4.追手
トンネルを抜けると、そこは樹海だった。
空を覆うほどにうねる木々を押しのけるようにしてハイウェイが続いている。
「サツだ」
後方からサイレンが聞こえてきて、リューゴは言った。
バックミラー越しにトンネルから二台の白い車が警光灯を光らせながら飛び出してくる。
外の景色を興味深そうに観察していたアズールがぎょっとした顔になった。
「も、もう!? ど、どうしようっ!」
「どうもこうも、振り切るしかねェだろ」
後方では二台の警察車両の屋根が開き、中から小型のプロペラ機が現れた。
「ドローンだ。アズ、スピードを上げろッ」
直後、ドローンの銃口が光り、銃弾がばら撒かれる。
デストロイヤー号の装甲が激しく悲鳴を上げた。
「ひ、ひいぃぃっ!」
アズールがアクセルを踏み込む。
あっという間にデストロイヤー号は警察を突き放す。
ハイウェイを疾走し、やがて樹海を抜け、橋に差し掛かった。
空は灰色の雲に埋め尽くされており、橋の下では濁流が暴れるように流れていた。
「そ、そんなっ!?」
アズールが顔を青くする。
橋の先で、大量の警察車両が待ち構えていたのだ。
「待ち伏せされてるっ! し、しかも、あれは――ッ!」
車両の前に立ち並ぶ、白の制服。
リューゴの目が見紛うはずもなかった。
五年前、父と兄を殺し、妹を攫ったあの男と同じ――
「――再生士」
再生士たちの背後から数人の警察が出てきた。彼らの手にあるのは――ロケットランチャー。
「ヤベェな。アズ、外に出ろ」
「そ、外って、時速100キロだよ!? この速度で外に出たら怪我じゃ済まない!」
その時、ロケット弾が一斉に発射される。
リューゴは舌打ちしながら正面のダッシュボードを殴り壊すと、アズールの身体を引っ張り外に飛び出した。
次の瞬間、ロケット弾がデストロイヤー号に着弾、大爆発を起こした。
「うわあああっ!!」
アズールを抱えるリューゴの胸でチェーンネックレスが黒く光り、手から黒炎が燃え上がる。
リューゴたちが地面に激突する瞬間、黒炎は二人と道路の間に潜り込む。
瞬間、リューゴたちの身体は風船にぶつかったボールのように跳ねた。
そのまま二人はハイウェイに転がる。
「いってェ……!」
リューゴは苦悶の表情を浮かべる。だが、大きな怪我はなかった。
リューゴのバース【壊炎】。『壊したもののエネルギーや性質を黒炎に変えて操ることができる』。
「いたた……い、今のは……」
「オレのバースでエアバッグの性質を黒炎に変えた。間一髪だったぜ」
立ち上がったアズールは炎上するデストロイヤー号を呆然と見つめた。
「ボ、ボクのデストロイヤー号が……」
その時、足元に銃弾が着弾し、アズールが飛び上がる。
「うわあぁっ! も、もう終わりだぁっ!!」
頭を抱えるアズールにリューゴは言った。
「簡単に諦めんじゃねェ。道がねェなら作ればいい」
そう言って、リューゴはハイウェイの壁を蹴り壊す。
そして、アズールの服を掴み、壁の外に飛んだ。
「え――ぎゃああああああっっ!!」
アズールの悲鳴が響き、二人は激しく流れる濁流に飛び込んだ。
◆◇◆
「川に逃げましたか」
ハイウェイの壁に開いた穴から川を見下ろし、男は不敵な笑みを浮かべた。
男は剃り込みの入った坊主に彫刻のような顔立ちをしており、唇にピアス、再生士の制服の上から小綺麗なロングコートを羽織っている。
背後には三人の再生士がおり、顔はフードで隠れている。
そのうちの一人、小柄な女がどもりながら言った。
「こ、この川は激流で有名。つ、つまり、ほ、放っといてもあいつらは死ぬ。ヒ、ヒ、ヒャヒヒ」
すると、熊のように大柄な男が、へっ、と笑った。
「”あの壁”から出てくるような野郎どもがそんなタマかよ。ゾズマさんよぉ、あいつらはおれ様に――」
「――おれに行かせてください。ゾズマさん」
前に出たのは、大柄な男と比べると小さいものの、恵まれた肉体を持つ男だった。
坊主の男――ゾズマは少し考えるそぶりを見せた後、「いいでしょう」と頷いた。
「ありがとうございます。破壊士は必ずおれの手で仕留めます」
そう言って頭を下げた男に対し、大柄の男は舌打ちした。
「ガキの癖に調子こきやがって」
ふと、ゾズマは足元に落ちている髪の毛を拾い上げた。
「あの破壊士の《・》ですか。黒とは珍しい……まるで彼女のようだ」
そう言って、ゾズマは髪の毛にしゃぶりついた。
「じゅぺじゅぺじゅぺじゅぺじゅぺじゅぺ」
味わうように舌で舐めた後、ごくん、と飲み込む。
ぺろり、と口元を舐めとり、ゾズマは川を見下ろして呟いた。
「せいぜい逃げなさい、破壊士ども。ただし、あなたがたに逃げ場などありはしませんがね」
◆◇◆
リューゴはやっとの思いで岸に上がると、息を整えながら言った。
「”壁を壊したエネルギー”のおかげで流されずに済んだぜ、クソ」
傍では、リューゴに引き上げられたアズールが激しく咳き込んでいる。
「し、死ぬかと思った……」
その時、リューゴは遠くの空で飛んでいるドローンを見つけた。
「アズ、立て。ドローンがオレたちを探してやがる。森に隠れるぞ」
二人は川辺の森に身を隠す。
アズールが木陰からドローンを覗きながら身を震わせた。
「あんなに追手がくるなんて……しかも再生士まで。このままじゃ見つかって殺されるのも時間の問題だよ……!」
リューゴはアズールを睨みつけた。
「テメェよぉ……さっきからうざってェぞ。うだうだ弱音ばっか吐くんじゃねェッ」
「そ、そんなこと言ったって……ボクはリューゴみたいに強くないんだ! 怖いんだよッ!」
泣きそうな顔で訴えてくるアズール。
リューゴは、いいか、と言った。
「オレたちには進む以外の道はねェ。いざとなったらオレが守ってやる。だが、再生士どもから逃げ切るにはオレ一人じゃ無理だ。アズ、お前の力も必要なんだ」
アズールは何かを言いかけたが、諦めたように頷いた。
「わかったよ。ネガティブなことばっかり言ってごめん、リューゴ」
「オレも言い過ぎた。……アズ、ここからの行動は何が最善だと思う?」
するとアズールは口元に手をやりながら答えた。
「……再生士に追跡されている以上、街に潜伏するのは難しい……と思う。
だからボクたちがすべきなのは、”この国を出ること”。
再生士は、管轄外のエリアには干渉できないと国際法で決まってる。
たとえボクたちが犯罪者であろうと、国から出てしまえばこの国の再生士は手出しできないってことだ」
アズールは続けて言った。
「”西の国境”を目指そう。ここから一番近い上に、この国……セブンスは西の国と休戦中で緊張状態が続いてる。国境を越えさえすれば、すぐにボクたちを捕まえることはできないはず」
リューゴは「わかった」と頷き、立ち上がった。
アズールが驚いた表情をする。
「自分で言ってなんだけど、そんな簡単に決めていいの?」
「ああ。オレはお前を信じる」
そう言ってリューゴは歩きだす。
少しして、アズールが慌てて追いかけてきた。
日が沈み、リューゴたちは森の崖下にある洞穴で休んでいた。
枯葉を敷き詰めて簡易ベッドを作り、二人で並んで横になる。
月明かりの下……東の空にいくつもの赤く点滅する光がうごめいている。ドローンだ。
その奥には、空の下半分を覆うようにしてそびえる巨大な”壁”が見える。あの向こうには、リューゴとアズールが生まれた故郷がある。
あそこに戻ることは二度とないだろう、とリューゴは確信にも近い思いを抱いていた。
隣で同じように寝転ぶアズールに声をかける。
「必ず二人で国境を越えるぞ。それが本当の”スタートライン”だ」
「うん。でも……リューゴには迷惑をかけちゃうな。ボクなんて”車”がなかったら何も力になれない」
「んなこと言ったら、オレなんて”戦うこと”しかできねェ。迷惑とか言ってんじゃねェよ、”友達”だろ」
「うん……そうだね。何度もごめんよ。初めて”壁”の外に出て緊張してるんだ」
「ああ。……明日も早ェ、そろそろ寝るぞ」
リューゴはしばし夜空を見つめた後、目を閉じた。
それから少しして、隣でアズールが「お姉ちゃん……」と呟く声が聞こえた。
(……ロゼ……)
リューゴは何も言わず、そのまま眠りについた。