鶺鴒
かつて魔王から口吻をされたとき、聖女の恋心に火が灯った。
口吻は神聖なもの。愛の証明。それを魔王と呼ばれる人が自分に与えた。
たとえそれが魔王の手管による擬似的な感情であっても、聖女に恋という感情の色を与えてくれた。たった一瞬でも運命を感じた。無垢な聖女にそれは毒だった。
転生した元聖女は俗世に染まった。森の奥深くの廃墟と化した神殿にまで魔王の首を愛でに来る元聖女に、あの頃の清廉さはない。
「魔王様は胸派ですか? お尻派ですか?」
「なんだ急に。そなたの口からおよそ飛び出るとは思えない質問が聞こえたのだが?」
「ここに来る途中、街で聞いたのです。世の男性が女性の魅力を語る時、おおよそ二つの派閥に分かれるのだと」
祭壇に据え置かれた魔王の首は、苦虫を噛み潰したような顔をしたけれど、聖女は話を止めない。
「好いた男がいるのであれば、そのどちらかで悩殺できると聞きました。なので魔王様の好みをお聞きしたく」
「くだらん。無意味だ」
「無意味ではありません! 日替わりで魅力的な私を堪能できるのですよ? 堪能したいでしょう?」
「いや、別に」
「んもぅ〜! でもそういうところもお慕いしておりますっ」
ぽっと頬を赤らめた聖女は魔王の首をそっと持ち上げると、赤子にするように腕に抱く。
「魔王様はどうやって生まれたのでしょうか」
「なんだ、唐突に」
「かつて神は、鶺鴒という鳥の繁殖行為を真似て、人間に性を与え、子作りの法を与えたと言います。聖典では魔王という存在は突発的に発生する災害だと記述されていました。そんな生まれ方では、私は魔王様と子作りをして玉のような子を産めないではありまけんか!」
聖女の言葉を聞いて、魔王は深々とため息をついた。
「そなたは我の子を生みたいのか?」
「もちろんですとも!」
「我は首しかないぞ」
「それはそのうち、お身体もどうにかいたしますゆえ!」
聖女の活きの良い答えに、魔王は呆れた。
俗世にまみれた聖女の行く末がちょっと心配にもなる。