押しつけられた公爵令嬢は普通に有能でした
「最初に言っておくが、私が君を愛する事はない」
開口一番にマルク・ビルドウオル辺境伯は嫁いできた妻へ早々にこのような暴言を言い放った。
昔馴染みの老執事はうろたえ、彼の乳母でもある侍女長は大きく溜息をつきながら張り手を一発仕置きとして見舞おうと片手を構える。
だが、妻となるリティーヌ・ブロークン公爵令嬢は特に動揺した様子もなく無表情のまま頷く。
「はい。存じております」
平然と受け入れるリティーヌをマルクは怪訝に思って改めて彼女を見てみる。
リティーヌ・ブロークン。
初見の印象だけで言うなら、人形のような女であった。
整った顔立ちは長く艶やかな黒髪に隠され、着ている紺のドレスは質素と言えば聞こえはいいが、貴族令嬢が着るものとしてはいささか地味なようにも思える。
しかし考えてみれば、元より彼女はブロークン公爵家の当主がビルドウオル辺境伯家への借金の返済代わりに押し付けてきたのだ。
ビルドウオル家の先代当主がかつてブロークン公爵家の領地開拓のために貸し付けた多大なる借金。
そのカタに彼女はこんな魔物の群生地帯と隣り合わせの辺境へと飛ばされてきたのだから、色々と諦めてしまうのも仕方ないかもしれない。
同情はするが、彼女は噂によると王都でも我儘放題であった悪名高い令嬢とのこと。
我が領地でも同じように好きにさせるわけにはいかない。田舎者と舐められたら終わりだ、そう思ったマルクは怫然とした態度を崩さないように構える。
「……君の評判は聞いている。王都では貴族令嬢としての地位を悪用して随分と好き勝手していたそうだが、我が家に嫁いだからには領内で好き勝手できると思わぬこと――痛あっ!」
言い終わる前に、マルクは遂にメイド長に後ろから頭に拳骨をお見舞いされた。
「存じております。決して辺境伯に迷惑をかける事は無いのでご安心ください」
それでもリティーヌは動じずに、相変わらず鸚鵡返しの肯定を繰り返すのみであった。
「むう。……君はさっき私が言った話を否定しないのか?」
いざ目の前にした令嬢は噂の悪女とはどうしても結びつかない。
どう声をかければ、と迷っているとリティーヌの方から口を開く。
「私の役目は妻としてあなたの子を産む事です。本当か嘘かなどどうでもいいではありませんか」
「いや、どうでもよくはないだろう」
もしやさっきの私の言動に怒っているのだろうか、と今更ながら焦るマルクを尻目に、リティーヌは淡く笑いかける。
それは諦観の念を多く混じらせた乾いた笑みであった。
「話は終わりでしょうか? それでは失礼いたします。閨の相手から屋敷の雑用係。言われれば何でも仰せつかりますので、好きな時にお呼びください」
「お、おい待て――」
お辞儀をしたリティーヌは部屋を出て行き、老執事が案内のために後へと続く。
残されたマルクは自分の対応のまずさにようやく気付いて頭を抱える。
「坊ちゃま、少しお話がございます」
「……あ、はい」
当然ながら、この後マルクは侍女長からしこたま怒られた。
一週間後、マルクは彼女の部屋の前で立ち尽くしていた。
メイド長にこの前のリティーヌへの謝罪と歩み寄りをするように言われた彼だが、どう声をかければいいのかわからず、意を決して彼女の部屋に出向くも、こうして部屋の前で及び腰になって右往左往してしまっていた。
――婦女子に面と向かって謝る事もできない。自分はこうも意気地の無い男だったのか。……む?
自身の情けなさに塞ぎ込んでいたマルクだが、リティーヌの部屋のドアの隙間が僅かに開いているのに気付いた。
マルクは紳士にあるまじき行為と思いつつも、つい好奇心に負けてその間を覗き込んでしまう。
といっても、別にリティーヌの意外な姿や隠された本性などが見られたわけではない。
彼女はただ静かに部屋の隅に座り込んで、本を読んでいるだけだった。
メイドたちから聞いていた通りだ。
彼女は家から持ってきた何冊もの本を日がな一日中ずっと読んでいるらしい。
使用人たちも世話のしようがなく、むしろ困っているそうだ。
マルクはリティーヌの顔を見る。
とても安らいでいるようだった。
――読書の邪魔をするようで悪いが、ここで歩み寄らなければ何も変わるまい。
そう考えたマルクは大きく深呼吸をするとドアを叩く。
「ひゃっ⁉ は、はい。どうぞ」
よほど本の内容に集中していたのだろうか、素っ頓狂なリティーヌの声が返ってくる。
マルクは改めてドアを開いて、彼女の部屋へと入る。
「だ、旦那様⁉」
リティーヌは目をぱちくりさせながらも、アワアワ顔で困惑していた。
こんな顔もできるのか、とマルクは少しだけ驚いた。
「なぜ、そんな端に縮こまっているのだ? ここは君の部屋だろう」
「す、すみません。目障りですよね。明日にでも……いや、今すぐ物置部屋にでも引っ越すんで……」
「そういう意味で言ったのではないぞ。……おいコラ、待ちなさい!」
マルクは部屋を出ていこうとするリティーヌを捕まえて、ずっと説得し続けた。
ようやく彼女が落ち着くの見計らって、マルクは改めて話題を切り出す。
「以前はすまなかった。妻となる女性に対して、かなり……その……礼節を大いに欠いた接し方をしてしまった」
「いえ、仕方ありません。元より私は妹の代わりです。押し付けられたそちらからしても迷惑だったでしょう」
「そのような事は……む、妹?」
リティーヌは話し始める。
なんでも最初この家に嫁ぐのは異母妹であるルティス・ブロークンの予定だったらしい。
しかし、彼女はこんな辺境の田舎に嫁ぐのなんて嫌だと騒いだため、代わりにリティーヌが来たのだそうだ。
「申し訳ございません。可愛らしい妹ではなく、こんな陰気な女で。さぞご不快だったでしょう?」
「……そもそもそんな話は初耳だったのだが」
いや思い返せば、ブロークン公爵が令嬢を一人寄越すとしか聞いていなかった。
向こうがバレない様に伏せたのか、自分が興味が無さ過ぎて真面目に聞いていなかったからか。あるいは両方か。
――どちらにせよ、馬鹿者だな私は……。
「君はそれで満足なのか?」
「お母さまもお祖父様も死に、公爵家はお父様が継ぎました。お父様も義母様も妹を溺愛していましたから仕方ありません」
「……むう」
リティーヌの話とこれまでの口ぶりから、彼女が元の家でどのような扱いを受けたのか、なんとなく想像はつく。
楽しみなどそれこそ限られたのだろう、とマルクはリティーヌが持っている書物へと目を向ける。
「本が好きなのか?」
「……え? あ、はい。好き……です」
「どんなものを読むんだ?」
「小説でも、論文でも、……読める物なら何でも読みます」
たどたどしくも、珍しく感情の乗った声で答えるリティーヌにマルクは驚く。
彼の中では貴族の女性というのはもっと華やかなドレスや煌びやかな宝石などを好むものだと思っていたのだから。
なんにせよ、歩み寄るのならここだろう、とマルクは話を続けることにする。
「私も少しは読むぞ。と言っても冒険活劇とかばかりだがな。カルビン旅行記とかな」
「あ、それ知ってます! 面白いですよね!」
リティーヌは一転して目を輝かせた。
「主人公のカルビンが世界中の摩訶不思議な秘境や遺跡を冒険していくんですよね。私のお勧めは5巻の氷の樹海の地獄狼との決闘でしょうか。あそこは作者のベルインコ先生の前作の鴉ノ騎士の最終巻のオマージュなんですよね。先生は最終巻のあの結末に納得がいってなかったらしく改めて――えっと……ごめんなさい」
矢継ぎ早に繰り出された言葉の数々にマルクはポカンとし、我に返ったリティーヌは顔を真っ赤にして恥じ入るように頭を下げる。
「ぷっ、ははははは!」
「ふぇ?」
思わず吹き出すマルク。
まさかここまで面白い女性だとは、己の見る目のフシ穴っぷりもいい所だろう。
「――いや、すまん。ようやく君という女性が見れた気がしてな」
マルクの言葉に、リティーヌは相変わらず訳が分からないといった表情で首を傾げた。
「そうだ。もっと他に読みたい本はないか? ウチの書斎にも書物は沢山あるのでな。好きに持っていって構わんぞ」
「ふぁっ⁉ いいんですか⁉」
想像以上の食いつきを見せるリティーヌに驚きつつもマルクは首肯する。
「いちいち許可などいらんさ。ここはもう私の妻である君の家でもあるのだから」
「ふわわあっ! あ、ありがとうございますっ!」
今までで一番の笑みを浮かべるリティーヌに、マルクも思わず顔をほころばせるのであった。
しかし、それから一週間後。
リティーヌは相変わらず部屋に籠りっぱなしで、どころか最近では呼ばれなければ食事にも来ない始末であった。
気になったマルクは再び様子を見に部屋を訪れることにする。
「リティーヌよ。いるか?」
ドアをノックしても返事はなかった。
何かあったのかと心配になり、マルクは鍵のかかっていないドアを開けた。
すると部屋の床には幾何学模様や走り書きのメモが散乱していた。
「うーん。やっぱりこの部分は地脈形式だと魔力の巡りはあまり良くないわ。ここはやはり分割形式にした方が、でもそうなるとコストが――」
部屋の主であるリティーヌは真ん中に座り込み、ブツクサ呟きながら夢中になって物書きに勤しんでいた。
「リティーヌ」
「はわぁ⁉」
ようやくマルクの存在に気付いたリティーヌは驚きのあまり飛びずさろうとして、バランスを崩してすっ転ぶ。
「イダダ……ご、ごめんなさい! 私ったらつい夢中になっちゃって――」
「気にするな。それよりも、ここにあるものは全て君が書いたのか?」
「えっ。あっ、はい。ここにある論文や資料を基に私なりに組み上げてみた魔法論文です。まあ、素人が考えた机上の空論ですが――」
恥ずかしそうに目を伏せるリティーヌをよそに、マルクは彼女が書いたもの興味深げに読み上げる。
「いや、私もこういうのに詳しいわけではないが、書かれているものがかなりの知識を感じられるものだというのはわかるぞ」
「そ、そうですか? お父様たちからはいつも目障りだと破り捨てられていたので……」
「……」
「なんかすみません」
「……なぜ謝る?」
「いえ、なんだかすごく怒ってるようでしたので」
「大丈夫だ。君にじゃない。むしろ君には改めて謝罪するべきだろうな。すまなかった」
「ふぇ?」
この時にはもう彼も先に聞いた噂や悪評など信じておらず、むしろ、妹であるルティ・ブロークン令嬢の悪評をこそよく聞くようになった。
リティーヌがここに来たタイミングでこれというのは、やはり彼女に妹のやらかしを押し付けていたのだろう。
だとしても、一瞬でも彼女を噂通りの悪女なのではと疑ってしまった自分が許せなかった。
「私は君を怒鳴りはしないし、止めもしない。存分に読んで書くといいさ」
「あ、ありがとうございます!」
「ところで、これはどんな魔法なんだ?」
「あ、それはですね――」
その日の二人は夜まで語り明かし、以降はマルクもリティーヌとの会話は自然と増えていき、彼女はよく笑うようになった。
しかしある日、ビルドウオル領内にて魔物のスタンピードが起こった。
魔物が多く住む地帯と隣接するこの土地では珍しい事ではないが、今回ばかりは特に規模が大きく、爆発的に増加した魔物の群れに領中の村や町は壊滅的な被害に見舞われた。
「倉庫で保存していた食料を全て解放して民に分け与えよ! 魔物の討伐には騎士団だけでなく、隣の領地の応援を要請するんだ。費用は惜しむな!」
日夜報告される被害の報告の対応にマルクたちは追われていた。
「少し屋敷を空ける。心配するな。数日で戻る」
魔物の群れの討伐に向かおうとするマルクはリティーヌにできる限り心配をかけぬよう、笑顔と穏やかな声で言いながら、支度を終えて出立しようとする。
「あ、あの……待ってください!」
そこへ、リティーヌはおそるおそる手を挙げた。
「このスタンピード、なんとかできるかもしれません」
「……なんだと?」
リティーヌの意外な言葉にその場にいた全員が彼女を見る。
「奥方殿、あまりいい加減な事を言われても――」
「待て」
事態への焦りと苛立ちから憤る部下の騎士をマルクは制する。
彼女はこんな時に冗談やいい加減な事を言うような人間ではないと、マルクはこの半年でしっかり理解していた。
リティーヌは大きく息を吸うと説明を始めた。
「魔物のスタンピードには基本的に二つの法則があります。一つは野生動物と同じでどこかで繁殖して餌を求めて人里に降りてきた場合、もう一つは強い魔力に引き寄せられた場合です」
リティーヌは手に持っていた大きな地図を広げる。
それはこの領地の地図であった。
「おそらくは後者です。今は冬場ですし、餌を求めて大量の魔物がくるような場所はこの領地にはありませんし、ここは豊富な魔石が産出される場所です。きっと魔石の発する魔力に引き寄せられているのだと思います」
ここまでなら、魔物の生態に詳しい者、領地の運営に携わっている者ならば、ある程度は理解できる範疇であった。
しかし、真に驚くべきは、リティーヌが説明を続けながら、地図に幾つかの地点に的確に印をつけたことだった。
「こことこことここ。おそらくは少し前に起こった地震が原因でしょうか。それによって地脈が乱れて大きな魔力の淀みが出来て魔石に影響を与えてしまっているのかと。この封印式魔法陣を張ってください。少し私がオリジナルを書き足してしまいましたが。これで魔物たちは目指していた魔力の反応を失って侵攻の勢いは失うはずです」
言い終えると、彼女は魔法陣が記された紙を何枚か取り出し、マルクたちに手渡した。
「リティーヌ、その前に一つ聞かせてくれ。魔物が引き寄せられる場所がなぜわかったのだ?」
「えっと……ここに暮らす魔物の生態と産出された魔石のデータから、ここかなって……」
さっきまでの饒舌な説明が嘘のように、自信無さげに、同時に事も無げに語る妻の言葉にマルクは言葉を失った。
――それでも彼女の言葉を信じよう。
決心したマルクは部下の騎士と魔法使いを率いて、リティーヌが挙げた場所へと向かった。
「み、見つけました!」
捜索を始めて三時間、部下の一人が黒く淀んだ鉱石を発見した。
彼女の言う通り、淀んだ魔力によって魔石は魔力を滞留し過ぎて肥大と汚染が進んでいた。
マルクたちは魔石へ魔法陣を張り付けていく。
効果は覿面であった。
数日程して、魔石は元の水晶のように透き通った色を取り戻していき、同時に領内での魔物の数と勢いは落ち着いていった。
「奥方様の技術と知識は素晴らしいですよ! 宮廷魔法使い並みです!」
ようやくスタンピードが収束した後に部下である魔法使いが興奮した面持ちで賞賛していた。
「お、お役に立てて良かったです……!」
リティーヌは恐縮とばかりに身を縮こまらせながら、照れくさそうに笑っていた。
そんな彼女を見て、マルクも誇らしげな気分になるのであった。
そうしてスタンピード問題は解決して一息ついた頃、一人の男が屋敷に乗り込んできた。
「おいリティーヌ! リティーヌはいるか⁉」
肥え太った髭面の男はひたすらにリティーヌの姿を探している。
マルクはどこかで見覚えがあるなと思ったら、彼はブロークン公爵……つまりはリティーヌの父親だというのを思い出した。
「どこにいる! 父であるワシが来たのだぞ! さっさと出てこい!」
この屋敷の主であり、娘の夫であるマルクへロクな挨拶もしない。
貴族としての最低限の礼節もまともに習っていないのか、と吹き抜けのホールの階上にいたマルクは呆れながら、奥にいるリティーヌ当人へと目を向ける。
追い出そうか、とマルクは目配せするが、彼女は首を横に振って一歩踏み出した。
「お父様、私に何か御用ですか」
「おお、見つけたぞリティーヌ! お前が必要になった! さっさと家に戻ってこい!」
久しぶりに再会した実の娘に公爵は自分の用件だけ言った。
「貴様がいなくなってからも領地の運営は上手くいかなくてな。妹のルティスも色々とやらかして逮捕されてしまった! そこへ貴様がこの田舎で活躍しているという噂を聞いたのだ!」
話を聞く限り、まともな運営もできないと思っていた。
妹の方も悪評を被せる相手がいなくなって、普通に捕まっただけだろう。
むしろ濡れ衣で捕まる前に嫁いでこれたリティーヌは運が良かったのかもしれない。
「その無駄に溜め込んだ知識を今こそ私のために役立つ時だ! ほら戻るぞ!」
こちらの事情や家同士の関係の事など知らないとばかりの自分本位な言動を繰り返す公爵。
まるで悪い意味で子供のような男であった。
「い、いやです」
「な、なにぃ⁉」
リティーヌは怯えながら己の言葉をはっきりと告げた。
いまだ身体を震わせているが、毅然とした態度は崩していない。
「わ、私は既にこの家に嫁いだ身です。今さら戻る気はありません。正式な手続きをお願いします」
「き、貴様ぁ! 父であるワシに逆らうのかぁ!」
一転して、激昂した公爵はリティーヌへと殴りかかろうと拳を振り上げる。
しかし、その腕を後ろからマルクが止めた。
「そこまでです、公爵」
「な、マルク辺境伯⁉ どういうつもりだぁ!」
「我が屋敷へ強引に押し入り、私の妻への狼藉。看過できません」
「ええい。その汚い手を離せ! 辺境伯の分際でぇ……!」
今度はマルクへと襲いかかるブロークン公爵だが、マルクは公爵の拳をかわし、カウンターで公爵の顔面に一撃見舞った。
「ふぎゃあああああ! 痛い! 痛いぃ!」
殴り飛ばされたブロークン公爵は顔を押さえながら、それこそ子供のように転げながら泣き喚く。
なぜこんな男が公爵という地位につけているのか、マルクは怒りを通り越して呆れるばかりだった。
「――とりあえず、その不快な男を公爵家へ突っ返してこい」
「かしこまりました」
どこからか現れた老執事は縄でふん縛り馬車へと押し込み、困惑する御者へと伝えて走らせた。
この後に両家の関係は険悪……とはならなかった。
元々、家の権威を笠に着て好き勝手して領地を荒れさせていたのが問題となっており、王家の命で調査が入っていた上に、なんとブロークン公爵は前当主を暗殺、挙句は王家へのクーデターをも画策していたことが判明した。
そのままリティーヌを除くブロークン公爵と関係者らは罪人として連行されていったそうだ。
一連の顛末を聞いたリティーヌは大きく溜息を吐いた。
「……私は酷い女です。お父様たちが罪人として裁かれているのに何の感慨もわかないのですから」
「いや、仕方ないと思うぞ」
むしろアレらを家族として認識していられる分、優しいぐらいだとマルクは思った。
「そういえば、公爵家は取り潰すのが普通だが、所縁のある者を当主として選定して新しく建て直す案も出ている。そうなった際の候補には君の名も挙がっているが、立候補しなくていいのか?」
「いいえ。私はビルドウオル辺境伯の妻です」
「……そうか」
毅然とした態度で答えるリティーヌにマルクは心の中で安堵した。
こうしてブロークン公爵家は取り潰しとなり、代わりに分家の一つが公爵として昇爵したのだった。
その後のビルドウオル領は魔物の被害が激減していったため、領地は開拓と産業に集中させ、領を大きく発展していき、領主であるマルクは開拓者としてその名を歴史に残す事になる。
そして、そんな彼の隣には常に一人の妻が寄り添っていた。