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11.赤い悪魔

「ど、どうして……お姉ちゃんが……」


 アズールは信じられないといった様子で呟いた。

 炎のような赤いロングヘア、橙色のカチューシャ、吊り上がった目尻、アズールと同じエメラルドグリーンの瞳。

 背格好はアズールが知っている姿よりも成長しているが、目の前にいる少女は間違いなく姉のロゼだった。

 ロゼは片眉を持ち上げ、ため息混じりに言った。


「どうしてって、アンタが呼んだんでしょ」


「え? ……あっ!」


 アズールは青く光る自分のグローブ(アルクギア)を見た。

 アルクギアは人が持つ”心からの願い”に反応して光を放つ。


(お姉ちゃんが現れたのは、ボクが会いたいって願ったから……)


 それに気づいた瞬間、アズールは顔が熱くなるのを感じた。

 先ほどまでロゼの登場に驚いていたサダルバリが笑い声を上げた。


「ガロロッ! バースが女を召喚する能力とは笑わせてくれる! 女一人増えたところで何ができる!」


「……あ?」


 ロゼの額に青筋が立つ。

 それを見た瞬間、アズールは悲鳴を漏らしながら反射的に後ずさった。

 同時に数々の恐ろしい過去の記憶が蘇り、がたがたと震えだした。

 ロゼがサダルバリを睨みつける。


「アンタ、よくもアズをイジメてくれたわね。ブッ飛ばしてやるわ」


 するとサダルバリは豪快に笑った。


「ガロロロッ! ブッ飛ばす? その細い腕でどうやってやるつもりだ? 馬鹿野郎」


「こうやるのよ」


 その瞬間、ロゼのカチューシャが橙色の光を放つ。

 そして、突然、ロゼの足元が爆ぜた。


「!?」


 次の瞬間、ロゼはサダルバリの目の前に移動していた。

 飛び上がり、サダルバリの胸めがけて蹴りを繰り出す。瞬間、


 ――ボガアァァァァン!!!


 ロゼの足から赤い爆発が起き、サダルバリの巨体が吹き飛んだ。


「ぐああっ!」


 地面を削りながら転がるサダルバリ。

 ロゼは爆発の反動で宙に浮き上がると、くるりと一回転して着地した。

 一連の光景を見て、アズールは驚きとともに懐かさしさを覚えていた。


(あれがお姉ちゃんのバース……)


 六歳の時、アズールは近所に住む裕福な家庭の息子とその仲間にいじめられていた。

 それを知ったロゼが全員を一人でボコボコにし、詫びとして(脅して)アルクギアを貰ったことがあった。

 ロゼは即座にバースに目覚めたが、その力はロゼの持つ凶暴性を表したものだった。

 その名も【赤爆魔人レッドボマー】。ロゼの全身を爆弾に変える能力である。


「ガロロ……! よくもやりやがったな、クソ野郎……!」


 サダルバリが唸り声を上げながら立ち上がった。

 直後、サダルバリの身体が歪な音を立てながら変化しはじめた。

 アズールは息を呑んだ。


「まさか――」


 サダルバリの全身が肥大化し、上半身の制服が裂け、中から筋骨隆々の肉体が現れる。

 それだけでなく、皮膚は分厚く灰色の装甲となり、歯や爪は鋭く伸び、目が猫のように変わった。

 首元には動物の牙をつなぎ合わせたネックレスがあり、黄色い光を放っている。


「バース……ッ!」


 サダルバリが笑みを浮かべると鋭い歯が顔を覗かせた。


「俺様はサバンナで生まれ、毎日のように動物と殺し合い、食らい続けた。そしてこの力に目覚め、サバンナの獣たちの力を手に入れたのさ」


「アンタの身の丈話なんて興味ないわ。来るならきなさい」


 ロゼの言葉にサダルバリは喉を鳴らした。


「ガロロッ! 威勢のいい女だ。……テメェの肉、柔らかくて美味そうだなァ」


 サダルバリの口元から涎が滴る。


「噛みちぎらせろッ! グルアッ!」


 サダルバリがロゼに飛びかかる。

 その瞬間、ロゼは両足を爆発させた反動で宙に飛び、攻撃をかわした。

 そのまま身体を捻り、かかとをサダルバリめがけて振り下ろす。

 爆発が起きる。

 煙が晴れ、足はサダルバリの交差した腕に受け止められていた。


「効かねぇな。今の俺様の皮膚はサイと同じ厚さだ。花火程度の爆弾じゃ擦り傷にもなりゃしねぇよ」


 サダルバリがロゼの足を掴む。


「掴まえたぜ」


「くっ――」


 サダルバリがロゼを地面に叩きつけようとした瞬間、ロゼの足が赤く光る。


「チッ」


 サダルバリが手を離した直後、ロゼの足が爆発する。


「だったら――切り裂いてやるッ!」


 迫りくる爪を、ロゼは両手を爆発させた勢いで後方にかわした。

 一連の動作を見たアズールは舌を巻く。


(すごい……! やっぱりお姉ちゃんには天性の戦闘センスがある!)


 ロゼは小規模の爆発を利用してサダルバリから距離を取り、アズールの前に降り立った。

 サダルバリが苛立った様子でロゼを睨む。


「ちょこまかと飛び回りやがって。虫野郎が」


 直後、サダルバリは背中を向けて森のなかに姿を消した。

 森を駆ける音が響く。

 アズールはハッとしてロゼに言った。


「お姉ちゃん、気をつけて! 獣は夜目・・が利く! 闇に紛れて攻撃してくるつもりだ!」


「なるほどね。アズ、アタシから離れないで」


 アズールは音のした方を目で追う。

 微かに影が見えるが、残像しか捉えることができない。


(どこからくる――!?)


 その時、森から飛び出してきた影がロゼの腕を切り裂いた。


「うッ!?」


「お姉ちゃんッ!」


 ロゼに駆け寄ろうとした時、アズールの背中から鮮血が舞う。


「あぁっ!」


 アズールはその場に倒れる。攻撃されたのだ。


「アズ! ――え」


 ロゼが自分の身体を見下ろす。

 ロゼの身体が徐々に透明になりはじめていたのだ。

 それを見たアズールはハッとした。


(そうか! お姉ちゃんは本来死んでいて、ボクの能力バースで召喚されている状態。つまり、ボクが倒れたらお姉ちゃんは消えてしまうんだ)


 森のなかから笑い声が聞こえてくる。


「ガロロッ! そういうことか!」


 直後、森から飛び出してきた影がアズールに迫る。


「マズイ――アズ!」


 ロゼがアズールのもとに走ってくる。

 その瞬間、突然影が進路をロゼの方向に変えた。


「ッ!」


 ロゼが目を見張り、爆発で空に飛ぶ。だが、


「!?」


 影が軽々と跳躍し、中空にいるロゼの足を掴んでいた。


「捕まえたぜ」


 サダルバリがニヤリと笑い、ロゼはそのまま地面に叩きつけられた。


「がっはッ!!」


 背中を打ちつけたロゼは血を吐き出した。


「お姉ちゃんッ!!」


 ロゼに馬乗りになったサダルバリの肉体は先ほどよりも細くしなやかになっていた。

 すぐにアズールはサダルバリが肉体をチーターのように変化させて機動力を上げたのだと気づいた。


「このまま噛みちぎってやる!!」


 サダルバリはロゼの両腕を押さえつけ、牙を剥き出しにしてロゼの首筋に噛みつかんとする。

 その瞬間、サダルバリの頭にごつん、と石が当たった。


「お……お姉ちゃんから離れろ!」


 アズールが叫ぶと、サダルバリはぎろりと睨んできた。


「雑魚野郎が……!」


 その時だった。

 サダルバリの肉体がみるみるうちに膨らんでいき、人間の姿に戻ったのだ。

 直後、ロゼは押さえつけられていた自分の両腕を爆発させた。


「ぐああっ!!」


 サダルバリがよろける。

 ロゼはさらに手を伸ばすが、それは空を切った。


「チィッ!」


 サダルバリが距離を取る。その口元からは荒い息が漏れていた。

 アズールは目をすがめた。


(そうか……あれだけのパワー、長時間維持するのは難しいんだ。さっき国境からボクに追いつくまでにも時間がかかっていたけど、休憩を挟んでいたからなんだ)


 そこまで考えて、アズールはハッとした様子でロゼに言った。


「――お姉ちゃん、”呼吸”だ! ”呼吸”が乱れてあいつの能力は解けたんだ!」


 サダルバリが舌打ちをした。


「カス野郎が……!」


 ロゼは「……そういうことね」とニヤリと笑い、サダルバリに向かって突進した。


「シャラアッ!!」


 気合いとともにロゼは拳と蹴りの乱打に爆発を織り交ぜた猛攻を仕掛けた。

 サダルバリは防戦一方といった様子でみるみるうちに後退していく。


「ガロロッ……舐めるなァッ!!」


 咆哮とともにサダルバリの身体が獣のように肥大化する。

 サダルバリはロゼの拳を受け止めると、ロゼの首筋に噛みついた。


「お姉ちゃんッ!」


 顔を青くするアズールとは対照的に、ロゼは首から血を流しながらも落ち着いた表情を浮かべていた。


「――ようやく近づいてくれたわね」


 直後、ロゼの足元が爆ぜる。

 地面に落ちていた川縁の石が吹き飛び、サダルバリの股間に直撃した。

 アズールは思わず目を背けた。


「…………!!!」


 サダルバリは両目を見開き、股間を押さえた。

 足ががくがくと震え、口をぱくぱくと開閉させている。


「ぐ……が……て、テメェ……!」


 みるみるうちにサダルバリの肉体が元の姿に戻る。

 ロゼが言った。


「手のひらへの攻撃が通じた時点で、能力バースを使っても全身が硬くなるわけじゃないのはわかってた」


「この……クソ野郎が……ッ!!」


 涎を垂らしながら目をひん剥くサダルバリ。

 ロゼは拳を握りしめた。全身がプルプルと震えていた。


「アタシはね……昔からどうしても怒りを抑えきれないタチなの。特に他人から舐めた真似をされると、ムカついてムカついてしょうがなくなるのよ」


 ロゼのカチューシャの橙色の輝きが増していく。

 ロゼが拳を振りかぶった。その目は血走っていた。


「ブッ飛べ、クソ野郎」


「や、やめ――」


「――シャラアアアアッッ!!」


 ロゼのアッパーカットがサダルバリの顎に直撃した瞬間、森を震わすほどの大爆発が起きる。

 サダルバリの巨体は空までブッ飛び、森のどこかに消えた。

 額にひさしを作ってそれを見送ったロゼは、「んーっ」と気持ちよさそうに伸びをした。


「あー、スッキリした! ――ゲハッ、ゲハハハハッ!」


 心底嬉しそうに笑っている自分の姉を見て、アズールは「あ、悪魔……!」と震え上がった。

 やがてロゼがスッキリした表情でアズールに近づいてきた。


「アズ。ずっと見てたわよ、アンタのこと」


「お姉ちゃん……。ブッ!!」


 アズールはロゼに鼻を殴られて顔を抑えた。


「――なに逃げ出してんのよッ! 弱虫野郎ッ! リューゴが死んだら承知しないわよ!?」


 ロゼの鬼の形相に、アズールは涙を浮かべた。


「ご、ごめんなさい……!」


「謝るのはアタシじゃないでしょ!? ほら、早くリューゴのもとに戻るわよ!!」


「は、はいぃぃ!!」


 アズールが走りだしたその時、突然ロゼの身体がふわりと浮かんだ。

 ロゼは驚いたように自分の身体を見た後、一転して嬉しそうな顔を浮かべた。


「アタシ、浮いてる! すごい! この状態だと何もさわれないけど、空を飛べるわ! ほらアズ、見て!!」


 ロゼがアズールの周りを飛び回りながらはしゃいでいる。

 その様子を見て、アズールは口元を緩めた。

 その時、空から音が聞こえてきた。


「「!!」」


 見れば、ヘリコプターと飛行バイクが街の方から国境に向かって飛んでいた。

 アズールは気を取り直すようにして顔を引き締めた。


「今行くよ、リューゴ」

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