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雲壌/天地

 首だけの魔王は突然、聖女にこう言った。


「聖女よ。我たち、一度別れよう」


 聖女はうなずいた。


「魔王様の髪を一本ずつ丁寧に抜いて糸を紡ぎ、それで衣を繕わせてくださるならば」

「やだこの聖女こわい」


 魔王は聖女の盲目加減を見誤っていた。イエスマンかと思っていたのに、だいぶ過激な思想の持ち主だった。

 とはいえ、このままでは魔王はダメになる。おんぶに抱っこされ、そのふくよかなお胸に甘やかされると、なんだか無性に母胎に帰りたくなる衝動が沸き起こる。それを知らずに聖女はまた尽くすものだから、魔王はどんどんダメになる気がして。


「聖女よ。今は試練の時だと我は思う」

「試練、でしょうか」

「我が復活するための試練だ」


 聖女はハッとした。首だけの魔王を見つめ、目を潤ませる。


「まさか、私と子づくりを――!」

「違う! いいや違わないが! 我たちはあるべき姿に戻るべきだと思うのだ!」


 聖女はぴたりと動きを止める。魔王は矢継ぎ早に口を回した。


「今のままでは我は魔王として永遠に封印されたままだ。それではよくない。これでは我に尽くしているそなたが報われないではないか」

「私ですか?」

「そうだ。我は寂しがりのそなたに報いてやりたい。そのためには首のままではいけないし、我が魔王であるのも都合が悪い。だから我は魔王をやめようと思う」


 聖女の目が大きく開く。魔王を辞めることができるのかと、信じられない表情になっている。

 魔王はこればかりは最終手段だった、と告白した。


「魔王継承の儀式がある。それを勇者にする」

「勇者に?」

「本当は誰でもよい。魔王の莫大な力に耐えうるならば。今の世界で耐えられるのは勇者くらいなものだろう。さらに勇者はそなたたち人の神側のものだ。我が勇者に魔王を譲渡することで、勇者が魔族の頂点に立つ。人間の国と同じだ。魔族を人間に統合させてしまうのだ」


 聖女は驚きのあまりに声すら出なかった。固唾をのんで、ようやく魔王の言ったことを咀嚼すると、困ったような顔になる。


「それは難しそうです。人間が魔族を受け入れられるか……それに勇者がうなずとも限らないですよ」

「そうだな。だがやってみるべきだ。そうして真にそれが叶ったら……そなたが望むものを与えてやろう」

「それはまさか……!」

「完全体になった我を好きに抱くがよい」

「お慕いしておりますわー!」


 聖女が奇声をあげ、鼻血を吹き出して、幸せそうな顔で倒れた。魔王は顔をひきつらせる。


 だが、これで良いはずだ。

 魔王は永遠の封印に気が狂うことなく生きられるだろうし、勇者や聖女も神とやらに振り回されることもなくなるだろう。


 魔族と人族の長年の確執。

 それに終止符を打てるのであれば、魔王も本望だ。


 そう思うようになったのも、世話焼きの聖女がいたからこそ。気づかせてくれた元聖女へ、魔王は感謝した。




 とはいえ、首だけの魔王による計画は限界がある。

 結局のところ、聖女におんぶに抱っこになってしまうのは変わらない。


 その後。

 魔王の首が胴について戻ったのか。

 それは闇落ちした元聖女しか知らない。






【闇落ちした黒聖女は魔王の首を愛でている 完】

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