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第三話「厄介事」

肌寒い風は吹きつつも、もう雪は降っていない。

フィンブル森林を抜け、数日歩いた先に俺たちは大きな市壁で囲まれた街に辿り付いた。



「ここがリムドール?」

「ああ、リムドール辺境国だ」



市壁を潜り街を見渡すエルシアに俺は言った。

煙突を生やした家が針葉樹と共に立ち並ぶ街並み、辺境国と言われてはいるがこうして見ると人は多い。

俺は装備品の売っている場所を探そうと歩いているとエルシアが少ししょんぼりしているのに気付いた。



「どうしたんだ?」

「いや、お城とかないんだね」

「あー確かにリムドールには城は無いな」



リムドール辺境国は国という名目ではあるものの実際は自治領の集合体だ。

5つの自治領の領地の境目に位置しているここが首都とされているだけであって。この地に並ぶ都市は各領地に一つはある。



「期待してたのか?」

「だって!カノンお城見た事ないんだもん!」



エルシアはカノンの辺境出身だ。城という大きな建物に対する期待は大きかったんだろう。

そしていざ来てみれば城は無く、栄えた都市が広がるだけいやそれだけでもすごいんだが、期待を裏切られたんだろう。



「ウォルダンなら大きいのがあるから、それまでは我慢だな」

「わかった…」



あからさまに拗ね出したな。そんなに楽しみにしてたのか?

思い出してみれば、ちょくちょく残りの距離とか聞いてきてたし近づく度に目を輝かせてたな。

期待しているのは知らなかったとは言え、そこまでがっかりされると少し申し訳なくなってしまう。


何か話題を出そうと辺りを見渡すと、俺は近くに武器屋を見つけた。

俺はエルシアの手を取り武器屋へ向かう。



「エルシア、武器屋だ」

「うん、そうだね入るの?」

「そのまま魔物と戦い続けるのか?」

「確かに、じゃあ行こう」



納得したエルシアと共に俺は武器屋に入った。

店内は数人しかおらず、慎重に武器や防具を選ぶ者いれば仲間と楽しそうに選ぶ者もいる。



「武器は俺の剣でいいとして、問題は装備だな」

「ノアはどんなのがおすすめ?」

「俺のおすすめか?それじゃあこれだな」



俺は目の前にあった胸当てと四肢の装備を箱から取り出した。



「好みどうこうじゃなく効率を重視するならこれがいい。

 冒険者は軽装過ぎても重装過ぎても良くない。俺や君の様な動くタイプは尚更な」

「なるほど…」



役割によって装備の構成は変化するが、俺が教えている以上スタイルは俺に寄る。

できるだけ軽装かつ最低限の防御力さえあれば十分だ。

俺が手に取った装備をエルシアに渡すとエルシアは胸当てを触って少し顔を赤らめた。



「どうかしたのか?もしかしてデザインが好きじゃないのか?」

「ノア、この胸当て一番手前のじゃなくて箱の奥から取ったよね」

「ああ、ぱっと見のサイズでな」

「僕の胸のサイズ…なんでわかるの?」



…まずいな。目測で判別したとはいえエルシアのこの感じ、ジャストサイズだったようだ。

弁明すべきか?いやむしろ正直に…どっちがエルシアを刺激せずに終わらせられる?

エルシアの顔は慎重さと俯いているせいで前髪に隠れて良く見えないが赤くなっているのはわかる。

ここは、知りませんでしたよ風でいく!



「まぁ…勘だな」

「ほんと?」

「ほんとだよ」

「じゃあなんで足と腕のサイズも合ってるの?」

「…」

「偶然?」

「空間知覚って鍛えられるらしいな」



瞬間、エルシアから大きく振りかぶったビンタが放たれる。

いい振りだ。このまま俺が動かなければ間違いなく俺の頬にクリーンヒットするだろう。

落ち着け俺、誰が悪い?

それは間違いなく俺だ。ならこのビンタは避けずに誠意を込めて受けるのが精一杯の礼儀だ。


俺の頬はエルシアのビンタによって弾かれた。

大きなさ炸裂音が響き店内の視線は俺に集められた。



ーーー



「その、兄ちゃん大丈夫か?」

「お気になさらず、戒めです」

「そ、そうか」



出口を開けるとチリンとベルの音が鳴り、俺たちの退店を知らせた。

俺の右頬は先ほどのビンタで腫れ上がりエルシアの手の形が綺麗に残っていた。

未だ痛むこの傷も、教訓としようじゃないか。



「その、ごめんねノア」

「いや、俺が悪かった」

「僕買って貰ってる側なのに…大丈夫?痛まない?」

「冒険者してればこのくらい慣れるよ」



優しいものだ。俺が悪かったというのに自身に非を感じ出すとは。

ビンタの痛みだって、魔物との交戦時に追った怪我に比べれば大したことない。

そもそも、身体強化すら外してビンタを受けた訳だし、身体強化していたエルシアのビンタでこうなるのは必然だ。



「切り替えよう。これからの事について話す。

 今日は君の冒険者登録を行って、明日にはクエストをしながらここかた南東のオルフェーヴル領に向かう」

「う、うん」

「リムドールは大きな国ってわけじゃないからある程度の街が点在してるからそこを中継しながら向かうぞ」

「うんわかった」

「それじゃギルドに行こうか」



俺は武器屋の前から移動してギルドに向かうことにした。

リムドールは全体の人口に対して冒険者の人口が多い。ウォルダンやカノンともなると有名な冒険者パーティや上位のパーティがいるため自分の名を売れないが、辺境国と言われてるだけあって上位層の冒険者が来ることがないので名を売り出しやすいのだ。

先輩の冒険者がいる新人はこの国から冒険者稼業を始める者が多い。

それ故にリムドールは経験者のみが知る始まりの地として有名なのだ。

そしてその噂のせいで上位冒険者はここに来づらくなっている。



「そうだ、冒険者として登録した時にもらうカード、絶対になくすなよ」

「どうして?」

「再発行不可だ」

「え」

「なくしたら最初からスタート」



冒険者の登録時に貰えるカードは本人証明も兼ねている。

それをなくしてしまえばどんな悪用をされるかわからないとのことで失くしたなどの報告を受けた瞬間、ギルドが持ち主の登録情報を破棄して再度新しい物として登録する。

それだけなら問題はないんだが、それだけでは終わらない。


冒険者にはランクがある。

初級者(イニシエイト)低級者(インセプター)中級者(ファルクス)上級者(アービター)抑止者(コンテイナー)停滞者(インヒビター)調停者(パラディウム)の7段階に分けられる。

当然上にいけばいく程強くなる。

その冒険者の冠するランクこそその者の強さと研鑽の表しである。

しかし、冒険者カードを無くしてしまえばそのランクも最初から、全てが水の泡になる。



「気を付けないとだね…」

「体の一部のように扱うんだぞ」

「うん!」



元気の良い返事をしているが、正直初心者はカードを無くさないようにするのが一番大変だ。

冒険者が長くやっている者は、カードの場所を常に把握しており見失うことはまずないが、初心者はそれができない。

一番危険なのは酒場で飲んだ後だ。酒で記憶が虚ろな状態で冒険者カードを見失えば一貫の終わりだ。

それを防ぐため冒険者の道が長い者は服に撃ちポケットに入れるようにしているらしい。

そしてこれは噂程度だが、あまりに失くすことが怖いので皮膚に縫い付けている人もいるとか…真似したくはない。



「さて着いたぞ」

「おーここが!」



そんなこんなで冒険者ギルドに着いた。

石造りの壁にオレンジ色の屋根で作られた大きな建物、どの国でもこの造りは統一だ。



「すごいすごい!」

「はしゃぎすぎだ」



目を輝かせているエルシアを落ち着かせようとするが周りの視線が集まってきた。

目立ちたくない…もう中に入ってしまおう。

俺はエルシアの手を取ってそそくさとギルドの中に入った。



「外であまりはしゃぐな」

「ごめん…」

「まぁいい、さっさと登録を済ませよう」



俺は手を取ったままギルドの中を進み女性が経っているカウンターへ向かう。



「すいません、彼女の冒険者登録をお願いします」

「かしこまりました。ではこちらに」



エルシアの冒険者登録を申し出ると受付嬢は直ぐにカウンターの下から紙と羽ペンを取り出した。

そこには署名と、出身地、年齢と保有する律文の項目があった。


これが冒険者登録に必要な手順だ。本人証明を兼ねているので個人の情報も提供しなければならない。

エルシアは紙を貰うと躊躇うことなくすらすらと書いた。



「できた」

「早すぎだろ」



書けた紙を受付嬢に渡すと少しここで待つように告げられたので留まることにした。

その間もエルシアは辺りを見渡しては目に映るものにキャッキャとしていた。



「少しは落ち着けって」

「ねえノア!あの紙が一杯貼ってあるのは?」

「話聞かんか」



これが歳相応のリアクションなのかね。自分が冷めているのは自覚していたがここまで違うのか?

自由に動かれすぎるのは困るがこうやって明るくいてくれる分には助かっている部分もある。

ずっと悲壮感を纏ったままでいられるとさすがに接し辛かっただろうしな。



「あれはクエスト掲示板だよ。毎朝ギルドがクエストを張り出してくれるんだ。

 基本的にあそこにある紙を取って受付嬢にクエスト受領を申請することでクエストに向かう」

「あれ、見てもいい?」

「いいぞ、でもカードを受け取ってからな」



エルシアの質問に答えている内に受付嬢がカードを発行し終わっていた。

俺が話し終わるのを遮らずに待っていてくれたんだろう。

流石、数少ない高等教育を受けた人々だ。



「お待たせしましたこちらエルシア様の冒険者カードでございます。

 くれぐれも紛失などせぬようお願いします」

「大事にします」



受付嬢が念を押すように言うとエルシアも重さを理解したのかカードをしっかりと両手で受け取った。

まぁ最初は皆こうでも慣れてきたあたりで意識から消えるもんだ。

俺も注意して見ておこう。



「それじゃクエストを見に行くか」

「やったー!」



冒険者になったのが嬉しいのかウキウキで掲示板へ向かうエルシアに苦笑しながら俺は後ろを歩いた。

この地域の今の時期、クエストはあまり多くない。

それでも掲示板が埋まる程度には張り出されている。いつもなら紙の裏に紙があったりするからちゃんと少ない方ではある。



「ノア!僕これやりたい」



そう言ってエルシアが持ってきたのは討伐依頼のクエストだった。

えーっと、氷冠鹿(クラウン・スタッグ)の討伐または捕獲の依頼、ね。



「却下」

「なんでさ!」

「よく見ろ!ここの適正ランクって書いてあるだろ!

 駆け出しの初級者のエルシアは早い。それにこいつは群れることをしない。

 純粋な単体の戦闘力で生き抜いている種だ駆け引きが必要になる。そんな魔物の相手を任せられる程君はまだ強くない」



氷冠鹿はこの地域に生息する、2本の角ともう1本、額から生えた冠の様な砕けず解けない氷の突起物と灰と白色の巨体をを持った外見は鹿に似ている魔物だ。

温厚だが、奴の周囲は氷の冠の生で気温が下がるから農地の近くに現れた場合は討伐の依頼が出る。


しかもこの魔物、中々に強い。

単純な肉弾戦は言わずもがな、俊敏で氷を生成して行う攻撃や長い溜めを用するが氷の冠から極寒の波動を放ってくる。

直撃時の威力は小さいが、対策しなければ体が凍って即死の一撃になる。

最低でもソロで戦うなら上級者以上は必要だ。



「じゃあこれは?適正ランク合ってるよ」

「次はなんだ?」



俺は再度見せられた紙に目を向ける。

南東に発見されたダンジョンの探索、適正ランクは初級者から中級者か。



「あまりダンジョンには行かせたくないんだけど…」

「僕の事そんなに心配?」

「心配だよ。そもそも冒険者はパーティで動くものだ。

 全てのクエストが役割が分担された3、4人想定でランクの適性を設定してるんだ」

「じゃあノアのランクは?」

「ん?まぁ上級者(アービター)だが?」

「じゃあノアが居れば大丈夫じゃない?」

「どういう理屈だそれ」



意味の分からない理屈を展開するエルシアに頭が痛くなる。

俺が居たとしても、エルシアは完全に守り切りながら進むのはできるかわからない。

もう一人程度いれば受け入れてもいいが2人では首を縦に振ることはできない。



「駄目だ。2人で潜るのは危険すぎる。

 君が低級者になって冒険者としての立ち回りを理解してからなら考えるが、今2人で行くのはダメだ」

「じゃあ、3人ならどうだ?」

「?」



俺がエルシアのお願いを懇切丁寧に断っていると後ろから声がした。

振り向くと、そこにはあまり見たくない顔があった。



「人の顔を見てその顔をするとは失礼だな」

「なんの用だザック」

「ザック?」

「ザック・テウス、一年前にあった冒険者だ」



ザック・テウス、黒い髪にガタイの良い体と腰に携えた横幅の大きな剣と背中に羽織った外套、そして額に受けた一閃の切り傷が特徴的な男だ。

誰にでも偏りなく接する性格のせいで冒険者になって人付き合いを避けていた俺に突っかかってきた男、あまり得意な性格はない。



「こんにちは嬢ちゃん、俺はザック、ちょっとばかし前までこいつと旅をしてた」

「えっと、僕はエルシアです。

 今はノアと旅をしてます」

「ほぉ、見た感じ冒険者になったばかりか」

「分かるんですか?」

「ああ、なんたって曇りが無さすぎる」

「曇り?」

「やめろザック」



俺の忠告ともとれる静止にザックは両手を挙げて無害を示しながらエルシアから距離を取った。

エルシアが言葉の意味を理解してなくてよかった。

俺はザックの胸倉を掴み寄せ、小声で話す。



「彼女に余計な事を教えるな」

「悪かった。ちょっかい掛ける気とかはなかったんだ。

 それよりあれか?エルシアちゃんはお前のあれか?」

「うっせ」

「ぅ!?」



ザックは悪戯な笑みを浮かべて小指を立てた。

俺はそんあザックにイラついて手を放して股間を蹴った。

ザックは悶絶した様子で股間を抑えながら床にへたりこんだ。

少し強く蹴りすぎたか。腰がびくびくしている。



「行くぞエルシア」

「このままにするの!?」

「そいつは頑丈だからな」

「な、ならいいのかな?」



ああやって踏み込んでくるところが俺は苦手なんだ。

俺の自称友人をするのは良いが、他人にまでその矛先を向けないでもらいたい。

機嫌を悪くした俺が足早にエルシアを連れてギルドを一度出ようとするとザックが震える声で話しかけてきた。



「ダンジョンクエスト、3人なら考えるんじゃなかったのか?」

「…」



嫌な予感だ。



「俺もそのダンジョンに関しての別依頼を受けて来たんだ。

 なあノア、俺が臨時のパーティを組みたいって言ったらそのクエスト受けるか考えてくれるか?」



こいつといると良い事がない。

このパターンはまた、厄介事だ。

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