第10話 隣町まで行ってみよう
朝食をとって片付け、ついでにもう少し台所を掃除した後、俺はワールドガイドを開いた。
前に話したとおり、このP.F.O.にはゲームのストーリーとか目的とかラスボスとかが無い。行けるのはキャラ作成して最初に降り立った町アメリアの市街地とそれぞれ町の外に出る門の付近、アメリアの南側の町、二つの町を繋ぐ街道周辺、アメリアの東側に広がる森(ヨーロッパとかを連想する雰囲気)、それとは植生が全く違う別の森(ガイドに載っていた、ドラゴンが飛んでいる熱帯雨林)、後者の森の中に埋もれている遺跡がいくつか、小さな港町タニーア、どこにあるのか全く分からない『指令船』、これまたよく分からない『始まりの村』。
アメリアの南の門と隣町は実際に街道を歩いたり乗り物に乗って移動できる。検索して見つけたプレイヤーのブログによると、体感で三キロくらいはあるらしい。アメリアの市街地とそれぞれの門は無料の転送システムが置いてある。
それ以外は今は例のお金のかかる転送装置でないと行けず、熱帯雨林やら遺跡は何らかのイベントが発生しないとそもそも「存在を知らない」ということになっていて、たとえ行ったことのある人とパーティーを組んでも転送できない。
『指令船』は今はただのロビー&チャット場になっている。今は、というのは、名前の通り何がしかの指令を出すために存在していると公式がほのめかしているからだ。
『始まりの村』は、この世界の人間が最初につくった村だと説明されている。それだけ見ると何か凄そうだが、公式がこの村に行くためのイベントをたった一人のPCすら突破していないとお知らせに記しているので、ガイド掲載の写真しか情報が無い。
正式サービス開始時に十くらいの町や場所が増えるらしいが、それも町の中心部と出入り口と町の周辺、地形はその一帯のみという風になるようだ。あとは、公式が言うには、開始直後から少しずつ行動範囲が広がり、サーバーごとのプレイヤーの動きによって新しい場所が開拓されたり遺跡などが発見されたり、町に変化が起こる=大きなイベントが発生するはずだという。
リアル一時間でゲーム内の一日が過ぎるから、正式サービス開始までたとえ最短だとしても三ヶ月、約九十日かかるのでゲーム内の暦(一年が三百六十日)では六年は過ぎるということだ。一年経てば四半世紀。現代ならともかく、ファンタジー世界の四半世紀でそんなに世界が変わるのかはわからない。王様が変わってめんどくさいことになるかもしれないなってくらいかな。それに、廃人様が遺跡を踏破するとか、あったら面白いかもしれない。
シュクレ先輩が知り合った社員プレイヤーが言うには、今いるサーバーには約千人のプレイヤーと十万人の名前つきNPCが登録されていて、NPCによっては将来歴史上の重大人物になったりするし、PCが歴史に名を残すこともありうる。単なる町の人Aでさえ、それぞれ思考があって動いているのだ。
俺はガイドから、街についてなど、メモを持ち込み用テキストに打ち込んでからログインした。確認するとシュクレ先輩がパーティーを組んで街に居るのが分かったので会いに行った。
隣町のNPCが妙な話をするというので、何かのクエストではないかと噂しているところだと先輩が教えてくれた。ついでに連れて行ってくれるというので一緒のパーティーに入れてもらった。
パーティーひと組は六人までで、四つまで同盟を組んで同じ敵を対象に戦うことが出来る。メンバーが三人以下になると自動的に解散し、同盟の場合はパーティー単位に戻り、三人以下の所だけ解散となる。
他には「旅団」「軍団」というシステムがある。好きなメンバーで集まってグループを作れる。旅団や軍団には統率レベルがあり、統率レベルによって最大メンバーの数や共通で持てるアイテムの数や種類、使える施設など制限がある。統率レベルを上げると別荘が持てるので、決まったメンバーだけの隠れ家なんかを作れる。旅団と軍団の違いは、本部をどこかの町に置くか置かないかの違い。
ついでに旅団にも入らないかと誘われた。シュクレ先輩がリーダーだったら入ろうかと思ったけどこの場に居ない知らない人だったのでやめておいた。
歩いてる途中で、あのウサギ狩りの人とたくさんすれ違った。畑を過ぎると人がまばらになった。真昼を過ぎているとはいえ、なかなか暑い。一時間くらい歩いたところで一度休憩し、再び小一時間くらい歩いてやっと隣の町カタリアの門に着いた。
身分証を見せ、簡易的な身体検査をしてから町に入った。もともとこの一帯は小さな集落ごとに都市国家のように機能していて、その名残で町の境に塀や壁が残っているのだと門番が教えてくれた。
休憩して水分を購入しなおしてから、さっそく件のNPCを探すことにした。裏通りを一本ずつ歩いていくと、元はローブだったであろうぼろぼろの布を纏った老人が、膝を抱えて座っているのを見つけた。脇に大ぶりの宝石らしきものがついた杖が置いてある。俺たちは道に迷った風に近づいた。メンバーの一人がかがんで目線を合わせ声をかけた。
「すみません。道を聞いてもよろしいでしょうか。道に迷ってしまいました。このあたりに、変わった話を聞かせてくれる人が居るというので探しているのですが、なかなかそれらしい人に出会えないのですよ。」
老人は目だけちらっと動かして俺たちを見ると目をつぶった。寝たのかなと思って何人かが歩き出したが、シュクレ先輩はみんなを呼び止めた。俺はそのまま老人を見つめていて、再び目が開いた老人と視線が合った。俺が謝って歩き出そうとすると、老人が素早く腕を掴んだので、掴まれた俺はびっくりしてしまった。もう片方の手はいつの間にか杖をしっかり握っていて、宝石がシュクレ先輩のほうを向いていた。
「両性族に免じて話してやる。来い。」
老人が立ち上がるとぼろ布が落ちた。下に来ている服もぼろぼろだが見えている下着はそれほど破れたりしておらず、かなり上等な布のようだった。