サイレントマジョリティー(沈黙の読者)の壁を破ったら、世界が輝いた!
僕は恋愛小説家だ。『夜色麗華』(やいろれいか)のペンネームで、『キュンキュンラブノベルズ』という恋愛小説専門サイトに日々投稿している。
だけど、悲しい事に僕は売れていない。恋愛経験ゼロで、妄想と女性向け雑誌をめくりつつ執筆する作風だからだ。
数作書いてきたが、PV数が薄く、評価やブックマーク、コメントもゼロ。いわゆる『サイレントマジョリティー(沈黙の読者)』の壁に悩んでいる。ちなみに、読者の9割以上がこの層にあたると言われている。
読者が何の反応も示してくれないので、悪い評価ばかりが頭に浮かぶ。
『リアルさがなさ過ぎて萎えた』
『経験ゼロの奴が書くと、もはやSF』
実際の所どう思われているかなんて分からない。『沈黙=アンチ』とは限らないからだ。
だけど、そんな不毛な日々から抜け出すきっかけが起きるなんて僕には想像できなかった。
今も連載中の作品があるので、いつものように拙い執筆をして投稿をした。頭の中で『これで何の評価も得られなければ、活動をやめる』と決意しながらボタンを押した。
空腹を感じたので、飯でも済まそうと椅子から立ち上がると、聞き覚えのない通知音がした。
『ピロピロキュン♪』
何が起きたのかとスマホをチェックすると、コメントが届いていた。
『勇気を出して、初めて書きます。今回の話で誤字が多くて、内容がよく分かりません。いつもはそんな事ないのに』
(なんだって?誤字はないはず…。そういや、誤字チェックして投稿したっけ?ネガティブな考えに気を取られてたし)
内心焦りながら該当話を確認する。
そこには誤字だらけの意味不明な文章があって、びっくりした。
(これは誰でも報告したくなるわ…)
急いで修正をかけて投稿し直す。教えてくれた読者に返信しようと、その文面を見た。
(この人、『いつもはそんな事ない』って書いてくれてる。ずっと静かに読み続けてくれたんだ…)
何気ない一言に心が動かされる。『沈黙=アンチ』ではなかったんだ。
『いつも読んでいただき、ありがとうございます!私とした事が、凡ミス連発で申し訳ありません。『いつもはそんな事ない』という言葉が私の支えになりました。修正したので、よければ読んでくださいね!』
そう書いて送信ボタンを押した。
それからは、同じユーザーからのコメントや評価が付くようになった。
『この話、素敵です!私もこのシチュエーションに憧れます♡』
『私は作者さん推しです!陰ながら応援してます』
僕は、コメントの1つ1つに丁寧な返信をした。
『いつもありがとうございます。喜んでいただけて嬉しいです!』
『推していただけるなんて恐縮です。執筆頑張ります!』
他のユーザーからは相変わらずなかったけど、たった1人のファンの存在の力で創作意欲が湧いて、作品は無事に完結した。
完結ブーストのおかげで、PV数が伸びた。ブックマークも1件ついているが、唯一のファンが付けてくれたものだと思う。
新作準備の為にサイトを離れていたが、ふとログインすると、DMに例のファンからのメッセージが来ていた。
『更新がないので、心配でメッセージを書きました。ご自愛くださいね!』
僕は、DMにまでメッセージをくれた事に嬉しくなった。
『メッセージありがとうございます!新作を練っている為、作品をお届けできず申し訳ありません。体調不良ではないので安心してください!加藤様もお体に気を付けてください!』
温かい気持ちで返信した。
ちなみに、ファンのユーザー名は『加藤美沙希』だ。
サイト自体は自由な名前で登録できる。人気作家のファンのユーザー達は、ペンネームと分かるものが多い。おそらく彼女は、本名で登録しているのかもしれないなと思った。
30分ほどで通知が来た。
『こちらこそ、突然のメッセージにも関わらず返信をくださりありがとうございます。急なお願いで申し訳ありませんが、対面で作品の感想を伝えたいので、お会いする事は可能でしょうか?』
マジか。内容を見て目を見開く。僕のファンは熱烈すぎるようだ。
『私も気分転換したい所だったので、ご都合が合えばお会いしたいです。ただ、作者は男ですけど大丈夫ですか?女性だと思われていたら申し訳ないので、先に謝ります』
胸の高鳴りを抑えながらも正体を明かした。これで嫌われたらしょうがない。作品を推してくれただけでも、ありがたい話なのだから。
返信を見たいようで見たくない気持ちになりながら、その時を待った。
『ピロピロキュン♪』
スマホを恐る恐る見た。そこには、こんなメッセージが書かれていた。
『正直、女性作家さんだと思ってました。繊細な文章で、女性の気持ちが分かっていらっしゃるから。でも、夜色麗華さんが男性であっても、会いたい気持ちは変わりません!作品を応援しようと思ったのは、あなたが初めてなんです!』
僕は、どうやら一生分の運を使い果たしてしまったようだ。嬉しさに涙があふれた。
その後、メッセージアプリのIDを送って連絡先を交換した。せっかくだからと電話をかける事にした。
「もしもし、加藤美沙希さんですか?」
「わ、私がそうです。あ、本当に男性なんですね。声が低くて素敵ですね!」
「声を褒められるとは思ってませんでした。照れますね。加藤さんの声もかわいらしいですね!ちなみに、僕の本名は田中次郎です」
「あ、私は本名です。ふふっ。すみません、田中さんって聞いて、身近にいそうだと思いました。褒め返されて色々浮かれてます」
「普通の名前で驚きました?」
「はい」
「やっぱり、ペンネームとのギャップがありますよね。加藤さんの名前は本名だったんですね。そうだと思いました」
「ペンネームが全く思い浮かばなくて、いつも本名で登録してしまいます」
「あのサイトでは目立つ存在なので、逆に覚えやすかったです。まあ、あなたが唯一のファンですがw」
「他の人も応援してるはずです!自分を低く評価しないで」
「すみません、つい癖で。あなたの存在に救われて、これでも明るくなったんですよ。あの時、あなたのコメントがなければやめるつもりでした」
「そうだったんですか?全然そんな素振り…あ!だから誤字だらけだったんですね」
「はい。加藤さんが言ってましたよね。『いつもはそんな事ないのに』って」
「じゃあ、本当に私の一言がきっかけだったんですね…」
「そうです。ここまで続けさせてくれてありがとうございました!」
「私の方こそ、素敵な作品を読ませてもらえて嬉しかったです♡やっとこうして言えた!」
「電話で聞くと実感が湧きますね!」
「まだ終わってません」
「え?」
「いつ、私はあなたに会えるのでしょうか?私は昼間は会社員として働いていますが、夜や土日は基本空いてます」
「本当に会っていただけるんですね!では、今週の土曜日はいかがですか?」
「大丈夫です!嬉しすぎて夢のようです♡」
「それは僕も同じです!ファンと電話するだけでも夢かと思いました」
「待ち合わせしましょう!どこがいいですか?時間はどうします?」
「加藤さんのお好きな所や時間帯で大丈夫ですよ!」
「じゃあ、テーマパークはどうですか?定番ですけど」
「いいですね。新作のアイデアも浮かびそう…いや、仕事の話はなしで純粋に楽しみましょう!」
「私はネタにされてもいいですよ。あなたの作品が読みたいので」
「欲しい言葉をどこまでも言ってくれますね。ありがとうございます!つい、長話してしまいましたが、夜も遅いので今日はここまでにしましょう。おやすみなさい」
「私も楽しかったです。眠れそうにないですけど、とりあえずおやすみなさい」
こうして、彼女との初めての電話は終わりを迎えた。今もまだふわふわした気持ちを抱えていて、僕も眠れそうになかった…。
いよいよ対面の日が来た。
この日の為に僕は、美容室に行って、伸ばしていたボサボサの髪をばっさり切ったり、メンズブランドでマネキン買いをして体裁を整えた。ちなみに今日は、2人ともお酒を飲むと決めていた為、公共交通機関でそれぞれ向かっている。
「…もしかして、田中さんですか?」
待ち合わせ場所であるテーマパークの入口で待っていたら、長身の女性から声をかけられた。
「はい、田中次郎です。あなたが加藤さん?僕より少し背が高いですね…」
「ええ、そのようで申し訳ないです…でも、会いたかった〜♡」
「うおっ!」
いきなり抱きつかれた。熱烈さはリアルでも変わらなかった。
「あ、ごめんなさい…。嬉しくてつい、抱きついちゃいました」
「気にしないでください。むしろ展開的には嬉しいので…」
まずい、経験のなさがバレる。見た目を整えても、中身がポンコツでは嫌われてしまう。僕はとっさに言葉を紡ぐ。
「ショートヘアが似合ってますね!服装も動きやすい感じにしてくれたんですね」
「田中さんとたくさん遊びたいので、パンツスタイルにしました!靴もスニーカーにしてよかった」
「はぐれないように、手をつないでもいいですか?」
「こんなイケメンと手つなぎできるなんて、鼻血ものです♡」
「それは言い過ぎですよ。時間がもったいないので、行きましょう!」
「はい~♡」
彼女の顔がずっと溶けてるのを、何だか申し訳なく感じてしまう。美容師のお兄さんの技術には感服するばかりだ。
乗り物は絶叫系が特に人気で何時間も並んだが、待ち時間も全然苦じゃなかった。他愛もない話でずっと盛り上がっていたから。
「私、犬を飼ってるんです。トイプードルの五郎君の写真ですけど、かわいくないですか?」
「『次郎と五郎』ってまるで兄弟のようですねw 確かにかわいい!作品に取り入れてみたいな…」
「ふふっ、今気づきました!いいコンビになりそうですw」
「今度、五郎君に会いたいな」
「ぜひ、遊びに来てください!五郎君をトリミングしてもらって整えておきます」
「加藤さんの五郎君愛が伝わって来ますねww」
「ずっとつぶらな瞳で私を見つめて来るんです。『ご飯ちょうだい』って。それが1番かわいいの♡」
「加藤さん < ご飯だけどいいんだ…」
「犬は大体そんなものですよ」
順番が来てジェットコースターに乗る。僕は絶叫系が苦手な方だが、何度か乗った事があるものや子供でも乗りやすいジェットコースターならいけるタイプだ。今乗っているものは、前者タイプなので怖さはあってもどこで落ちるか大体分かる為、少し安心している。
「私、これに乗るのは初めてなんですよね。怖いですか?」
「初めてだとより怖いですよね。僕はこれには昔乗った事があります。でも、落ちるのはあっという間なので、トラウマになるレベルではないと思います」
「そうなんですね。私はわりと得意な方ですが、結構叫びますww」
「僕も叫ぶ方ですが、笑わないでくださいね」
会話の合間にも、ジェットコースターはどんどん進む。
ついに落ちる所まで来た。
「うきゃーーー!!」(甲高い声)
「わぁーー!」
大絶叫の中、ジェットコースターは元の位置に戻って来た。
「慣れてるはずなのに私より叫ぶし、悲鳴が高くないですか?」
「僕は、克服してるわけではないから叫びますよ。友達にも、お前の絶叫は女みたいだなって言われるし」
「そう聞くとじわじわきますねwww」
「だから、『笑わないで』って言ったんです…」
結局彼女に笑われてしまい、恥ずかしさから手で顔を覆う。
「田中さんの新しい一面を知って、ますます愛おしくなりました♡」
「加藤さんは優しいですね!情けないはずなのに…」
「ギャップ萌えってやつです♡」
「暑くなってきたので休憩しませんか?そこにアイスが売ってるので僕が買ってきます!何味がいいですか?」
「えっ、いいんですか?嬉しい!私はいちご味が好きです!ありがとうございます♡」
僕はおしゃれなキッチンカーで売られているアイスを買う為に並んだ。種類がたくさんあったが、僕は定番を選んだ。
「待たせてすみません。どうぞ」
「おいしそうですね!田中さんはチョコ味だ」
「よかったら食べてみます?」
「そんな事をしたら鼻血が出ちゃうので、今日は遠慮しときます…」
「ぷっww アイスで火照りを冷ましてくださいね」
キャパオーバーな加藤さんが面白くて笑ってしまったが、すごく楽しい時間を過ごせてよかった。
休憩後も様々なアトラクションに乗って1日中はしゃいだ。夜はテーマパークを出て、遅くまで営業している居酒屋で食事をする事にした。
「大衆酒場ですみません…」
「私もお酒が好きなのでこういう所も行きますよ!」
「もし、僕が売れたら高級レストランに連れて行くので、待っててもらってもいいですか?」
「はい、ずっと応援してますね!」
店のメニュー表を見て、おつまみを決める。お酒はド定番を頼んだ。
「ビールの中ジョッキ2つと、もつ煮、たこわさ、から揚げ…」
「かしこまりました。確認しますね…」
注文後、すぐにビールがきた。
「かんぱ~い!」
ジョッキのぶつかる小気味よい音と共に、ビールを流し込む。
「はぁ~。ビールは最高ですね!」
「そう言ってもらえてよかったです」
しばらくするとおつまみも運ばれてきた。
「なんでお酒と一緒に食べると、こんなにも美味しいのでしょうね。特にから揚げ♡」
「単体では味が濃いですよね。お酒を頼ませる技が詰まってますよねw」
「今度はハイボールが飲みたくなったので、頼んでもいいですかぁ〜?」
「加藤さんへのお礼なので、飲み過ぎない程度なら気にせず頼んでくださいね。体調を崩しては辛いと思うので」
「ありがとうございますぅ〜」
加藤さんは、お酒を飲むと語尾が伸びるタイプのようだ。
「加藤さん、もう5杯目ですからやめましょう」
「まだ飲むぅ~」
「しかもまだ残ってるじゃないですか。これは僕が飲みますから、帰りましょう」
彼女の手からジョッキを奪って飲み干した。
「あれぇ?もうない…」
「ほら、立ってください。手を貸しますから」
彼女を支えて立ち上がり、お代を払って店を出た。
「何だかふわふわするぅ~」
「タクシーがもう少しで来るので、待っててください」
タクシーを捕まえた僕は、彼女を抱きかかえて乗り込む。
「運転手さん、僕の自宅までお願いします」
「あいよ~」
シートベルトを彼女の分まで付けてあげると、タクシーは走り出した。
「お嬢さんはかなり酔っているようだけど、大丈夫かい?」
「5杯ほど飲んだので、ふらふらしてますね」
「うふふふっ♡たくさん飲んだよぉ~」
「シートを汚さないでね。追加料金をいただく事になりますので」
「袋をもらったので、いざという時はそれで対応できればと思います」
夢心地で話していた加藤さんは、いつの間にか寝息を立てていた。車の走る振動が眠気を誘ったのだろう。
(かわいらしい寝顔だな…)
タクシーは無事に僕の家まで着いた。料金を支払い、彼女をおんぶして玄関を開けた。
僕はそのまま寝室まで行き、ベッドの上に彼女を降ろした。
「眠り姫さん、飲み過ぎはだめですよ」
頭をなでながら、小さな声でそっとつぶやく。
「ふふふ。くすぐったいよぉ〜五郎♡」
(五郎?あっ、犬の事か)
「ご飯が欲しいの?そんな目をして見つめちゃってぇ〜♡」
「美沙希さん、僕は次郎です。犬じゃない」
愛犬を呼ぶ寝言に嫉妬して、つい反論してしまう。
人っぽいから、元カレのような名前に聞こえてモヤモヤする。
「ん~?五郎はいつしゃべれるようになったのぉ?」
「起きてください!今はその名前を聞きたくない」
これ以上口にして欲しくなくて、彼女を揺すった。
「あれ?田中さん?私…」
「起こしてすみません。どうしても耐えられなくて」
「ここは、田中さんの家?」
「美沙希さんの家を知らないので、僕の家に連れて帰りました」
「吐いちゃったりしてませんよね?もしそうなら、クリーニング代を出しますので!」
「それはないので大丈夫です。すやすや寝てましたよ。美沙希さんの寝顔かわいかったです」
「えっ、名前呼び…」
「急でしたよね。すみません、寝言で『五郎』って言うから、嫉妬してつい呼んでしまいました」
「私、そんな事言ってました?恥ずかしい…」
「僕の事を次郎って呼んでくれたら許してあげます」
「次郎さん、色々ありがとうございました。介抱までしてもらっちゃって申し訳ないけど、楽しかったです!」
「僕も楽しかったです!狭い部屋で申し訳ないですが、今夜は泊まっていってください」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます。五郎君は実家に預けたので、明日引き取りに行きますね」
「1人で帰るのは危ないので、美沙希さんの家まで送らせてください」
「助かります!ありがとうございます」
「僕はソファーで寝ますので、美沙希さんはベッドを使ってくださいね!」
「次郎さんがベッドを使ってください!あなたの部屋なのですから」
「女性にはちゃんとした所で眠って欲しいので、どうか使ってください」
「じゃあ、せめて一緒に寝ませんか?折衷案ですが」
「…分かりました」
添い寝する事になった僕達は、疲れもあってかすぐに寝落ちした。
翌朝、目が覚めると隣に美沙希さんがいた。一瞬頭が真っ白になったが、徐々に昨日のやりとりを思い出した。
(なんか幸せだな。朝から、美沙希さんの顔を見られるなんて)
しばらく寝顔を見ていると、彼女と目が合った。
「おはようございます。眠れましたか?」
「あ、おはようございます…私達、添い寝したんでしたっけ?」
「僕も最初は焦りましたが、お互いすぐに眠ったと思います。シャワー、先に使ってください。案内するので」
「は、はい。ありがとうございます」
彼女がシャワーを浴びている間に、簡単な朝食を作った。
「先に使わせてもらってありがとうございます!」
「僕も入りますが、先に食べて大丈夫ですよ」
「私も何か作りましょうか?コンソメスープとかは好きですか?」
「好きです!材料はあると思うので、お願いしてもいいですか?」
「任せてください♡」
僕が戻ると、具だくさんのスープができていて食卓が豪華になっていた。
「いただきます!」
「このスープ、美味しいですね!いくらでも食べられる気がします」
「喜んでくれてよかったです♡カリカリベーコンとトロトロ卵のトーストも美味しい♡」
「焼いただけですが…」
朝食を食べ終えた僕達は、少し休んだ後に美沙希さんの家へ向かった。
「送っていただきありがとうございました!よければお茶を飲んでいってください」
「ありがとうございます。ちょうどのどが渇いていたので、いただいていきます」
彼女の家は、僕の家から車で20分ほどで着いた。
「まさか、それほど遠くない所に住んでいたなんて。もはや奇跡としか言いようがないですね!」
「本当そうですね」
「お茶、美味しいですね!」
「ノンカフェインの体に優しいお茶なので、喜んでくれてよかったです♡」
「あの、こんなタイミングで言うのはカッコ悪いのですが、僕は美沙希さんの事が好きです!これからも一緒にいたいので、付き合ってください!」
「私も次郎さんを近くで応援したいので、ぜひよろしくお願いします♡」
僕達はついに恋人同士になった。作家とファンが付き合うのは、人気者であればいざこざが起こるだろう。だけど、僕は無名で騒動にならずに済みそうだから、そこはよかったと思う。
「犬を迎えに行くのに遅くなっちゃいましたね。すみません…でも、恋人になった証が欲しいので、これだけさせてください」
僕は彼女の頬に口付けた。一瞬だけど、愛おしさを感じた。顔を離して彼女の様子を見る。
「は、鼻血ものですぅ〜♡」
顔を真っ赤にして叫ぶ美沙希さんが面白くて笑ってしまった。
「ははっw どうして僕の彼女はこんなにもかわいいのでしょうか」
「暑いのでお茶を飲んでから行きます。執筆頑張ってください!」(早口)
「また今度会いましょう!」
名残り惜しさを感じながらも美沙希さんの家を後にした。さすがに付き合いたてで彼女の実家に行く勇気はなかったので、とりあえずは執筆に専念しようと思った。
その後、僕は新しい作品を投稿した。美沙希さんをモデルにしたヒロインと彼女の飼い犬をモデルにした犬が作中に登場し、僕をモデルにした彼氏と犬があの手この手でヒロインに迫る物語だ。
「新作楽しみにしてました!続きが気になります♡」
早速美沙希さんからコメントが来たのかなと思ったら、別のユーザーからだった。ファンは美沙希さんの言う通り、1人ではなかったのだ。
そうこうしているうちに、次々に評価やブックマークが付き、作家生活の中で初めて手応えを感じた。
もちろん、彼女からのコメントもあったので、早速返事を書こうとした所、電話がなった。美沙希さんからだ。
「もしもし、お忙しい所電話してすみません。美沙希です」
「もしもし、美沙希さん。何かありましたか?」
「新作についてなんですが…」
(もしや、彼女と五郎をモデルにしたのはまずかった?)
「大反響じゃないですか!すごいです♡」
「いえいえ、とんでもない。僕より売れている作家さんは山ほどいますから」
「お祝いをしたいので、今から行っていいですか?ついでに、五郎君も顔見せしても構いませんか?」
「嬉しいのですが、僕のアパートはペット禁止なので、僕が美沙希さんの家に行きます。待っててください」
「それなら待ってます。気を付けて来てくださいね!」
電話を切り、サイトのコメント通知も切る。
午後11時半、僕は車を走らせた。
途中、通行止めの表示があって道を迂回する。ふと時計を見ると、午後11時55分になっていた。
「待たせてごめん!道が通れない所があって遅くなった…」
「急かしてごめんなさい!どうぞ入って」
時刻は午後11時59分。日付が変わるギリギリに間に合った。
「キャン、キャン!」
玄関を開けると、トイプードルが出てきて吠える。
「五郎、吠えないの!紹介します。うちの五郎君です♡」
「はじめまして。僕は次郎だよ」
「ヴゥ〜!」
頭をなでようとしたら、警戒された。
「次郎さん、ごめんなさい。五郎君は男性に吠えるタイプなんです…。お父さんにすら、今だに敵意剥き出しなの」
「なるほど。仲良くなるのは難しそうですね…」
「五郎君をケージに入れるので、そこのクッションに座ってください」
僕は、リビングのクッションに座って彼女が来るのを待った。
「おやつを少しあげたら、落ち着きました」
「機嫌を直してくれてよかったです」
「はい。それより、日付ギリギリに来てくれたのは、なんか素敵でした!」
「少しでも早く会いたくて飛ばしたのに、何かに阻まれてるようでもどかしかったです。結果的に、ロマンチックさを演出できましたが」
「ふふっ、そうだったんですね。あ、お茶を入れたのでどうぞ!後、近くのコンビニでケーキを買ってきましたので一緒に食べましょう♡」
「ありがとうございます!ケーキ好きです」
キッチンからお茶とケーキを持ってきた美沙希さんは、お皿に取り分けてくれた。
「人気作家の仲間入り、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。まだまだですが、嬉しいです」
フォークでケーキを頬張ると、優しい甘さが口に広がった。
「美味しいです!」
「ふふっ、ほんとだ」
最後の一口を同時に食べる。
「あ、クリームが口に付いちゃった…」
「まだ拭わないでください」
僕はとっさに、彼女に口付けた。
「甘っ…」
「私からもしてもいい?」
「いいよ」
ケーキよりも甘い口付けに酔いしれていると、犬の鳴き声が響いてきた。主人を完全に取られた事が悔しいのだろう。
「キャンキャンキャンキャンキャン!!」
「これ以上はお預けですね…五郎君の所に行ってきます」
「そうしてあげてください」
美沙希さんが席を外している間にスマホを見ると、通知がすごい事になっていた。
『たくさんのコメントや評価をありがとうございます♡
1人1人にお返事をしたいのですが、まとめてのお礼で申し訳ありません。コメントは全て読ませていただきます!』
活動報告にそう書き込み、読者からのコメントをチェックしていると、美沙希さんが戻ってきた。
「お待たせしました。五郎君をかまってあげたら、落ち着いて今は寝てます」
「犬を飼ってると大変だね…」
「大変な事もあるけど、それ以上に幸せですよ!」
「そっか。でも僕は嫉妬しちゃうな…」
「今は次郎さんの方が好き♡犬は人にはなれないから、家族止まりですよ」
「それを聞いたら安心したので、帰ろうかな」
「通知がまだ止まらない感じ?」
「うん、スマホ見る?」
今もなお止まない通知画面を彼女に見せると、戸惑った顔をした。
「人気になって嬉しいはずなのに、遠い存在になってしまった気がして複雑なの…」
「こうして会うのも難しくなるかもしれない。ごめんね」
「応援してるから!でも、最後にキスしてくれる?」
「かわいい彼女の為ならいくらでもしてあげるよ!」
さっきとは違い、どこか切ない味がした…。
自宅に戻った僕は、執筆に励んだ。
作中の飼い犬は感情が高ぶると人化して、彼氏と戦ったり、ヒロインの揺れる恋心を美沙希さんと重ねながら文章を綴る。
できたものを誤字チェックして投稿すると、再びコメントと評価の嵐がやってくる。
そんな日々を繰り返して、疲れてしまった僕は美沙希さんにメールをした。
『こんにちは。しばらく会えてないけど、調子はどう?僕は少し休みたくて君との旅行を計画してるけど、都合はつきそうかな?』
緊張しながらも返事を待っていると、通知音がした。
『こんにちは♪私も仕事が手につかなくて、上司に怒られちゃった。ペットホテルに五郎君を預けるので、旅行楽しみにしてるね♡』
心から連絡してよかったと思った。辛いのは僕だけじゃなかったんだ。良さげな旅館を予約して、彼女を迎えに行く事にした。
旅行当日。美沙希さんの家に行くと、キャリーバッグに入った五郎から吠えられたが、車に積んでペットホテルに向かう。
「相変わらず五郎には嫌われてるな…」
「次郎さんが帰った後も私から次郎さんの匂いがするようで、ずっと吠えてた。仕方ないよね」
「物語の要になってるのはありがたいけど、現実世界ではキツイ…」
「もし、五郎君が人化したらああなりそうって想像して笑っちゃったww」
ペットホテルに預けた僕達は、旅館へと車を走らせる。ドライブデートも中々に楽しい。お互いの好きな曲を流して歌ったり、カーナビの曲がる所をうっかり間違ってタイムロスもあったけど、全部いい思い出だ。
温泉街にあるこの旅館にチェックインした僕達は、早速観光を楽しんだ。
「足湯があるよ。入ろう♡」
「いいね!」
「あったか~い!癒される〜」
ちょうどいい温度でリラックスした僕達は、食べ歩きをした。
「温泉饅頭を食べようか」
「うん!」
できたてのものが食べられるのも魅力で、色々周った。
「部屋に行こうか」
「そうだね」
旅館に戻った僕達は、温泉に浸かる事にした。
先にあがった僕は、部屋で美沙希さんが戻るのを待っていた。
「ごめん、待ったよね?」
「ううん、大丈夫。浴衣、似合ってるね!」
「ありがとう。次郎さんも素敵だよ♡」
「嬉しいな。お風呂はどうだった?」
「美肌の湯だったから、つい長居しちゃった」
「確かにお湯が滑らかだったね。さっき料理がきたから、食べよう」
「美味しそうだね!」
懐石料理と露天風呂が自慢の旅館なので、泉質はもちろんの事、黒毛和牛のステーキをメインとした料理の数々に舌鼓を打ちつつ、会話を楽しんだ。
「部屋にもお風呂があるから入ろう」
「うん、私も気になってたんだ!」
(これってもしかしなくても、一緒に入るんだよな。提案しといて緊張してきた…)
恋愛経験ゼロでも、キスまではなんとかやってきた。
この先、僕はどうなってしまうだろう。
「恥ずかしいので、後ろを向いて入ってもいい?」
「もちろん、いいよ。僕も心拍数が上がってきてやばいから」
「次郎さんが先に入ってて。私も心の準備ができたら入るから」
「分かった」
言われた通り、僕が先に入って外の景色を眺めていると、美沙希さんの声がした。
「私がいいよって言うまでこっちを向かないでね」
「うん」
彼女が湯船に浸かる音がする。そして、近づいてくる気配さえも。
「いいよ…」
消え入りそうな声で彼女がつぶやく。僕は後ろ姿の美沙希さんを見た。
「後ろから抱きしめてもいい?」
「うん…」
僕は、彼女をそっと抱きしめた。
「せっかくだから、外も見よう?」
「うん」
景色が見える位置まで移動して、再び後ろから抱きしめる。
「綺麗な景色だね!こんな素敵な所に連れて来てくれて、ありがとう♡」
「こちらこそ、僕の人生を変えるきっかけをくれてありがとう。君の顔も見たいから、こっち向いてくれる?」
「うん、いいよ」
ようやく彼女と目が合った。ほほ笑みながら口付けを交わした…。
その後、彼女は少しのぼせてしまったようだ。水を飲ませてあげると回復した。
「不甲斐なくてごめんなさい。私、キャパオーバーで幸せ過ぎて…」
「正直、僕も今日の所はこれ以上は無理でした。実は、恋愛小説家なのに経験の1つもないんだ」
「嘘でしょ?そんな風には見えないけど。ちゃんとエスコートしてくれるじゃん」
「端から見たらグダグダだと思う。よそのカップルはもっとすごいよ」
「人の事なんて気にしちゃだめだよ!」
「そうだね、ゆっくり進もうか」
明日の朝には出発する為、早めに眠った。
「おはよう。具合は大丈夫そう?」
「うん、おはよう。元気だよ!」
「先に着替えてから朝食を食べようか」
「うん、そうする」
朝も懐石料理を食べて、チェックアウトした。
「また来ようね!」
「そうだね。色々あったけど楽しかったね」
「五郎君はいい子にしてるかな」
「女性スタッフさんが多いから、多分大丈夫じゃない?」
帰りはスムーズに進み、ペットホテルで五郎を引き取る。店長さん(女性)曰く、終始尻尾を振っていたそうな。
「五郎君は女性なら誰でもいいわけ?妬けるんだけど!」
「飼い主としては複雑だよね」
当の本人(犬)は、今もご機嫌な様子だ。ペットホテルではどんなサービスがあるんだろうかと2人で笑い合った。
美沙希さんの家で解散した僕は、今日の思い出を作品に落とし込む。手放せなかったはずの雑誌はもう使ってない。なるべく自然な言葉で綴る方針にしたのだ。
そして、ついに書籍化される事になった。これを期に過去作の整理をしようと思ったが、全ての話に評価やコメントが付いており、消すのをためらってしまった。
僕はこの人の正体に気づいて彼女を呼んだ。
「美沙希さ〜ん、僕の黒歴史を残そうとしないでくれる?」
「何言ってるの?大切な作品じゃない。絶対に消させないわ!」
「キャン、キャン!」
五郎も美沙希さんに同意するかのように吠える。
僕の奥さんは、今でも熱烈すぎるファンのようだ。
完
最後まで読んでいただきありがとうございます!
小話。作者毎にキャッチコピーがあります。
キャッチコピー:『勇気を出そう、一緒に。』
作中の主人公と同じように、作者もたった1つの評価やブックマーク、感想に日々救われています!
好きな作品があるけど、評価や感想を付けてもいいか迷っている方の背中を押すきっかけになればいいと思って執筆しました。
キャラについて。夜色麗華(田中次郎)の職業は元々、大人向け恋愛小説家でした。もちろん、参考資料も違いました。しかし、その設定にしてしまうと規約違反に引っかかりやすくなり、醍醐味であるイチャイチャの制限、彼の執筆内容にすら触れられない等とジェミニに言われたので、無難な恋愛小説家にしました。結果、満足のいく形になったのでよかったです!
また、ヒロインについて。初期の容姿では小柄な女性でした。でも、外見と性格のギャップが欲しかった為、高身長にしました。おかげで次郎は不憫になりましたがw
五郎(犬)について。実はモデルがいます。私は動物アレルギーで何も飼ってはいません。その犬は犬種は違いますが、よく吠えたり常にごはんを狙っている感じを取り入れました。名前は語呂の良さで決めましたw 次郎の良きライバルです。




