6.バース
ジンライのこめかみがピクピクと動く。
「き、貴様……よくも森の”秩序”を乱したな……!? ゆ、許さんッ!! 森は貴様ごときが踏み荒らして良い場所ではない
のだぞッ!?」
ジンライが顔を真っ赤にしながら地面に両手を突いた。
すると盛り上がった大地から大量の植物が勢いよく顔を出した。
植物たちは緑の壁となり、リューゴを取り囲む。
「……!」
リューゴは首を振りながら眉間に皺を寄せた。
(霧も相まって、ヤツの姿が一切見えねェ……!)
突然、リューゴの足から血飛沫が舞った。
「ぐあッ! な、何が――」
生い茂る植物の隙間で”何か”が白く光る。
リューゴは咄嗟に黒炎の壁を作り出した。
次の瞬間、光のような速度で飛んできた”何か”は黒炎を貫き、リューゴの肩を掠めた。
「くッ!」
木に突き刺さった”何か”を見て、リューゴは目を見張った。
(ナイフか!)
さらによく見ると、ナイフは僅かに白雷を帯びていた。
ナイフが目にも止まらぬ速さで飛んでくる理由はあの白雷で間違いないだろう。
どこからかジンライの声が聞こえてくる。
「この視界のなかでおれの”雷”は避けられまい」
「! ぐあぁッ!」
四方八方から飛んでくるナイフが全身を切り裂いていく。
「野郎ッ!」
リューゴはナイフが飛んできた方向に向かって黒炎の拳を放つ。
壁のように立ちはだかる植物は弾け飛び……だがそこには誰もいなかった。
再び声がする。
「貴様の能力……強力だが、連発はできないようだな」
リューゴは舌打ちした。
「これ以上は埒が明かねェな」
振り上げた拳に黒炎が集まる。
「おぉ――らァァッッ!!」
地面に拳を叩き込む。
刹那、破砕音とともに地盤に大きな亀裂が走る。
さらに亀裂から立ち上る黒い煙がリューゴに吸い込まれ、そして――
「〈破脚〉!!」
足を横なぎに振ると、黒炎が波紋のようにリューゴを中心に広がり、周囲の植物を吹き飛ばした。
さらに霧までも吹き飛ばし、視界が晴れる。
少し離れた場所で苔むした岩が崩れ落ち、その裏からジンライが現れた。
「苔を再生して擬態してやがったか。どうする? またこそこそ隠れて攻撃してくるつもりか?」
リューゴが問うと、ジンライはゆっくりと近づいてきた。
「貴様の能力……どういう訳か、このおれとは正反対の能力のようだな」
”破壊”された地面や植物から黒い煙がリューゴに集まっていく。
直後、地面と植物が”再生”していき、白い粒子がジンライに集まっていく。
「貴様のパワーは凄まじい。それは認めよう」
ジンライがリューゴの前に立った。
背はジンライの方が高い。リーチは相手に分がある。
一瞬の静寂。
「シャアァァッ!!」
ジンライが白雷を帯びた突きを放ってくる。狙いは心臓。
ナイフの威力を考えれば、黒炎を集めたところで防げはしないだろう。
リューゴは咄嗟に上体を右にひねり、黒炎を込めた左手でジンライの突きを外に逸らした。
突きはリューゴの胸部をえぐる。だが、致命傷は外れた。
「ドリャァッ!!」
リューゴは黒炎を集中させた右拳でジンライの顎を狙う。
直撃の寸前、ジンライの身体が後ろにブレた。
拳は直撃せず、ジンライの顎を僅かに切り裂いた。
ジンライがニヤリと笑った。
「パワーは貴様の方が上だが――スピードはおれのほうが上だッッ!!」
ジンライの拳がリューゴのガードを弾く。
「終わりだッ! 死ねェィッ!!」
喉元への突き。
それがリューゴに直撃する瞬間、
「へ――?」
がくん、とジンライが片膝をつく。
「な……な……ッ!?」
ジンライが信じられないといった表情で立ちあがろうとするが、とうとう前のめりに倒れ込む。
「か、身体が、し、痺れて……。お、思うように動かん……!」
「アズが言っていた通りの効き目だな」
そう言いながら、リューゴはジンライを見下ろした。
「き、貴様、何を……! こ、攻撃は避けたはずだ……!」
「オレの能力は壊したものの性質を黒炎に変えることができる。テメェが再生させたんだぜ」
リューゴが指でさしたのは、潰れた青い花。
ジンライの顔が青ざめる。
「オ、オ、オニオニオンソウ……ッ!」
リューゴはジンライの胸ぐらを掴むと、ぐいと持ち上げた。
「テメェに恨みはねェが、オレたちにも事情があるんでな。ここでリタイアしてもらうぜ」
するとジンライは引きつった笑みを浮かべた。
「は、破壊士に……に、逃げ場などない。カ、カカッ。し、死の恐怖に怯えながら、す、過ごすといい……!」
リューゴはフン、と鼻を鳴らした。
「覚悟ならとうの昔に決まってる。邪魔するヤツぁ誰だろうとぶっ壊すだけだ」
「は、破壊士風情が――」
「〈破拳〉!!」
黒炎がうねりをあげ、ジンライを吹き飛ばす。
ジンライは木にぶつかり、倒れて動かなくなった。
リューゴは言った。
「殺しちゃいねェ。ま、少なくとも丸三日は動けないだろうがな」
「リューゴ!」
隠れていたアズールが嬉しそうに駆け寄ってくる。
その時、リューゴはハッとして叫んだ。
「待て! アズ、こっちにくるなッ!」
突然、倒れていたジンライが勢いよく起き上がり、アズールに向かって手を向けた。
「は、破壊士は……ぜ、絶対に、に、逃さんッ!」
白雷が放たれる。
「チィッ――」
リューゴは両足に最後の黒炎をまとわせ、地面を蹴った。
アズールを突き飛ばし、間一髪で白雷を回避する。
「く、くそ、が……」
ジンライは今度こそ倒れ、気絶したようだった。
「怪我はねェか、アズ」
リューゴの問いに、アズールは笑顔を浮かべる。
「う、うん。リューゴ、ありが――」
アズールの表情が固まる。
リューゴに触れたアズールの手にべっとりと血がついていた。
「無事なら、それでいい」
リューゴは前のめりに倒れた。
その背中は深く抉れていた。
顔面蒼白になったアズールが駆け寄ってくる。
「リューゴ!? リューゴッ! リューゴ――――ッッ!!」
アズールの絶叫が森に響いた。