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2.再生士

 外はすでに暗くなっており、白い街灯が通りを照らす。

 リューゴが足を運んだのは、自宅前の通り沿いにある中古車販売店だった。

 油や金属のにおいがするガレージに入ると、ジャッキで持ち上げられた車体の下から寝板に乗った少年が顔を出した。


「あれ、リューゴじゃないか。こんな時間にどうしたのさ」


 前髪をぱっつんに切りそろえた青髪の少年の名はアズール。

 リューゴの幼馴染であり、唯一友人と呼べる人物だった。


「わりぃアズ、オッチャンの手伝いしてたか?」


「うん。でも今日はもう終わりにしようと思ってたから大丈夫」


 ちょっと待ってて、と言ってアズールは慣れた手つきで片付けをし、家から取ってきた缶のホットココアをリューゴに渡してきた。


「おまたせ」


「サンキュー」


 リューゴはアズールとともに建物の裏手にある空き地に回った。

 二人は空き地の土管の上に腰掛け、乾杯する。

 ココアを呷った口から白い息が漏れる。

 アズールが何かに気づいたようにリューゴの胸元を見た。


「その付けてるやつって――」


「アルクギア。親父がくれたんだ。オレが持っててもしょうがねェけどな」


 そう言ってリューゴは唇を尖らせた。


「どうして?よく似合ってるじゃないか」


「アサトとヨゾラは光ったのに、オレだけ光らなかったんだよ。あの二人には才能があって、オレにはないんだ」


「ふーん。それで不貞腐れて飛び出してきたんだね」


「別に不貞腐れてねェよ。ただ、父ちゃんの顔を見たら……いたたまれなくなってよ」


「そっか。……星が綺麗だね」


 アズールに倣って見上げると、満天の夜空が広がっていた。

 壁がなかったらもっと空が大きく見えるんだろうな、とリューゴは思った。


「アズ、聞いてくれてありがとな」


「いいさ、ボクたち友達でしょ? ……ん?」


「誰か来る。隠れるぞ」


 裏路地から空き地に入ってくる影を視認し、リューゴとアズールは土管の裏に隠れた。

 脇から覗くと、現れたのは作業着の男だった。

 手に正方形の小包を持ち、きょろきょろと周囲を気にする素振りを見せている。


「こんなところに人がくるなんて、珍しいね」


 アズールが小声で話しかけてくる。

 その通りで、この空き地は八年以上前から秘密基地として使ってきたが、人を見たことはほとんどなかった。


「! また誰か来たぞ」


 現れたのは、黒スーツの男。

 作業着の男とは違う異質な雰囲気に、リューゴは思わず息を潜め、二人の会話に耳を傾けた。


「――合言葉は」


 黒スーツの男の問いに作業着の男が答える。


「……よし」


 作業着の男が手に持った小包を黒スーツの男に渡した。


「例のブツだ。今年はこれで最後だ。今回はブロンズ、らしいぜ」


「……ほう、珍しいな」


「先週行方不明になった町長の娘がいただろ。そいつのだとさ」


「あぁ、あのおてんば娘か。そうか、父親に似ず才能があったわけだ」


 話の内容はいまいち理解できなかったが、ところどころ気になるワードがあった。


(行方不明の町長の娘? そういや、父ちゃんが話してたっけな。けど、どういう――)


「――にしても、子供の心臓をくり抜くなんて、再生士様は酷いことをしやがる」


「「――!!」」


 リューゴとアズールは息を呑んだ。


(心、臓……? それより今、再生士っつったか……!?)


 なぜこんな物騒な話に再生士が出てくるのか、理解が追いつかない。


「やむを得ないことだ。アルクは人の心臓から取れるエネルギーがなければ稼働できない。育った人間の心臓を抜き取り、全世界に出荷する……この街はそのために作られたのだ」


 それを聞いた瞬間、リューゴはごくりと唾を飲み込む。


(嘘、だろ……)


 生まれ育ってきたこの街が、世界中のアルクにエネルギーを供給するための養豚場だったというのか。

 自分たちは死ぬために生まれてきたというのか。

 だが、それが真実であれば、街が壁に囲まれていることや外に出られないこと……今まで不思議だった全てに合点がいく。


「車にライト、通信機器に冷蔵庫……全部アルクを動力にしているから当然っちゃ当然か。でも、まさか子供にまで手をだしているとは知らなかったぜ」


「アルクギアが銅色ブロンズに輝く者など滅多にいない。なんせ通常の一万倍のエネルギーを秘めてるんだからな。これがあれば、向こう五年はこの街のエネルギー問題は安泰だろう。全ては公衆の面前で娘のアルクギアを見せびらかした愚かな父親のせいだ」


「それでも胸糞悪いことには変わりないな。まぁ、確かに渡したぜ。それじゃあな」


「待て」


 作業着の男が立ち去ろうとした瞬間、黒スーツの男が呼び止めた。


「ん? まだ何か――」


 突然銃声が鳴り響き、作業着の男が倒れた。


「ご苦労。悪いが、これは機密事項なものでな。次回はまた別の者に頼むとする」


 そうして、黒服の男は去っていった。

 一連の様子を見たアズールは真っ青な顔でカタカタと震えていた。


「リ、リューゴ……今の話、本当かな? ……リューゴ?」


 リューゴは口元を抑え、弾かれるようにして自宅に向かって走りだした。


「リューゴ!」


 アズールの声が遠くなる。


「勘違いだ。そうに決まってる。そんなこと、あるはずねェ」


 自分に言い聞かせるように呟くが、みるみるうちに不安が胸中で膨らんでいく。

 耳鳴りがする。心臓が早鐘を打つ。





「――兄ちゃん! ヨゾラ!」


 勢いよく自宅のドアを開き、リビングに飛び込む。

 刹那、目に飛び込んできた光景に、ドクン、と心臓が跳ね上がる。


「う、あ……」


 そこは地獄だった。

 荒れたリビングには血の海ができており、そこに倒れていたのは、紛れもないリューゴの父だった。そして――


「に、にい、ちゃん……」


 部屋の中央、再生士バランに胸を貫かれた状態のアサトが虚な目で息絶えていた。

 アサトの心臓は抜かれており、バランの手に握られていた。


「なん、で……」


 リューゴに気づいたバランが、ニィ、と目を細め、


「やあ。遅かったね」


 と言った。


「お、お兄ちゃん……」


 壁際でへたり込むヨゾラが真っ青な顔でリューゴを見ていた。


「わた、わたしを庇って……アサトが……お父さんが……!」


「ヨ、ヨゾラ……」


 妹が生きている。

 その事実にリューゴは今にも崩れそうになる足を奮い立たせ、バランを睨んだ。


「て、てめェ……よくも……オレの家族を返せ!」


「ふむ。では、返そう」


 バランは腕を抜き取ったアサトの身体を投げてきた。


「兄ちゃん!!」


 倒れるアサトに駆け寄り呼びかけるが、ぴくりとも動かない。


「ふむ、やはり素晴らしいエネルギーだ」


 バランがアサトの心臓を眺めて満足げに笑った。


「わ、わたしのせいで……あ、ああぁっ……!」


 ヨゾラが両手で顔を覆い、叫声を上げる。


「嫌、嫌……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その時、ヨゾラが身につけたペンダントが虹色の輝きを放ち、直後、信じられないことが起きた。


「う……」


「兄ちゃんッ!?」


 なんと心臓を抜かれ息絶えていたはずのアサトが意識を取り戻したのだ。


「兄ちゃんッ、兄ちゃんッ!!」


 必死に呼びかけると、アサトの目の焦点がリューゴに合う。


「リュー……ゴ……」


 アサトの手がリューゴの顔に触れる。ぞっとするほど冷たかった。

 アサトは掠れる声で言った。


「さっきは……ひどいこと言ってごめんな……。いつも兄ちゃんらしいことできなくてごめんな……。リューゴ……ヨゾラを守……れ……」


 アサトの手から力が抜け、ぱたりと落ちる。瞼が閉じる。


「兄ちゃん……?」


 何度も揺さぶるが、もう動くことはなかった。


「兄ちゃん……兄ちゃああああああん!!」


「いやああああああああああっ!」


 リューゴとヨゾラの絶叫が響く。


「素晴らしい……! これほどの才能に巡り合えるとは」


 感動した様子のバランを、リューゴは涙を流しながら睨んだ。


「なんで……なんでだ! なんでオレの家族を奪う!? 人の心臓を奪って……それがお前らのやり方かよッ!」


「ふむ。その様子だと、どういう訳か知っているようだね」


 とバランが不思議そうに目を細めた。


「何が再生士だ! ただの人殺しじゃねェか!!」


「だが、そのお陰で世界は成り立っている。この街の灯りも、家も、車も、テレビも、何もかも、アルクがなければ成り立たない。これは必要な犠牲なのだよ」


「何を――」


「火、電気、鉄、ニッケル、ガス……かつて使われたあらゆる資源。それら全てに取って代わる、神がもたらした万能薬。それこそがアルク。つまり、アサトくんは神に選ばれた存在というわけだよ」


 リューゴは拳を強く握りしめた。


「何が神だ……お前だけは許さねェ……!」


「そうかい。だが安心してくれ。ヨゾラちゃんは殺さない。これほどの素晴らしい才能を潰すのは惜しいからね」


 そう言ってヨゾラに歩み寄るバランの前にリューゴは立ちはだかった。


「ヨゾラに手を出すんじゃねェ!!」


「リューゴくん。キミに用はないんだ」


 バランが目にも止まらぬ速度で腕を振り払った直後、リューゴは吹き飛んで壁に突っ込んだ。

 切れたチェーンネックレスが床に落ちる。

 リューゴの上半身はまるで剣で切られたかのように切り裂かれ、大量の血が溢れていた。


「いやあああああああ!! お兄ちゃんっっ!! やだ! 死なないで!!」


「それは無理だ。彼はもうじき死ぬ。ヨゾラちゃん、キミは一緒に来てもらおう」


 バランが泣き叫ぶヨゾラを肩に担ぐ。


「ま、て……」


 泣き叫ぶヨゾラの声とバランの背中が離れていく。

 激痛と朦朧とする意識の中、リューゴの頭には、後悔が壊れたラジオのように繰り返し渦巻いていた。


(オレのせいだ……オレがあの時家を飛び出したから。オレがいれば、もしかしたらヨゾラだけでも逃がせたかもしれねェのに)


 夢か幻覚か、リューゴの目にはリビングで家族全員が夕飯を食べている光景が映る。


(父ちゃんがいて、兄ちゃんがいて、ヨゾラがいて……それだけで良かったんだ。なのに、オレは欲張った。だから、これはその罰なんだ)


 リューゴの目から大量の涙が溢れる。


「神様……頼むから……オレの家族を返してください……!!」


 その時、脳裏に浮かんだのは、つい数秒前のヨゾラの泣き顔だった。

 次いで、アサトの言葉を思い出す。


『リューゴ……ヨゾラを守……れ……』


(――違、う)


 リューゴは力の入らない身体を必死に動かす。


(何しゃばいこと言ってやがる。後悔しても、神様に祈っても、何も変わらねェ。――自分の手で取り戻すんだ。あいつには……ヨゾラにはもうオレしかいねェんだ。だから……どんなに辛くても、苦しくても……オレがやるしかねェんだ!!)


「動け……動け……!!」


 必死に這いずり、床に落ちたチェーンネックレスを握りしめる。


(待ってろ、ヨゾラ。オレが、オレが必ず……このクソッタレな世界を――)


 その瞬間、チェーンネックレスが黒く光った。

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