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第4話 七羽と七草、そして大妖怪の爝火


 七羽ななが、キッチンに駆け付けた時、既に決着はついていた。


 「むつにいさん!」


  駆け寄ろうとして、立ち止まった。


 「派手にやらかしたねえ」


  静まり返ったキッチンに、突如として現れたのは、大妖怪の爝火しゃっかだった。

  整い過ぎる目鼻立ちと、極めて白い肌が相俟って、彫刻のように美しい妖怪だ。

  青みがかったグレーの瞳は、いつも抜け目なく光って、背は二メートルを超える。


 (どうして、爝火が、ここに?)


  七羽は、口から飛び出そうになった疑問を、慌てて呑み込んだ。

  声を立てずに成り行きを見守った方がいい、そう判断したのだ。


「これは、見事な人形ひとがただね」


「かなりの衝撃だったと見えます」


 粉砕したレンガ壁が、戦いのほどを物語っていた。

 キッチンの床には、血が飛び散っている。

 何より、血だまりがあった。


「息はあるかい?七草ななくさ


 しゃがんで息を確かめている美青年に、爝火が声を掛けた。

 七羽は、又しても、声を呑み込んだ。


(どうして、慈愛の七草が!?)


  浮雲小学校のもと校長で、当時は、そう呼ばれていた。

  眉目秀麗、頭脳明晰、温和で慈愛に満ちた男だった。

  しかし、ある日突然、姿を消したのだ。

  今では、裏切りの七草と呼ばれ、浮雲小学校のげん校長は、七草の妹、さいである。


「はい。あります。十羽が、殺さず生かすなど、奇跡に近いです。急所をギリギリ避けて刺しています」


「そうかい。あの子のことだ。死なせるよりも、生かして永遠の苦しみを味合わせてやる方が楽しいと、そう踏んだんだろう。情ではないよ。まあ、それは、いい。さて、君の新しい右腕さんに起きて貰おうかな」


「そうですね。新しい左腕を、羽で生やす力は残っていないでしょうから。炎で生み出すしかありませんね。十羽も質が悪い。分かっていて、背を刺したようです」


「全く、困った子だよ。一族の証、緑羽りょくうごと刺してる」


 爝火は、右腕を掲げて目を瞑った。

 数秒と経たず、右手から青白い炎が、鎌首のように燃え上がった。

 そして、爝火が、ぱっと両目を開いた時、炎が六羽を包み込んだ。

 その数秒後、六羽は、何の苦もなく立ち上がった。

 傷跡は一切残らず、左腕も元通りになっていた。


「迎えに来たよ、六羽」


 七草が声を掛けると、六羽は、はっとして辺りを見渡した。


「逃げられてしまったね」


 爝火が、落ち着いた声音で喋った。


「でも、それで良かった。二羽は、君の手に余る。君には、七草の右腕になって貰うんだから。こんな場所で、油を売っている場合じゃないよ。別れの挨拶は、済んだだろう?」


「そうですね。思い残すことは、もう何もありません」


 六羽が、神妙に頷いた時、開け放たれていたドア付近から声がした。


「むつ兄さん!」


「七羽!」


 六羽は、驚いて目を見張った。まさか来るとは思わなかったのだ。


「おまえ、どうして」


「お別れの挨拶かい?」


 爝火が、眉をひそめて口を挟んだ。


「いいえ、違います」 


 七羽は、首を大きく横に振って、即座に否定した。


「僕が言いたいのは、お礼です」


「お礼だって!?」


 七草が驚いて声を上げた。


「僕を育ててくれたのは、いつ兄さんと、むつ兄さんです」


 一言一言、心を込めて話しているのが、三人に伝わった。

 爝火も七草も、もう口を挟む気は起きなかった。


「二羽ちゃんが、僕を拾ってくれて。兄さんたちが、一生懸命に世話をして、育ててくれたんです。むつ兄さんが、名前を付けてくれたんです。『捨て子に《羽》の付く名を与える気はない、《羽》がないんだ!』怒った父さんに、むつ兄さんが、言ってくれました。『七羽』と書いて、『なな』と読めばいいだけだと。僕は、嬉しかったんです。炎の宮家の息子になれた気がして。姉さん兄さんたちの本当の弟になれた気がして。僕は、本当に嬉しかったんです」


 七羽の右頬に涙が伝った。

 七羽は、末っ子の十羽と違って、兄弟の事を本当の「兄」「姉」「弟」の気持ちで呼んでいる。それで、一羽たちは、七羽の気持ちに応えて、「義」を付けなかった。


「僕は、むつ兄さんが大好きです。たとえ、この世の誰が、兄さんを罵っても、僕だけは、一生むつ兄さんの味方です。お別れの挨拶なんかじゃありません」


 左頬にも涙が伝って、最後は、震える唇から声を絞り出した。


「いってらっしゃい、むつ兄さん。お気を付けて」


 六羽は、行って来るとは言わなかった。ただいまを言うつもりがないからだ。

 ただ、ほんの一瞬だけ微笑みを浮かべると、『なな』と名前だけを呼んで、くるりと背を向けた。

 七羽には、それだけで十分伝わった。

 初めて、名前を付けてくれた日に、七羽は、何度も何度も、六羽に聞いたからだ。


「ぼく、七羽でいいの?ずっと七羽でいられる?今度は、捨てられない?」


 必死に尋ねる七羽を見つめて、六羽は、口元に微笑を浮かべ、優しく頭を撫でた。

 そして、七羽の両目をしっかり見つめて言ったのだ。「なな」と。それだけを。

 

 一羽が戻って来た時、キッチンにいたのは、七羽だけだった。


「七羽!?どうして、ここにいるの!?」


 一羽は、周囲を見渡して金切り声を上げた。

 もはや弟とは呼べない、瀕死の男が、転がされていた筈だった。

 その時、七羽が、一羽に向き合って頭を下げた。


「今日のことは、父さんに言わないで下さい。お願いします!」


「!!何ですって!?これだけの騒ぎを起こしたのを、黙ってろって言うの!?」


 問い質そうとして、一羽は、はっとした。

 頭を上げた七羽の顔から、一切の幼さが抜け落ちていた。

 まるで戦場にでも行くかのような顔つきをしていたのだ。

 一羽は、七羽のこんなにも真剣な目を見たのは、初めてだった。

 瞳の奥に、固い決意が垣間見えた。


一掃家いっそうかに牙を剥く気ね?浮雲小学校の裏切り者が来ていたのね?狂った兄を連れ戻せると、本当に思ってるの?あの子は、もともと人食い鬼の子よ?それでも、信じ抜くの?」


 六羽が、誰と繋がっているのかは、一羽も、把握していた。

 七草が迎えに来たという事は、爝火も来たのかもしれない。

 七羽は何も答えなかった。

 それが、答えだと言うかのように、静かに立っていた。


「分かったわ。今回の事は、全てを伏せます。ただし、条件があるわ。獲物情報班えものじょうほうはんの班長、一花果いちじく様の右腕になりなさい。私の班で、やり遂げなさい。今のあなたでは、犬死だわ」


 もし、新しい道を歩み始める弟に出来ることがあるとするならば、強く鍛え上げるしかない、一羽は、そう思ったのだ。


「わかりました」


 七羽は、一も二もなく即答した。そして、こう付け足したのである。


「それで、全てを伏してくれるというのなら、全力を尽くします」 



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