第6話 亡き母に会いたくて、お盆の森へ。
お盆の森は、いつの間にか、夜になっていた。
大樹に覆われた森の地表に、月明りは届かないが、森の中は明るい。
巨大な夜ガラスたちが、巨大な枝の上から巨大な懐中電灯で、照らしているからだ。
「全てが狂った日は、お母さまの命日だったの」
一羽が、顔を暗くして、森の番妖怪、赤目守りに語った。
その時はまだ、赤目守りは、十羽と九羽に出会っていなかった。
「おかま双子と揶揄されているのよ」
一羽が、言いにくそうに口火を切ったが、赤目守りは、驚かなかった。
「うん、知ってる。おばば様が知ってる事は、何でも知ってる。それで、六羽と五羽が、どうかした?音乃葉さんに、相談したいのは、二人の事?残念だけど、会えても会話はできないよ。もう死んでるからね」
二人が、巨大なクスノキの根に腰掛けて、なにやら熱心に話し込んでいた時、お盆の森は秋だった。
昨日は、夏だった。天候も季節も、全てが気紛れの森なのだ。
「六羽がね、二羽を襲ったのよ」
そう言うと、先よりずっと暗い青ざめた顔で話し始めた。
「おばば様から、《開発スイーツ》の存在は聞かされていたけど、六羽が携わっているなんて、知らなかった。でも、今思い出したよ。おばば様が、だいぶ前に教えてくれた事だけどね、六羽は、爽やかな見た目と違って、腹に一物あるから気を付けた方がいいって、そう言ってた」
赤目守りが苦い顔をして言うと、一羽の美しい顔が、悲しそうに歪んだ。
「そう。おばば様が、そんな事を……六羽は、携わっているどころか、発明者と言ってもいいくらいよ」
沈黙した一羽が、再び話し始めるまでに、昼は朝に変わって、一羽を慰めるかのように、心地よい春風が吹いた。
項垂れていた一羽が、顔を上げた時、クスノキの根元に子リスが近付いて、小さな胡桃を三つ置くとパッと消えた。
「まあ、あの子、私にくれたの?」
一羽が目を丸くすると、赤目守りが、ふふっと笑った。
「きっと、知り合いだよ。お盆の森は、いつでもお盆だから。子リスの霊が、顔を見せに来たんだよ。元気を出して欲しいから、会いに来たんだよ」
「私、子リスに知り合いなんて」
言い掛けて、はっとした。
「そういえば、三羽と四羽が小さい頃、子リスを飼ってたわね。亡くなった時、私が、供養したんだった。まあ、律儀な子ね」
一羽は、思わず笑みがこぼれて、胡桃を拾った。
「三羽と四羽の分もあるのね」
スーツのポケットから、桜色の木綿のハンカチを取り出すと、丁寧に胡桃を包んだ。
そして、一羽は、重い口を開いて、二羽たちから聞いた話を、ぽつりぽつりと話し始めた。
お盆の森の他では、決して語られざる最後の結末を、一羽が話し終えた時、森の中は、しんとしていた。
その沈黙を、赤目守りが破った。
「正気の沙汰じゃ無かったんだね。でも、七草の影響とは思えない。あの人は、一掃家と手を組んでも、己が信念は別にあるから。でも、六羽の方は、一物どころか、十物くらいありそうだね」
呟きは、一陣の風に拾われて、巨大なクスノキの枝まで届いた。
すると、二人の頭上から、野太い声がした。
「十物どころか、百物あるね。九十九番地の保持妖怪は、めでたい頭をしているね。おかま双子と嘲って、侮っていたんだからね。僕たち、お盆の森の大樹は皆、昔から六羽を警戒していたよ。七草に憧れているのを、おばば様から聞いて、知っていたからね」
一羽が上を向くと、クスノキと目が合った。
一羽は、居心地悪そうに首をすくめて言った。
「本当に恥ずかしく思うわ。六羽のことは、大人しくて聞き分けの良い、本当に心優しい子だと思ってた。刀の腕も、さほどではないと決めつけて、母親に似なくて良かったって、勝手に決めつけてた」
再び、しょんぼりした一羽を、赤目守りは元気づけた。
「仕方ないよ。隠すのが上手な子もいる。六羽は、おかまという偽りの仮面を被って、馬鹿にされながらも、タイミングを狙ってたんだよ。普通は、分からない。それに、二羽ちゃんに恋なんてしなければ、気が狂う事もなかったんだから、これも仕方ない話だよ。おばば様いわく、鬼の血が、義理の姉を求めさせたんだから。炎の宮家を混乱させる為、崩壊へ導く為の序章として」
肩を落とす一羽の両手をとって、赤目守りが力強く言った。
「きっと、本当の心根は、優しい筈だよ。一掃家を潰せば、目を覚ますかもしれない。諦めるのは、まだ早いよ」
輝く赤い両目に励まされて、一羽は頷いた。
「それにしても、末っ子は、なかなか気難しい性格だね」
全て聞き終えた赤目守りは、そう評した。
「そんな一言で片づけられる性格じゃないわ」
一羽は驚いたが、赤目守りは、朗らかに笑った。
「あたしは、気に入ったよ。全く面白い子だね。あたしは、おばば様から聞いてたんだよ。最強兄弟と呼ばれながらにして、蔑みの対象になっている子供達だってね」
一羽は、顔を赤らめた。
己の非力さを指摘され、咎められた気がして、恥ずかしかったのだ。
「私が、止められなかったから。こうなったのよ」
全てを話し終えた一羽が、腰を上げた時、赤目守りが予言めいた事を告げた。
「バラバラになったあんた達きょうだい皆、いつかきっと、仲良くなれるよ」
「そうだと良いけど」
弱々しく微笑んで腰を上げた一羽の目の前に、真っ白なワンピースを着た若い女性が現れた。一羽と同じ漆黒の髪は、亡くなった時と同じで、腰まであった。
お盆の森には、人や妖怪の霊も訪れる。
しかし、願えば必ず会える、というわけではない。
広すぎる森の中で再会できるチャンスは、運があるか、ないか、二つに一つだ。
「お母さま!」
一羽の母親は、にっこり微笑んで、それから一瞬で消えた。
「そんな!まだ、何も言えてないのに」
愕然とする一羽の肩を、赤目守りが軽く叩いて言った。
「あんなに早く消えるって事は、音乃葉さんは、あんたの顔を見に来ただけみたいだね。会えただけでも、良かったじゃないか。会えない妖怪や奉公屋は、多いんだから、あんたは、ラッキーだよ」
一羽は、こぼれかけた涙を拭って、微笑んだ。
「そうね、一目会えただけでも嬉しかったわ」
赤目守りに御礼を言うと、一羽は、浮雲へ帰った。
お盆の森は、再び夜になって冬が来ると、北風が、化け樹々の間を吹き抜けて行った。