒントを喋らないNPCのボロボロ野郎にちょっと焼きいれてやったらさっさと喋った。」
(はっ?……あのボロボロの魔法使いのことだとしたら、なんつーことを。魔法使う体力残ったんだろうか。転送したらしばらくは動けなかっただろうな。かわいそうに。)
俺は腹が立ってきた。
NPCやPC問わず、気に入らない奴は喧嘩して負かして言うことを聞かせる。シュクレ先輩のことを『あの軟弱』呼ばわり。エリーやユウキたちには『あんな低レベルと一緒に居たら腐る』。
団長としては自分を優位に見せたかったんだろう。俺にはそんな取り方はできなかった。ただ、仲間を馬鹿にされたとしか思えない。
「友人を馬鹿にする人とは一緒にやれるわけねーだろ!一対一でやってやろうじゃねえか。」
その後しばらくのことを、俺が思い出せるようになるのは数日あとのことだった。