魂の記憶 後編
シュヴァルツが、二人の賞金稼ぎとしての育ての親から巣立って9年ほどが経過した。
聖アルフ歴 1870年
成長したシュヴァルツは、同業者の短弓使いの男と共に、とある賞金首の寝座である廃墟へと赴いていた。
「おいシュヴァルツ。手筈は本当にお前が奇襲を仕掛けて乱戦になった所に、俺が、不意打ちで奴の頭を射抜くって言うのでいいのかよ? どう見ても囮担当のお前にとっては、割に合わない条件だぜ」
くすんだ茶色の髪に、マントを羽織った賞金稼ぎの男がそう言うと、黒いロングコートを纏い、背丈も大きく伸びたシュヴァルツが口を開く。
「ああ。今回の相手ならば、その方が効率はいい」
シュヴァルツは、コートの裏側から投擲用のダガーを取り出すと、レオンと呼ばれた茶髪の賞金稼ぎにそう言った。
「了解っと。なら、そう言う手筈で行かせてもらうぜ」
レオンはそう言うと、短弓を用意し、補足した今回の敵へと弓を構える。
「そういうことなら、さっさと頼むは」
レオンがそう言うと、シュヴァルツは無言で頷き、敵の賞金首へと向けて、雷の術式を付加したダガーを三本投げつける。
「何だ!?」
敵は慌てて、身をよじって躱した。それを見越していたシュヴァルツは、手に接近戦用の黒塗りの大型ダガーを持った状態で斬りかかる。
「っち、賞金稼ぎか」
敵の賞金首は、大剣と呼ぶにはやや小ぶりな両手剣を手に持ち、応戦する。
「無駄だ」
敵の一撃の力に重きを置いた戦術を見抜いていたシュヴァルツは、敵の袈裟斬りをダガーで受け流してすぐに、先ほどは回避されたダガーに残っている電気を磁力として利用し、相手へと奇襲を仕掛ける。
「っち、磁力変化か!」
敵も一瞬驚きこそしたものの、冷静に飛来するダガーを両手剣で叩き落とす。
「隙だらけだ」
その隙を見抜いていたシュヴァルツは、地を這うように賞金首に接近すると、渾身の力で顔面を殴り飛ばした。
「グホッ!」
相手は後方に吹き飛ばされながらも、武器を話すことなくシュヴァルツを睨みつける。
「今の動き。お前は極東の武術家か。だが今の一撃で俺を仕留められなかったってことは――」
敵の賞金首が挑発するように口を開こうとした次の瞬間、凄まじい早さの矢が賞金首の脳天を射抜き、敵を絶命させた。
「うわ、呆気ねえ。まあ、仲間の騎士団を皆殺しにしたキチガイには、お似合いの末路ってとこか」
敵の賞金首に矢を放ったレオンは、ニヒルな様子でそう呟いた。
「仕事は終わった。街に戻るぞ」
シュヴァルツが淡々とした口調でそう言うと、レオンは、そのまま付いていこうとした。
「誰だ!」
シュヴァルツが建物の柱にダガーを投げつけると、妙に高い声の悲鳴が部屋に鳴り響いた。
「おい、今の」
弓の射程では無いと判断したレオンは、手に短剣を構えた状態で、悲鳴がした方向へと向かう。
「武器は持っているガキだな。大方、さっきの野郎に悪事に加担させられていたって所だろうな。毎度のことだが反吐が出るぜ」
レオンは、苛立たしい様子でそう言った。少年の死体を確認したシュヴァルツは、無言で少年の死体の顔を摩った。
「シュヴァルツ、俺がこんなこと言ってもアレかもしれないけど、お前が悪いわけじゃねえぞ。コイツも武器を持っていたことを考えれば、止むに負えないことだし、それにこれは俺らの稼業じゃ鉄板だからな」
「そうだな。例え利用されているのだとしても、迅速に無力化することが、俺達の仕事だ」
そう答えたシュヴァルツの顔には明らかに表情が無かった。
「それにしても、さっきの這うように近づいた動きは、お前の出身の大和独自の格闘術か?」
街の冒険者ギルドの酒場に到着すると、レオンが興味有りげな様子でシュヴァルツに尋ねる。
(さっきのアレは、流石に堪えたか? だったら、俺が少しぐらいは元気づけてやるか。確かアイツ武術とか調べるのとかが好きなはずだしな……)
「ああ。だが、俺の使っている格闘術は、自己流の歩法や呼吸法が混じっているし、そもそも、短剣術を中心とした基本の戦術は、中央大陸西方でも一般的な戦法だぞ。短剣術なら師匠もいる」
(そういえば、俺が冒険者になった経緯をこいつに話したんだったな)
シュヴァルツは、何でもない様子で答える。黒衣の青年の言葉を受けたレオンは、苦笑いしながら口を開く。
「いやいや。一年近く同業やっている訳だが、お前の戦術は、片田舎出身の俺からすれば最大の謎だぞ」
レオンは、自らが注文した食事を頬張りながら、不満げにそう言った。
「お前の言っている事は、此処で一般的な武器の使用法やサバイバル技術と、俺の故郷由来の格闘術や術式、法術を独自に使える事についてなんだろうが、元々俺は、こっちで一般的な戦術がメインにしていて、後になって独学で故郷の格闘術の技術や法術を習得しただけだ」
シュヴァルツは、ほとんど食事に手をつけていない状態でそれだけ述べた。その様子を見たレオンは、話題を変えることは困難だと判断したかのように口を開く。
「お前とは、盗賊団とか反社会勢力の殲滅でたまに組むけど、お前は、やっぱりガキを殺すのは、割り切れねえか」
レオンは、顔を苦々しくしながらシュヴァルツに尋ねる。
「どういう意味だ?」
シュヴァルツは淡々と答える。
「まあ今は聞けって。故郷の国に弟と妹がいるんだ、俺。故郷の村は、森に面した空気の綺麗な場所で農業をやるのに適してるんだ。でも、農業だけじゃ食っていけねえから、俺がこうやって世界中で賞金稼ぎとして働いていたわけだ」
レオンは、何処か自虐的に続ける。
「だから、俺は誰が相手でも、俺の家族を養うためなら倒せる。やらなきゃ俺が殺されるからな。だから、金のことしか頭にない最低な奴だって罵られたとしても、アイツ等が傷つくぐらいなら、俺が傷ついた方が数倍マシだ。」
「まあ、偉そうなこと言っているけど、俺もガキ殺しだけはやっぱり割り切れねえ。どうしても故郷の弟と妹が思い浮かんじまう」
レオンの言葉を聞いたシュヴァルツは、淡々と口を開く。
「そうか。だが、割り切れていないかどうかに関して言えば、見当違いだ。憤ることも確かににあるが、それ以上に何をすべきかは、明白なことだ。人はいずれ死ぬことを考えれば、せめて、奴隷のように扱われて、悪事に加担した罪に苛まれるならば、子供に引導を渡すことも必要かもしれない、と俺は考えている」
シュヴァルツはそれだけ言うと、今まで手をつけていなかった食事を食べ始めた。黒衣の青年の言葉を聞いたレオンは顔を青くしながら口を開く。
「おいおい。お前、本当に割り切れちまうのかよ」
「ああ。それにこの世に終わりのない物はない。ヴァン国に伝わる逸話で竜の血肉を取り込んだことで不死となった騎士も、最後は、竜の逆鱗と呼ばれる場所を貫かれて死に至ったと言われているぐらいだ」
食事を掻き込んだシュヴァルツは、淡々と続ける。
「お前の気遣いは、感謝している。それに今は、次に備えて体調を万全にしておかないといけないからな。人手が必要な依頼の時でまた組めそうだったらよろしく頼む」
それだけ言ったシュヴァルツは、そのまま、冒険者ギルドを後にした。
自らの自宅に到着したシュヴァルツは、本棚に片付けられた戦術理論に関連した書物を取り出した。
(憤る時点で割り切れていない部分があるのか……)
黒衣の青年は、机に本を置くと、現在の世界情勢に対して思い返した。
「大規模な戦争が無くなっても、小さな紛争も、魔物による害悪も無くなることはなく、子供までもが兵士として扱われている。今の俺に出来ることは、自らの手の届く範囲だけでも守るだけだ」
シュヴァルツは、自らの決意を再度確認するかのようにそう呟いた。
(こんなこと再度確認しても無意味か。これからもこういう事は繰り返されるだろうからな)
シュヴァルツの脳裏に、かつて両親が魔物に食い殺された光景が過ぎった。
「っち。まだあの時のことが……」
しかし、成長した彼にとっては、過去を後悔した所で事態が好転する事ではなかった。
「今日は休むか……」
机の上に置いた書物を本棚に片付けると、そのまま寝室へと向かった。
シュヴァルツは、夢を見た。それは、冒険者として独り立ちしてから現在までの、自らの行ってきたことだった。
最初は、魔物退治から始まった。ほとんどの依頼を単独でこなし、並行して大和皇国の格闘術や術式を独学で学び続ける日々日を送り続けた。次第に冒険者達の間でも名が知れ渡り始めたシュヴァルツは、他の冒険者たちと組んでより困難な依頼を受けることが多くなった。
その中でも最も多かった依頼は、ただの賞金首や盗賊団を殲滅することではなく、ロマシア帝国旧皇帝派の残党やエソロマ教至上主義者を始めとした反社会的な集団の鎮圧であった。各国の正規軍だけでは、裏に潜んでいる反社会勢力を殲滅することは、困難であった。
唯の賞金首とは異なり、収容所に入れた場合の費用と脱獄の危険性から、反社会勢力は生け捕りにしても全く報酬は出ず、国にとってはもちろん、冒険者や賞金稼ぎに取っても、生け捕りにしても全く利益の無い存在であった。
それからのシュヴァルツは、ただ敵を倒すだけではなく、恐ろしい現実を見せられる事となった。それは、少年兵である。 近年の賞金首や反社会勢力は、奴隷の子供や攫ってきた子供に、自らの破壊工作や略奪を無理やり手伝わせていたのである。
効果は絶大なものであり、最初の数年は、人畜無害な子供だと思って近づいた冒険者や正規軍の兵士が多く犠牲になり、深刻な問題となった。特に正規軍は、原則として少年兵の身柄を保護することが大前提であることから、被害はより大きかった。
そこで冒険者が取った行動は、少年兵と疑わしき者も含め皆殺しにすることであった。その行動は、正規軍や一般人から見れば冷酷な行為として見られた。しかし、客観的に見れば最も安全性の高い行為でもあり、ここ3年ほどは被害を大きく抑えることが出来た。
シュヴァルツにとっても、それは例外ではなかった。初めて少年兵に出会った時には、仲間が目の前で殺された。
育て親の片割れのフーゴが、依頼の途中で死んで以降も、人の死を見続けてきた黒衣の冒険者にとって、最早人の死そのものは、かつての自ら両親の死を含めて極々当たり前の出来事であり、唯一平等な物でもあった。
故に、育ての親から貰った仮の名を名乗り続ける青年は、被害を最小限に抑えるために、敵対した者を速やかに皆殺しにし続けた。自らの本当の名と共に。
常人なら耐えられないであろうことを、シュヴァルツは続けて行った。憤ることはあった。しかし、青年にとっては、魔物も、賞金首も、反社会勢力も、少年兵も、同じ倒すべき敵に過ぎなかった。
かつて、自らの育ての親のようになろうと誓いながらも、実際にはその誓いを破り続けていた。
魔物は、自らの食料として人間を喰らい、賞金首は、各々の欲望のために他者を害し、反社会勢力は、差異はあれども、世界を自分の思い通りに変えるために、そして少年兵は、賞金首や反社会勢力に人間性を否定され、兵器として扱われている。この事実こそが、今のシュヴァルツにとっては真理であり、最早自分が何を思って独り立ちしたのかさえも忘れ始めていたのかもしれなかった。
目を覚ましたシュヴァルツは、枕元に置いてあった愛用のダガーを研ぎ始める。彼にとっては、刃物の手入れと読書のみが心を落ちかせる唯一の趣味であった。
(今日は、この街から北に存在する森にいる人を喰う巨大な毒蜘蛛を退治する仕事だったか……)
自らが引き受けた依頼の依頼書を片付けるための棚から依頼書を取り出し、シュヴァルツは、そう呟いた。
シュヴァルツが北の森に到着すると、そこは、今までとは異なる異様な気配が漂っていた。
「蜘蛛の気配……それも複数……」
投擲用のダガーを構え周辺に目を回すと、木の間に数十匹の蜘蛛の姿をした魔物がひしめいている。
「こいつらは、討伐対象の子供か」
シュヴァルツが武装したことを感じ取ったのか、木の間でひしめき合っていた蜘蛛が、一斉に襲いかかる。
「見境は無しか……上等だ」
自らに飛びかかる蜘蛛の群れに雷の法術を付与したダガーを六本投擲すると、シュヴァルツは、子蜘蛛の隙間を縫うように疾走する。
投擲されたダガーは、敵を射抜いた次の瞬間、周辺に小規模な放電を行うことによって、射抜いた蜘蛛の周辺に居る蜘蛛にも電撃が直撃する。
(放電を含めて11匹仕留めたか。だが、このままではキリがないな。このまま親玉を叩くか)
すかさず、先程投擲したダガーに僅かに残った電撃を利用し、自らのもとに投擲用のダガーを回収する。回収したシュヴァルツは、素早く、探知の法術を使い親玉の位置を探る。
「此処から東に行った所か……意外と近いな」
本来の討伐対象の位置を探知し終えると、シュヴァルツは、そのまま子蜘蛛を無視して東へと走る。
敵も黒衣の男が何処へ向かおうしているのかを察したのか、シュヴァルツを追うように東へと向かう。
(やはり追ってきたか、それに……)
シュヴァルツの進行する先には今までよりもやや大きい蜘蛛が三体待ち構えている。
(護衛というわけか……あまり魔力を消費したくはなかったが、仕方ないか)
シュヴァルツは自らに追いすがる蜘蛛の群れに意識を向ける。
「雷神 剣を打ち 雷鳴を放つ【雷天・武御雷】」
シュヴァルツの詠唱によって、雷の剣が複数形成され、蜘蛛の群れに向かって放たれる。雷の剣は、忽ち蜘蛛の群れを跡形もなく焼き払った。
しかし、問題はそれだけではない、目の前に存在する大型の子蜘蛛を倒さなければ前には進めない。シュヴァルツが、敵の間合いの手前まで進むと、蜘蛛は口から糸のようなものを吐き出した。
「っち」
身を捩ることで回避したシュヴァルツは、糸を吐き出したばかりの個体に素早く肉薄し、その首に黒塗りの大型ダガーを突き立て、そのまま蜘蛛の首を掻っ切る。
「ギギッ!?」
首を切り裂かれた蜘蛛は、その場で絶命し、それを気にすることなく、シュヴァルツは、別の個体に接近する。黒衣の男に接近された大型の子蜘蛛は、前腕を振りかざすことで接近を阻もうとする。それを黒衣の冒険者は、左手にも装備した大型ダガーで受け流すと、そのまま敵の頭に右手に持ったダガーを突き立てる。
最後の一体は、シュヴァルツに勝てないことを本能で感じたのか、森の奥へと逃げようとする。それを視認した黒衣の冒険者は、足に磁力変化を付与し、驚異的な速度で踏み込む。踏み込みと同時に放った刺突は、蜘蛛の心臓を貫いていた。
「子蜘蛛は大方片付いたか」
シュヴァルツは、森の奥から探知できる気配以外に、強力な魔物の気配が消えたことを確認すると、そのまま奥へと進んだ。
森を東に進むと、開けた場所に、巨大な蜘蛛の巣が存在した蜘蛛の巣の横には蜘蛛の卵と思われる糸の塊が出来ている。シュヴァルツが卵を破壊しようとすると、上から何か巨大な物が黒衣の冒険者に伸し掛ろうとする。それを右に避ける。
「こいつが今回の討伐対象の大蜘蛛か」
紙一重で回避した黒衣の冒険者は、敵を視認する。形こそは今までの蜘蛛と全く変化がないが、その体は、2回り以上の大きさであった。
「ギギギッ!」
大蜘蛛は、シュヴァルツに対して、明確な敵意を示す用に威嚇するように口元の牙を動かしながら奇声を上げる。
(解毒剤のストックも有るが、可能な限り消費を避けたいな)
距離を取ったシュヴァルツは、敵の能力を試すために投擲用のダガーに電撃を付加して投げつける。すると、大蜘蛛は、投擲されたダガーに対して黄色の液体を吹き掛ける。すると、ダガーは忽ち溶け落ちた。
「酸性の毒液も持っているのか」
大蜘蛛は、紫色の液体を黒衣の冒険者に吹き掛ける。すかさず回避したシュヴァルツは、再度ダガーを投擲しようとしたその時、足元に白い糸が伸びて来た。
「しまった!」
次の瞬間、シュヴァルツの胴体を白い糸が絡め取る。その糸の量は、今までの子蜘蛛とは桁違いであった。黒衣の青年が敵を視認すると、何処か目が笑っているように見えた。まるで「今からお前を喰ってやるぞ」とでも言っているようだった。
「まだだ。 雷神 雷を纏う【雷天・武御雷】」
シュヴァルツがそう詠唱すると、黒衣の冒険者の体から放電が起こる。その電撃は、糸を通して大蜘蛛まで伝わる。
「ギギギ!?」
大蜘蛛は、悶絶するように体を痙攣させながら奇声を上げる。その間に糸を振り払ったシュヴァルツは、電撃で麻痺した敵に足に磁力を付加した状態で踏み込み、電撃を帯びた渾身の拳を叩き込む。
拳に付加されていた強力な電撃は、拳を介して大蜘蛛の心臓へと伝わり、そのまま敵の心臓を停止させ、絶命させる。
「今のは、流石に危なかったな……」
生命活動を停止した大蜘蛛を眺めながらシュヴァルツはそう呟いた。
それから、街の冒険者ギルドで依頼完了の手続きを終えたシュヴァルツはがギルドから出ると、ドベルド国の正規軍の騎士数人と、最近新しく冒険者となった、鉄製の鎧を纏った若い竜人族の男が揉めていた。
「何だ……」
シュヴァルツが言い合っている騎士と冒険者に近づくと、竜人族の冒険者が彼に話しかける。
「シュヴァルツさん! ちょっと来てください」
シュヴァルツは、わずかに面倒なことを避けたいと考えながらも、言い合いをしている二人の至近距離に近づいた。
「何だ。私の言い分に言い返せないから、他の同業者に頼るのか。つくづく忌々しい連中だな。お前たち賞金稼ぎ共は」
三人の騎士の内の一人が、嫌悪感を隠さない様子でそう言った。竜人族の冒険者は、歯ぎしりをしながら耐えている。
「突然だが話がわからない。えっとお前の名前は……」
「ラッセです。俺は冒険者になってあまり長くないから、分からないのはしょうがないですよ」
ラッセと名乗った竜人族の冒険者は、淡々とそう言った。
「ふん。お前たち、賞金稼ぎが我が国の秩序を乱している事を騎士団の仲間と話していたらソイツが私に食って掛かってきたのだ。本当ならば、このまま身柄を確保しても構わなかったのだがな」
先程口を開いた騎士が、忌々しげに口を開く。シュヴァルツが様子を見ても、この騎士だけは、他の二人とは露骨に態度が異なることが分かった。
「まあまあ。先輩、取り敢えずここはこれぐらいにしておいて……」
三人の騎士の内、敵意がほとんど無い若い騎士が口を開くと、先程から露骨に敵意をむき出しにしている騎士が、傲慢な態度で口を開く。
「新入りは黙っていろ。こいつらの少年兵ごと皆殺しにするような下劣な戦い方のせいで、どれほどの民が、今の国に不安を持っていると思っている」
騎士は、新入りの騎士にそう言うと、こちらを睨みつける。すると、ラッセが耐え切れない様子で口を開いた。
「アンタに何がわかる! 俺たちだって、好きで少年兵を殺したりしている訳じゃない! ただ、そうしないと仲間が死ぬからそうしているだけだ」
ラッセの言葉を受けた騎士は、彼の言葉を鼻で笑うと、口を開いた。
「それは貴様らの勝手な都合ではないか。大体、好きでやっていないならば、やめれば良いだろう。そうやって我ら正規軍の邪魔ばかりする貴様らは、目障りだ。お前たちなど、賞金首と同レベルの社会不適合者に過ぎないのだからな、隅で縮こまっていればいい」
傲慢な態度の騎士は、見下すようにそう言った。その言葉が意味していることは、生きる意味さえ無いということであった。
(こいつ……!)
シュヴァルツも内心で怒りを感じながらも、抑えようとした。この騎士の言っていることは、行き過ぎている部分もあるが、同時に正しい部分もあることは事実であった。
「……そこまでにしておけ、幾ら貴族出身でも限度がある」
今まで口を全く開かなった騎士が、口を開く。たしなめられた騎士は、無言で佇む騎士を睨むと、こちらに向き直り口を開く。
「今日はこれぐらいにしてやる。だが、いずれお前たちを私たちの国から叩き出してやる」
傲慢な態度の騎士は、それだけ言うと、その場を去っていった。他の二人の騎士もそのまま去っていった。
「クッソ! 正規軍の騎士はあんな傲慢な奴ばかりかよ!」
騎士が立ち去ったことを確認したラッセは、近くにあった壁を殴りながらそう言った。
「すみません、シュヴァルツさん。厄介なことに付き合わせてしまって」
ラッセは改まった態度で頭を下げながらそう言った。それを見たシュヴァルツは淡々とした様子で口を開く。
「誰でも不条理なことを許容できないことはある。あまり気にするな」
シュヴァルツは、自虐的にそう言った。
「10年近く冒険者を続けていると聞いていますけど、シュヴァルツさんにも、そんな時期があったんですか?」
ラッセにそう言われたシュヴァルツは、今までとは違う自虐的な口調で口を開く。
「ああ。俺にも理不尽だと思えることに意固地なっていた時期はあった。それに今でも後悔したりし続けているばかりさ」
黒衣の冒険者の言葉に驚いたラッセは、目を見張りながら口を開く。
「だったら、どうすればいいんですか? 俺、さっきの騎士に言われたことで、正直どうしていけばいいか分からなくなって……」
「それは、今後お前が見据えなければならない事だ。俺にはお前の答えをそのまま言い当てる事は出来ないからな。俺に言えることが有るとすれば、自分がやろうとする事は最後までやり遂げる事と、戦いの最中に敵への集中を切らないようにするって所だな」
「それに、お前のまとっている鎧と、背中に背負っている長槍は飾りじゃないだろう。冒険者をやっているならば、自分を探すための冒険をしてみるのも良いかもしれないぞ」
シュヴァルツの言葉を受けたラッセは、自らの背中に刺されている長槍を摩ると、口を開いた。
「その通りでした。俺にはそんな器用なことなんてできませんでした。だから、俺は悩みながらでも冒険者を続けながらでも自分の成すべきことを見つけてみせます」
ラッセは、迷いを払えてこそいないながらも、どこか晴れ晴れとした様子でそう言った。
(これで良かったのだろうか……いや、あいつが納得したのならそれでいいか)
聖アルフ歴1871年
大蜘蛛の依頼から一年ほど経過したある日、シュヴァルツは、単独での盗賊団の殲滅を行う依頼を受けることになった。
「規模は大きくアジトの立地は優れているが、統率力は低い。人身売買にも手を出しているのか……」
敵のアジトの近くで依頼書を読んでいるシュヴァルツは、複雑な様子でそう言った。
(確かに警備はザルなようだが――)
後ろに存在する気配にすかさず反応したシュヴァルツは、自らの後ろに近づいていた斥候を思わせる装備をした盗賊団の団員にダガーを突き立てる。
「今のは、運が良かったが、少し油断しすぎたか……それにどうやら気づかれたようだな」
見張りの団員が武器を構えて過剰に警戒している様子から、状況を読み取ったシュヴァルツは、敵を殲滅するための作戦を頭の中でねる。
(洞窟を利用した天然の要塞だ。となると、何振り構ってはいられないな……)
最早正攻法以外に手段はないと判断したシュヴァルツは、敵のアジトへとそのまま踏み込んだ。
(……本当に連度が低いな……一般人だけを狙って搾取していたのは本当のことだったようだな)
盗賊団の団員を一人ずつ始末している黒衣の冒険者は、敵の状態を思案ながら、傍から見れば殺戮同然の戦闘を続ける。
(やはり、一般人を嬲り殺しにするのには慣れているが、全うな戦闘行為には不慣れなようだな)
また一人、盗賊団員を始末しながらシュヴァルツは、先へと進んだ。
しばらく進むと、広い牢屋のような部屋が広がり、中は凄惨な状態になっていた。
「此処に閉じ込めていた人間全員を殺したのか? 証拠を隠滅するためだけに」
中は、まさに地獄絵図そのものであり、一人一人が、刃物で無差別に斬り殺さていた。おそらくは証拠隠滅のためであろうことが、容易に想像がついた。シュヴァルツが牢屋の中を見渡すと、死体の中には10歳程の子供等も多く混ざっていた。
(許せない……)
黒衣の冒険者は、今までに感じたことのない怒りを感じながら、そのまま牢屋を立ち去り、この盗賊団の首領がいるであろう場所へと向かった。
怒りに駆られたシュヴァルツが冷静さを取り戻すと、盗賊団の団員をほとんど一掃され、目の前には盗賊団の頭領のみが残っていた。
「一人逃がしたが、後はお前だけだな」
シュヴァルツは自然とそう言った。盗賊団の頭領は、大剣を構えているものの、死への恐怖からか、体を震わせている。
「待ってくれ! 金なら出す! 今残っている女子供もお前にやるから!! だから……」
「黙れ」
シュヴァルツが今までよりも一層低い声でそれだけ言うと、頭領は命乞いをやめた。
(ここに来て命乞いか救いようがないな……この男)
「お前たちは、襲撃した村で村人が同じことを言ったら助けるのか? 商品としてお前たちが扱っている人間が同じようなことを言ったら助けるのか? ふざけるな。次はお前の番だ」
先ほどの牢屋で屠殺された人々を見た黒衣の冒険者は手に持っていた大型ダガーを片付けると、後に投擲用の細長いダガーを取り出した。
頭領は大剣を足元に放り捨てて逃げ出した。しかし、シュヴァルツは慌てること無く、詠唱を行う。
「雷神 雷鳴を放つ【雷天・武御雷】」
シュヴァルツは、高出力の雷を付与したダガーを頭領に投げつけた。頭領の背中にダガーが刺さった次の瞬間、頭領は、まるで電撃を受けているかのように断末魔を上げながら体を痙攣させる。しばらくそのまま悲鳴を上げ続けた後、頭領はその場に倒れこみ、息絶えた。
(これで終わり……いや待て)
僅かにではあるが、人の気配を感じたシュヴァルツは、気配のする方向へと顔を上げる。
「誰だ!!」
シュヴァルツは、上の吹き抜けにいる何者かを始末するために飛び上がると、そこには銀色の髪をした幼い少女が震えていた。
「子供……!?」
シュヴァルツは、一瞬驚きながらも、思考を冷静にする。
(いいや。この少女は、俺を殺すためにここに潜んでいたのかもしれない。だったら――)
シュヴァルツが、少女にダガーを突きつけようとしたその時、先ほどの牢屋に有った子供の死体が脳裏をよぎった。
頭に浮かんだ光景に、冷静さを失った黒衣の冒険者は、咄嗟に少女の身を案じるようなことを口にした。
「君はこんな所で何をしているんだい?」
黒衣の青年がそう言うと、少女は、自らが村単位で家族を含め拉致され、父が殺されたこと、少年兵としてこの盗賊団で扱われていた事、母親や弟と生き別れた事を話した。
(やはりか、だが……)
シュヴァルツの脳裏から、先ほどの光景が離れなかった。ここでこの少女を殺してしまったら、自分自身も先ほどの盗賊団と同じになるように思えた。
(そうだ……こんな時にフーゴだったらどうする?)
そんなこと考えると、答えは簡単なことであった。覚悟を決めたシュヴァルツは、少女の頭を撫でながら口を開く。
「大丈夫だ。もう怖いおじさんたちは俺が倒したから……」
この時のシュヴァルツは、涙が止まらなかった。少女も「何で泣いているの」と問いかけてきている。
(そうか、この少女だけでも救えたことが嬉しかったんだ。今まで人はいつか死ぬからと、自分に言い訳を作って、本当は救えたかもしれない誰かを自分のためだけに切り捨ててきた事を悔いているんだ)
「君以外に捕まっていた人たちは、全員殺されていたんだ。無意味な証拠隠滅のために。君だけでも助けられてよかった。ありがとう。ありがとう……」
この少女が救えたことが、シュヴァルツにとって、最早風化しかけていた冒険者としての初めて思いを体現する行為であった。
(自分が後悔することなく、誰かを救う。俺はそれを何処かで諦めていたのかもしれないな)
黒衣の青年にとっての理想と現実は、最早、かつての育ての親である男とは異なる物となっていた。しかし、かつて、自らを救った豪快な男のように少しでもなりたいと言う、一人の青年の願いは、ここでようやく一つの形となったのであった。
終わり
どうもドルジです。
今回は、少し急ぎ足での更新となってしまいましたが、それでも、ある程度の形にはなったと思います。
11月までに簡単な人物紹介を作って終わりたいと思います。
9月30日22時追記
一部の細かいミスの訂正。及び一部変更を行いました。