灯り
深夜、何もかもが寝静まった神殿の奥、祭壇の間でゆらりと蝋燭の火が揺らめいた。
聖女は魔王の首を膝に乗せ、その髪を丁寧に櫛で梳く。
「そなたももの好きだな。せっかく戻ってきたのなら、村に戻れば良いものを」
「ふふ。いいのです。私がこの神殿に通っていたことはそれなりに知られていますし……あまり村人には好かれてもいませんから」
村人に好かれていない。魔王は聖女のその言葉が引っかかって、どういうことなのかと聞き返す。
聖女は胸を張って答えた。
「魔王に魅了された哀れな村娘、というのが今の私の称号ですわ!」
「胸を張るところか?」
「私に相応しいでしょう」
聖女の嬉しそうな様子に、魔王は微妙な気持ちになる。魔王に魅了されているのは間違いないが、もう既に支配の魔法は聞いていないのも事実なのだ。聖女の盲目さがたまに恐ろしくもある。
「好意など、その蝋燭のように頼りなく、吹けば消えてしまうようなものと思っていたが」
聖女のそれはいつまで経っても消えやしない。むしろ勇者が現れたことによって、執着がさらに増したかのようにすら思える。
聖女は魔王の髪を丹念に梳きながら、嬉しそうに話す。
「私の思いは吐息ひとつで消えはしません」
「そういうものか」
「魔王様とこうしてお話できるだけでも幸せですもの。まぁ本当は、魔王様のお召し物を上から下まで私が選んだもので一式揃えてほしいですし、今生こそは男女の情というものを体験してみたいのでぜひとも魔王様にはお体が戻って欲しいですし、なんなら子も欲しいものですから魔王様のお情けをそうこの身に――!」
「こわい。勇者来て」
貞操の危機を感じた魔王が思わず勇者を呼べば、聖女が魔王の首を持ち上げて自分の視線の高さにまで持たあげて。
「浮気ですか、魔王様……? 聖女たる私ではなく、勇者をご所望で……?」
「そんなことはないが! だが我も男だ! ほら、女のそなたには分からぬことも勇者とは話せるだろう!」
「勇者と恋バナをされたいと?」
「恋バナ……!? あ、いや、うん、そうなのだ、恋バナをしたいのだ!」
浮気、といった瞬間に瞳孔が開ききった聖女の圧に魔王は敗北した。至急、勇者には教えて欲しい。聖女のように重たい女の扱い方を魔王はよく知らない。
前は通いできていたが、勇者からの逃亡劇以降、聖女は魔王のそばを離れようとしなくなった。
これが良いことなのか、悪いことなのか、魔王は判断できずにいた。




