第1話 愛人の方が、人食い鬼です。
炎の宮本家の嫡男、菊の羽は、卑怯な男だった。
正妻の音乃葉が、生前に産んだ子供は、一羽と二羽、三羽と四羽の四人だけだ。
五羽と六羽を産んだのは、菊の羽の愛人だった。
その事は、炎の宮家の一同が知っている。
音乃葉は、四羽を産んだ後、産後の肥立ちが良くなかった。
それで、若くして亡くなったが、「正妻が生きている時分から愛人を囲っていた」という事実が発覚した時、又、その愛人が、生粋の人食い鬼で、既に身籠っている事が判明した時、長は、一族の恥を世間に知られるのを恐れた。
「炎の宮家は、元二十一番地出身の由緒ある貴族妖怪じゃ。このような恥を決して外部に漏らしてはならぬ。二番地から、若い娘を見つけて来るのじゃ。その娘を後妻に迎え、一族の恥を押し付けよ」
そう菊の羽に命じたのだ。
菊の羽が、選んだのは、大変美しい娘だった。
真っ白い肌の心優しい人食い鬼だった。
二番地から九十九番地まで、さらうようにして連れて来たが、その後、重大な事実が明らかになったのだ。
「雪乃葉の母親は、下界に住まう由緒正しい化け狐、天代の生まれじゃ。その真っ白な毛並みを気に入った人食い鬼が、二番地に連れて来たのじゃ。奉公屋からの情報じゃ。そんな娘を選びよって!」
長は、雷を落としたが、どうしようもなかった。
「どうせ、美しさに目がくらんだのでしょう?」
妹の八幡に指摘されたが、事実だったので、菊の羽は何も言わなかった。
「母親は、雪乃葉を産んですぐ、夫に殺されたそうです。雪乃葉を連れて、下界へ逃げ延びようとして、首を引き千切られたそうです。流石に、哀れに思いますわ。天代の血筋だというのに、同情せずにはいられません。いかがなさいますか?」
問われた長は、即答したのだ。
「情けは、かけぬ。親族一同に、伝えよ。後妻の雪乃葉は、生粋の人食い鬼じゃ。生まれる子供には、その証となる為の、生き血のように赤い羽を持って生まれさせるよう、下界の妖術師に交渉するのじゃ。金に糸目を付けぬ」
こうして、九羽と十羽は、炎の宮家の証の緑羽を持たず、赤い羽を持って生まれた。
九羽の時も、雪乃葉は、難産で、命懸けの出産だった。
それを知った長が、又もや、非道な事を菊の羽に命じたのだ。
「もう一人産ませるのじゃ。娘は死んで、真実は、永遠に闇の中じゃ」
これを聞くと、菊の羽も、流石に動揺して胸が痛んたが、雪乃葉は、十羽を産んで亡くなった。
愛人の方は、六羽を産んだ後、さっさと二番地へ帰って行った。
「私の役目は終わった。二十一番地出身の貴族妖怪の血に、人食い鬼の血を混ぜてやった。さあ、帰ろう!」
菊の羽が、気付いた時には、遅かった。屋敷を抜け出して、姿を消していたのだ。
その時の喪失感は、想像を絶するものだった。
菊の羽は、愛人には逃げられ、雪乃葉には死なれて、ようやく自分の気持ちに気付いたのだ。
「俺は、雪乃葉を愛していた」
泣き崩れても、どうにもならなかった。
雪乃葉は、真実を知らない炎の宮家の一族全員に、「生粋の人食い鬼」だと誤解されたまま、蔑まれて亡くなった。
否、子を産まなければ、死なずにすんだのだ。
「死なせたのは、俺だ」
菊の羽は、産まれた兄弟、九羽と十羽を愛せなかった。
この子供たちこそが、自分の犯した罪の証で、雪乃葉が死んだ直接の原因なのだ、そう思うと、現実に目を向けるのが、怖くて辛かったからだ。
どこまでも救いようのない、卑怯な男だった。
しかし、おそらく、雪乃葉は、最期の最期まで、誰を怨むことなく亡くなったに違いない。
雪乃葉の亡くなった年、屋敷の庭園に、雪乃葉が、ひっそりと植えた真っ白い雪の月花が、満月の夜に咲き乱れた。
それは、まるで、菊の羽を慰めるかのように、全てを許すと言っているかのように美しかったのである。