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7.アズール

◆◇◆



「そんな……! ボクのせいでッ!」


 気を失うリューゴを抱え、アズールは絶叫した。


「だ、誰か……誰かッ!」


 森のざわめきが聞こえてくる。

 空には灰色の雲が敷き詰められている。


(もし今敵がきたら……ボク一人じゃ何もできない……)


 頭によぎる不安。

 それがアズールの身体を縛りつけていた。


「ごめん、リューゴ……! ボクは全然ダメなヤツだ……! こんな時にどうしたらいいかがわからないんだ……!」


 その時、アズールの頭にリューゴの言葉が蘇る。


『オレはお前を信じる』


 アズールはハッとした。


 アズールがリューゴと出会ったのは八歳の時だった。

 その頃、アズールは体格が小さく気が弱いことが理由で同級生からよく虐められていた。

 そのため、学校にはほとんど行かず、車の中古販売店を営む父親の手伝いをするか、家の裏にある空き地でオモチャの機械を作っていた。小さい頃から機械をいじるのは好きだった。


『お前、何してんだ?』


 学校をサボって空き地の前を歩いていたリューゴが話しかけてきたのが、最初の出会いだった。

 リューゴはアズールとはまた別の理由で学校で孤立しており、それ以来二人は毎日のようにアズールの作ったオモチャで遊んだり、リューゴの案内で街を探検したりした。

 アズールにとってリューゴは初めての友達であり、かけがえのない友達だった。


「ボクは――リューゴの役に立ちたい」


 アズールは立ち上がった。


「お姉ちゃん。ボク、がんばるよ」


 アズールはリューゴから離れ、倒れているジンライのもとに近づく。

 気絶していることを確認してから、恐る恐るといった動作でジンライの懐を漁る。


「あった!」


 アズールが手にしたのは、丁寧に折り畳まれた紙。

 それを広げると、ここら一帯の地図が描かれていた。


「どれどれ……国境に向かうには、この大橋を越えた後、街を抜ける必要があるのか。けど、橋も街も封鎖されているだろうな」


 地図をなぞっていたアズールの指がとある場所で止まる。


「――ここだ」


 そこには、〈旧陸軍基地〉と記されていた。


「地図を見る限り、建物自体はまだ残っている。身を隠すには使えそうだ。ここでリューゴを休ませよう。それに、何か使えるものがあるかもしれない」


 アズールはぶつぶつと呟きながら今後の行動やルートを整理すると、動きだした。


「よし」


 気を失ったリューゴを背負い、アズールは歩きだした。







「ここが旧陸軍基地……」


 アズールは壁面を蔦がつたう、古びた建物を見上げる。

 正面入口は鍵がかけられていたが、裏口は扉の鍵が壊れており入ることができた。

 中には薄暗い廊下が続いており、ひんやりとした空気が漂っている。


「暗いし、不気味だな……」


 アズールは緊急用の懐中電灯を起動させ、建物に入った。

 するとアズールの足に何かがぶつかった。


「……ひっ!」


 懐中電灯を向けると、そこには手の長い人形が倒れていた。

 制服を着た少女の見た目をしており、その精巧な造形は、まるで本物の人間のようだった。


「な、なんだ人形か。ビックリした……なんでこんなところに人形が……? ――ひゃあっ!?」


 突然、首筋に冷たい感触がしてアズールは飛び上がった。

 上を見ると天井の亀裂から水が滴っていた。


「あ、雨漏りか。ふぅ……とにかく医務室に向かおう」


 アズールは建物一階の端にある医務室に着くと、医務室に僅かに残っていた医療道具でリューゴの応急処置を行い、傷口を痛めないようベッドに横たわらせた。

 その時、医務室の外では雨が降り始めていた。


「雨か……これじゃ動くのは明日になりそうだな」


 アズールは廊下に顔を出した。相も変わらず静けさに包まれている。


「うぅ、一人だと怖いな。こころなしか体も重い気が……」


 アズールは首を振った。


「き、気のせい気のせい。さっ、一階から探索してみよう」




 まずアズールが向かったのは食堂だった。

 奥の厨房に入り、引き出しや戸棚を漁る。


「お、缶詰だ。それにライター。ラッキー」


 使えそうなものをポケットに入れ、片っ端から探索していく。


「――うわぁっ!?」


 一番奥の戸棚を開けた瞬間、アズールは悲鳴をあげた。

 戸棚の中には入口で見た人形がいた。

 無機質な目でアズールを見つめており、心なしか口元は笑っているようにも見えた。


「な、なんでここに……。入口のとは別のヤツ、だよね……?」


 アズールはそっと戸棚を閉めると、そそくさと厨房を出た。

 食堂を出ようとした時、アズールは動きを止めた。厨房から音がしたのだ。


「……ごくり」


 恐る恐る振り返る。

 すると厨房の前にあの人形が座っていた。

 そして、人形にしては長い手に包丁を持っていた。


「――かひゅっ」


 アズールの喉で掠れた音が鳴る。

 人形の首が動いたのを見た瞬間、アズールは全力で食堂を飛び出していた。

 ポケットから缶詰が落ちるのも厭わず廊下を走り、近くにあった男子トイレに飛び込んだ。

 一番奥にある個室に駆け込み、鍵をかけて壁に背をつける。


(人形が……動いたッ。しかも、手に包丁を持っていた!)


 アズールの心臓は激しく胸を叩いていたが、それとは裏腹にトイレの中は時が止まっているかのように静かだった。


 ――ぎぎ……ぎぎぃ……。


 廊下から不協和音が聞こえてくる。

 それが金属を引きずる音だとアズールはすぐに理解した。

 音は次第に大きくなり、トイレの前でやんだ。


 ――ガチャリ。


 トイレのドアが開く音がした。


 ――ぎぎぃ……ぎぎぎぎぃ……!


 金属音がトイレに響く。

 アズールは思わず悲鳴をあげそうになり、咄嗟に口元を抑えた。

 音はさらに近づいてきて、アズールがいる個室の前でやんだ。


「アタシ、ベッキー」


 ドアの向こうから、幼い子供のような声が聞こえてきた。


「アタシ、ベッキー。ワルイコじゃないワ」


(子供……?)


 アズールが僅かに気を緩めた直後、


 ――ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!


 ドアが激しく叩かれ、アズールは身をすくませた。

 音がやみ、再び声が聞こえてくる。


「アタシ、ベッキー。ココにいるンデショ? 開けテヨ。開けテ。開けテ。開けテ」


 直後、ドアがさっきよりも激しく叩かれた。


「アケテアケテアケテアケテアケテアケテアケテアケテアケテアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ」


 アズールは完全に血の気が引き、一ミリも動けずにいた。

 やがて、音はぴたりとやんだ。

 静寂が流れる。

 アズールはハッとして上を見た。

 そこには何もいなかった。

 ドアに目を向ける。

 ドアの下から人形が覗いていた。


「ミツケタ」


 ドアの下から長い手が伸びてきて、内側から鍵を開けた。


「うわあああああああああ――――ッッッ!?」


 アズールは絶叫し、人形を踏みつけながら個室から飛び出した。


「ヒャヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」


 人形の笑い声を背にトイレを飛び出し、近くにあった部屋に飛び込んで鍵をかける。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ!」


 アズールは荒い呼吸を繰り返しながら胸を抑えた。


(な、なんなんだよあの人形……!? ゆ、幽霊!? い、いやそんな訳がない! 冷静に考えるんだ!)


 アズールはハッとした。


(――”バース”だ! ボクは今、敵に攻撃されてるんだ!!)


 アズールは頭を回転させる。


(どうしてこの場所にいることがバレたんだ? どうすればいい? ボクに倒せるのか? どうしようどうしようどうしよう!!)


 その時、アズールは医務室にいるリューゴのことを思い出した。

 そして、自分の顔面を殴った。


「ぶっ! ……よし」


 アズールは立ち上がり、部屋を見渡した。


「ここは……工作室?」


 アズールは部屋を漁り、作業台の引き出しにとあるものを見つけた。


「これって……!」


 そこにあったのは、ケースに保管された半透明のグローブだった。


「未使用の”アルクギア”……!」


 なぜここにあるのかは不明だが、アズールはケースを開けてグローブをはめた。

 だが、何も起こらない。


「や、やっぱりボクには才能がないのか……?」


 その時、廊下から人形の笑い声が聞こえてきた。

 アズールは意を決した様子で作業台にあったスパナを手に取ると、ドアに向かった。


「か、関係ない! ボクがリューゴを守るんだ! や、やってやる!」

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