温室
元聖女が首だけの魔王のために育てている花がある。森の奥深くの廃墟と化した神殿の中庭のような場所に花畑のように敷き詰められた、色とりどりの花たち。聖女の聖属性魔法で結界が張られているそれは、さながら天然の温室とも言える。
「たまには魔王様もお出かけしたいと思いまして! こちらの花がとても見頃ですからお連れいたしましたの!」
「連れるのはいいが! 待て! 結界張ってあるだろう! えぇい、結界に近づけるな! 削られる!」
「あらあらまぁまぁ! かつての魔王様にとって、私の結界などただの壁でございましたでしょうに」
「さすがの我もこんな不自由な状態で聖属性魔法なんぞに触れたら、せっかく回復した力もまた削られる! 物理的に我の顔と一緒にな!?」
「不便でございますねぇ」
聖女は残念そうにしながらも、魔王に不都合が起きないようにと聖属性魔法の結界を解いた。
魔法解除の魔圧で風が吹き込み、いくつもの花弁を拭き上げていく。
「……凱旋パレードは数多の花を、国民たちが勇者に降らせたそうですよ」
「凱旋パレード?」
「ええ。勇者はあなたを打ち倒したあと、王都へ凱旋し、その栄誉を讃えられました。魔王に操られた私の死を悪として。私、歴史書では黒聖女って言われているそうです」
聖女は魔王の首を優しく抱いている。淡々と色のない声で囁く聖女の表情を、魔王が見ることはできなくて。
「黒聖女だなんて、魔王様にぴったりですわね」
さらりと金色のカーテンが、魔王の視界に垂れ込んだ。美しい黄金の髪は生前の聖女と同じ色。よく手入れされていて、傷みのひとつもない。
魔王の漆黒の髪を優しく梳きながら、聖女は花畑の真ん中に寝転がる。魔王の首は花の上にちょこんと置かれた。
聖女はぐっと伸びをすると、ふわりと魔王に微笑んで。
「花は良いものですね、魔王様」
「……そうだな」
その表情がなんとも幸せそうなものだから、魔王は何も言えず、色とりどりの花畑に埋もれるだけだった。