12話 なんだか知らんが急に話し掛けられる
正式サービス開始の日が決まってから、急に公式からのメッセージが増えた。今までは緊急メンテの告知とか、それによるバグへの対応の報告くらいしか強制メッセージなんか出なかったし、
こっちから返すのも俺たちみたいに雇われたプレイヤーがたまにアンケートなどの簡単な質問に答える程度だった。リアル日数でもたぶん三日とか一週間に一回じゃないかな。
それが、リアル換算だと一日一回以上だろっていうぐらい出てくる。P.F.O.に居ればまあ半月くらいにはなるから俺はそこまで気にしていないが、リアル一日のうちの数時間だけインするような人だと毎回メッセージが溜まってて鬱陶しいことこの上ないとか。
ユウキなんかはわざと無視して緊急メンテ直前に強制退去くらったことがあるという。さすがにまずいだろ、と俺が言うと、
「いいわねえハイパーニート様は~」
イヤミたっぷりに言いやがる。俺はニートじゃないぞ。一応、テストプレイ=仕事なわけで、この瞬間こそが仕事なのだよ。それを簡潔に述べたが
「屁理屈だ!」
の一言で粉砕してくれやがりました。
そりゃ最初の頃は指示もなにもないしほんとに遊んでるだけだったが、最近は具体的な指示も飛んでくるようになった。
空間にバグがあって出られない家が発見されたときには公式が空間を隔離して、俺たちは呼び出されて家に入ったり空間調整の目安として変な空間に放り込まれてどういう風に見えるだの、メニューなどは使えるかだの、バグがとれてからはまり込んだ人を助けるまで地味な作業を続けた。
負荷テストとして、実装前の場所に百人ぐらいまとめて転送されて巨大な敵と戦わされたこともある。巨人とドラゴンを従えた、魔法を使う変な奴だった。
巨人に殴られると骨が折れるし、ドラゴンは表面のうろこが硬すぎて俺の剣じゃ傷ひとつ付かないでばっきりと折れた。変な奴の魔法は範囲系で、スタンさせようとか何人も試したが誰の魔法もスキルも効かない。
半分ぐらいの人が『死んだ』。みんながみんなレベルや戦闘スキルを上げてるわけじゃないから、何も出来ない人も居た。もちろん俺も何回再生したかわからない。巨人に殴られてふっとんだ人の下敷きになったり、変な奴の魔法で急に眠くなったり(あとで聞いたら石化してた)。踏まれたり、食われたりした人も居た。
炎の魔法に巻かれたときは、数秒だけ本当に焼かれてるような痛みがあって、そのあと、設定した感覚遮断の効果で何も感じなくなる。それから『再生』が始まって、いわゆる生き返った状態になる。
生き返りは、普通は最後に設定したポイントで再生される。今回みたいにテストとかエリアの特性でそのエリアで再生する場合もある。再生するとペナルティとして数分~数十分くらい体が重くなり、行動が制限される状態異常が付く。
テストが終わって、敵が動かなくなり消えたとき、エリアの端には再生した人が状態異常解除待ちのために大勢座り込んでいた。俺もその中の一人だった。痛みより、疲れがひどかった。エリアから出た後はすぐにアメリアへ転送で移動し、宿を取って寝た。
起きてすぐに、枕元に誰かが居ることに気付いた。エミールだった。エリーとユウキから伝言を預かっていると彼は言った。彼はとまどいながら俺の額にデコピンした。
「あの、それがユウキさんからで、」
それからエリーからの伝言として、俺が少なくとも一週間はこの宿にいることを知った。一日一回は起きているつもりだったが、途中から三日ぐらい眠ってたようだ。
ゆっくりと起き出して食事を取ろうと食堂に向かうと、宿の人が言うにはここ数日はそういうお客が多いらしい。きっと俺と同じようにあのテストに参加したのだろう。
ハーブの効いた出汁で薄い味が付いたおかゆを食べながら、俺はメニューでテスト報酬を確認した。
クエストじゃもらえないだろう大量の通貨(前に山分けしたときの全体くらいはあった)と、場所を登録していないまっさらな転送石が三つ。
メッセージによるとあとは正式サービス開始から約一週間に中級までの好きな武器・防具をいくつか書いて返送するとその中のひとつをくれるという。
好きな武器防具は正式サービス開始で増えたものを見てからそのとき決めよう。通貨はそのまま少しずつ使うようにすれば目立たないだろう。
残るは転送石。三箇所転送先を増やせるわけだが、どこにすべきか。それこそ、サービス開始してから全体の地図を見て考えるのがいいのか。それとも、ひとつくらいは例えばエルフの町みたいな往来がめんどくさい場所や、港町のような交通拠点に指定しておくべきか。
走らせていた筆記具を仕舞いこんだ俺は、残りのお粥をかきこんだ。やっぱり冷めていたけどおいしかった。
宿を出た俺はリアルに帰って、ハウスキーパーサービスを探して電話した。昨今はVRMMOプレイヤー向けという安いサービスが充実している。緊急メンテが入らなければ一週間くらい空ける予定だと期間を伝え、オプションなしで床だけ掃いてくれるコースを指定した。
食事や睡眠は全部あっちでまかなえるようになったから一度長期間家を空けてみたかった。いや、人間は居るから空けるというのは正しくないな。
振込みをすませたあとは、冷蔵庫のナマモノを食べる算段を立てた。それから家中の片付けをした。なぜか分からないが、そういう気分だった。
この家に住むようになってからずっと、自分の部屋以外なにがあるか分かってなかったから、妙なものやなんで残ってるんだといいたくなるものも見つけた。学生時代の制服が中学高校ときっちりクリーニングの袋にはいって出てきたときは思わず実家に送りつけるべきかと思ったが、どうせ送っても俺の部屋だったところに突っ込まれるだけなのは目に見えていた。
丸一日作業に費やした翌日の昼前、俺はキーパーサービスの人と最低限の話をしてから、P.F.O.にログインした。
ちょうど一週間後、正式サービス開始前では最後の長いメンテがある。リアルで半日潰れる長さだ。そこまで連続滞在してみようと思っている。
サービスの人は、俺が話をしても、反応が薄く、最大手のVRMMOの名前をいくつか出してこれじゃないんですか?そうなんですかぁ、と気が抜ける声で言うだけだったのでこれ以上はサービスに関することとリアル世間話以外振らないと心に決めた。
彼は挙げたVRMMOですら名前だけしか知らないようだし、VRMMOどころかゲーム自体にあまり興味がないことが少し話したらよく分かった。
季節的に外も寒くなってきているが、心まで寒くなりそうだった。感覚が狂いそうになるが、もう数日で師走の到来だった。