呪文
倒れ伏した聖女は息も絶え絶えに勇者を見上げた。
「……この魔王」
「残念、勇者でーす。で、魔王の浄化はしてくれる?」
「誰がするもんですか……!」
勇者がぼろぼろになった聖女の側まで歩み寄る。聖女の顔をのぞき込んで、盛大にため息をついた。
「ですってー、魔王さん。どうしよ?」
「どうもこうも、仲間割れは前世だけにしてくれ」
「魔王様っ」
聖女がハッとして身を起こそうとする。けれど勇者との戦闘で極限まで酷使した身体は言うことを聞かず、べちゃりと崩れてしまった。
勇者はそんな聖女を見てケラケラと笑うと、祭壇の影から魔王の首を持ち出して。
「こんな感じで聖女があんたに盲目的なんだけど。どうにかしてよ」
「知るか。私の術は前世でしか効いてないはずだ。魂にまで縛りつけるような契約ではない」
「でも実際問題、この聖女ってば魔王陣営の人間じゃん。どうやって誑かしたの?」
「知らんと言っている」
勇者の問いに魔王が渋い顔をしていれば、聖女から抗議の声が上がった。
「ちょっと勇者! 私をさしおいて魔王様とおしゃべりするなんて烏滸がましいにもほどがあります!」
「床で元気に吠えてらぁ」
勇者は聖女を一瞥すると、やれやれと肩を落とす。
「魔王討伐クソ怠いからさっさと討伐したいんですけどー。聖女こんなんだし、魔王もまだ封印されてるし。もうこれでいいと思うじゃん?」
「だったら早く帰ってくださいませんか? ここは私と魔王様の愛の巣です」
「そうもいかないのが人間の神様なの。聖女がそのことをよく知ってるんじゃない」
聖女は黙った。神という存在を信じるか信じないかで言われたら、聖女は間違いなくいると答える側だ。だがもはや、聖女はその神に対して。
「信仰なんてくそ喰らえ、ですよ」
「およそ聖女の口から出たとは思えない暴言だぞ」
「だって魔王様〜! 私はもう魔王様一筋なんです! あんな人をただの使い捨ての雑用係のように扱う神なんて、もう信仰なんてできませんよ!」
ね? と聖女は全力で床で主張した。声は可愛らしいけれど、言っていることはとんでもない。
魔王は勇者に聞いた。
「長年不思議だったが、我を滅ぼさずに封印したのは、聖女の力がなければ滅びないからか」
「そ。勇者は聖剣っていう神器アイテムもらえるけど、浄化はできないんだよね。それは聖女の十八番だし、魔王を本当の意味で倒せるのは浄化だけ」
「しませんよ」
「…………」
「しませんよ!」
魔王の魂すら浄化できる祈りの呪文を知っているのは聖女だけだ。
けれど聖女は全力で拒否をした。
魔王はまだしばらく、生かされるらしい。




