まわる
そういえば、と魔王が声を上げた。
「そなたが転生しているのであれば、他の者も転生しているのか……?」
もしそうであれば、少々面倒なことになるなと魔王の表情に苦みばしる。
魔王の長い髪を櫛で丁寧に梳いていた聖女は、うーんと宙に視線を投げた。
「転生しているかはわかりません。私が記憶を取り戻したのはおそらく魔王様の接触があったからです」
「……我のせいか」
「おかげというのですよ」
ほくほくと嬉しそうにする聖女に、魔王はなんとも言えない気持ちになる。
「ただ、転生しているかどうかに関わらず、勇者が目覚める可能性はございますね。私を殺したあのクズ野郎とは別で、勇者が生まれている可能性のほうがたかそうです」
「仮にも一緒に旅をしていた仲間なのだろう。その言い方はあんまりではないのか?」
「ふふ。転生し、酸いも甘いも知った私は悟ったのです。あの勇者は真正のクズだったと……!」
あ、これは触れないほうが良かったのではと魔王が思った時には遅かった。聖女は無心で魔王の髪を編み始めながら、自分の死後、勇者がどういう風に魔王との最終決戦を捏造したのかを語りだす。
「よりにもよって、私を闇落ちした聖女などと……! 確かに私は魔王様に陥落いたしましたけれども! とはいえ男遊びが派手だったとか、金遣いが荒かったとか……! 神殿という温室育ちゆえに勇者パーティーの足をひっぱいていたとか……! 私そんなにひどくはなかったです! むしろそれらは全部勇者の話では!? って聞いててあ然としたんですから!」
ぷりぷりと怒る聖女の手に力が入る。魔王は自分の髪が抜けやしないかはらはらした。魔王の髪の生命線は聖女に握られてしまっている。はらはらする魔王の気も知らないで、聖女の話はヒートアップする。
「女遊びをして財布を空にするから、魔導士がいつも怒ってました。剣士も呆れていて、パーティーのお財布はできるだけ剣士が持つようになったんです」
「ほう。そなたではなく?」
「神殿で質素倹約を学んではおりましたが、私ではお財布を守る物理的な力を持っていなかったのです」
「お財布を守る物理的な?」
「すられるのです」
あー、と魔王はなんだか納得した。そうだった、あのメンバーの中で、聖女が一番動きがどんくさかった。だからこそ隙をついて魔王は眷属化できたのだと思い出す。
「女遊びの多い勇者か……そんな奴に我は殺されたのか……」
「その時の名残か、今やあちこちに勇者の子孫を名乗る人たちがいると風の噂で聞きました」
魔王はなんだかやるせなくなる。思わず遠い目になった。聖女もためいきをついて、ですから、と続ける。
「アレが転生しているなど考えたくもありません。私としては一生墓の下にいてほしいと思います」
「だな」
二人でしっかりうなずきあったけれども。
運命というものは、なんとも悪戯だったりする。
魔王の封印が解かれた今、勇者が目覚めるのもそう遠くない未来なのだから。