関節鳴らして陽キャになりたい
漫画やアニメで、「あんな弱そうな能力が使い方によっては最強!」みたいな展開を見ると興奮する。
自分もジッパー出したり愛を伸縮自在に操りたくなる。
でも自分の能力が本当に弱かったとき、使い道のない能力だった時、俺はどうやってそれを使いこなすのだろう。
------------キーンコーンカーンコーン
「おはよーう」「お~う」
覇気のない声が教室を満たしていく。
水曜日の朝なんてこんなものだろう。世の中高生に「一週間で1番嫌いな曜日は?」と聞いたら
十中八九 水曜日が選ばれるだろう。
先週この話を社会の福田先生に話したら「水曜日はまだ折り返しだから救いがある。本当のゴミは木曜だぞ。」と言っていた。
教師がゴミとか言うなよと思ったが、死相かな?ってくらいクマを刻んだ眼を見て何かを察した。
とは言え水曜日が最も憂鬱なのは間違いない。今を生きるフレッシュな若者である我々学生とブラック労働でくたびれたおっさんでは見る世界が違うのだ。「やっと半分来た」「まだ半分か」この価値観をすり合わせるのは難しい。
何より福田先生と我々では一つ、決定的に違う点がある。水曜日はあの地獄教科【国語】があるのだ。
「…おまえどんくらいやった?」
「800文字くらいかな」
「え?俺500文字くらいしか書いてないんだけど…やばいか?」
「死んだな」
「やばい!せめて文字数だけでも平均以上書かないと…!」
「あと20分で300文字か。頑張れよ。」
「今すぐ俺を殴ってくれ。早退する。」
「バカめ折角のヘイト役を逃がすと思うか?お前が席を立つより先に小松にチクってやるからな。」
「貴様に友情を覚えた自分を八つ裂きにしてやりたい。」
近くの席から一人サンドバックが出たようだ。今日は一体何人屍が積まれるのだろうか。
我がクラスでは水曜日の一時間目は国語と決まっている。世間一般的に国語は【眠い授業】くらいの認識だろうがうちのクラスでは全くの逆だ。授業中にあくびでもしようものなら永い眠りにつくことになるだろう。国語教諭[小松]の手によって。
小松先生は国語という落ち着いた教科に似合わぬ化け物だ。生活指導という名の狩りを嬉々として行うあの鬼にとって自分の授業はさながらコロッセオだ。ボロ服に木の棒を持ち立ち向かう我々に対して場外から機関銃をぶちまけるその様子は見るに堪えない惨状である。
国語の授業ではいかに目立たず、他にヘイトを向けるかに命を懸けなければならない。
先ほどの彼らも来たる地獄に備えていたのだ。
今日は2日前から字数自由の作文と問題集十数ページが課せられていた。自由とは名ばかりで文字数=順位とされる作文に、問題文と回答すべてノートへ書かなければならない問題集。
普通に考えて2日でやり切れる量ではないが皆命が惜しいのでやらざるを得ない。
というか国語教師なら字数より内容に目を向けろよ。あと問題文書き写すの意味ねーだろ。
皆無限にある文句を飲み込みこの地獄を乗り越える術を探す。
「…⁉俺の…ノートは…?」
「……フッ…」
身内に裏切られた者。
友を売った者。
「え、問題集って39ページまでだよな…?」
「バカ!お前36ページまでだよ!小松は無断で問題集進めたらキレるぞ⁉早く消せ!キレイサッパリ」
「マジかよ危ねぇ!助かったわサンキュ」
「ヘッ…いいから口より先に手動かせよ、間に合わなくなっちまうぞ?」
「恩に着るぜ相棒!」
…ニヤッ
『へッ ホントは39ページであってるけどなバカがぁ!』
直前で不安を拭おうとする者。
優しさに見せかけて仲間を騙す者。
ちなみに宿題は42ページまでだ馬鹿ども。相棒に恵まれなかったな。
数多の策略が行き交う中、俺 鳴木 紡は落ち着いていた。
いける…俺はこのチカラで切り抜けてやる…!
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ガララッ
教室の扉が開き、奴が入ってくる。既に皆喋るのはやめている。
こいつが教科担任になったことで全員が足音を察知するスキルを手にしているのだ。
「はい、号令ー」
奴の低い声が教室に響き渡る。声に宿る威圧感に全員が気圧される。本能的に恐怖を覚えてしまうのだ。
「えー事前に言っていた宿題ですが、確認の前にこの宿題が皆さんの内申にどう影響していくのかを話します。まずこの観点は——」
このジジイ、恒例の誰得な解説始めやがった。
こいつはいつもこうやって内申をちらつかせて宿題の完成度を間接的に咎め、脅してくる。
パツパツのジーンズ履きやがって、股間の存在感だしてくるな。
「——まあ、要するにここで点を取っとかないと定期テストでしわ寄せが来ます。今回のテストは私が作るので点は取らせませんよー?」
こいつはほんとに教員免許持ってるのだろうか。これが生活指導とか何かの法に触れてるだろ。
「はい、では私の独断で提出順を決めていきます。じゃああなたから。」
ついに始まった【狩り】に、皆の緊張が一層高まる。
中には泣きそうな奴もいる。あ、あいつノート取られた奴か。
「ん?これ以降は?39ページまでしか載ってないけど。」
「え?39ページまでじゃ…」
「席に戻ってください。次」
「あっ…ちょっ…」
因果応報だな。それよりお前が嘘教えた奴がムンクの叫びみたいな顔になってるぞ、どうにかしてやれ。
それはそうと実は俺も心臓が爆発寸前だ。どうか俺に…!
「はい、じゃあ次君」
きた。当てられたのは俺だ。だがここで――
パキッ
俺は今回、宿題を一切やっていない。そう、1ページも、1文字もかいていないのだ。
だが俺は切り抜けられる。
パキパキッ
俺なら——
パキパキパキッ
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!膝がああ!」
「⁉どうしました?大丈夫ですか?」
パキッ
「せんせぇぇぇぇぇ!保健室に行ってもよろしいでしょうかああ⁉」
「ああ、はい…もちろ——」
「先生!!待ってください!こいつは仮病です!」
「な…⁉」
「…ほう」
「こいつは宿題の作文が未完成なのを誤魔化すために嘘ついてます!見てください!こいつの作文用紙を!」
「いや…!俺はほんとに…!」
パキッ
「んぐああああ!」
「静かにしてください、授業中です。前本君、津田君の作文用紙を持ってきてください。」
「はい!」
「待っ…!」
パキッ
「膝ああああ!」
前本がこれ見よがしに津田の作文用紙を見せる。
「…たしかに内容的にはまとまっていませんね。」
「はい!そう思います!」
「ですが雑ながら作文としてはしっかりと提出できる範囲ではありますね。ギリギリまで頑張っていたのはなんとなくわかります。」
「⁉マジで20分で300文字…!」
「なるほど…」
小松先生の声色が変わった。
「前本君は確証もない状態で津田君の作文が未完成だと騒ぎ授業を妨げ…」
「い、いやそんな妨げとかそんなつもりじゃないんですけど…その…」
小松先生の放つオーラに押され、前本の反論の声は尻すぼみに小さくなっていく。
「津田君は提出を逃れるために仮病で騒ぎ出し、これまた授業を妨げる…」
「先生、違うんです…俺は本当に…」
「前本君と津田君は私と来てください。すみませんが他の皆さんは自習していてください。宿題は来週改めて回収します。すでに確認した方も改めて採点しますので再提出したい方は添削して頂いても構いません。では2人、来てください。」
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その後、2人は4時間目の途中で帰ってきた。
顔洗ってたのかと思うほど涙でぐしょぐしょになりながら、お互いを慰めあっていた様子から、
もはやお互いに対しての怒りとかよりも生きて帰ってこれたことの喜びを嚙み締めているようだ。
さて、この一連の事件偶然起こったわけではない。俺が引き起こしたのだ。
今からひと月ほど前、俺は家のソファでごろごろしていた時暇だったので体中の関節をぽきぽきと鳴らして遊んでいた。指、手首、肘、肩、膝と鳴らしていた際にふと思った。
[関節ってどこでも鳴らせるのか?]と。
人間の骨格画像をネットで拾い、間接にあたる部分をどうにか鳴らせないかと試行錯誤したができなかった。俺はそれから数日、寝ても覚めても関節のことだけを考えていた。
そしてある日「くそ!鳴れよ!」と心の中で叫んだ時、
ポキッ
鳴ったのだ。今まで一度も鳴らなかった股関節が。しかも一切体を動かしていないのにだ。
俺は驚き、もう一度心の中で強く念じた。「鳴れ!」と。
するとまた ポキッ という景気のいい音が股間から鳴った。
俺は喜びのあまり踊り狂い、体中の関節を鳴らしまくった。
そしてその力を使い続けるうちにこのチカラが他人にも作用するということに気づいたのだ。
関節を鳴らすのはその部位に微量ながら負荷がかかる行為だ。
俺の力で先ほどの津田のように同じ部位を何度もならせば関節が悲鳴をあげ、ノックダウンだ。
前本と津田は2日前から[逃げること][貶めること]を考えている様子だったから利用させてもらった。
まず津田の関節を攻撃する。津田が逃げたがっているのを知っていた前本は仮病を疑う。
しかし本当に膝を砕かれている津田は当然反論する。小松は自分の授業をかき乱した2人を粛正する。
小松にとっては2人の言葉が正しいかよりも自分の授業の雰囲気が乱れることのほうが許せないのだ。
そういう先生だあいつは。誰か教員免許を取り上げてほしい。
まあとにかく俺は【関節を鳴らす】だけでこの地獄を乗り越えたのだ。
俺はこのゴミみたいな力で、学校生活を有意義に過ごしてやるんだ。