5.白い雷
太陽が上るのと同時、リューゴたちは西の国境に向けて出発した。
深い霧に包まれた森を進んでいく。
「この辺りはやけに植物が生い茂ってるね」
アズールが自分の背丈ほどもある草をかきわけながらぼやく。
少し進んだところで、蔓が進行方向を塞いでいた。
「壊すか?」
リューゴが拳を構えると、アズールが止めてきた。
「待って。あれは絶滅危惧種の”オニオニオンソウ”だ。花粉を吸い込んだだけで全身が麻痺し、丸三日は動けなくなる毒草だよ。面倒だけど迂回しよう」
「チッ……しゃあねェか」
二人は迂回し、先へと急ぐ。
ややあって、リューゴは立ち止まった。
「アズ。……ここらへんの木、何かおかしくねェか?」
アズールは近くの樹木に触れ、「ほんとうだ」と頷いた。
「どれも根本付近に”不自然な切れ目”がある。まるで切り株から突然幹が生えてきたみたいに……」
その時、リューゴは眉をひそめた。
アズールの髪がふわふわと逆立っていたからだ。
「アズ。髪が――」
その瞬間、リューゴは視界の端で何かが光るのを捉えた。
「!」
考えるよりも早く、リューゴはアズールを抱えて横に飛んだ。
直後、白い閃光が今いた場所を貫いた。
閃光は樹木を貫き、遅れて周囲に低い轟音が響いた。
「い、いてて……ひ、ひいっ!?」
アズールが綺麗に穴の空いた樹木を見て悲鳴を漏らす。
リューゴは体勢を整えると、光が飛んできた方を睨んだ。
そこには、一人の青年がいた。
きっちりとセットされた短い白髪。
彫の深い端正な顔立ちと恵まれた身体。
両耳に純白のピアスをつけており、身にまとうは――白い制服。
「早速おでましか……ッ!」
リューゴはただちに臨戦体制に入る。
青年はリューゴたちを冷たい目で見つめ、手を広げて語り始めた。
「違法伐採業者、密猟者、不法移民……社会には”秩序”を乱す愚か者どもがいる。だが、この世で最も愚かな存在が誰だかわかるかい?」
青年はリューゴたちに人差し指を向けた。
「――貴様らだ。おれはジンライ。貴様らのような”社会のゴミ”を始末し、世界に”秩序”を取り戻すために生きている」
それを聞いたリューゴは小さく笑った。
「自分たちのしていることを棚に上げて、人を”ゴミ”呼ばわりか」
「……フン、妄言で動揺させようなどとしても無駄だ」
「そうか、お前は知らねェのか」
その時、リューゴは目を細めた。
いつの間にか、先ほど白い閃光が貫いた樹木の穴が塞がっていたのだ。
(なぜ穴が塞がって――)
「――よそ見とは余裕だな」
「ッ!!」
青年――ジンライの両耳のピアスが白く光る。
次の瞬間、ジンライの手から目にも止まらぬ速度で白い閃光が放たれた。
「うわああっ!!」
アズールが頭を抱えてうずくまる。
だが、白い閃光がリューゴたちに到達することはなかった。
黒炎が二人の前に広がり、光を弾いたのだ。
「間一髪、近くの岩を黒炎に変えたぜ」
言いつつ、リューゴは白い閃光の正体に気がついた。
「”雷”か。厄介な能力だな。アズ、離れてろ」
リューゴはアズールが距離を取ったのを確認すると前傾姿勢になった。
胸のチェーンネックレスが黒く光る。
ジンライが言った。
「やはり能力者か。能力の全貌がわからない以上、慎重にいかせてもらおう」
ジンライは地面に落ちた木の枝を何本か拾いあげると、リューゴに向かって投げてきた。
「牽制のつもりかよ」
リューゴが意に介さずジンライに向かって突っ込もうとした瞬間、
「!」
突然、枝が空中でぐんと伸び、リューゴの身体に突き刺さった。
「ぐあッ!?」
リューゴはすぐさま後ろに飛んで回避すると、身体に突き刺さった枝を抜いてへし折った。
「クソッ……”雷”の能力じゃねェのか……!?」
リューゴは頭を巡らせる。
ここまでの道中に異常なほど生い茂った植物。
不自然な生え方をした木々。
瞬時に穴の塞がった木。
突然伸びた枝。
それらが結びつき、リューゴは一つの推論にたどり着いた。
(まさか……)
リューゴは折った枝の”破壊エネルギー”を黒炎に変えて足にまとわせる。
地面を蹴った瞬間、リューゴは人間離れした速度でジンライに接近した。
「!?」
ジンライの目が見開かれ、手を振るう。
次の瞬間、ジンライの前に”岩”が盾になるように現れた。
「関係――あるかァッッ!!」
リューゴが拳を振り抜くと、岩は砕け散る。
その破片がジンライの顔面に直撃した。
「がぼあッッ!!」
ジンライは吹き飛び、地面に転がった。
鼻から溢れる血を拭い、ジンライはリューゴを睨む。
「ば、馬鹿力め……! よくもこのおれの顔に傷を……!」
その時、落ちた岩の破片から黒い煙が立ち上りリューゴに吸い込まれた。
ジンライがハッとした表情になる。
それと同時に、リューゴは大気中に漂う白い粒子に気づいた。
(霧に紛れてわからなかったが、木や植物から白い粒子が溢れている。それだけじゃねェ……粒子はジンライのもとに集まってやがる)
リューゴのなかで、先ほど辿り着いた推論が確信に変わった。
(何かを直す……いや、”再生”させる力。そして、”雷”の力。こいつの能力、どういう訳か――)
能力は”人の心からの願い”が特殊な力として発現したもの。
どんな能力になるかは誰にもわからない。
ゆえに、一つとして同じ能力は存在しない。
(――オレと似ている)
リューゴは気合を入れるように、ふーっ、と息を吐いた。
ジンライがふらふらと立ち上がり、ぎろ、と睨みつけてくる。
「貴様を少し甘く見えていたようだ。ならば――」
ジンライの目が背後のアズールに向く。
リューゴはハッとした。
「チッ――させるかよッ」
その瞬間、足元から植物の蔓が伸びてリューゴの全身に絡みつき、身動きが取れなくなる。
「クソッ!」
ジンライがニヤリと笑い、アズールの方に向かう。
「まずは貴様からだッ!」
「ボ、ボク!? ――がっ!」
ジンライはアズールの首を掴むとアズールの体を持ち上げた。
「ぐ、ぐるじい……! や、やめで……!」
「フハハッ! もっと苦しめッ!」
高らかに笑うジンライの空いた手に白雷がほとばしる。
「死ねェ破壊士――ッ!!」
「――〈破拳〉ッ!!」
刹那、横合いから現れた黒炎の拳が辺り一面の樹木群を吹き飛ばした。
その衝撃でジンライはアズールから手を離した。
「な、な――ッ」
リューゴの方を見たジンライが口をあんぐりと開ける。
「ここら中の木も岩もよぉ……全部ぶっ壊してやったんだよ」
そう言ったリューゴの周辺にある樹木は折れ、石は割れ、植物は潰れていた。
「テメェが悪いんだぜ? テメェがオレの邪魔ばっかしやがるからよ」
リューゴは黒炎をまとった拳同士を突き合わせた。
「これ以上邪魔をすんなら、テメェもぶっ壊す!!」