眠り
これは夢なのだと魔王は気づいた。
自分が封印されたときの夢。
かつての魔王は人間と対立し、魔族にとって居心地の良い世界を作ろうとしていた。この世は弱肉強食だと知りながらも、人間に不当に殺されていく同胞に怒りを覚えたのは事実。いつしか人間の畏怖の矛先が自分に向くのを是とすらしていた。弱気同胞が殺されるのであれば、すべて強者である自分に向かえば良いと。
その結果がこのザマだ。
四肢は切り分けられ、各地に封印された。今や頭のみで、それすらも長い年月、封印されていた。
封印されていた間、魔王は様々の夢を渡り歩いた。
魔族の夢、人の夢、獣の夢、虫草の夢。
実に生き物とは多様な夢を見る。自分が魔王だったことこそ夢の出来事だとさえ思えるほど。
ある日、一人の少女の夢を覗き見た。
それはもう、かつて自分が封印された時の場面によく似ていたものだから、魔王は少し長居してしまうほどに。
外野から見れば、自分と勇者のなんと滑稽なことか。お互いになりふり構わず、魔王は勇者の仲間を眷属にするし、勇者は元仲間ごと魔王を屠った。
間に挟まれたのは聖女だ。
この聖女の、なんと憐れなことか。
魔王の眷属となったことで、この聖女は埋葬されることなく灰となって死んだ。魔王の眷属は死ねば大地に還る。自然の摂理だ。ただ、その瞬間に夢が閉じるのをなんとなく憐れに思い、灰になる前に夢の中で魔王は葬送の唄を贈ってやった。
これは自己満足でしかない。自分を屠りに来た奴らを憐れに思うなど、強者の特権であるとも思いこんでいるのやも。まぁそれすらも夢では些細なことかと思い、魔王はまた別の夢を渡り歩く。
だが、それから少ししたうちに魔王の封印がひとつだけ解かれた。
泡沫の眠りに終わりが訪れた。
魔王を永遠の揺り籠から抱き起こしたのは、一人の少女。
そう、魔王が葬送の唄を聖女に贈った夢の持ち主で。
――やっと会えましたね、お優しい魔王様。
そのときの少女の表情は、まさに慈愛の聖女と言うに相応しいものだった。
その少女が、また今日もやって来る。
うとうとと、日がな一日微睡むことしかない魔王のもとへやって来ては、村娘のようにおしゃべりをして、世話を焼き、帰っていく。
聖女はなんとも平和ボケしているものだと思いながら、魔王は今日も首を抱かれて運ばれる。聖女の腕の揺り籠は居心地が良い。たとえ散歩であっても微睡んでしまうのは許してほしい。
我もなかなか平和ボケしてきていると、自分に言い訳をした。