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1.アルク

 千年前、天より飛来した結晶。

 それはあらゆる性質を持ち、全ての資源の代わりとなるものだった。


 万能物質”アルク”。


 そう呼ばれた結晶は地上に新たな文明を作り出したが、一方で新たな争いを生んだ。

 アルクを守る者・再生士とアルクを壊す者・破壊士。

 両者は長きにわたり、幻の秘宝・”マスターアルク”を巡って争ってきた。


 ――世は大結晶時代。アルクを巡る冒険と戦争の時代である。






 千年前のアルク衝突により隆起した”神の巨壁”に囲まれた街。


「――ぬおおおおおおッ!!」


 黒髪の少年・リューゴは叫びながら壁を登っていた。

 真下には湖があり、水面が夕焼けで煌めいている。

 街を囲むその壁は雲にも届きそうなほど高く、リューゴがいる位置から頂上は遥か先にあった。


「お兄ちゃん、やめようよー」


 湖の上に壁と並行に架けられた橋の上で、リューゴと同じ黒髪の少女が心配そうにリューゴを見ていた。

 リューゴは少女の声を意にも介さず、がむしゃらに断崖絶壁を上り続ける。


「見てろよ。オレは必ず壁の向こうに――あ」


 リューゴが掴んだ壁の突起がボロ、と崩れる。

 リューゴの身体は宙に投げ出され、そして――


「あああああああああああ!!」


 大量の水飛沫をあげて湖に突っ込んだ。

 その様子を見て、橋の上の少女は両手で目を覆った。




「っくしゅん! あー、さみー……」


 リューゴはびしょ濡れの身体をさすりながら橋の上を歩いていた。

 癖っ毛は水に濡れていつも以上にうねり、大きな猫目は寒さでいつもより吊り下がっている。


「大丈夫? お兄ちゃん。わたしの貸してあげる」


 少女が自分が着ていたジャンパーをリューゴに羽織らせてくる。

 彼女はヨゾラ。長い黒髪と人形のような顔立ちが特徴的なリューゴの妹である。


「やっぱり壁を登るなんて無理だよ。怪我する前にやめよう?」


「はっくしょん! ……無理かどうかなんて、限界までやってみなきゃわかんねェだろ」


 リューゴが鼻を啜りながら言うと、ヨゾラはむぅと頬を膨らませた。


「大体、お兄ちゃんはなんでそんなに”外”に行きたいの?」


 リューゴは力強く拳を握った。


「決まってんだろ! "アルキア"に行くためだ!」


 人間が住む地上の世界――”人間界”の地下深くには、もう一つの世界が存在する。


 ”アルキア”。


 千年前に空よりアルクが飛来した際に生まれた地下世界であり、万能資源アルクを中心とした地上とは全く異なる独自の生態系・植生が形成されている。

 一千年に渡り人類は踏破を試みたが、いまだに四割が前人未到の未開のフロンティアである。


「アルキアにはまだ見ぬ財宝がいっぱいある! オレはアルキアで地位と名声を手に入れて、毎日好きなもん食って、好きなことして、自由に暮らしてやる! それがオレの夢だ!」


 リューゴは昔から派手なことや目立つことが好きだった。

 そして、人に指図されるのが嫌いだった。

 街唯一の学校では先生の言うことを聞かず、授業を抜け出しては街を探検したり唯一の友人と空き地で遊んだりしていた。

 教師からは疎まれ、同年代の子供からも疎外されていた。

 リューゴにとって、壁の中は窮屈そのものだった。

 そして、いつしか壁の外に出たいと強く願うようになったのだ。


「お兄ちゃんらしいね」


 とヨゾラはため息混じりに微笑んだ。


「ヨゾラは夢とかねェのかよ。もっと金が欲しいとか、贅沢したいとかさぁ」


「わたしはお金とかは興味ないけど、アルキアには行ってみたいなぁ。どんな生態系があるか気になる」


 リューゴは頭の後ろで腕を組みながら言った。


「なんかヨゾラって大人だよなー。死んだ母ちゃんは研究者だったらしいし、その血かもな」


「それって褒めてる?」


「もちろん! ヨゾラは頭良くて、オレの自慢の妹だ!」


 リューゴがわしゃわしゃとヨゾラの頭を撫でると、


「そっか。ふふ」


 とヨゾラは嬉しそうに笑った。




 橋を越え、リューゴたちは自宅へと続く寂れたネオン街を歩く。

 道路には腐った食べ物や新聞、注射器などが転がっている。

 道端に座り込むホームレスの傍にあるラジオから音声が流れている。


『……今月の行方不明者は百人を超え、引き続き警察による捜査が続いております。住民の皆様は深夜の外出を控え、特に小さなお子様がいるご家庭は日中もお子様から目を離さないように――』


 ラジオを聞いてか、ヨゾラがリューゴの袖をぎゅっと掴んでくる。


「――遅いと思ったら、もしかしてまた壁に登ってたのか?」


 目の前に現れた人物に、リューゴは顔を明るくした。


「兄ちゃん!」


 そこにいたのは、短い黒髪と鋭い目つきが特徴的な少年。リューゴの兄・アサトである。

 二人を迎えにきたであろう彼は苛立った様子でリューゴを睨んでいた。


「壁を登るなんて無理だっていつも言ってんだろ。リューゴってほんと馬鹿だよなー」


「んだと!? オレは馬鹿じゃねェ!」


 リューゴはアサトに掴みかかるが、投げ飛ばされて地面に叩きつけられる。


「ぐえっ」


「へっ、雑魚が」


 パンパンと両手を払うアサトの前に、ヨゾラが両腕を広げて立ちはだかった。


「アサト! お兄ちゃんをいじめないで!」


「あぁ? ……わーったよ。おいリューゴ、いくぞ」


 アサトが差し出してきた手にリューゴが手を伸ばした瞬間、アサトは手を引っ込めた。


「へっ。ばーか」


「てめェっ!」


 リューゴは再びアサトに飛びかかるが、軽くいなされる。


「アーサート……っ!」


 髪を逆立てて怒りの形相を浮かべるヨゾラに、アサトは「母さんかよ」と降参したように両手を上げた。

 アサトが真剣な目をリューゴに向けてくる。


「リューゴ。マジな話、壁を登るのはいいが、マザーアルクに近づくのは絶対にやめろよ。冗談抜きで殺されるからな」


「マザー……なんだよ、それ」


 リューゴが不貞腐れた様子で言うと、アサトは呆れた様子で頭を振った。


「お前、なんにも知らねーんだな。いいか――」


 曰く、マザーアルクとは、膨大なエネルギーを貯蓄することができるアルクのことである。

 人間社会におけるエネルギー供給の要であり、マザーアルクに問題が生じるとすべてのシステムが停止する。

 また、破壊工作を試みた者――”破壊士”は例外なく処刑され、口にするだけで厳罰に処されるという。


「つー訳だ。そんくらい知っとけ、問題児」


「いでっ!」


 ごん、と頭を殴られ、リューゴは悲鳴を上げた。

 文句を言おうとした時、ヨゾラがぎゅっと袖を掴んできた。


「お兄ちゃん、危ないことしないでね」


 うるうると潤んだ目を見て、リューゴはバツが悪そうに、


「……わーったよ」


 と頷いた。





「「「ただいまー」」」


 リューゴたちが自宅のリビングに入ると、橙色の髪の青年が座っていた。

 リューゴと目が合うと、青年はにこりと柔和な笑みを浮かべた。


「やあ、久しぶりだね」


「バラン! きてたんだ! ――いてっ」


「バランさん、だろ。ご無沙汰してます、バランさん」


「アサトくん、リューゴくん、ヨゾラちゃん。三人とも大きくなったね。別に呼び捨てでも大いに結構さ」


 そう言って丁寧な仕草でお茶を啜る橙色の髪の青年。

 彼が身につける白を基調とした金のラインが入った制服と胸に縫い付けられた鹿の徽章は、アルクを守る"再生士"の証だ。

 人見知りのヨゾラはリューゴの後ろに隠れて小さく礼をしている。

 リューゴは青年――バランに問うた。


「今日はなんでいるの?」


「お父さんに依頼してた物を受け取りにきたんだ」


 その時、リビング奥の作業部屋の扉が勢いよく開いた。


「バランさん、待たせたな!」


 出てきたのは、作業着に赤いゴーグルという出立ちのガタイの良い男。リューゴたちの父親、カイセイである。


「これが依頼のブツだ! 中身を確認してくれ」


 カイセイがバランに小包を渡す。


「いつも助かります。確認せずとも大丈夫ですよ。カイセイさんの作るアルク細工は常に一級品ですから。さすがはこの街一のアルクスミスです」


「ばーっはっは! そいつぁ褒めすぎでさぁ! セブンス一どころか、大陸一だがな!」


「……自分で言うことじゃない」


 ヨゾラのツッコミでリューゴたちに気がついたカイセイの目尻の皺が深くなる。


「おお、帰ったか! お前たちにも渡すものがある!」


 ほれ! とポケットから渡されたのは、透き通る素材で作られたアクセサリー。

 リューゴが受け取ったのは太いチェーンネックレス。


「かっけェーッ!」


 早速身につけて感動したのち、アサトとヨゾラを見やる。


「兄ちゃんとヨゾラはなんだったっ?」


「おれは腕輪」


「わたしはペンダント!」


 二人も嬉しそうにそれぞれ渡されたアクセサリーを身につけている。


「ていうか、父さんこれって……」


 アサトが何かに気づいたように目を向けると、カイセイはおうよ! と親指を立てた。


「アルクギアだ! アサトが来月学校を卒業するだろう? 卒業祝いってやつだ!」


「なんでこいつらも貰ってるんだよ!」


 アサトが不満そうにリューゴとヨゾラを指さす。


「みみっちいこと言うな! 確かに二人にはちと早いかと思ったんだが、材料を余らせてもしょうがないからな!」


 ばーはっは! とカイセイが豪快に笑う。

 バランが感嘆した様子でリューゴたちのアルクギアを見つめていた。


「素晴らしい……! アルクギアは一流のアルクスミスにしか作れない代物ですが、これほど精巧な作りのものは滅多に見ないですよ」


「さすがに誉めすぎだ、バランさん! それほどでもないがな! ばーはっは!」


 アルクギアについてはリューゴも学校の授業で聞いたことがあった。

 純度の高いアルクを幾度となく鍛錬したのち、さらに極限まで磨き上げることで作られる装飾品。

 別名”願いの鏡”とも呼ばれ、鏡のように持ち主の心を映し、色や輝きを変える。

 そして、強い願いに応えるようにして稀に潜在的な力を引き出す。その名も――


「”バース”! オレも父ちゃんみてェに使えるようになるのか!?」


「おうよ! ”バース”の開花には才能が必要だが、お前たちはおれの子供だから問題ねェだろう! やり方は一つ、”心からの願いごと”を強く念じること! こんな風に――」


 カイセイが額のゴーグルを装着した瞬間、ゴーグルが赤く光りだし、カイセイの背中から半透明な赤い両腕が生えてきた。

 ”腕”はカイセイの作業着のポケットからハンマーやピック、ヤスリなどを取り出し、軽々とお手玉し始めた。


「これがおれの”バース”、〈猿の手〉だ!」


「おおーっ! はいはいっ! オレも出したい!」


「おいリューゴ、うるせェぞ」


 アサトがぎろと睨んできたので口をつぐむ。


「お前たちは年齢的にもまだ”バース”が開花することはないかもしれねェが、潜在的な”色”を見ることはできる。目を閉じて念じてみろ」


 カイセイの指示に従い、リューゴたちは瞑目した。


(願いごと……壁の外に出て、アルキアで財宝を見つけて、大富豪になる……!)


 頭で思い描いたことを強く念じる。

 だが、特に何かが起きる様子はない。

 その時だった。


「な――ッ!」


 バランの喫驚に瞼を開けた瞬間、リューゴは目に飛び込んできたまばゆい光に目を眇めた。

 アサトの腕輪が黄金に輝いていたのだ。


「”金色ゴールド”のアルクギア! ひ、百万人に一人の才能ですよ!」


 バランの言葉にカイセイは嬉しそうに、おお! と唸った。

 それを見たリューゴが「オ、オレも!」と再度念じようとした直後、横でヨゾラが飛び上がった。


「わっ!?」


 ヨゾラのペンダントが凄まじい輝きを放ち、部屋中を照らした。


「こ、これはまさか――」


 虹色に煌めくヨゾラのペンダントを見て、バランがごくりと唾を飲む。


「”七色セブン”のアルクギア……一千万人に一人と呼ばれる、奇跡の才能……!」


「綺麗……」


 ヨゾラが自分の胸元で燦然と煌めくそれを手に取り、目を輝かせていた。


「す、すげェ……」


 妹に驚いていたリューゴは自分の胸に目を落とした。

 チェーンネックレスはいまだ透明のままだ。

 気がつけばその場にいる全員の目線が自分に集中していた。


「ぐぬぬぬぬぬ……!」


 だが、念じてみても、力をこめてみても、アルクギアは反応する素振りを見せなかった。

 アサトが、へっ、と馬鹿にするように笑った。


「なんだリューゴ、お前だけ光らないじゃねェか!」


「アサトッ!」


 ヨゾラが鋭い叱声を浴びせるが、リューゴは耐えきれず部屋を飛び出した。


「リューゴ!」


 カイセイの制止を振り切り、リューゴは家を飛び出した。

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